投資家に聞く「赤字でもお金を貸す社長」
プレジデントオンライン / 2019年8月5日 11時15分
■赤字でもお金を貸す社長、黒字でも断る社長
金融機関は融資する場合、これまで金融庁の「金融検査マニュアル」にならって審査を行ってきた。審査基準としては、大きく分けて「定量評価」と「定性評価」がある。
定量評価とは、売上高や利益、資産、負債といった、数値化された経営指標による評価。一方の定性評価とは、経営者や社員の能力、市場や企業の将来性といった、数値化が難しいデータによる評価だ。地方銀行の足利銀行で渉外(営業)を担当し、数多くの中小企業に融資した経験を持つ経営コンサルタントの村上浩さんは、融資審査の手順について、次のように説明する。
「融資先候補の企業には、まず決算書を提出してもらいます。それらのデータによる定量評価、経営者との面談などによる定性評価などから総合評価して信用格付を行い、債権者区分を決めて、融資するかどうかを判断します」
信用格付は上から1~10格の10段階に分かれ、下位の7~10格には原則、融資は行わない。問題となるのは定量評価でボーダーラインとされた企業で、その命運を分けるのが定性評価なのだ。
定性評価が総合評価に占める割合は、一般にメガバンクでは約10%、地銀では約20%、信用金庫や信用組合では約30%といわれている。地域密着度が高い金融機関ほど、地元企業の振興のため、定性評価を重視する傾向にあるわけだ。みずほ銀行元常務執行役員で現在、第一勧業信用組合理事長として創業融資に力を入れている新田信行さんは次のように話す。
「ベンチャー企業や小規模企業に融資する場合、定量評価が難しく、実質的にはほぼ経営者で判断しています。事業に対する思いなど対話を重ねるなかで、経営者の人間性を見極め、『この社長は信用できるかどうか』と目利きをしていくわけです」
実は、金融検査マニュアルは2019年4月に廃止された。ある地銀で融資を担当する平野雄太さん(仮名)は4月以降の動きについて、「信用格付は現在も、金融検査マニュアルに準拠して行われています。しかし、定性評価のウエートは、確実に高まっています」という。
こうした審査方法は、証券会社や保険会社といったほかの金融機関も、基本的には同じ。ベンチャー企業に投資するベンチャーキャピタル(VC)や商社、投資家などは、定性評価で判断する余地が格段に大きいようだ。オリックス系のVCで数多くの投資を手がけ、現在は起業家教育の動画ラーニングを手がける嶋内秀之さんが話す。
「創業間もないベンチャー企業は、売上高や資産などの定量データも少なくて、将来の判断が難しい。10年後のキャピタルゲインを狙うのであれば、企業の将来性に賭ける部分が大きくなります。チェックすべき項目がすべて揃う会社はあまりなく、定量データは誰が見ても大きく判断は変わらず、定性的なものの影響が大きいでしょう」
■担当者の心を射た、女性経営者
実は、金融機関の渉外担当者は内心、「お金を貸したくて」うずうずしている。優良な融資先、投資先が減少傾向にあり、金融機関同士の「貸し出し競争」も激しさを増しているからだ。銀行マン時代に渉外担当だったときの村上さんは、ある“秘策”を考えて、営業成績トップを続けた凄腕だった。
「担当エリアの有力な税理士さんと懇意になったのです。地元企業の顧問を何社も引き受けていて、財務内容から経営者の家庭事情まで知り尽くしていたからです。そのなかから融資先として信用できる、地元の隠れた優良企業を紹介してもらいました」
新規開拓に成功した優良企業のなかでも、特に印象に残っているのが、独身の女性が社長を務める「カブトムシ屋」だったと村上さんは明かす。その女性社長は子どもがいなかったせいか、「子どもの喜ぶ顔が好きなのよ」が口癖だった。カブトムシを取り扱うようになったのも、カブトムシに触れたときの子どもの笑顔を見て、「こんな笑顔を増やしたい」と考えたからだそうだ。「そういう考え方なら、顧客に支持され続けていくでしょうし、融資したいと思いました」と村上さんはいう。
つまり、融資を受けたいと欲したなら、まず「金融機関の渉外担当者の心を射よ」ということだ。VCが企業への投資を検討する際も、経営者の資質が重視されるのだと嶋内さんはいう。
「ベンチャー企業は『山あり、谷あり』で、失敗や壁に直面した際に、危機を乗り越えようとする意思や、周囲の意見を積極的に取り入れようとする姿勢が、経験から学ぶ力となり、成長に影響しているように思います。最近では、経営者もVCの担当者もSNSでお互いの繋がりがよくわかりますので、自分たちの見立てがおおむね適切なのかどうかは、周囲の方に印象を確認しながら固めていることもあるようです」
■約束の履行が、信用醸成の第一歩
それでは、金融機関は具体的にどんなキャラクターの社長なら、「融資したい」「投資したい」と考えるのだろうか? 反対に、「この人には融資したくない」と担当者に思われてしまうような残念な社長とは、どんな人物像なのだろうか?
