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日本の企業経営にデータ主義が必要な理由

プレジデントオンライン / 2019年6月24日 9時15分

大谷翔平選手の二刀流がメジャーリーグに大きなインパクトを与えているが、それに先立ってメジャーリグの野球を大きく変えたのが“Statcast”だった。(写真=時事通信フォト)

「データ重視」で好業績をつかむ海外企業が増えている。一方、日本企業は「データ軽視」で競争力を失いつつある。同志社大学大学院の加登豊教授は「正しい測定と測定に基づく意思決定ができないところに日本企業の弱点がある」と指摘する――。

■経営に示唆を得るためのポイントは「測定」

今回の一穴:測定の結果を得ずに、経営判断を行うことがある

現在アメリカのメジャーリーグには、大谷翔平(アナハイム・エンゼルス)、菊池雄星(シアトル・マリナーズ)、田中将大(ニューヨーク・ヤンキース)、ダルビッシュ有(シカゴ・カブス)、前田健太(ロサンゼルス・ドジャース)を含む9人の日本人選手が在籍している。

とりわけ、大谷選手は昨年鮮烈なデビューを飾り新人賞を獲得したこともあって、日本ではメジャーリーグへの関心が一段と高まっている。ベーブ・ルースを超えるかもしれない投手と打者の二刀流は日本人だけでなく、世界中の野球ファンが注目している。

アナハイム球場は、ディズニーランドのある街アナハイムから車で10分ほど。近くには、おしゃれなショッピングセンターも、おいしいハンバーガーやスペアリブのレストランもある。広大な駐車場に車をとめ、正面入り口に近づいていくと、真っ赤なヘルメットの巨大オブジェが目に入る。

毎年、3月と8月はアメリカに滞在しているが、8月の訪問時には必ずアナハイム球場でのホームゲームの日程をチェックし、事前にチケットを購入するようにしている。行けばわかるが、エンゼルスのホームであるアナハイム球場の売店には、「大谷グッズ」であふれている。

野球を楽しむ、それは結構なことだ。しかし、漫然と試合観戦をしているだけでは「もったいない。」メジャーリーグの大きな変化に着目することで、経営への大きな示唆を得ることができる。ポイントは、「測定」である。

■メジャーリーグの野球を変えたStatcast

Statcastは、メジャーリーグのあり方は根底から変えたといわれている。このような動きは、それ以前から存在した。目利きのできるスカウトが強く推奨する選手のリクルートや移籍で獲得するという実務は、長らく採用されてきた伝統的な方法である。

優れたスカウトと娘との親子の愛情を描いた『人生の特等席』(監督:ロバート・ロレンツ、主演:クリント・イーストウッド、2012年 ワーナーブラザーズ)を見れば、アメリカのスカウトについてよくわかる。目利きができるスカウトが、有力だと考える選手の獲得には巨額の資金が必要になる。これが可能なのは、リッチな球団だけである。

これに対して弱小チームのオークランド・アスレチックスのゼネラルマネジャーであったビリー・ビーンは、チームを立て直すためには、他球団と同じ方法を採用することはできなかった。有力な選手を獲得する資金力がチームになかったからである。そこで、彼はデータ分析に基づき、他球団ではそれほど高く評価されていない、つまり、お金がかからない、隠れた「名選手」の発掘に取り組んだ。

また、送りバントはしない、盗塁はしないなどの戦術面についても、データをフル活用した。送りバントは、相手チームにアウトを一つ献上するだけであり、たとえそれに成功しても、得点できる確率はヒッティングを指示する場合よりも低かったからである。ここで採用された分析手法は、Statcastの先駆けであるセイバー・メトリックスである。その存在は他球団も熟知していたが、この手法が野球に関しては素人によって開発されたものであることや、スカウトたちに猛反対などもあって、活用されることはなかったのである。

アスレチックスは、セイバー・メトリックスの分析に基づいて選手を獲得・起用するとともに、得点確率を上げる戦術を実行し、強豪チームへと成長した。詳細はマイケル・ルイスの『マネーボール』に記述されている。『マネーボール』は映画化もされているので、そちらも見てほしい。監督はベネット・ミラー、ビリー・ビーンをブラッド・ピットが演じている、2011年の作品である。

