地ビールが失敗し、クラフトが成功した訳
プレジデントオンライン / 2019年6月28日 9時15分
■「地ビール=おいしくない」という残念な認識
クラフトビール専門店の新規出店が相変わらず続いている。いっときのはやりで終わることなく、外食マーケットにしっかり根付いたようだ。
今では少しでもビールに興味がある人ならば、何げなく使っている「クラフトビール」という言葉だが、10年ほど前まではほとんど見聞きすることがなかったはずだ。クラフトビールとは、小規模ブルワリー(醸造所)でつくられたビールのことを指すが、日本では「地ビール」と呼ばれることが普通だったからだ。
1994年に酒税法が改正され、小規模業者でもビールを醸造・販売できるようになると、観光地を中心に日本全国で地ビールが売り出されたが、地元の特産物を無理に使用したり、醸造技術が伴っていなかったりで、品質は決して高いとはいえなかった。その結果、「地ビール=おいしくない」という認識が広がり、ブームは下火になる。
再び地ビールが注目されはじめたのは、2010年ごろのことだ。それまでも老舗の専門店が地ビールを提供していたが、この頃にオープンした専門店は、イメージがよくない「地ビール」でなく、「クラフトビール」という呼称を使用した。
■「生中」では注文が通じない店作りがウケた
「Ant'n Bee(アントンビー)」(東京・六本木)、「vivo! BEER+DINING BAR(ビーボ!ビア+ダイニングバー)」(同・池袋。開業は03年で、10年4月に国産クラフトビール専門店に業態転換)、「Watering Hole(ウォータリングホール)」(同・代々木)といったこの時期に開店した店は、その後続々と登場するクラフトビール専門店の先駆けといっていいだろう。
これらの専門店は、既存のビール業態とはさまざまな面で一線を画していた。
まずはビールについて。ビールをメイン商材としていたおもな既存業態には、①ビアホール、②パブ、③外国ビール専門店があった。①は大手ビールメーカーの樽生ビール、②は英国系の樽生ビール、③はベルギーやドイツ産の樽生ビールやボトルビールを主力商品として扱っていたのに対し、クラフトビール専門店は日本全国の小規模ブルワリーから仕入れた樽生ビールを主力商品とした。それも常時10銘柄、多い店では20銘柄以上をそろえた。
たいていの店では、産地、生産者、ビールのタイプや特徴などを細かに記したリストを用意し、そこから好みの商品を選んでもらう注文スタイルを採用。これまでビールといえば「生中!」などと注文するのが当たり前だった消費者にとっては、新鮮な体験だったにちがいない。
■女性や若者が「おしゃれ」にビールを楽しめる空間
フードも唐揚げやフィッシュ&チップス、フライドポテトといったビールに合わせた定番つまみにとどまらず、和食、イタリアン、創作料理などを自由に提供し、それぞれの店の個性を際立たせた。
店のつくりもそれまでのビール業態では見られないスタイルだった。ブルワリーから仕入れたビールの樽は、客席から見える場所に設置した冷蔵庫で保管し、そこに取りつけたタップ(注ぎ口)からビールを提供。ずらりと並んだタップは見た目にスタイリッシュであり、これがクラフトビール専門店の「顔」となった。内装はカフェのようなくつろげる雰囲気にしたり、洗練された空間づくりをほどこしたりすることで、女性や若者がビールをおしゃれに楽しめるように工夫した。
こうしてクラフトビール専門店は、軽く扱われがちであったビールという商材に新しい価値を見出したといっていいだろう。
■2010年頃からグッと質が上がった理由
それにしても、なぜこの時期にクラフトビールが注目され、今日にいたるまで専門店の出店ラッシュが続いているのか。
第一に挙げられるのが、2010年頃を境にして国産クラフトビールの質が全体的に向上したことだ。前述のとおり、「地ビール」時代はご当地の土産物といった側面が強く、品質は二の次であった。しかしながら、一部の意識の高い醸造家たちは、この間海外で修業するなどして地道に研鑽を積んできた。こうした動きと比較的若い飲食店店主のチャレンジングなスピリッツが共鳴し、新しい飲食店のかたちとしてクラフトビール専門店が生まれたのだ。
それに呼応したのが、飲み手である。それまでビールといえば、大手メーカーのラガービールが一般的だったが、ペールエール、ヴァイツェン、ポーター、バーレーワイン……といったさまざまなタイプのビールが気軽に飲めるようになり、自分の好みのタイプやブルワリーを探す楽しみを覚えた。なかでもホップをしっかり効かせたIPA(インディアペールエール)の人気は、群を抜いていた。
■SNSの普及が、専門店やビアフェスを後押し
スタンプラリーのように全国のビールを網羅したり、飲み比べて論評を加えたりするために、気に入った店に足しげく通う客も現れたが、SNSの登場はこうした動きを加速させることになった。店側は日々入れ替わる商品のラインアップをツイッターやフェイスブックで発信し、客はその情報を頼りに各地の専門店を訪問する。
