"ゆめタウンの男"が店で必ず繰り返す質問
プレジデントオンライン / 2019年7月4日 9時15分
※本稿は、『ゆめタウンの男 戦後ヤミ市から生まれたスーパーが年商七〇〇〇億円になるまで』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■広島市の繁華街で再会した「中村さん」
広島駅前の露天商を皮切りに、衣類卸問屋に転じ、さらに衣料ブランド「ポプラ」を立ち上げた私は、次には小売を始めたいと考えるようになっていました。
といっても、昔ながらの小売店ではなく、当時まったく新しい業態としてアメリカから上陸しつつあった、セルフ型のスーパーマーケットでした。アメリカではスーパーマーケットがすでに隆盛を極めつつあり、「これからは小売の時代。しかもセルフ型のスーパーマーケットが主流になる」との思いを抱くようになっていたのです。
そんなときに広島市堀川町の新天地を歩いていたら、大きな卓球場に出くわしました。そのあたりは繁華街です。人通りも多い。私は卓球もボウリングもしないので、「こんなところに卓球場開いて儲かるんかな」と覗いてみたのです。
すると、中に見たことのある男性がいます。かつて店舗を探していた私に、自分が経営していた銭湯を売ってくれた中村さんでした。
■卓球場の跡地に「いづみ」1号店オープン
「中村さん、この場所で卓球場なんてやっとるのはもったいないですよ」
「もったいないって、他にやることもないしな。卓球場なら手もかからんから、ええんじゃ」
「いや、これからはスーパーマーケットですわ。ここは場所もいいから、中村さん、スーパーをやりんさい」
「いやあ、わしは人を使うのが苦手なんじゃ。そんなにいい商売なら、あんたがやれや」
「そんなこと言っても、わしは土地も持ってませんし、今は問屋で手いっぱいですわ」
「ほなら、この土地を無条件で貸したる。担保もいらない。やってみな」
一瞬、言葉に詰まりました。しかし、私はすぐにこう答えていたのです。
「ほんじゃあ、やってみようかね」
こうして1961(昭和36)年11月、中国・四国地方で初の総合スーパーマーケット「いづみ」1号店が誕生したのです。
「セルフサービスで楽しいお買物!」と謳ったいづみ1号店は、まずまず幸先のいいスタートを切ることができました。オープン当日、入場制限をしなければならないほど多くのお客さんで賑わい、翌日の新聞にお詫びの広告を掲載したほどでした。
■そうそうたる顔ぶれが集まった「ペガサスクラブ」
ついにスーパーマーケットの経営に乗り出した私は、流通や小売についてもっと深く学ぶ必要を感じ、経営コンサルタントの先駆けとして知られる渥美俊一氏主宰の「ペガサスクラブ」に参加することにしました。
このペガサスクラブは、とくにチェーンストア経営を軸にして、日本の流通分野を改革しようという趣旨で作られた、いわば勉強会のようなものです。イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さんをはじめ、ダイエーの中内功さんやイオンの岡田卓也さん、少し遅れて入会したニトリの似鳥昭雄さんなど、今から見ればそうそうたる顔触れが揃っていました。
ただ、私は渥美門下としては、あまり出来のいい生徒ではありませんでした。あることをきっかけに、途中でペガサスクラブを辞めることになったからです。
それは、箱根で行われたクラブの合宿に参加したときのことでした。ある講義で渥美さんから「こんな厳しい時期にスーパーやりながら問屋をやり、しかもファッションビジネスまでやっているバカがいる」と指摘されたのです。名指しはしませんでしたが、明らかに私のことを指しての発言でした。
大勢の参加者の前で痛罵された私は、心の中で「こんちくしょう、何言ってやがる」と思いました。「こっちはお金を払って勉強に来ているのに、人のことをバカじゃ言うて」。そんな思いが強くありました。
■ニトリの隆盛につながった「学ぶ姿勢」
それきり、私はもうペガサスクラブには顔を出さないようになりました。
ところが、やはり渥美さんの指摘は正しかったようです。3つの事業を掛け持ちしていた私は、最終的に小売業のいづみに専念することになったわけですから。
渥美門下生としては、似鳥さんが最も真面目な生徒だったでしょう。似鳥さんは、自社の経営に関する数字が頭に入っていないために、渥美さんに叱られまくったというエピソードを語っています。会話の途中でも、数字を答えられないと、渥美さんは面談を打ち切ってしまったそうです。
それでも似鳥さんはへこたれず渥美さんに食らいつき、その教えを血肉にしていきました。その姿勢は、本当に素晴らしい。それが現在のニトリの隆盛につながっているのだと思います。せっかちで先を急ぎ過ぎる私などは、いつも見習いたいと思っているのです。