すぐれた身体能力を有する選手ばかりで構成されているメジャーリーグ。そのなかで、常勝チームを作るために、徹底したデータ分析を行う。今や、データ分析能力に劣るチームは、決して強豪チームにはなれないのである。日々、各球団に共有されているデータに自チーム独自に収集したデータを加えて分析を行い、他チームがいまだ気づいていない勝利へのヒントを得ることが、メジャーリーグでは実践されているのである

■多くの仮説を徹底検証するセブン-イレブン

データに基づく経営で有名なのは、セブン-イレブンである。すべてのコンビニエンスストアには、POS端末が導入され、個客の購買履歴が把握されている。それにもかかわらず、個客の購買行動を徹底的に分析しているのは、セブン-イレブンだけである。

単に売れ筋・死に筋商品の判定を行い、顧客の購買単価上昇を目指すだけでは、POS端末および情報処理システムへの投資は絶対に回収できないだろう。セブン-イレブンの強みは、購買履歴をベースとして、棚割りや導線を変化させるだけでなく、どの商品とどの商品が同時に購入されるのか、なぜ同時なのか、来店時間と購買行動がどのように関係しているのか、店舗の立地がどのように影響するのかなどについて、驚くほど多数の仮説を設定し、その仮説が妥当なものであるかどうかがデータ分析を通じて徹底的に検証されているところにある。

仮説が支持された場合、その仮説から導かれる店舗運営のさまざまな実証実験が行われ、個客の購買行動の解明が行われるのである。このような分析力のない他のコンビニエンスストアは、セブン-イレブンの行動を後追いすることしかできない。データ解析上重要なのは、ハウスカードを通じて獲得できる顧客の実年齢や性別ではなく、POS端末を操作する店員(その多くは、アルバイト店員)が、入力する顧客の「見た目」の年齢と性別である。「見た目」の年齢と性別が、購買行動の間に影響するからである。メンズの雑誌を購入するのは、男性だけではない。基礎化粧品に興味を示すのは、女性のみとは限らないのである。

■データ軽視、データ無視、勝手な解釈にあふれる

データの重要性は、多くの企業が認識しているだろう。しかし、経営の実践の場では、データ軽視やデータ無視、あるいは、思い込みに基づくデータの勝手な解釈に依拠する意思決定があふれている。

例えば、新卒学生の採用、能力開発のための異動、管理者への登用などの人事に関する判断は、果たして確固たるエビデンスの裏付けをもったデータに基づいて行われているだろうか。例えば、新卒採用では「コミュケーション能力」が極めて重視されているが、多くの研究に基づけば「コミュニケーション能力」は生来のものではなく、研修や経験の蓄積を通じて向上することができることが明らかになっている。つまり、採用時点でのコミュニケーション能力などよりはるかに重視すべき要素があるにもかかわらず、それらは採用基準の対象外とされているのである。

また、マーケティング・プロモーションが、売り上げに寄与しているかどうか分析は行われているのだろうか。既存顧客との関係性をさらに高める営業活動が功を奏しているというデータの裏付けは取れているとは限らない。いずれにしても、そして、残念ながら、意思決定におけるデータ活用は何十年もほとんど進歩していない。

本来は、販売促進活動のために費やされた経営資源量を測定するとともに、プロモーションを行わなかった場合との比較をし、プロモーションが有効であったかどうかを判定しないといけないはずである。そして、既存顧客への繰り返される訪問に要するコストが、売上の維持や新規ビジネスに本当に結びついているかという分析も必要である。もしかすると、営業担当者は「表敬訪問」的な出張を繰り返しているだけで、企業業績の向上には貢献していないかもしれないからである。

投資意思決定(設備投資のみならず、研究開発、海外進出、M&Aなどを含む)においても、データの位置づけは明確でないばかりか、投資の決定はどこかですでに行われた後で、ねつ造されたデータによる説明と会議での承認がなされることもまれではない。宣伝広告の効果の科学的分析も、その困難さもあって、十分には実施されていない。さらに、成功例・失敗例から得られるはずのデータの分析から、その理由を解明することも行われていない。

