なぜ新橋界隈のパスタは"粘度が高い"のか

プレジデントオンライン / 2019年6月24日 9時15分

粘度の高い「むさしや」のナポリタン(後述)。撮影=下関マグロ

昔ながらの喫茶店の定番メニュー「ナポリタン」。その聖地といえば東京・新橋だ。食べ歩きルポを得意とするライターの下関マグロさんは「新橋界隈の店に共通する特徴は、太麺にからむ濃厚なケチャップ味と粘度の高さ。そうした味が好まれるのには理由がある」という――。

■なぜ「新橋のナポリタン」は愛され続けるのか

旧知のライター北尾トロと「町中華探検隊」を結成したのは2014年のことだ。

「町中華」とは昭和時代に創業し、中華といいながら、カツ丼、カレーライス、オムライスといったメニューも出している町の中華屋さんを指す。本格中華と区別する意味で、町中華を「日式中華」と呼ぶ人もいる。

町中華は店主の高齢化や後継者がいないなどの理由でどんどん閉店していた。これは今のうちに食べておかなければという危機感のようなものがあって、町中華探検隊は結成されたのだ。

同じように減りつつあるのがナポリタンだ。

ナポリタンも町中華に似たところがあって、イタリアのナポリではなく第2次大戦後、日本の横浜で生まれた。スパゲティナポリタンというメニュー名を最初に出したのが横浜のホテルニューグランド。ただし、こちらのナポリタンはケチャップ味ではなくトマトソースだ。ケチャップのナポリタンを出したのは同じ横浜にある「センターグリル」だった。

つまりナポリタンは、日式イタリアンなのだ。この横浜の2つのお店は今もナポリタンを出しているので発祥の味を体験したい人は横浜へ行くといいだろう。

■茹で置きされた太麺、たっぷりのケチャップで味付け

いま、「ナポリタンの聖地」といえば、新橋だ。

新橋のナポリタンは、茹で置きされた太麺でやわらかく、具材はピーマン、タマネギ、マッシュルーム、ハムなどで、たっぷりのケチャップで味付けられている。「昔ながら」「懐かし」という形容詞で語られる昭和のナポリタンを提供するお店が多い。

新橋は、ナポリタンだけではなく「サラリーマンの聖地」とも言われている。実はナポリタンとサラリーマンは強いつながりがある。なぜならサラリーマンはナポリタンが好きだからだ。

■人呼んで「リーマンパスタ」なぜ粘度が高いのか

昼の休憩時間にパッと食べられて、おなかいっぱいになる。新橋のナポリタンは別名、「リーマンパスタ」と呼ばれている。その特徴は総じてどの店も粘度が高いことだ。職業柄、日々食べ歩いているが、新橋のリーマンパスタはソースが濃厚で、どろっとしているように感じられる。なぜ、粘度が高いのか。その理由については後ほど説明するとして、どんな店があるのかちょっと紹介しよう。

まず、「カフェテラス ポンヌフ」という喫茶店だ。新橋駅前ビル1号館の1階にあり、テレビなどメディアで紹介されることも多い。創業は1967年(昭和42年)という老舗。銀のお皿で提供されるナポリタンは650円。この価格もサラリーマンに愛される理由のひとつだろう。お昼時は行列必至で、ランチ時間が限られている多忙なサラリーマンはなかなか口にできない。こちらのナポリタンはケチャップ系だけれど、独特のソースに仕上げられている。

おススメはナポリタンにハンバーグが添えられている「ハンバーグスパゲティ」(850円)だ。ナポリタンも懐かしい味だが、ハンバーグもタマネギのシャキシャキが感じられる懐かしい味わい。セットには手作りプリンがついてきて、これも人気の理由のひとつだ。

「ポンヌフ」のナポリタン。撮影=下関マグロ

次は、僕がいちばん好きなナポリタンの店。JR新橋駅から歩いて2分、銀座ナイン2号館の地下1階にある「はと屋」だ。カウンターだけの老舗洋食店で僕は1980年代から通っている。

こちらもおススメはハンバーグとナポリタンのセットだ。丸1日寝かしたやわらかめの太麺が特徴だ。おいしさの理由を店の方に聞いたら、「秘伝のデミグラスソースが入っているから」とのこと。

「はと屋」のハンバーグとナポリタンのセット。撮影=下関マグロ

■麺を口に運ぶとケチャップとバターの味が一気に

お次は、ナポリタンの聖地にふさわしいビルともいえる、ニュー新橋ビルにある。このビルの1階にある「むさしや」は、昼食時はたいてい行列ができている。

カウンター8席だけのお店で、外との仕切りは白いスダレだけというオープンエアな空間だが、入って座れば意外に落ち着くから不思議だ。看板には「創業明治拾八年」とある。創業が1885年(明治18年)だ。