■郊外への出店は「生活スタイル」まで考えた
戦後、モータリゼーションが進んだことで、とくに地方では、どこの家でも車を所有するようになりました。すると、車で乗り入れて買い物ができるところが、そうした地域に暮らす人たちにとっての「いい場所」になってきます。
こうした流れについて、私はかなり早い段階で気づきました。「都心部型から郊外型への転換」という考え方です。
これは、ただ町中にあったスーパーマーケットを郊外に持ってきて、駐車場を広くとればいい、ということにとどまりません。生活スタイルそのものの変化を視野に入れ、店舗の作り、スペース、並べる商品にまで気を配っていかねばならないということです。数年先、日本は、中国地方は、広島はどうなっているのか。人々の暮らしはどうなっているのか。それを考えながら、次の出店を考えるべきなのです。
そこで目をつけたのが、広島市のベッドタウンとして膨らみつつあった祇園町(広島県安佐郡祇園町、現在は広島市安佐南区)でした。
■「家族が車でやってきて1日を過ごせる場所」を作った
ある日のこと。祇園町に広い土地を持っている人がいて、そこを貸してもいいと言っている、という話を耳にしました。そこで、私自身が出向くことにしました。
当時の祇園町は、一面の畑です。家はぽつんぽつんと建っているだけでした。ダイコンを抜いているご夫婦がいたので、話しかけてみました。
「おっちゃん、ここいらで広い土地を貸す、いう人がおるらしいんじゃけど、知らんかね」
「わしじゃ」
偶然のこととはいえ、縁を感じました。
結局、このおっちゃん──小崎さんという方でしたが──が中心になって、周りの地権者にも話をしてくれ、最終的には4000坪ほどの土地を借りることができました。
こうして1973(昭和48)年3月、いづみとしては初の郊外店である祇園店がオープンしました。500台収容可能という広大な駐車場を抱え、もはや「スーパーマーケット」という呼び方では括れない、新時代に対応するショッピングセンターです。キャッチフレーズは「ワンストップ・オールライフ」。家族が揃って車でやって来て、一日を過ごせる場所。私たちの提供したかったのは、そうした空間でした。
■平成の新しい大型店として作った「ゆめタウン」
平成の時代を迎える頃になると、さまざまなジャンルの専門店や文化的な要素も備えた店舗が人気となり、衣料にしても食べ物にしても消費者の嗜好はさらに多様化してきました。以前と同じような店舗では、大規模な集客を維持することは難しいだろうと感じはじめていました。
そこで、新しいスタイルの大型店として登場させたのが「ゆめタウン」です。
1990(平成2年)年6月、岡山県高梁市に「ゆめタウン」1号店が、10月には東広島市に2号店がオープンしました。
「ゆめタウン」のコンセプトは、「アメニティとアミューズメントのある生活博物館」。祇園店での試みを発展させ、単なる売場が並ぶだけではない、人々が集まり、遊び、暮らす「街」のような空間を目指しました。そこに行けば、普段の生活のための生活用品が手に入るだけでなく、胸躍る楽しみがあったり、心が落ち着く安らぎがあったり、日々の疲れから解放される癒やしがあったりする。「ゆめタウン」とは、そのような空間でありたいと願ったのです。
東広島店では、今までのイメージを一新するソフトとハードを盛り込み、娯楽性に富んだ設備や子どもたちの遊び場、パブリックスペースなども広くとるようにしました。
■物を売る以外の「付加価値」を提供する店舗
当初は、日本では類を見ない新しい店舗にしたいと、アイススケート場とプールもつくることにし、工事も進めていました。ところが、完成予想図を見ているうちに、どうも小手先の作り物ではないかという気がしてきました。じきにお客さんに飽きられるのではないか──。
「アイススケート場はやめにしようや」
「もう、すべて発注し終えて、鉄骨も組み上げているんですよ。やめられませんよ」
「アイススケート場というのは、今はええかもしれん。でも、永遠に人気があるもんやない。今のうちに中止にしよう」
こうしてアイススケート場は急遽取りやめとなり、プールも躯体は作ったものの中身は入れませんでした。それでも、ワンフロアをアミューズメント空間が占め、会員制のフィットネスクラブも常設された、新しいスタイルの店舗となりました。
こうして「ゆめタウン」は、物を売るだけにとどまらない付加価値の提供へと試行錯誤を繰り返し、中国エリアにとどまらず、九州・四国エリアへと広がっていったのです。
■一人でもくつろげる店舗「LECT」をオープン
2017年(平成29)4月28日、200億円を投じて建設した「LECT」が広島市西区の商工センターにオープンしました。
