葬式にアップルウォッチは、アリかナシか
プレジデントオンライン / 2019年6月24日 15時15分
■アップルウォッチを着けて採用面接に行った日のこと
5年ほど前のことだ。ある企業の新卒採用面接の前に友人とお茶をしていた。
彼は、筆者の腕に着けていたアップルウォッチ(Apple Watch)を指差し、こういった。
「それ、大丈夫なの?」
当時はまだ、スマートウォッチがいまほど浸透していなかった。それに「カジュアルなもの」という世間の認識を抜け出せていなかったから、新卒採用面接にはふさわしくないという空気感が確かにあったように思える。
そういったスマートウォッチに対する偏見に対し、やり場のない憤りを覚えた。
どうしてスマートウォッチはダメなのか、デジタルガジェットだからか? ビジネスの現場でテクノロジーの進化を受け入れられなければ、日本の未来は明るくないな……。
あれから5年たったいまはどうだろうか。
少なくとも筆者の周りでは、スマートウォッチ(ほぼほぼアップルウォッチだが)を着用して仕事をしている人が圧倒的に増えてきたように思える。筆者がデジタル関係の仕事をしているのも1つの要因かもしれないが、街中でもスマートウォッチを着けたスーツ姿のビジネスパーソンを見かけるようになった。
■葬式でディスプレーを光らせる行為
着用シーンは確かに増え、その普遍性も着々と高まってきているのだ。ただし、スマートウォッチが当たり前になる日はまだ遠いように思う。正しい使い方をできていない人が一定数いるからだ。
先日は、葬式の参列者にスマートウォッチを着けてきた人がいた。それ自体はいいのだが、使い方がなっていない。その彼は葬式というマナーが重視される場にもかかわらず、悠々とディスプレーを光らせたりメッセージアプリを開いたりしていた。
そうした非常識的な使い方がスマートウォッチの地位を落とす。結婚式でもおなじような光景をよく見かける。その都度、就活時代の憤りがよみがえってきて憂鬱な気分になる。
ただ考えてみると、これまで「スマートウォッチの現在地」については語られてこなかった。だからこそ、スマートウォッチの着用はどこまでセーフで、どこまでがアウトかを考察する必要があると感じた。
具体的には「①仕事におけるスマートウォッチ」「②冠婚葬祭におけるスマートウォッチ」「③ファッションとしてのスマートウォッチ」の3つのシーンになる。実際にそれぞれどんな使い方をされているかも併せて解説していこう。
■マナーとデジタルは相性が悪い
まずは、先に述べたマナーが必要とされる「冠婚葬祭」について、可否をはっきりさせたい。
そもそもデジタルガジェットとは「新しいもの」というイメージがある。一方でマナーは伝統、つまり「古くからあるもの」と密接に関わっている。つまり、デジタルガジェットとマナーの相性はよろしくない。
しかし、デジタルガジェットは新しく、そしてさまざまな機能があるからと「マナー」と遠ざかったままでは、そのポジションは変わっていかない。思うに、敬遠する必要もなくて、単に使い方を工夫すればいいのではないだろうか。
そう考えながらリサーチを重ね、専門家の意見も聞いてみた。フォーマルウェアの販売員の経験を持つ知人や、葬儀関係者の知人は、「(スマートウォッチは冠婚葬祭でも)ありだけど、色は黒を基調としたものでベルトの素材も皮のもの、文字盤は落ち着いたもの」という。
いわゆる時計を着ける際に気をつけることとおなじである。もちろん通知機能をオフにするなど、あたり前のマナーを守ったうえでの話ではある。
つまり、冠婚葬祭でのスマートウォッチが「あり」か「なし」かではなく、「何を選ぶか」「どう使うか」ということになる。
考えてみれば、デジタルデバイスというのは「デジタル」なだけなのに「おもちゃ」という捉えられ方をされ、フォーマルな場所やマナーが必要な場所で敬遠されがちな気がする。しかし本質はその「使い方」にあるのではないか。
ものそのものではなく、人に危害や不快感を与えない使い方から思考をはじめるべきだ。
■使うとビジネスに強くなれるのか?
