日本のユニコーンが極端に少ない根本原因
プレジデントオンライン / 2019年6月21日 15時15分
※本稿は、クレイトン・M・クリステンセン、エフォサ・オジョモ、カレン・ディロン『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ)に収録された津田真吾氏の日本語版解説を再編集したものです。
■「無消費者」を対象にして驚異的な成長を遂げた日本
今回、本書『繁栄のパラドクス』の解説を引き受けるにあたり、氏が発したこの問いに対する答えを聞きたいと思い、いくつかの質問を行った。以下に、クリステンセン氏が直接語った言葉をご紹介しよう。
──最後にお会いしたのは4年前、2015年でした。それから日本のGDPは5%成長し、国の借金は8%近く増えました。わが国の経済は危機的状況にあるのでしょうか?
【クリステンセン】見方によると言えます。組織の借金が成長率を上回るペースで増えることは問題ですが、そこにとどまる必要はありません。日本は戦後、驚異的な成長を見せました。当時の起業家たちは、既存の市場で売られている製品に手が届かない何百万人もの市民に向け、彼らが手に入れることのできるような数々のイノベーションを起こした。「無消費者」を対象にシンプルで低価格な製品を開発したのです。ソニーのトランジスターラジオやウォークマンがいい例です。90年代初期以降、日本経済は低迷に苦しんでいますが、日本の起業家が再び無消費者を対象にしたイノベーションに集中すれば、より経済も強く成長することでしょう。
──日本は十分に繁栄していると言えるのでしょうか?
【クリステンセン】まず、「繁栄」の定義をはっきりさせておきましょう。わかりやすい指標として、質の高い教育や医療、行政の存在が挙げられます。こうした指標は確かに無視できませんが、もっと大切なのは市民に十分な数と収入をもたらす雇用機会があるかどうか、また社会階層が固定されず、誰もが上昇するチャンスをもてるかどうかです。
日本はこれらの尺度で見れば、繁栄していると言えるでしょう。しかし重要なのは、多くの地域住民が経済的、社会的、政治的な幸福度を向上させていくプロセスです。日本にとってはこのプロセスが現在進行形なのかどうかが問われています。日本は今現在も、市民の発展を育んでいるのだろうか、と。戦後の貧困から繁栄までの軌跡には目を見張るものがありますが、今の世代や、将来の世代にわたってこのプロセスを継続させることの重要性に気づく必要があります。
■イノベーションは3種類ある
──本書では繁栄を「多くの地域住民が経済的、社会的、政治的な幸福度を向上させていくプロセス」と定義していますね。日本のように過去25年間、経済成長できずにもがいている国は、この3つの側面のうち、どこから手をつけていくべきですか?
【クリステンセン】3つは互いに連係しています。ひとつが花開けば、他を支えます。もっとも、経済的側面がすべてのきっかけとなると言えるでしょう。経済が繁栄すると、その状態を維持するために周辺の社会的・政治的な状況が整備されるのです。
──消費経済は、無視しにくい魅力を持っています。どうすれば政治家や政策立案者、さらにはビジネスパーソンに、無消費経済をターゲットにするよう訴えられるでしょうか?
【クリステンセン】政策立案者やビジネスパーソンにとって最も重要なことのひとつは、イノベーションには種類があると理解することです。持続型、効率化、市場創造型という3つのイノベーションはどれも重要ですが、それぞれ別々の役割を持ちます。この中で、市場創造型イノベーションだけが持続的な経済発展につながる役割を果たし、他の2つは消費経済を対象にします。いわば既存顧客の維持、または製品の価格を下げる努力といった文脈でのイノベーションです。企業の継続的な成長にはどちらも大事ですが、新たな収入源としては期待できません。真の成長は、無消費の状態にある顧客を発見することから始まります。これらの顧客は自らが直面する課題を解決するために苦心していて、何かしら手頃な価格で身近な解決策が現れるのを待っています。市場創造型イノベーションは、まさにこれを成し遂げ、顧客がまだ見えていないところに市場をつくり出すのです。
もし、イノベーション活動は活発なのにもかかわらず国の繁栄がストップしているようならば、それはイノベーションの種類を間違えているという問題かもしれません。政策立案者やビジネスパーソンなど、経済発展の意思決定に携わるステークホルダーたちがこのことを理解すれば、よりよい判断ができるのではないでしょうか。
■“ゆとりや遊び”は社会が繁栄している証
──言い換えると、効率化イノベーションと持続的イノベーションは過大評価されていますよね。例えば、日本は効率的な国だとは思うのですが、“ゆとりや遊び”が少ない社会のように感じます。
【クリステンセン】効率化イノベーションも大事です。製品やサービスをより効率的に提供できるようにすることは、他のことに取り組むための資源を生み出します。その資源が新たな成長を生み出しえるのです。ただし、その資源が何に投資されているか、注意する必要があります。もし、効率化イノベーションや持続型イノベーションに再投資しているなら、同じことの繰り返しになってしまう。一方で市場創造型イノベーションに投資をすれば、劇的に状況を変える可能性があります。ある特定のイノベーションにだけ取り組むことは、他のイノベーションを阻害することもあり、その意味でも注意したいところです。加えて“ゆとりや遊び”は社会が繁栄している証だということも指摘できます。
■組織が陥りがちな「プッシュ戦略」の罠
──過去に成功した解決策を、「プッシュ(押し売り)」することを組織はついやりがちです。私たちが「プル(引き込む)」マインドセットに切り替えていくためにできることはありますか?