自分が飲んだビールをSNSにアップするとビール愛好家のあいだで拡散し、そのビールを求めてまた客が訪れるという状況が発生。全国のブルワリーが出展するイベント「ビアフェス」が各地で頻繁に開催されるようになったことも、こうした流れを加速させることになった。
そんななかで発生した東日本大震災は、クラフトビールブームに多少なりとも影響をおよぼしたのではないか。震災は多くの人にとって「人とのつながり」を再考するきっかけになり、「大量消費から手づくり」へというクラフトビールと親和性の高い消費傾向が生まれたからだ。
飲食店や消費者による被災地域にあるブルワリーの支援にとどまらず、店と客、あるいは客同士が集い、試飲会やビールづくり体験会といった復興支援を目的としたイベントが開催されるなど、クラフトビールを通じた交流が見られはじめたのもこの時期だった。
■個性を打ち出し切れず、閉店する店も増えている
2013年くらいまでを日本におけるクラフトビール市場の黎明期とすると、その後現在に至るまでは成熟期といっていいかもしれない。その移行に少なくない役割を果たしたのが、「クラフトビアマーケット」だ。
2011年に東京・虎ノ門で創業した専門店で、当初からビールをサイズごとの均一価格で提供。大手メーカーのビールに比べて高額なクラフトビールをより気軽に楽しめるような価格に設定していたのだが、その後多店化を進め、現在系列店は10店以上を数える。
黎明期は注目を集めていたとはいえ、実際に専門店に足を運ぶのは熱心なビール愛好家が中心だった。しかしながら、「クラフトビアマーケット」に代表される親しみやすい専門店が増えたことで、居酒屋やワイン酒場と並んでクラフトビール専門店が飲み会における店選びの選択肢として挙がり、ライトユーザーも専門店に訪れるようになった。さらにコンビニやスーパーでも缶やボトルのクラフトビールを気軽に入手できるようになり、クラフトビールは消費者にとってより身近な存在になったといえる。
その一方ではやりに乗ってオープンした専門店が閉店するケースも増えている。そうした店はブームに乗ったはいいものの、個性を打ち出し切れず、淘汰されていったとみていいだろう。これも市場が成熟してきた証しにほかならない。
■ブルワリー併設のパブ「ブルーパブ」が登場
このようにクラフトビールは、わずか10年のあいだに大きく飛躍したが、近年は新たな展開を見せている。以下では3つの事例を挙げる。
まずは、ブルワリー併設のパブ「ブルーパブ」の登場だ。比較的早い時期にオープンしたブルーパブは、手づくりのビールをその場で飲めることを売りにしたレジャー型の飲食店という趣が強かった。しかしながら、近年のブルーパブは、鮮度のいいビールが飲めるだけではなく、その品質も申し分ないばかりか、料理にも力を入れるケースが目立っている。
続いて、海外クラフトビールが挙げられる。もともと欧米では、クラフトビール文化が早くから根付いていたが、日本に輸入されることはまれで、日本の消費者が海外クラフトビールに接する機会はほとんどなかった。それがいまでは、専門の飲食店や酒販店に行けば、あるいは通販を使えば、それこそ世界中のビールを飲めるようになった。
スコットランドの「ブリュードッグ」は、熱烈なファンを獲得して東京・六本木にオフィシャルバーを出店したし、同・北千住にある立ち飲みスペース併設のビール専門酒販店「びあマ」は、世界各地のビールを1000銘柄以上そろえ、ビール愛好家で連日盛況だ。
■今年6月からキリンが「サブスク店」を開始
最後は大手メーカーの参入である。キリンビールが2015年に東京・代官山に店舗併設型ブルワリー「SPRING VALLEY BREWERY」(以下、SVB)をオープンした。当時は、「なぜ大手メーカーがクラフトビールを?」といぶかしがられたが、背景には「個性的な香りや味わいを求める消費者のニーズがある」と担当者に聞いた。
SVBは現在4カ所にまで増えたが、2018年8月にオープンした東京・銀座の「“BEER TO GO” by SPRING VALLEY BREWERY」では、2019年6月17日からサブスクリプション(定額制サービス)を始めるという。顧客の囲い込みを目的としているわけだが、それに対してコミュニティを求める傾向が強いビール愛好家がどのように反応するかが注目される。
「とりあえずビール」から「ビールを選ぶ時代」、さらには「好みのビールを探して自分のスタイルで味わう時代」へ。これからもますますビールの楽しみ方は多様化していくことだろう。
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ライター
1981年東京都生まれ。料理専門の出版社に約10年間勤務。カフェとスイーツ、外食、料理の各専門誌や書籍、ムックの編集を担当。インスタグラム。
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(ライター 石田 哲大 写真=iStock.com)
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