デモの声を聞かない習近平政権は崩壊する
プレジデントオンライン / 2019年6月19日 9時15分
■なぜ香港で過去最大のデモが起きているのか
さすがの中国も思い知ったことだろう。
一党独裁国家には、民主化を求める市民の声は理解できない。しかし、国際社会の目が厳しくなったいま、30年前の天安門事件のような武力制圧はもはやできない。しかも騒動は中国経済の要となる香港で起きている。
中国は香港を世界に開かれた金融と貿易の中継地として利用してきた。対応次第で中国は大きなダメージを負う。今後、中国政府がどう動くか。日本をはじめとする世界各国が注目する。
■香港人の4人に1人が参加するほどの盛り上がり
これまでの報道によると、香港では中国本土への容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例改正案」を巡って抗議活動が相次ぎ、6月9日には主催者発表で100万人を超す大きなデモが起きた。一部の学生がゴーグルとマスクで身を固め、幹線道路を占拠して車の通行を妨害。警備中の警察官ともみ合いになった。これに対し、香港警察は催涙弾やゴム弾を使い、学生側に多くのけが人が出た。
このため香港政府は15日、条例の改正案の審議について期限を定めず延期する、と発表した。しかし民主化を求める学生や市民は「あくまでも改正案の撤回を求める」と翌16日、デモを呼びかけた。デモは、中心部の幹線道路を埋め尽くすほどの大勢の人々が参加し、17日朝まで続いた。デモの参加者は主催者発表で200万人。香港の人口は750万人というから、16日から17日にかけて香港人の4人に1人が参加した計算になる。
■香港は集会とデモで民主化を求めてきた
1997年にイギリスから中国に返還された香港は、香港基本法によって外交と防衛を除いた分野で高度な自治が保障されている。中国とは違う独自の行政、立法、司法の三権が認められ、50年という期間で資本主義制度が維持される。
これが「一国二制度」と呼ばれるもので、中国本土に比べて言論の自由もある程度まで保障されている。しかし、議会にあたる立法会は親中派が多数を占める構造で、民主派の声は届かない。
このため、大規模な抗議デモが繰り返されてきた。2003年に香港政府が民主派を取り締まるための国家安全法を制定しようとしたときには、50万人規模のデモが行われ、制定は断念された。
■中国本土政権は香港に隣接する広東省から監視
2014年には香港政府トップの行政長官を民主的選挙で選べるよう求め、学生たちによる79日間にわたる座り込み(いわゆる雨傘運動)が起きた。だが、参加した民主派市民と学生との間の考え方の相違から内部分裂を起こして衰退し、最後は香港政府の強制排除で運動の火が消された。
逃亡犯条例改正案の反対をきっかけに盛り上がった今回のデモは、民主派市民と学生との連携がうまく取れているという。
「天安門事件のような武力制圧はできない」と前述したが、中国はいまの香港の状態を苦々しく感じている。
たとえば、習近平(シー・チンピン)国家主席は6月上旬から香港に隣接する広東省に中央国家安全委員会による司令部を設け、香港政府に指示を出している。逃亡犯条例改正で抗議デモが起きると判断したからだ。
しかし、そのデモが200万人にも及ぶ大規模になるとは、習政権は予想していなかったようだ。
■「中国本土の民主化よりも、香港の民主化が先だ」
6月28日と29日には大阪で主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれる。習氏も来日し、アメリカのトランプ大統領と顔を合わせる。アメリカと激しく対立し、関税引き上げという貿易戦争を続ける習政権としては、香港の抗議デモを駆け引きの道具として利用されるのを避けたいというのが本心だろう。
香港市民は、「中国本土の住民も、香港市民も同じ中国人」との考えから、中国全体の民主化を主張してきた。
ところが、香港では2014年の雨傘運動の失敗を契機に、若者を中心に反中感情が強まり、「自分たちは香港人」との考え方が広がった。その結果、「中国本土の民主化よりも、香港の民主化が先だ」と訴える学生が多くなっている。自由な資本主義の下で経済活動を推し進めてきた香港らしい思想である。
中国本土は、1989年6月の天安門事件で政府の弾圧に反発するエネルギーが「反革命暴乱」とみなされて封じ込まれ、その後、歪んだニセモノの経済発展を遂げた。そのあたりのことは、6月12日付の「香港デモで懸念される“天安門事件”の再来」で触れた。
中国本土は異常な言論統制が敷かれ、真の豊かさがない。その点、香港はまだ自由が許されている。中国の民主化は香港から巻き起こってくるに違いない、と沙鴎一歩は考える。天安門事件で封じ込められたエネルギーが香港で爆発する。
