"男の育休"義務化でも成功しない理由2つ
プレジデントオンライン / 2019年6月26日 6時15分
■夫&父親として力を発揮せよ
最近、有志の議員連盟が男性の育休取得義務化を提言して話題になりました。まず前提として僕は男性の育休には賛成です。ではどれぐらい取ればいいのかということですが、期間は最低でも2カ月。これには2つの理由があります。
1つ目の理由は、妻のケアをするためです。女性は出産後に6~8週間ほどの産褥期(体が妊娠前の状態に回復するまでの時期)があり、この間は体をゆっくり休めることが大事だと言われています。男性は「家にいるんだから妻は休めているはず」と思いがちですが、これは大間違い。家にいても、家事や育児に追われていたのでは休養にはなりません。
誰かに代わってもらいたくても、頼みの綱の夫はフルタイムで勤務中。里帰りすればいいと思う人もいるでしょうが、誰もが親に頼れるわけではありません。家に子どもと2人では結局、自分で動かざるを得なくなります。加えて、体調が悪い時には自分をケアしてくれる人も必要ですね。産褥期には、夫が家にいて家事や育児、妻のケアを担うべきなのです。
■発達心理学の観点からも最初が肝心
2つ目は、生まれてきた赤ちゃんに保護者として認めてもらうためです。発達心理学の知見によれば、乳児は生後3カ月の間に自分を保護してくれる愛着の対象を決めるそうです。つまり、この期間に関わりが薄かった父親は、その分だけ子どもとの関係性が希薄になります。父親に寄ってこない、抱っこするとギャン泣きする──。育休を2カ月とってしっかり世話をすれば、後でそんなふうに嘆くお父さんはかなり減ると思います。
■男性が育休をとらない理由
以上をふまえれば、父親が育休を取るべき理由は分かっていただけたのではないかと思いますが、義務化の実現による弊害はないのでしょうか。結論から言えば、僕はそう簡単にうまくはいかないと思っています。
育休制度ができてから、女性の働き方には変化がありました。育休をとる女性は8割以上に増え、復職後に時短勤務や自宅勤務をしながら子育てと両立する人も多くなっています。しかし、男性の働き方はほとんど変わっていません。育休制度は男女問わず利用できるはずなのに、最新のデータでも男性の取得率は今なお6%程度。子育て中に時短・自宅勤務を選ぶ人もごくわずかです。一体なぜでしょう。その一因は、「夫婦のうち収入が低い人が休んだほうがおトクだから」です。
育休中の給付金は賃金の67%(6カ月経過後は50%)。家計へのダメージを少しでも抑えようと思ったら、収入が低い女性が育休を取ったほうがおトクになってしまいます。ちなみに給付金は非課税で、受給中は社会保険料を納付する必要もないので手元には67%よりは多く残ります。現状ではまだ、夫より妻が、収入が低い夫婦が圧倒的に多いのです。フルタイムでさえ賃金格差はおよそ10対7。これを解消しないまま経済的大黒柱である男性の育休を義務化すれば、貯蓄ゼロ世帯も少なくない中で、多くの家庭が家計面でダメージを受けるでしょう。
■収入格差と性別分業意識の解消を
もう一つ、男性の働き方が変わらないのは「男は仕事、女は家庭」という意識が根強く残っているせいでもあります。多くの男性はいまだに、女性も責任感を持って仕事をしていることに気づいていません。逆に、女性の中にも「男なんだから稼いで当たり前」と考える人が一定数いますね。男性の育休義務化は、収入格差と性別分業意識、この2つの課題解決とセットで進めないと、ただ義務化しただけで終わってしまう気がします。
■もっと思い切った施策が必要
ここまで読んで、「じゃああなたは義務化に反対なのか」と思われた人もいるかもしれませんが、そうではありません。ただし、それは日本が目指すべき姿としての話。現実的には、先ほどの課題を解決しない限り、義務化したとしても男性の育児参加は定着しないと考えているわけです。
まず、男女の収入格差について考えてみましょう。この解決には、女性の地位や賃金を男性と対等にしていく施策が必要です。女性活躍が叫ばれてはいますが、管理職における男女比や、総合職と一般職の収入格差も解消されてはいません。
「女性は出産や子育てがあるから長く働き続けられない」という思い込みはやめて、出産後も女性が働き続けられる環境を、会社でも家庭でも整備していく必要があります。また、育休取得による家計へのダメージもなくすべきです。「男女とも勤務中に育児セミナーに行ける」「給付金を賃金の100%にする」といった、思い切った施策がほしいですね。
■シングル女性にとっても他人事ではない
そして、性別分業については男女ともに意識改革が急がれます。日本は「男が上、女が下」といった文化のもとで歩んできました。高度経済成長期は「男は仕事、女は家庭」で回っていたのかもしれませんが、父親1人の働きで家族を養える時代はすでに終わっています。今後、男性の給料はさらに上がりにくくなっていくでしょう。
そうなれば妻の働きが重要になります。少し前は、家計の補助としてパートタイムで働く妻が多数派でしたが、今はフルタイム共働き時代。この時代に合わせて、男女ともにすぐにでも意識を改めなければなりません。
こうした課題は、シングルの女性にとっても他人事ではありません。生涯未婚の女性が増加する一方で、男女の賃金比は10対7のまま。男性の7割しかない収入で、定年までどう働きどう生きていくのか。この不平等な現実に、シングル女性もぜひ問題意識を持っていただきたいと思います。
■話題にするだけで終わらせない
義務化というワードによって、男性の育休に注目が集まったのは事実です。アピールは成功したと言っていいでしょう。ただ、本当に大切なのはここからです。「どうあるべきか」を主張するだけでは終わらせず、現状が「どうあるか」をしっかり分析した上で、実効性のある政策として展開することです。
そして、世の父親たちは最低2カ月の育休を取得してほしい。産後の体調は体質などにもよるでしょうが、僕の妻はなかなか回復せず、本当につらそうでした。2016年1月に子どもが生まれた際に、僕は大学の春休みを利用して2カ月間ずっと家にいました。育児をがんばるつもりだったのですが、この体調の妻に家事も育児もさせるなんてあり得ないと思ったものです。この経験のおかげで、育休中は妻のケアも重要な仕事なんだと気がつきました。男女ともに育休をとって当たり前の時代が、早く来るよう願っています。
(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 写真=iStock.com)
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