親が熱心なほど中学受験で不合格になる訳
プレジデントオンライン / 2019年6月29日 11時15分
■難関校出身の父親が息子2人に母校をむりくり受験させたが……
今回は、女子中高一貫校の名門・桜蔭に通うHさん(現中学2年、13歳)と、その家族の中学受験ストーリーだ。「合格」の立役者は、40代後半の母親である。
母親自身は中学受験をしていないが、夫は神奈川県の難関私立・栄光出身で、何かにつけて熱く「栄光愛」を語っていた。「先生もすばらしい方ばかりだったし、友達も最高だった!」とうれしそうに話す夫を見ていると、うらやましい気持ちになったと言う。
「私は地方の公立中学出身なんですが、当時の公立中学っていろいろ不条理がまかり通るようなところってありましたよね。謎の校則があったり、先生の言うことが絶対だったり。私にとって中学時代は暗黒の時代なんです」
栄光を選び、今でも母校の存在が自分の「核」になっている夫を見ていると、自分にも中学受験という選択肢があったらな……という思いがあり、それが娘を含む3人の子供たちの中学受験を後押しことにつながったという。
Hさんには2人の兄がいる。現在、大学院生の長男と大学生の次男だ。母親によれば息子2人の場合、「中学受験させてやりたい」という気持ち以前に「彼らには受験は必須だった」と話す。
「息子たちはいわゆる内申点が期待できないタイプなんです。お恥ずかしい話、遅刻はするわ、提出物は出さないわ……。よく言えば自由なタイプと言いますか。公立高校の受験は内申点も比重が高いので、公立中学に進んで高校受験をさせるのは危ないな、と。でも娘はやるべきことは普通にやれる子なので、高校受験でもいいかなと思っていたんです」
そうしたいきさつで息子は中学受験することになったが、この経験が、のちにHさんの中学受験時に大きな影響を与えることになる。
■「ダブル不合格の悲劇」を照らす夕日の記憶
結論を先に言えば、2人の息子は夫の母校である栄光を受験したが、いずれも不合格になり、他の私立へと進学した。息子たちにとって栄光は難易度も高く、問題傾向も合わない学校だったのだ。無理に受験したのは夫の意向による。
次男は、2月1日は第一志望の麻布、2月3日は海城を受験すると決めていた。塾からは「2校ともチャレンジ校なので、2日は合格圏内の攻玉社を」と言われていたにもかかわらず、2日は攻玉社だけではなく、栄光にも出願。夫の意をくみ、意図的にダブルブッキングしたわけだ。
1日の麻布の試験後、「時間配分に失敗した」と落ち込んでいた次男に向かって、夫は突然「よし、じゃあ明日は栄光でリベンジだ!」と言い出したのだ。安全圏の攻玉社受験をやめて、あえて合格可能性の低い栄光を受けよ、と次男に命じたのだ。
当時を振り返って母親はこう語る。
「(偏差値から考えて)リベンジできるわけがないんです。でも、夫は『合格可能性が50%、50%、50%で3校受けたら、どっかに受かるんじゃないの?』ってのんきに言うんです」
麻布と栄光の合格発表時間は同じ、3日15時。麻布へは夫と次男が、栄光には母親と長男が発表を見に行き、結果は両方、不合格……。栄光から自宅に戻るときに電車の窓から見た夕日を母親は忘れられないと言う。
「あんなに切ない夕日、もう二度と見たくないですね。夕日を見ながらため息をつく私に長男が『ママが悪いんじゃないからね』って言ってくれたことだけが救いです」
■娘の受験にはノータッチと決めた母親の覚悟
次男はその後に受験した海城に合格し「全落ち」を免れることができた。
やや暴走気味の夫の影響もあり、波乱万丈だった息子たちの受験。それをなんとか乗り越えた母親は、ほとほと疲れてしまったという。