【クリステンセン】プッシュ戦略は組織が頻繁に陥る罠のひとつです。プッシュ戦略の場合、自分は答えを知っていると思い込んでいるため、質問をすることはありません。相手が提供された解決策をどのように受け取るかを真に理解しようとする前につくり、売りつけるのです。プル戦略はまったく逆です。プル戦略はまず、質問をするところから始まります。人が何を欲しているかを想定するのではなく、観察するのです。ソニーを創業した盛田昭夫と井深大は、このことに卓越していました。彼らは人々の生活を観察し、質問をし、市場創造につながるようなイノベーションに成功した。そのことによって、日本(そして世界)経済にさまざまなことを引き込むような影響を及ぼしました。
──十分な経済的繁栄が得られたなら、次に国は、国民の幸福に注目するべきだと思います。どうお考えですか?
【クリステンセン】みながよりよい世界を目指して力を尽くす中にあっても、人生で一番大切なものは何かを、ひとりひとりが忘れないでいてほしいと願います。幸福は、欠かすことができません。経済的な繁栄だけでは社会の問題をすべて解決することはできないし、私たちの個人的な問題を解決することもできないですよね? 本書にもロバート・ケネディの言葉を引用しましたが、彼はとても意義深いことを言っています。経済的な尺度のみで成功を測るのは間違いです。ケネディが言ったとおり、GDPには「詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、公に討論することのできる知性も含まれていません」。GDPはなんでも測れるようでいて、人生の価値を高めてくれるものは含まれていないのです。
■人々の善意が報われるために
クリステンセン氏は、世界には「よりよい世界を目指して力を尽くす」人たちが溢れているという。本書は、そうした善意ある努力を重ねても、必ずしも地域が繁栄するとは限らないことを指摘し、その処方箋として「市場創造型イノベーション」を提示する。貧困対策だけでは貧困を解決しないし、国が繁栄しないのは法律や行政機関が足りないからではなく、ある特殊なタイプのイノベーションが欠けているからである。制度やガバナンスといった解決策をプッシュする(押しつける)のをやめ、無消費者を消費者に変えることから始めれば人々の善意は報われる、というのが本書の主旨だ。
経済状況が悪いとき、私欲に走った政策を責め、無駄遣いを見逃したガバナンスを責めるのは簡単だ。だがクリステンセン氏は、悪意ある汚職でさえ、市民が問題を解決するための合理的な手段のひとつとして一定の理解を示す。身の回りの安全を守るために用心棒を雇うこともあれば、警察に頼ったほうがよいこともある。すべては状況次第なのだ、と。実際、戦後の日本も、非合法な「やりくり」は日常茶飯事だったという。今のように政府は機能しておらず、法律も徐々に整備されていった。
■ソニーやホンダは雇用を生み出した
このように、私たちが陥りがちな構造的な問題を明らかにする点でも、クリステンセン氏の視点は非常に有益である。
本書に登場するソニーやホンダを筆頭とする企業が市場創造型イノベーションを起こしたことで、波及的に周辺企業にも雇用が生まれた。従業員は消費者となり、さらなる需要を生み出すというプロセスが戦後の復興を担った。当たり前だが、国からの命令がソニーを生み出したわけでもスーパーカブを生み出したわけでもないのだ。さらに今日の日本のような繁栄は、韓国や米国などごく一部の国にしか訪れていない。つまり、繁栄とは極めて例外的な事象なのである。善意ある世界中の人が切望する「繁栄」、これが難しいのはすなわち逆説的、つまりパラドクスを孕んでいるためだと理解するのがわかりやすい。通説に反した、あるいは直観に反した因果を及ぼすパラドクスは、物事を成功させるための重要な知恵となる。
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ハーバード・ビジネス・スクール教授
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。12冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビューの年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。ビジネス界における多大な功績が評価され、「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50)に複数回選出されている。
津田 真吾(つだ・しんご)
INDEE Japan 代表取締役テクニカルディレクター
日本アイ・ビー・エム、日立グローバルストレージテクノロジーズ、iTiDコンサルティングを経て、イノベーションコンサルティングおよびハンズオン事業開発支援に特化したINDEE Japanを共同創業。IBM時代に「イノベーションのジレンマ」に触れ、イノベーションの道を歩み続けることを決意する。その著者であるクレイトン・クリステンセン設立の米国Innosightと提携。近年では、アクセラレーションプログラム ZENTECH DOJOを立ち上げ、シード期のスタートアップを支援する。
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(INDEE Japan 代表取締役テクニカルディレクター 津田 真吾 写真=iStock.com)
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