不夜城職場を定時退社にしたトップの一言
プレジデントオンライン / 2019年6月25日 6時15分
■“19時前退社”の驚くべき効果
【白河】大和証券グループは、2005年に「女性活躍支援」、2007年に「ワーク・ライフ・バランス」の取り組みをスタートしています。証券会社の100年来の働き方を変えたと言われる「19時前退社の徹底」は画期的です。これは金融業界だけでなく、産業界のなかで見てもかなり早いほうでしたね。
【中田】企業のサステナビリティ(持続可能性)を考えると、競争力の源泉はやはり人材ですから、女性も男性も、老いも若きも生き生きと働く環境を整備することは重要です。当時から、大和証券は社員数の約4割が女性でしたから、まずは女性社員に生き生きと働いてもらえる環境を整備しようと「女性活躍支援」をスタートしました。その2年後に、営業店を中心に「19時前退社」を実施しています。
【白河】「働き方改革」が言われはじめる何年も前に、労働時間短縮を経営の課題とされていたわけですね。かつては“不夜城”のイメージがあった証券業界ですが、なぜこの取り組みを始めたのでしょう?
【中田】19時前に会社を出れば、一日の時間を自分でマネージできるということですよ。初めのうちは飲み会が増えたという話もありましたが、そんなに飲んでばかりもいられませんよ。そうすると、自己研鑽(けんさん)に時間を充てる社員が増えてきます。結果として、フィナンシャル・プランナーの最高位であるCFP資格の取得者が約800人になりました。金融業界では、圧倒的にナンバーワンの人数です。
イーラーニングなど自己研鑽の仕組みづくりにも力を入れています。当社は多摩に研修センターがあるのですが、土日の泊まりがけのものも含めてさまざまな研修が実施されています。女性の参加率を50%にしようという目標を設定していて、ベビーシッターさんに来てもらうなど、子どものいる社員も研修を受けやすい工夫をしています。
【白河】営業の方などは忙しくて、CFP資格はなかなか取得できないと聞きますけど、それだけ増えたことだけでも「19時前退社」の効果は大きいですね。
■定着までに3年かかった
【中田】それこそ“不夜城”の時代は、勉強時間を捻出するのが大変でした。私より少し下の世代で証券アナリストの資格に合格した人たちは毎朝4時ぐらいに起きて、勉強してから会社に来ていました。それで夜は、終電近くまで残業することもあった。残業は上司の指示で決まるから、自分では何時に帰れるかはわからない。そんな働き方では、一日の時間が自分でマネージできるはずありません。
【白河】長年の習慣だから、社員の方たちは「19時前退社なんてできっこない」と思ったでしょうね。そういう会社は、今もたくさんあると思います。
【中田】支店長のなかには「どうせすぐ元に戻るよ」と高をくくって従わない者もいました。私は人事担当役員でしたが、当時の鈴木茂晴社長から19時以降に社員が残っている支店の支店長に「時間が守れないから次の異動候補に入っている」と注意するように言われました。最初はそれぐらいの強制力を働かせないと、慣れ親しんだ仕事のやり方は変えられません。ルールを守らなければ大変なことになると思うから、業務効率を上げて19時前に仕事が終わる仕組みを作る。定着するまで3年ほどかかりました。今は19時に支店を施錠しますから、18時半ごろには仕事を終えています。その後に入社した社員たちは、研修でもしっかり教えるし、初めから「うちはそういう会社」と思っていますね。入社2年目までは17時10分の定時に仕事を終えますから。
■時間を延ばすくらいなら仕事を断れ
【白河】それは早い。「若いうちにたくさん働いて仕事を覚えたほうがいい」と考える人たちもいそうですけど。
【中田】人間が本当に集中できるのは、一日のうちで数時間でしょう。初めから残業するつもりだからダラダラ仕事をする。私だって身に覚えがあります。営業に出ている昼間は喫茶店で休憩し、帰社後も帰れる時間がわからないから、夕方になるとまず腹ごしらえする(笑)。悪循環ですよ。そういうムダを省いて集中すれば業務効率は上がるんです。
【白河】業績を上げるためにちょっと時間を延ばしたいというふうにはならないですか?
