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なぜ日本の性教育は"セックス中心"なのか

プレジデントオンライン / 2019年7月2日 9時15分

東京都教育委員会サイトの性教育に関するページ(画像=東京都教育委員会サイトより)

フランスでは3歳から「性に関する教育」をする。一方、日本では思春期まで性教育をしない。フランスで子育てをしているライターの髙崎順子さんは「性教育は『生殖』にまつわる授業だと思っていたが、それは日本人の思い込みにすぎない」という――。(前編、全2回)

■性欲の意味がわからなくても、話すべきことがある

筆者はフランスで結婚・出産し、現在は小学生男児2人を現地の公立小学校に通わせている。日本で生まれ育ち、25歳まで暮らした身には、文化習俗の違う国での子育てはカルチャーショックの連続だ。その中でもかなり強く記憶に残るであろう体験をしたのは、今年初頭のこと。6歳の次男に、臨床心理士から「性教育」を勧められたのだ。

きっかけは次男の利用していた公立施設で起こった、未就学児への性犯罪だった。事件が公になったと同時に、自治体から、同時期・同場所を利用していた児童への心理カウンセリングの案内が来た。幸い次男に被害の兆候はなかったが、念のためと窓口に電話をし、担当の臨床心理士と話をした。次男の言動や生活習慣に異変が出ていないことを告げ、幼児への性加害についてレクチャーをされたのち、心理士は言った。

「この件をきっかけに、お子さんに『性に関する教育』をしてくださいね」

予想もしなかった助言に、筆者は大慌てで答えてしまった。「いやいや、被害がなかったのだから、逆に何も言わないほうがいいのでは?」。性欲の意味すら分からない幼児に「性的なこと」をあえて話すなんて! と、半ば条件反射的な反発だった。すると心理士は、言い含めるようにこう続けた。

■6歳の子どもにも「大きな声で叫ぶ」と教える

「お母さん、今回はラッキーだったんです。残念ですが犯罪者はどこにでもいます。男の子でも女の子でも関係ない。自分を守るために、子どもたちは『されてはいけないこと』と『ノー』の言い方を知るべきなんです」

それからの助言はとてもシンプルで具体的、かつ、私が予想していた「性教育」とは全く異なるものだった。

あなたの体はとても大切なもの。特に水着に隠れる部分は、誰も見たり触ったりしてはいけない。そうする人はおかしい。そんなことになったら、その場から逃げるか、大きな声で叫ぶこと。以上。

「それだけですか」
「6歳なら、それ以上を知る必要はありません。でもこれだけでも簡単ではないと思います。言いすぎて怖がらせるのは良くないですが、折を見て、繰り返し教えてあげてくださいね」

そうして電話を切った時、私は目からうろこが落ちたような気持ちだった。

子ども自身に性の目覚めはなくとも、彼らに性加害をする人間はいる。

それに対して身を守る手段を得ることもまた、「性に関する教育」なのだ、と。

■日本の性教育はセックスの話ばかりする

その臨床心理士との会話は、「性教育」について考えさせられるきっかけになった。そもそも私自身が、性教育を「何」だと理解していたのだろう、と。

もう30年以上前、日本の学校で受けた性教育を振り返ると、それは「生殖」にまつわることのみだった。世界には男と女がいる。その男女が交わると子どもができる。その交わりのために男女には異なる生殖器がついており、それはこう機能する……というように。体の機能以外の知識、例えば性犯罪やそこから身を守るための方法については、教わった記憶がない。性教育とは生殖する体についての学習であり、当時中学生の私には、それはただただ恥ずかしく、一刻も早く終わってほしい時間だった。