「無理だ、難しい」を理由としてデータ収集やデータ分析を怠ってはならない。地道な努力の蓄積から光明が得られると信じて、取り組むことが必要なのである。なぜなら、現実を見事に写し取るデータは、実態を明らかにするとともに、将来の経営の進め方、組織の運営、人的資源の活用などをより正しい方向に導いてくれるからである。

さらに言うなら、ビッグデータの分析によって、また、AIの活用によって経営成果が上がると考えていいのだろうか。測定方法やその背景にある分析の視点がブラックボックス化しているのだとすると、何を根拠として測定を行うかを100%システムに依存してしまうことになる。分析結果は得られるかもしれないが、その妥当性の検証を行うことなく測定結果に振り回されるという危険性がある。

■誤った測定が正確という前提になる危険性

加えて、注意しないといけないのは、意思決定のベースとして利用するデータが歪んでいる場合である。いったん数値化されると、その計算プロセスの信頼性を議論することなく、正確な測定値であるという前提で検討が進んでしまう。

『天地明察』(冲方丁著、角川書店)は、徳川光圀と会津藩藩主保科正之の命を受け、改暦に取り組む安井算哲(渋川春海)の物語である。暦は、農民を含めた多くの人々がそれに基づいてさまざまな行動をとる生活基盤である。例えば、田植えにしろ稲刈りにしろ、不正確な暦にしたがって行われるとすれば、収穫量にも大きな影響を与えることになる。しかし、当時利用されていた宣命歴は、その採用から800年が経過して歪みが生じており、正確な暦の採用(改暦)の必要性を幕府は認識していた。

しかし、暦に関する利権(たとえば、暦を専売する利益は、約70万石もあったといわれている)を握っていたのは朝廷を支える公家であり、改暦の動きは既得権益の喪失につながるかもしれないというおそれもあったため、数々の抵抗に遭うことになる。確かな天文観察と測量に基づいて安井算哲が宣命暦よりも正確であると推奨する授時暦に対しては、それが元寇の国である元の暦であり、不吉であるという的外れの批判にも直面した。暦をめぐる利害関係者には、神道家、仏教勢力、儒者、陰陽師などがおり、改暦をめぐっては、利害が複雑に交錯していた。

算哲は“巧みな方法”、つまり、複数存在する暦(宣命暦、大統暦、授時暦の三暦)のいずれがもっとも正確なのかを五番勝負で競うという「イベント」で民衆の心をつかみ、社会の大きな関心事とすることに成功する。最終的には、算哲の推奨する授時暦も最後の「蝕」予測を外すことになるが、算術家の関孝和の助言により、元と日本との地球上の位置(経緯)の違いが原因であることに気づき、後に正式に採用されることになる大和暦を完成させたのである。

■知ったかぶりをすると大失敗

経営上、何かをなすためには測定は不可欠である。だが、ただ測定するのでは不十分である。測定方法や、測定方法の導出プロセスの妥当性の確認、データの信頼性の確保や分析するまえのデータノイズの排除、そして、測定したデータの巧みな活用方法などが測定の価値を決定するのである。測定の価値が毀損されると、測定は無力化する。

今後、ビッグデータ分析やAIの活用がますます盛んになるだろう。ただ、どのようなロジックでビッグデータの分析を行っているかという分析のアルゴリズムを理解しておく必要がある。AIについても同様のことが言える。AIの基礎には、私たちの先人たちの叡智の積み重ねがある。

しかし、AIやビッグデータ分析が結論めいたアウトプットをはじき出してくれるからといって、それをうのみにしてはいけない。AIやビッグデータは、そのアルゴリズムを使う人間が熟知し、人が操るものだからである。つまり、どれだけビッグデータ分析やAIの活用が行われるようになっても、人が意図をもって測定方法を選択し、正確に測定し、測定結果を巧みに活用することが大切なのである。

測定、それはとても大切なことなのである。

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加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊 写真=時事通信フォト)

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