融資の前提条件として、まずいえるのは、「信用できる人物」かどうかということ。それには、日頃からの小さな積み重ねがモノをいう。
「たとえば、アポを取っておいた訪問日時にしっかり対応する、要望していた決算や試算表などの資料をきちんと揃えて提出するといった、小さな約束事を一つひとつ、確実に履行できるかどうかを、金融機関の担当者は厳しくチェックしています。なぜなら、どんな小さな約束であってもきちんと守ってくれる経営者ならば、融資した場合でも期日までに確実に返済してもらえるだろうと、期待ができるからです」(平野さん)
反対に、小さな約束をおろそかにしてしまう社長だと信用されず、融資も受けにくい。平野さんが自身の経験を明かす。
「山の奥にある会社だったのですが、支店長を連れて行き、社長と面談するアポを取っておいたのに、行ってみたら社長が外出していて留守でした。受付の女性社員は平謝りでしたが、忙しいなか時間をさいてきた面談をすっぽかされた支店長はカンカンでした。その会社は結局、廃業したらしく、今はありません」
■融資したくなる社長の共通点
まさに「信用は資本なり」なのだ。そして、その信用は約束を履行していくことによって得られるものなのである。一方、金融機関の担当者が融資したくなる社長の共通点としては、「事業への熱い思い」があげられると平野さんは指摘する。
「私は、町工場が多いエリアを担当したことがあります。融資先として開拓したメーカーのオーナー社長は、大半が技術者出身で自社の製品のことになると、目を輝かせて、夢中になって説明するタイプが多かったですね。口達者な人ばかりではないんですが、仕事に裏打ちされた話なので、言葉に重みがあって心を打つんです。そういうタイプの社長は仕事熱心で、会社も成長するケースが多いのです」
平野さんの印象に強く残っているのは、あるプラスチック成形加工メーカーの当時70代だった社長で、「国際情勢の変化を踏まえた将来の経営ビジョンについて、よく話をしてくれました。勉強熱心で、とても視野の広い経営者でした。また、私が話すことにも真摯に耳を傾けて、その内容もよく覚えていてくれて、ご自身の意見もいただきました」と振り返る。
その一方で最近、融資をためらったケースとして、思わず人間性を疑ってしまうような、こんなとんでもない経営者がいたそうだ。
「一流大学出身の優秀な社長なのですが、それをひけらかして、『だから、信用できるだろう』という態度を取り、こちらの出身大学まで尋ねてきます。さらに『うちも人材難で困っている。高卒ばかりで、使えないのが多いんだよね』などと、社員の前で聞こえよがしにいいます。これでは人望を失うばかりで、社員の定着率は悪くなる一方でしょう。当然、経営の先行きが危ぶまれ、融資は難しくなります」
そんな経営者に限って、分不相応な高級スーツや高級腕時計をこれ見よがしに身につけていたりして、仕事に対するヤル気や金銭感覚も疑いたくなるそうだ。「また、趣味や道楽の話に花を咲かせたり、自分の株投資や不動産運用の相談ばかりしたりする社長も、経営者としての資質を疑いたくなります」と平野さん。
■負債10億円の会社に、新規融資をしたワケ
また、新田さんは「融資をしたくなる社長かどうかは、会社の現場を見れば、一目瞭然です」と語る。経営者にとって、会社は手塩にかけたわが子も同然であり、自分自身の“映し鏡”でもある。会社に人生を懸けている経営者なら、その生きざまや姿勢が現場にも浸透するものだと新田さんはいう。
