男性の育休に「義務化」が必要な根本理由
プレジデントオンライン / 2019年6月19日 6時15分
■「仕方なく育休を取る」という状況を作る
男性の育休義務化の動きが出ているのは、基本的には良いことだと考えています。とくに日本は、義務化をして「育休を取らないといけない」という状況を作る必要があると思います。
例えば日本の職場では「定時」が意味をなしていないのも同じ。まわりの様子を見ながら、皆なんとなく残業をしています。しかし、もし上司が「定時に帰れ」と言えば、「本当は残業をしたいけど仕方ないな」と、帰る理由ができる。男性の育休も、義務化をして「仕方なく取る」という状況を作ってあげたほうが、うまく回るのではないでしょうか。
現状だと女性も義務ではなく「会社に申し出れば休業ができる」という制度なので、義務化する場合は男女両方になると思います。現状だと、男性の育休はオプショナルな「プラスアルファ」的な位置づけです。母親が育休を取得した場合に父親も取ると、追加で少し延長ができる「パパ・ママ育休プラス」という制度があります。
義務化するなら、例えば「育休期間が1年のうち、最低何カ月間は父親が休む」といったルールがいいかもしれません。現実的に考えると、1年間のうち2カ月ぐらいに落ち着くような気がします。男性の育休取得率は、2017年時点では5.14%。これに鑑みると、2カ月でもインパクトが大きいです。働き方を変えないといけないですし、会社側にも覚悟が必要。
実際には、経営に余裕のある企業でないと男性育休は難しく、特に中小企業からは「無理だ」という声が出てきそうです。実現の可能性は低いかもしれませんが、もし本当に義務化することになった場合、企業規模によって期間を変えるなどの仕組み作りが行われるでしょう。それでも、男性の育休取得率が非常に低いので、試しにやってみてもいいのではないでしょうか。
■義務化だけではワンオペは解消しない
どんな制度もそうですが、制度さえ整えれば勝手に上手く回っていくわけではありません。本当に家事育児の分担を進めたいのなら、男性への家事育児の教育・訓練がないと難しいでしょう。
過去には、多くの女性が専業主婦だった時代が20~30年ほどあって、1980年代ころから徐々に、主にパートタイマーとして女性が労働市場に出ていきました。男性と同じ条件で働く女性が増え始めたのは1990年代になってからです。当時男性は、男性的な働き方をしている職場に女性が入ってきて、どう対応したらいいのか戸惑ったと思います。男性の家事育児も同じことで、親世代も含めて20~30年ほど男性が家のことをやってこなかった時代があるので、知らない世界に行かなければいけないし、女性側もどう対応していいか分からない。これまでの「女性の社会進出」と、これからの「男性の家庭進出」で、同じように問題が生じると見ています。
■男性の家庭進出のための訓練が必要
ですから「男性も自然と家事育児をやるようになるだろう」と女性が思っていても意外とやれないでしょうし、男性も何も勉強せずに気軽にやれると思っていると、そうもいかないはずです。男性の家庭進出にあたって、訓練の場があることが理想です。
今、母親学級を両親学級にしている自治体もありますが、そのように男女どちらも来やすくしたり、産後の入院中に父親が来て沐浴をさせたり、少しずつ慣らしていく期間が必要です。また、母親学級に男性が混ざっていても違和感がないようにするなど、相互に抵抗がない社会になっていく必要があります。男性が育児をすることに対する、社会的な受け入れ体制はまだまだこれからと言わざるをえません。
実現するまでだいぶ時間がかかりそうですが、やらないと始まらないし、やってみないと分かりません。例えば、シングル・ファーザーの方に話を聞くと、先進事例が出てくる可能性が高いでしょう。シングル・ファーザーの方の支援は見落とされがちで、家事育児に対する戸惑いや、周囲の無理解など、苦労話がたくさん出てくるはずです。
■夫婦のぶつかり合いは増えるかも
男性が家事育児を学ぶ場を急速に広めていくとしたら、政府から委託された企業や、あるいは法規定された地元の支援団体などがやるのがよいでしょう。NPO団体などが活躍する余地も大きいです。ただ、それでも行政がバックアップしていく体制がないと、地域に偏りが出てしまうかもしれない。
男性の育休義務化を目指す議員連盟ができてはいるけれども、実際に現場でどうするかというところまでは、見えていません。今はインターネットがあるので、ネット上のコミュニティで悩み相談をしたり、事例を集積させたりといった、少ないコストでできることもありそうです。
男性も女性も、お互いに対して広い心でやっていくことが大事かと思います。こだわりを持ってやっている家事があった場合、方針が対立するかもしれない。今まで放任していた分、男性が家の領域に介入すると、細かいところでやり方が食い違う可能性があります。おそらく、家事よりも育児のほうがお互いのこだわりが出て対立するでしょう。これが仕事なら、対立した時に第三者が自然と仲裁に入るけれど、夫婦二人だとそれができません。
ただ、今後男性の家事育児への介入が増えていけば、事例や情報も増えて共有されてくると思います。それまでは、お互い広い心で。家事や育児に「正解」はないと思わないといけません。
■男性のキャリアのためにも、共働きは有利
今年19年6月、化学メーカーのカネカに勤める男性社員が育休を取得し、復帰直後に転勤の内示を受けたことを、その妻がTwitterで投稿し話題を集めました。
現在出ている状況だけでは何も判断はできませんが、子どもが生まれたり、家を購入した時に転勤を命じたりするケースは、これまでもわりとよくあったはずです。一つには、会社に対する忠誠を試しているということがあるでしょう。さらに子育てやローン返済のために会社を辞められなくなっているため、扱いを悪くしても無理を受け入れるだろうという考えもあります。カネカのような話がちらほら出てくる程度には、日本企業にはそのような文化があるということでしょう。
カネカに対する世間の反応は、批判的なものが多くなっています。そういう時代になったのだと思います。
ただ、ネット上で声を上げていない、カネカのやり方が当たり前だと考えている50代~60代のバリバリ働いてきた男性たちは、どこが問題なのか、あまりピンときていない可能性があります。そんな中で子育て世代が育休を取るわけですから、「育休を仕方なく取る状況」を作る必要が出てくるのです。
結局、件のカネカの男性社員は退職をしています。フルタイムの共働きなら、もし男性が退職しても比較的余裕があり、転職も検討しやすいと思います。男性のキャリアをフレキシブルに考えられるようになります。一人で一家の大黒柱をするのはつらいですから、仕事でも家庭でも、男女がお互いに乗り入れることが、今後いっそう大事になってくると考えています。
(立命館大学教授 筒井 淳也 構成=梶塚美帆 写真=iStock.com)
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