党首討論をムダに使った野党の解散恐怖症
プレジデントオンライン / 2019年6月22日 6時15分
■久しぶりに注目を集めた党首討論だったのに
「衆院解散は私の頭の片隅にもありません」。19日の党首討論で安倍晋三首相は、衆参同日選説を一蹴した。これで今春以降、永田町で吹き荒れていた解散風は沈静化することになった。
それにしてもこの日の党首討論は、野党党首たちがハプニング的な解散を恐れて腰が引けている部分が目立った。国会会期末のクライマックスのタイミングで行われた「世紀の凡戦」を、舞台裏を交えて再現してみよう。
党首討論で質問に立ったのは立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の志位和夫委員長、そして日本維新の会の片山虎之助共同代表の4人。持ち時間は枝野氏が20分、玉木氏が14分、志位氏が5分半、片山氏が5分半。合計で45分間という極めて短い時間で行われるので、それぞれに与えられた時間は限られている。しかも安倍氏は聞かれてもいないのに自分の意見をとうとうと述べる傾向の中で、どれだけの成果を上げるか。野党党首の力量が問われた。
最近、党首討論は「歴史的使命を終えた」などと言われることもあったが、今年初めて開かれた19日の党首討論は久しぶりに注目された。「枝野氏か玉木氏が解散を迫るかもしれない。安倍氏はどう答えるか」と、固唾をのんで見守ったのだ。
■期待が大きかっただけに失望も大きい「世紀の凡戦」
結果はどうか。自民党ベテラン秘書の発言を引用したい。
「まるでアントニオ猪木対モハメッド・アリの試合みたいだったな」
50代以上の人なら、このたとえ話を理解いただけるのではないだろうか。1976年、当時ボクシング・ヘビー級チャンピオンだったアリ選手と、プロレスラーの猪木選手が東京の日本武道館で戦った。「世紀の一戦」として注目されたが、お互い牽制しあってほとんど攻め合うこともなく判定に持ち込まれてしまった。
この試合は期待が大きかっただけに失望も大きく「世紀の凡戦」と言われた。今回の党首討論が、43年前の試合に似ているというのだ。
■見せ場をつくれなかった野党党首3人の体たらく
第1ラウンド。枝野氏は自分の持ち時間のすべてを「年金だけでは2000万円不足」という金融庁審議会の報告書問題に費やした。
「報告書を、存在しないとか受け取らないとかいう弥縫策ではなく、不安を持っている皆さんに正面から向き合うことが政府の姿勢ではないか」と問題提起し、医療、介護、保育、障害などのサービスを受ける際に自己負担を世帯で合算し一定額を超える場合に超過分を国が負担する総合合算制度の導入を訴えたが、安倍氏は真正面から答えることはなかった。
第2ラウンド。玉木氏も年金報告書問題で攻めこもうとしたが、安倍氏を追い詰められなかった。唯一の見せ場は、付箋をたくさんつけた報告書を安倍氏に「読んでください」と言って安倍氏の近くの演台に報告書を置いた時。安倍氏は「私も既に読んでおりますから、もう結構です」と突き返した。玉木氏は、今度は報告書を麻生太郎副総理兼財務相に渡そうとしたが、こちらも受け取らなかった。
第3ラウンドは志位氏。志位氏は、社会情勢の変化にあわせて年金の給付水準を調整する「マクロ経済スライド」をやめるように提言。これに対し安倍氏は「マクロ経済スライドをやめてしまうのは、ばかげた案だ」と切り捨てた。
この段階で残る質問者は片山氏1人。時間は5分半。多くの人は「事実上、党首討論が終わった」と思ったことだろう。
■「解散論争」から逃げた野党党首たち
枝野、玉木、志位の3氏の質問で最も大きなニュースは、3人が発言した内容ではなく「衆院解散に触れなかった」ということだ。
可能性は少なくなっていたとはいえ衆院解散、衆参同日選の可能性は19日の段階で消えていなかった。野党党首としてはこの点を質問して当然。本音はどうであれ「衆院解散すべきだ」と斬り込むのが野党党首の役割だったし、周囲もそれを期待していた。
今回の党首討論では「2000万円報告書」と、それに端を発する年金問題という大きなテーマがあったのは確かだ。しかし、質問時間のうち2、3分割いて解散の意思をただすことはできたはず。比較的質問時間が多く与えられていた枝野、玉木の両氏は「解散論争から逃げた」と言われても仕方ない。まさに攻め込むことなくゴングを聞いた「猪木対アリ戦」のようだ。
■「国会も間もなく終わりますが解散はされるんですか」
最後の質問者、片山氏が登壇した時は、委員会室も雑談する議員が多く、空気は弛緩していた。片山氏は共同代表とはいえ、維新全体をグリップしているわけではない。注目度は明らかに低い。
だが片山氏が質問を始めると、ざわめきは止まった。
「ほかの党首が言いたくても言えないのか、いいたくないのか。国会も間もなく終わりますが解散はされるんですか、されないんですか」
誰もが期待していた質問を冒頭に振った片山氏。委員会室にどよめきが起きた。安倍氏は、笑顔を見せながらマイクの前に立ち「大変重要な質問でございますが、解散という言葉は私の頭の片隅にはございません」「片隅にもないと言った方がいいのかもしれません」と答えた。
片山氏が引き出した答弁は、マスコミでも大きく報じられた。片山氏は「男を上げた」格好になっている。
■自民幹部「野党がいかに解散を恐れているか分かった」
片山氏が男を上げたという評価には異論がある。片山氏は他の3野党党首とは「身分」が違う。3人は衆院議員。衆院解散となれば自身のバッジも外さなければならない。一方、片山氏は参院議員。しかも非改選。解散になってもならなくても、自身には影響もない気楽な立場から、安倍氏への直球質問となったのだろうか。
いずれにしても党首討論で野党の腰が引けていることが完全に露呈してしまったのは事実。参院選では野党結集して安倍1強を崩そうとしているが、出ばなをくじかれた印象は否めない。
自民党幹部たちは口々に「野党がいかに解散を恐れているか分かった」と上機嫌で語り合う。
■佐藤栄作首相は「頭の片隅にない」と言いながら解散した
野党側は26日の国会会期末に向けて内閣不信任決議案の提出を検討し始めた。決議案を出すとハプニング的に解散になってしまうのを恐れて提出を躊躇していただけに、遅まきながらファイティングポーズを取り始めたようにもみえる。しかし実体は「解散が消えたから、不信任決議案を出しても大丈夫」という発想のようだ。
その本音が見え透いているから、自民党の二階俊博幹事長の周辺からは「会期末に野党が不信任決議案を出したら絶対に解散する」という脅しともとれるメッセージが発信されている。
安倍氏の大叔父にあたる佐藤栄作氏が首相在任中、解散は「頭の片隅にない」と言いながら解散したことがあった。後に佐藤氏は記者団に「頭の片隅にはなかったが、真ん中にあった」とうそぶいたという。この50年以上前のエピソードが自民党側から野党に向かって盛んに流されてもいる。
現状ではさすがに安倍氏が電撃的に衆院解散する選択肢は残っていないだろう。それでも自民党側からの一連のささやきは、解散恐怖症の野党をおじけづかせるには十分の効果があるのだ。
(プレジデントオンライン編集部 写真=時事通信フォト)
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