「息子たちの中学受験では、かなり前のめりになって取り組んだんです。長男のときは、付きっきりで勉強をみて、スケジュール管理やプリント整理も全てしていました。でも、その結果、長男は途中で息切れをしてしまい、6年生のときはほとんど家庭学習をしなくなってしまって。そうした弊害を学んだので、娘に対して『ママはあんまりもう手伝えないわ。スケジュール管理もプリント整理も全部、自分でやるのよ』って言い聞かせてから塾に通わせたんです」
忘れ物が多かった息子たちと対照的に娘はきちんとした子だった。
だから、母親はプリントや教材の整理について、受験勉強を開始する際に「机の上・本棚・やり終わったプリント置き場」の3カ所で管理するというルールを決めた。クリアファイルやボックスの使い方も最初に教えた。本人はそれら全てを自分で管理したそうだ。
また、スケジュールについても、母親はたまに声をかける以外はほぼノータッチ。親にやらされる勉強では実を結ばないことを息子たちの受験で散々学んだからだ。
■隠れて手抜きする娘をきつく叱る「兄」これがハマり役
両親ともに熱くなりすぎてしまった息子2人の受験の苦い経験で、ある程度冷静に対処できるようになったことで、娘の受験は順調に進んだかのように見えた。ところが……。
1つだけ困ったことがあったという。
それは、娘がちょっとだけ手を抜くところだ。毎日やるべき基礎教材を「やってるの?」と聞くと、「うん、やってるよ」と平然と答える。しかし、念のためチェックしてみると2週間もサボっていることがあった。
「親にバレないように、ちょっとだけサボるんです。塾の先生からも勉強で手を抜きがちなことは指摘されていました。まあ、私も細かくチェックしなかったので、ついサボっちゃうのは仕方ない面もあると思います」
おそらくこの緩いペースで桜蔭を受験していたら、失敗していたに違いない。救世主は意外なところから現れた。兄たちが手抜きをした娘を厳しく監督し、叱るようになったのだ。年の離れた兄たちは、娘にとって第2の父のようなもので、大好きだけど怖い存在でもあるのだ。
「叱られた娘が一度家を飛び出して、暗くなるまで帰ってこないことがありました。長男と2人で必死に探し回ったことをよく覚えています」
しかも、このプチ家出体験に懲りて、娘は、その後はおとなしく、かつマジメになるかと思いきや、その後もちょこちょこサボっていたという。そんなときも兄たちのフォローで徐々にHさんは実力をつけていった。
■合格ママ曰く「私は柵の壊れた牧場を守る牧羊犬」
母親は、自分のことを「牧羊犬」と表現する。
「うちの牧場は柵も壊れ気味でしっかりした囲いはありません。その牧場で娘は放し飼いにされていて、普段は好きな場所で寝て、好きなだけ牧草を食べています。そうやって基本的には自由に過ごさせているから手抜きもやりやすいんです。ただ、牧場から著しくはみ出してしまいそうなときだけは、私が『ワンワン』って吠えて牧場に戻すんです。たまに、“兄犬”たちも手伝ってくれますし(笑)」
子供を1から10まで管理はできない。また、仮に管理ができたとしても、それでは子供は成長しない。ある程度、自由にさせて、そのなかで自主性を育んでいくほうが最終的にはいい方向に向かうと、2人の兄の受験を通じて学んだと話す。
「中学受験って思い通りに行かないことの連続ですよね。でもその思う通りに進まないことも大切な経験なんだなって。そのときどう考え、どう行動するか。その試行錯誤が、人が成長するのに必要なステップなんだと思います。娘にもそう話していましたし、自分自身にも言い聞かせていました」
子供に任せることは、時に親として不安になる。しかし、それが最善と悟り、娘を見守ることに徹した母のサポートが最終的にHさんを桜蔭合格に導いたと言えるかもしれない。
(フリーランス編集・ライター 松本 史 写真=iStock.com)
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