アンドロイドウェア(Android Wear)「ファーウェイウォッチ(HUAWEI WATCH)」の文字盤は一見普通のビジネスウォッチと変わらない
繰り返しになるが、今日、仕事でもスマートウォッチを着けている人はめずらしくない。職場の会議や研修はもちろん、商談や会食など、もはやどこで着けていてもとくに干渉されることはない。
では彼、彼女らはなぜスマートウォッチを着けて仕事をするのか。また、どのように活用しているのだろうか。
聞くと、多くの人がその機能すべてを使いこなしているわけではない。使っているのは主に「通知機能」だ。
どのアプリからどんなタイトルのメールやメッセージが来たのかが通知でわかるのは、シンプルな機能だが、仕事の効率化に大いに役立つ。毎日何十通、何百通届く内容を会議中や移動中にスマートフォンでいちいち確認するのは至難の業だからだ。
また、アプリによってはあらかじめ登録された定型文をタップすることで簡単に返信することもできる。「え、でもそれだけ?」と思う人もいるかもしれないが、実際、ほとんどの人がそれだけなのである(ビジネスツール以外では電子決済機能などを活用している人も多いが)。
ただ「それだけ」でも仕事の生産性は上がる。あらかじめどのようなメールが来ているかをその都度把握しておくことで、PCでメールを開いた後の把握や優先順位づけが圧倒的に早くなるのだ(筆者はけっこう億劫なタイプなので、定型文ワンタップで返信を済ませることも多いのだが)。
最近では、アップルのように本体にディスプレーが付いているものではなく、一見スマートウォッチとは見えないようなものも増えてきた。ソニーのウェナ(wena)はその代表格ともいえるだろう。いまだ抵抗感がある人たちはこういったものからスーツに合わせて選ぶのもいいだろう。
もしかしたらディスプレーが小さいとか、そもそもディスプレーがないようなスマートウォッチだと機能が使えないのではないか、と考える人も多いのではないだろうか。それでも試してみる価値はある。通知機能だけでも日々の仕事の負荷は思った以上に軽くなるはずだ。
また個人的には、スマートウォッチをファッションとして楽しむだけでも大いに歓迎だ。ただしマナーを守ればの話ではあるが。
くわしくは次の章に譲ろう。
■ナイキやエルメスともコラボ
最後に、ファッションとしてのスマートウォッチについて考察したい。
今日、アップルやサムスン、ソニーだけでなく時計メーカーのタグホイヤーやフォッシルも独自のデザインのスマートウォッチをつくっている。マークジェイコブスをはじめとしたファッションブランドも参入している。
また自社ブランドでスマートウォッチ本体を出しているわけではないが、ナイキやエルメスといった誰もが知るブランドは、アップルウォッチとオフィシャルにコラボし、オリジナルのベルトや文字盤をつくっている。
デジタル×ファッションに特化したWebメディア「DiFa」では、「29people 29ways」というアップルウォッチのリアルな着こなし術を紹介する特集もある。
このようにスマートウォッチ市場では、よりファッション性に特化した動きが目立つが、実際はアップルウォッチをデフォルトの状態で着けている人がほとんどで、時計の種類やバンドを変えて楽しんでいる人に会う機会は少ない。
スマホのケースは、いまは一人ひとりちがう。たとえば「かわいいだけで、ケースとしては不便で持ちにくい」というケースを付けている人もよく見かける。筆者の印象では、スマホが出てきたばかりのころは、みんなシンプルなクリアケースを使っていた。きっとスマホ自体を自慢したかったからだろう。
スマートフォンが電話の置き換えだったとすれば、いまは過渡期なのかもしれない。
デバイスが当たり前になる(違和感がなくなる)→さまざまなデザインの選択肢が増える→デザインを楽しむようになる。そんな順番で、これからデザインを楽しむように変わっていく気がする。
■もっと「当たり前」になるには
ただ、筆者はスマートウォッチがファッションアイテムとして確立されるには、1つ課題があると考えている。
そもそも時計が好きな人はいくつかの時計を持っていて、その日の気分やコーディネートによって着ける時計を変える。スマートウォッチの場合、その「変える」というアクションが苦い体験につながるのだ。それぞれのスマートウォッチで管理するアプリやプラットフォームが違うから、こうした不具合が起こる。
たとえばアップルウォッチからアンドロイドウェア(Android Wear)に変えると、スマホを乗り換えるのと同じで、いちいち通知の設定を見直さなければいけない。ヘルスケア系のライフログも蓄積される場所が変わるので、データの移管性がなくなってしまう。だからバンドを変えることはできても、スマートウォッチ本体を気軽に変えることは難しい。
今後、プラットフォームやアプリがさまざまなスマートウォッチと連携または統合されていけば、本来の意味でファッションとして楽しめる可能性は高まる。
スマートウォッチをデジタルと捉える考えのままでは、状況はなにも変わらない。バイアスがなくなり、その使い方や課題点と向き合えたとき、真に「装い」として当たり前のアイテムとなるだろう。
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ITガジェットジャーナリスト
1991年生まれ。法政大学デザイン工学学士。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム課程修了。百貨店勤務。デジタル部門所属。スマートスピーカー、スマートウォッチ、VRをはじめとした最新ガジェットをそれぞれ複数台所有。最新のデジタルサブスクリプションサービスを駆使して、デジタルが生活に溶け込むライフスタイルを研究中。
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(ITガジェットジャーナリスト 土屋 亘)
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