こちらのナポリタンは、大盛りでなくてもかなりの量があり、かなり濃厚な味付けだ。くるくるとフォークを回し、麺を口に入れるとケチャップとバターの味が一気に押し寄せてくる。全部食べられるだろうかと思いながらも、おいしいので完食してしまう。食べ終わったら、もう当分ナポリタンはいいかなという気持ちになるが、気がつけばまたこの店の行列に並んでしまう。

オムライスにもたっぷりのナポリタンがついているけれど、スパゲティのナポリタンとは少し違う。これはこれで、わき役としていい存在感を出しているので、食べ比べてみるのもいいかもしれない。

「むさしや」のナポリタンとオムライス。撮影=下関マグロ

■ニュー新橋ビルにはマッサージ店やアダルトショップが増えた

ニュー新橋ビルの2階には「ポワ」と「サンマルコ」という喫茶店があったのだが、両店とも閉めていた。どちらもおいしいナポリタンを出していたお店だけに残念だ。「ポア」のナポリタンは、いかにも喫茶店のナポリタンというイメージだったのに対して、「サンマルコ」のナポリタンはみそ汁や小鉢もついてきて、家庭のナポリタンといった雰囲気だった。

ニュー新橋ビルの2階にある「うみねこ」にもナポリタンが。撮影=下関マグロ

それと対照的に、ニュー新橋ビルの2階には最近、マッサージ店やアダルトショップがたくさん入っている。マッサージ店の女性に声をかけられながら歩いていると「飲み処 うみねこ」という店がランチでナポリタンを出しているのを見つけた。ものは試しと入ってみた。

ランチはナポリタンのほかに焼きそば、カレーライスがある。いずれもドリンクがついて650円。けっこうリーズナブルだ。店名からわかるように夜はお酒が飲めるお店になるようだ。

ナポリタンを注文した。あとからやってきたサラリーマン風の男性もナポリタンを注文するも売り切れだと言われ、しぶしぶ焼きそばを注文していた。

カウンターの向こう側に厨房があり、ナポリタンが炒められている。他店より炒め時間が長い。目の前のテーブルに置かれたナポリタンは茹で置きをした太麺。やはりケチャップ味でバターがかおる、新橋系のナポリタンだ。店主の小松原美穂さんによれば、店のオープンは2015年3月。昭和ではなく平成ではないか。平成に開店したお店でも昭和ナポリタンを出すお店があったのだ。小松原さんに聞いてみると……。

「うみねこ」のナポリタン。撮影=下関マグロ

■Yシャツにオレンジ色のソースが飛ばないようによく炒める

――新橋系のナポリタンを研究されてこういう形になったのですか?

「母親から教えられたレシピです。麺は太いほうがおいしいと教えてもらって」

――新橋系のナポリタンで食べたところがありましたか?

「『ポア』さんではいただきました。おいしかったですよ」

――きょうはナポリタンが売り切れでしたが、やはり人気があるんですか?

「たまたまですね。ナポリタンは茹で置きの麺など準備が必要ですから、数に限りがありますので」

こちらのランチタイムは11:30~14:00。確実にナポリタンにありつくには早い時間帯がよさそうだ。

この店のナポリタンも旧来の新橋系のナポリタン同様に粘度が極めて高い。よく炒められ、水分が飛んでいるのだ。実はこうして水分を飛ばすことで粘度が高くなる。以前、ある店の人に聞いたが、新橋系のナポリタンが粘度の高い理由は「お客さん(主にサラリーマン)が着用しているのは白いワイシャツなので、そこにオレンジ色のソースが飛ばないために水気をできるだけなくしている」ということだった。さりげない気遣いが、粘度が高いリーマンパスタの生みの親だったわけだ。

昭和のナポリタン、平成のナポリタン、僕は両方好きだが、令和のナポリタンはどうなるのだろうか。すてきな令和のナポリタンに出会ったら、またリポートしたい。

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下関 マグロ(しものせき・まぐろ)
コラムニスト
1958(昭和33)年、山口県生まれ。桃山学院大学卒。フリーターなどを経て、ライターとなる。主な著書に『まな板の上のマグロ』『アブない人びと』(幻冬舎文庫)、『歩考力―「ひと駅歩き」からはじめる生活リストラクチャリング』(National Business)など。本名の増田剛己にて、オールアバウトの散歩ガイド。

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(コラムニスト 下関 マグロ)

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