【中田】もう後戻りはしません。業務効率を上げていくことはわれわれにとって永遠のテーマですが、売り上げを上げるために働く時間を延長しようという発想の人はもういません。「例外は」とか「さはさりながら」は一切排除しなければなりません。防波堤が壊れるとずるずると悪化してしまうからです。だから私は役員会で「時間と仕事を天秤にかけなければならない状況では仕事を捨てろ」と言ったことがあるほどです。時間内にできない無理がかかる仕事なのであれば、断ってもいいと。
■両立環境があればキャリアアップ意識も高まる
【白河】女性の営業職に聞くと、「キャリアアップのイメージがわかない」一番の理由は長時間労働でした。19時前退社をはじめとするワーク・ライフ・バランスの環境整備は、これからのキャリアアップを考える女性社員や子育て中の社員は助かりますね。
【中田】これは女性社員に限った話ではないですが、保育所に子どもを迎えに行けるとか、スーパーが閉まる前に買い物ができるとか、副次的な効果は数多くあるようです。女性活躍支援にも深くかかわってきますね。結婚、出産、育児といったライフイベントと両立しながら働ける環境であれば、キャリアアップにも意欲的になるというつながりです。かつては、今後に控えているライフイベントを考えると、はたして仕事と両立できるだろうかと不安になり、それが意欲をそいでいた可能性はありますね。
【白河】会社からいえば両立支援と活躍支援の2軸があって、そのための環境整備になっていると。
【中田】そうです。私が社長になってからはワーク・ライフ・バランス委員会を立ち上げました。3カ月に一度、かなり大人数で新しい施策について議論する場です。支店の女性社員を招いて生の声を聞いたり、利用率が低い制度を改善したり、ワーク・ライフ・バランスについてみんなで考えています。
■男性社員の育休取得率は100%
【白河】今後は女性だけでなく「男性の両立支援」も課題です。女性社員だけでなく、男性社員についても制度などを検討されるわけですか?
【中田】男女の区別なく、ワーク・ライフ・バランスの施策について検討していきます。もちろん、男性社員の育児休職も含まれますね。
【白河】男性の育児休職は、100%の取得率ですね。これまで男性が育児で休む習慣がなかったから、初めはかなりプッシュしたのでしょうか。
【中田】初めはプッシュしましたけど、現在の取得率は100%ですから、もう男性が育児休職を取ることはごく自然になりました。1年近く取得したケースもあります。ただ、現状ではまだまだ取得日数が多くない。法定では最長1年ですけど、当グループは最長3年取得できる。もっと長く休んでもらうことが今後の課題です。
■親の長寿祝い休暇まで! 休みやすい仕組み
【白河】育児に深くかかわるのは男性にとってもプラスだと思いますが、女性にとっても子育て、キャリアの両面で大きな効果があります。何よりも同じ社内のライバルである男性も「育児で働き方を変える」ことが、フェアな環境支援になりますね。
【中田】育休のほかにも、年次有給休暇のなかでいろいろな休暇制度を設けています。例えば「キッズセレモニー休暇」とか「親の長寿祝い休暇」とか。
【白河】たしかに、目的がわかる名称のほうが、休暇が取得しやすそうです。
【中田】誰も「何のために休むんだ」とは聞かないですからね。「今度キッズセレモニー休暇を取ります」と申請すれば、それで終わりです。
【白河】そのように小さな壁を少しずつ壊していくことで、ワーク・ライフ・バランスの実現が広がっていくように思います。環境整備ができれば、あとは時間が解決してくれるところもある一方で、次々と新しい施策を打っていかれる姿勢もよくわかりました。
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大和証券グループ本社 社長兼CEO
1960年、東京都生まれ。83年早稲田大学政治経済学部卒業後、大和証券へ入社。2007年大和証券グループ本社執行役。09年取締役兼執行役、12年大和証券専務取締役法人本部長、16年副社長を経て、17年4月より現職。
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(相模女子大学、昭和女子大学客員教授 少子化ジャーナリスト 作家 白河 桃子、大和証券G本社社長兼CEO 中田 誠司 構成=Top Communication)
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