「融資をしたくなる会社というのはたいてい、社長が“現場大好き人間”なのです。仕事に自信と誇りを持っていて、社長のほうから『ぜひ、うちの工場を見てよ』といった具合に、誘われるケースも多い。実際に工場や店舗を見ると、隅々まで整理整頓されていて、トイレまで掃除が行き届いている。社員も元気に働いていて、その会社の生産性の高さもわかります」
融資をしたくない社長というのは、それとは真逆のパターンだ。「たまに社長が現場の見学を、口実を設けて断ってくることがあります。それでも粘って見せてもらうと、工場や店舗が雑然としていて雰囲気も暗く、生産性が低そうなことがわかります。社員のヤル気のなさも歴然としています」と平野さんはいう。
さらに平野さんは、先の経営者の身だしなみも重要なチェックポイントにしており、「私が融資したいと考える経営者のほとんどは、無闇に着飾ったりせず、こざっぱりした身なりをして、実直な雰囲気の方ばかりなのです。メーカーの社長なら、作業服などを着込んでいます」と話す。
その一方で村上さんが、地銀の審査基準では融資が難しい企業だったが、社長の人となりや立ち居振る舞いを見て、「この社長なら」と信用し、融資を実現させた体験談を披露してくれた。その企業は、実質的に経営破たんした建設会社。地元の有力企業だったが、前社長がどんぶり勘定の放漫経営を続け、売上高が20億円なのに、10億円もの負債を抱えてしまったのだ。
「再建を引き受けたのが、社長の弟さんでした。自身も自動車部品メーカーを営んでいましたが、創業家の一員として後を継いだのです。新社長は私財を負債の返済に充てたうえ、社員の前で会社の経営実態を説明し、創業家や社長自身の責任も明確にして、再建への協力を求めました。身内の恥をさらすのもいとわなかったわけで、なかなかできることではありません。私は経営者としての度量の大きさを強く感じました」
村上さんは銀行や債権者の説得に奔走、金融機関も債権放棄などで協力した。その結果、建設会社は特別清算し、新会社を立ち上げる形で再建した。その後は合理的な経営手法を導入して、今では財務内容がピカピカの会社になったそうだ。
■地域の職能集団を支援するコミュニティローン
第一勧業信用組合は、地域の職能集団を支援するコミュニティローンの一環として、「芸者さんローン」を手がけている。「2015年に東京・浅草のある芸者さんに融資したのが、きっかけでした」と新田さんは振り返る。その芸者さんは40歳で、地元の浅草でバーを開業しようとしたが、ほかのどの金融機関も融資に応じなかったという。
「聞けば東京の花街では、知らぬ者がいない売れっ子の芸者さんでした。しかも、『浅草は夜8時以降に飲める店が少ないから、私が盛り上げたい』という出店の理由もいい。江戸っ子の心意気を感じました。得意客も大勢いるので、店は流行るに違いないと、当組合が融資をさせていただきました」
新田さんは、「有望な経営者を見出して、ほかの人とマッチングし、自分も成長する。それがバンカーとしての喜びですね」と力を込める。ほかの金融機関やベンチャーキャピタルなども、思いは同じ。今後はますます、「社長の器」が融資を左右する決め手になりそうだ。「宝石の原石」と融資担当者に思われるように、経営者としての資質や実力に常日頃から磨きをかけておきたいものである。
(ジャーナリスト 野澤 正毅 写真=iStock.com)
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