■香港に中国本土からの弾圧が迫っている
6月12日付の朝日新聞の社説はこう書き出す。
「東洋と西洋が出合う多彩な文化と経済の拠点都市・香港。その活力は、歴史に培われた自由の風土から湧き出ている」
「その大切な土壌が枯らされてしまうのではないか。いま多くの香港市民の胸中には、そんな危機感が強まっている」
朝日社説に指摘されるまでもなく、「多彩な文化と経済」「自由な風土」という形容詞は香港にぴったりである。その香港に中国本土による弾圧という危機感が迫っているというのだから、尋常ではない。
朝日社説は「香港市民の民意のうねりを無視するならば、国際社会への背信でもある」と主張し、「香港政府は改正案を撤回するのが、自治の精神にかなう行動だ。中国の習近平体制は、香港政府を介した強権の発動を即刻やめるべきである」と訴える。
「国際社会への背信」「強権の発動」は、うなずける主張である。
■安倍首相は習近平国家主席が怖いのか
朝日社説はさらにこう書く。
「近年、香港の法を無視する行動が増えた。共産党に都合の悪い出版を計画した書店関係者らが失踪し、後に中国で拘束されていた事件もあった」
「香港人の多くは、中国に親戚がいたり、中国とのビジネスで生計を立てたりしている。共産党ににらまれたら、誰でもいつでも連行されかねない、との不安を抱くのは無理もない」
中国共産党による迫害は続いている。迫害をなくすには、民主化しかない。一党独裁による習近平政権の持つ、強権性に大きな打撃を与えなければならない。
最後に朝日社説は言論統制に言及しながら日本に行動を求める。
「中国国内での言論統制は相変わらずだ。こうした香港の動きについて、中国メディアは伝えない。中国本土から香港、そして台湾にも及ぶ習体制の圧力強化を前に、国際社会は沈黙してはならない」
「米国、欧州連合、英国、カナダなどの各政府は、条例改正への懸念を表明した。自由と民主主義の価値観を共有する先進国を標榜するなら、日本も明確に態度表明すべきである」
日本の安倍政権はなぜ、欧米のような懸念を示さないのだろうか。安倍晋三首相は習氏を恐れているのか。
■香港政府トップの「謝罪」は本心なのか
6月13日付の読売新聞の社説は「中国化への危機感が噴出した」との見出しを掲げ、まずこう書く。
「中国の意に沿わない人物が、犯罪者に仕立てられ、中国本土に移送される。そんな事態が日常化することへの危機感の表れと言えよう」
遠回しに書き上げようとする朝日社説に比べ、ストレートで分かりやすい書き出しである。
「改正案が審議されるのを前に、多くの人が議会周辺の道路を占拠した。警察との衝突で負傷者が出るなど、混乱が続く」
6月9日の抗議デモは100万人規模だった。その規模の大きさを考慮せず、香港政府は12日に逃亡犯条例の改正案の審議に入り、20日に採決する方針を示した。議会(立法会)は親中派が多数を占めるため、採決されれば、必ず可決される。デモの無視と改正案可決の背後には、強権な中国本土の思惑が存在している。
続いて16日には、200万人が参加した大規模なデモが起き、香港政府トップの林鄭月娥行政長官はこの日夜、「政府の対応が不十分だったために、香港社会に大きな矛盾と争いを生み、多くの市民に失望と悲しみを与えたことに行政長官として市民におわびする」との声明を出して謝罪した。
この謝罪が本心からのものかどうかは、いずれはっきりするだろう。
■「死刑囚ドナー」になった香港人が臓器をとられる恐れ
さらに読売社説は書く。
「香港の人々が反対を強めるのは一党独裁体制の中国で、司法が政治から独立していないからだ」
司法が独立してない国家。GDPで世界2位という中国の経済発展がいかにニセモノであり、真の豊かさがないかがよく分かる。
「司法機関は共産党の指導下にある。法律が恣意的に運用され、言論弾圧などに利用される。人権問題を扱う弁護士らが大量に拘束され、勾留は長期に及んでいる」
読売社説も、朝日社説と同様に中国の体制を厳しく批判する。
中国では思想犯として拘束した人々をためらうことなく、死刑にする。そして健康な彼らの体から心臓や肝臓、腎臓といった新鮮な臓器を摘出して海外からやって来る患者に高額な費用で次々と移植している。外貨の獲得が狙いだ。いわゆる国際社会で問題にされて久しい「死刑囚ドナー(臓器提供者)」である。
最後に読売社説は「中国の習近平政権は、混乱や衝突が拡大すれば、国際社会の批判が強まり、自らの威信にも傷が付くことを認識すべきだ」と主張する。
日本の新聞が習政権に指示した形だが、読売社説でなくとも中国本土が香港の民主化にどう対応するか、目は離せない。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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