そして現在でも日本の性教育の内容は、あの時から大きく変化していないらしい。

教育機関における日本の性教育の実態を俯瞰した「わが国の性教育の現状と課題」によると(齋藤益子氏著、日本性教育協会「現代性教育研究ジャーナル」87号、2018年6月発行掲載)、文科省の学習指導要領では、小学4年生からは体の発育・発達、中学校では第二次性徴と性感染症、高校では性感染症と妊娠出産・結婚生活への言及がされている。どれも生殖する体とその体を使った行為、その行為の結果(妊娠出産・性感染症)に関するものだ。授業は保健体育の担当教員の裁量のため、優先順位が体育実技に置かれ、保健は雨の日の補完オプション、という扱いも多い。

■性教育は「性器教育」ではなく人間教育

しかし現実には、性にまつわる現象や問題は、生殖周辺に限らない。性指向や性自認などの精神面、性的マイノリティー差別やアウティングなどの社会面、虐待・犯罪に関わる人権・法律面など多岐に渡る。が、日本の一般的な性教育授業では、その多くについて触れていない。今年改定が発表された東京都の「性教育の手引き」のように、性同一性や性犯罪について取り上げた指針もあるが、日本全体で見ればとても先進的な一例だ。

前出の齋藤氏の論考でも、日本の性教育に期待されることとして「性教育は性器教育ではなく、『生と性』の教育、人間教育そのものである」と書かれている。そう提言する必要があるほど、現状は「性器教育」に偏っているのだろう。

その結果、性教育は公に語るのがはばかられる「秘め事」として扱われてしまっている。この教育を充実せんとする議論では必ず、頑強な反対派が登場するのもそのためだ。彼らの反対理由や論調は、まさに性教育を「セックスを教えること」と理解しているゆえのものだ。

かくいう筆者も、そう捉えていた一面を否定できない。6歳の次男に「性に関する教育を」と言われてギョッとした背景には、性教育=性行為について教えること、の思い込みがあったのだから。

■フランスの性教育は国家政策のひとつ

一方フランスの性教育は、日本のそれより範囲が広く、内容も異なっている。幼児が自衛するための方法を教えることも含まれるし、中学生・高校生向けには日本と同様、生殖の仕組みやそのための体、避妊や性感染症について学ぶ授業ももちろんある。ここでは「性教育」とはどのように定義され、何を教えるべき教育と考えられているのだろうか。

その答えは、日本の文科省に相当する省庁「国家教育省」の公式ウェブサイトで簡単に見つかった。「性に関する教育」と題されたA4・4ページ相当のサイトの中に、現在フランスの教育機関で行われている性教育の概略が整理されており、誰でも閲覧できるようになっているのだ。

冒頭には、性教育を定義する以下の一文がある。

成人としての人生に備え、平等・寛容・自他の尊重という価値観の基盤を養うのが、性に関する教育である。

(出典:フランス国家教育省公式サイトより筆者訳)

続いて、性教育は以下の3つの観点から、「国家政策に含まれる」と述べられる。

1. 国民の人生におけるリスク削減及び予防(若年での望まない妊娠、強制結婚、性感染症、エイズ)
2. 性犯罪・性差別・同性愛差別言動への対策
3. 男女平等の促進

そして上記の国家政策に即するため、公教育では5つの狙いを定めている。

――客観的情報と科学的知識を与える
――多次元に渡る「性」の事象を区別・認識させる:生物学面・情愛面・文化面・倫理面・社会面・法律面
――批判精神を養う
――個人・団体の両方で、責任のある言動を促進する
――学校外に求められる的確な情報源や支援先・援助先を周知する

■倫理公民では「性暴力に関する法の成り立ち」を調べる

続いて、この5つの狙いを各学校課程でどのように教えていくかが述べられ、そのための指導指針や副教材へのリンクが提示される。一見して性教育の重要性と教育的視野の広さが感じられる上、どの説明も分かりやすく、具体的だ。

日本から見て特に興味深いのは、性教育が「ひとつの教科」として考えられていないことだろう。性に関する知識は、生命科学・倫理公民・地理歴史・国語などの各教科の中で、横断的に取り上げるよう定められている。これらの授業では「生徒が発言する対話形式」が指定され教員が一方向的に持論を展開するのは禁止されていることも、大きな違いだ。