LECTは敷地面積5万4800平方メートル、延べ床面積が12万8500平方メートルという大型施設で、既存店とは一線を画す新しい業態の店舗です。
「ゆめタウン」とは違う新しいスタイルの商業施設として、「家族、夫婦、カップルだけでなく、一人で来ても居心地よく、ゆったりとした気分でくつろげる空間」をコンセプトに、「知・食・住」をテーマに構成する、今までにないライフスタイル提案型、時間消費型の店づくりを目指しました。
核テナントとして、「知」=カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、「住」=カインズに入ってもらい、「食」はイズミの「ゆめタウン」「youme食品館」が担う、という形です。
■「革新・挑戦・スピード」の姿勢は変わらない
LECTは“小売業はこれからどうあるべきか”を模索する一環として、イズミなりに練り上げたコンセプトを形にしたものです。温めていた構想をいい形で具体化するチャレンジができたと満足しています。
おかげさまで業界内でも一定の評価をいただき、流通情報専門誌「ダイヤモンド・チェーンストア」の恒例企画「STORE OF THE YEAR 2018」で、「単にモノを販売するのではなく、『第3の居場所(サードプレイス)』となる施設づくりを追求している点が高く評価された」として、光栄にも商業集積部門の第1位に選んでいただきました。
セルフ型のスーパーマーケットを広島に立ち上げてから半世紀以上の時が流れましたが、根っこにある商いの姿勢というものは今までと変わりません。それは「革新・挑戦・スピード」です。この3つをDNAとしてしっかりと次の時代に引き継いでいくことで、今後のイズミの成長、発展を支えてくれるものと思います。
■96歳の今でも全店舗の巡回を続ける
96歳になった今でも、全店舗の巡回はずっと続けています。だいたい週末の1日か2日を巡回日に充て、車で移動しながら1日6店から8店程度回ります。店舗は子会社を含めると200店くらいあるのですが、毎週巡回するので全店舗を年に2、3回は回れるわけです。
こまめに店を見て回るのは、それぞれの店の状態を把握することが目的ですが、それとともにそこで働く人たちを見ておきたいという思いもあるからです。
到着すると店長がやって来ますので、まずその顔色を見ます。40代前半の者が多く、すでに結婚して持ち家があるため、単身赴任しているケースが多いです。そこで、最初に健康状態や家族のことを尋ねます。
「奥さん、元気でやっとるか?」
「はい」
「ひと月に2度くらいは帰るようにせんといけんよ」
業績については数字を見れば分かりますが、店の雰囲気や従業員の士気といったものは、実際に出向いて現場の空気に接したり、会話を交わしてみなければ掴めません。やはり「人」に関わることが何より大切なので、今もしっかりと把握していきたいと思っているのです。
■「ワクワク、ドキドキする思い」で走ってきた
さて、このたび長年にわたる経営者人生に一区切りつけることになり、取締役会長を退任し、名誉会長に就任しました。ただ、肩書は変わっても、生涯現役を貫く気持ちに変わりはなく、今までどおり毎日出勤し、週末には店舗の巡回を続けていくつもりです。
わが人生、おもしろいことがたくさんありました。うまくったり、ダメだったり、いろいろと経験してきましたが、いつもワクワク、ドキドキする思いを楽しみながら、走りぬいてきたというのが実感です。苦しい、つらいと思ったことはほとんどありませんでした。
小売業が大きく変わろうとするこれからの時代、行く手に何が待っているかは分かりません。でも、予測不能であるということは、それだけ大きな可能性もあるということです。
「ワクワク、ドキドキする思い」は、これからもしばらく続きそうです。
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イズミ名誉会長
1922年9月1日、広島県大竹市に生まれる。20歳で海軍に入隊し、当時世界一といわれた潜水艦「伊四〇〇型」に機関兵として乗艦。オーストラリア沖ウルシー環礁への出撃途上、西太平洋上で終戦を迎える。戦後、広島駅前のヤミ市で商売の道に進む。1950年、衣料品卸山西商店を設立。1961年、いづみ(現イズミ)を創業し、代表取締役社長に就任。同年、スーパーいづみ1号店をオープン。1993年、代表取締役会長。2002年、取締役会長。2019年5月より名誉会長。西日本各地に「ゆめタウン」などを展開し、一大流通チェーンを築く。
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(イズミ名誉会長 山西 義政 撮影=プレジデント社書籍編集部)
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