たとえば生命科学では、生徒たちに現時点での生殖に関する知識を語らせ、そこから避妊や性病予防について情報を与えていく。倫理公民では性マイノリティー差別や性暴力に関する法の成り立ちを生徒に調べさせ、その是非を議論する。国語では「性」に関して知っている表現を生徒に列挙させたのち、その意味を教師とともに考える。中学・高校ではこうして「性に関する授業」が年間少なくとも3回は行われ、授業には外部の専門家を招くこともある。

■「自分と他人の身体を大切にすること」を伝える

「私の関わる授業の大半は中学校と高校で、生殖に関する知識のほか、性的同意の重要性や権利について、資料を使いながら伝えています。小学校での性教育は特定の授業はなく、『人間には男女の性差があるが平等であること』と『自分と他人の体を大切にすること』を、機会があるごとに伝える手法が主流です」

そう話すのは、非営利団体「プランニング・ファミリアル(家族計画)」から学校に派遣され、講師を務めているジョルゴス・クルラスさん。1967年に創設された歴史的な性教育・男女平等推進団体で、避妊や中絶の法制化にも貢献し、この分野の政策提言なども行っている。

フランスの公教育で、「性に関する教育」が正式に組み込まれたのは1973年。それ以前からも生殖や性病予防に関する教育は行われていたが、社会の変化に従って変革・補完しつつ、現在の形になった。近年の分水嶺は、2001年の教育法典改正による性教育義務化、2013年の公教育改革での男女平等教育の強化などだ。

男女格差の是正は前フランソワ・オランド大統領、現エマニュエル・マクロン大統領とも任期中の主要ミッションとして掲げており、その実現のためには「性」の包括的で客観的な知識を、できるだけ早い時期から与えるべし、と、社会的合意が相成った。また昨年には小学校での性教育を再定義する大臣通達が出され、教育指針がさらに詳細に示されている。

■フランスでの「性に関する教育」は満3歳から始まる

これらの「性に関する授業」の狙いは、フランスの国家教育省が関わる全ての教育機関を対象としている。授業が義務となっている小・中・高校の他、大学や専門学校、そして満3歳の年からほぼ全ての子どもが3年間通う公立幼稚園「保育学校」もその対象だ。

保育学校では「性に関する授業」はなく、もちろん生殖に関わることなど、年齢にそぐわない情報は与えない。が、「自分と他人の体を大切にすること」は、学校での生活のあらゆる時間に伝えられる。たとえばトイレの時間やプール遊びの際に、「男女には体の部位に違いがあること」「違いはあっても平等であること」「違う部分は体の大事な場所なので、水遊びの時も水着で守ること」「その部分を他人が見たり触ったりしてはいけないこと」などを教えるのだそうだ。

■「性教育」の意味が、日仏ではまったく違う

現在ではフランス全土の中学校の97%、高校の89%で、上記の指針による「性にまつわる教育」の実施が確認されている。小学校に関するデータはないが、筆者の子どもたちを見る限りでは、その指針はしっかり現場に反映されているようだ。

たとえばわが家では息子の一人が風呂上がりに裸で歩いていると、もう一人が「私的な部分(フランス語でla partie intime)、見せちゃダメだよ!」と注意する。これは私や夫が教えたものではなく、彼らが学校や学童保育で学んだ表現だ。下ネタが大好きな年齢でも、その用語を自然に使い、「守るべき場所」と認識している。そのためか冒頭の出来事のあとも、次男との会話はとてもスムーズにすることができた。

同じ言葉を使いながら、内容がこれだけ異なる日本とフランスの「性教育」。そこには当然ながら、両国の社会通念や文化、習俗の違いが大きく影響している。性教育のあり方は、社会背景のあり方を映す一つの鏡なのだ。

(後編に続く。後編は7月3日公開予定)

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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