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ペイペイの"100億改悪"は極めて巧妙な策

プレジデントオンライン / 2019年6月27日 15時15分

(写真=ZUMA Press/アフロ)

ここ数カ月、各社のスマホ決済が100億円単位のキャンペーンを打って、激しく争っている。勝ち残るのはどのサービスなのか。経営コンサルタントの鈴木貴博氏は「有望なのはソフトバンクの『ペイペイ』。昨年12月の100億円還元は利用者が殺到し、その後は条件が『改悪』されたが、すべて計算ずくだろう」という――。

■いまだに財布を持って外出する日本人

日本は長らく電子マネー後進国と言われてきました。たとえばお隣の中国・上海では、外出する際に財布を持たずに出かけるのが主流です。スマホ決済サービスの「アリペイ(支付宝)」や「ウィーチャットペイ(微信支付)」で、大手小売店から街中の屋台まですべて支払いができるからです。それと比べれば、財布を持って外出する日本はやはり遅れていると言わざるをえません。

ところがここ数カ月、日本でも急速にスマホ決済が浸透しつつあります。ソフトバンクが運営する「ペイペイ」、メルカリが運営する「メルペイ」、LINEが運営する「LINEペイ」など、スマホ決済アプリのダウンロード数と利用できる店舗数が飛躍的に増加しているのです。

ユーザー数が増加した理由は大々的なキャンペーンによるもので、読者の皆さんも何らかのかたちですでに体験済みなのではないでしょうか。今回は私自身も俗に言う“ポイント乞食”になり、どのようなメカニズムでスマホ決済が浸透し始めたのか、そしてこれからどうなるのかを経済評論家の視点も交えて解説してみたいと思います。

■ペイペイ「100億円キャンペーン」が反響を呼んだワケ

日本でスマホ決済が一躍有名になったのは、何といっても昨年12月にペイペイが実施した「100億円あげちゃうキャンペーン」でしょう。ペイペイで買い物をすると、利用額の20%が還元されるというキャンペーンです。

還元率に関して言えば、これまでも同様の企画がいくつかありましたが、このキャンペーンはとにかく還元額が大きいのが特徴でした。ほかのサービスでは2000円程度を還元額の上限にしていたのに対して、ペイペイの上限額は5万円。たちまち話題になりキャンペーン開始からわずか10日間で還元額が100億円に達してキャンペーンが終了する結果になりました。

調査会社の推計によると、ペイペイがこのときに獲得した新規ユーザー数は489万人に上ったといいます。これは多くの日本のユーザーにとって、初めてQRコード決済を体験した瞬間だったと言っていいでしょう。

この「ペイペイ騒動」を取材していたところ、もうひとつ、興味深い事実がわかりました。キャンペーンに参加したある大手家電量販店によると、ペイペイの導入を決めたのは、なんとキャンペーンの前日だったというのです。これは、いままでの店舗側の意思決定では考えられないスピード感でした。

■POSレジの改修なしに導入できる

ふつう、小売店が新しい電子マネーを導入する際には、ITの改修作業が必要です。POSレジに新しい決済方法のボタンをひとつ加えるために、数千万円のコストと数週間の作業がかかるのが業界の常識でした。ところがペイペイは、「導入しよう」と決めたら翌日から導入できる仕組み完成させ、従来の常識を覆しました。

この手軽さこそが、中国でアリペイのようなQR決済サービスが急速に広まった理由でもあります。最短の場合、小売店は店頭に専用のQRコードを貼るだけで、スマホ決済に対応できるのです。

また、消費者側の決済も非常に手軽です。支払いの際に店員が示すQRコードをスマホで読み込み、自分で金額を入力します。そして店員に決済完了画面を見せれば取引はおしまい。

お店側では、その完了画面に出てきた数字をレジで備考欄に打ち込むこともあるようですが、こうしてPOSレジの改修なしに導入、即稼働できるのは大きなメリットでしょう。

■フェーズによって変容するキャンペーンの質

さて、日本におけるQRコード決済サービスの、“その後”を見ていきましょう。年が明けて2019年の2月に、ペイペイは「第2弾100億円キャンペーン」を開始しました。ここでペイペイは、新しい仕掛けを導入します。還元率は20%、還元の上限額は5万円に据え置きながら、1回の決済での還元額は1000円までという新しいルールを設定したのです。

実は先の第1弾キャンペーンでは、私の家族が25万円する高級望遠レンズを購入して、一度の購入で上限の5万円を獲得したことがありました。しかし、今回のキャンペーンではそのような大物買いをしても還元額は1000円どまり。上限の5万円まで還元してもらおうと思えば、最低でも50回、ペイペイで買い物しなければならないわけです。

このルールを見て私の周囲でも「改悪だ!」と怒った人もいましたが、キャンペーンマネジメントの定石としてはとても正しい方法です。なぜなら、第1弾のキャンペーンの目的が新規ユーザーの獲得だったのに対し、第2弾では「ユーザーに利用習慣をつけさせること」が狙いだったからです。

コンビニやドラッグストアなど日常的に訪れる店舗で、ユーザーが「こっちで払ったほうが得なんだ」とペイペイを使う習慣を持つことの方が、このフェーズでは重要なのです。

結果的にこのペイペイの第2弾のキャンペーンは、第1弾ほど話題にはなりませんでしたが、期間的には長く継続することになり利用習慣の定着に一役買いました。第1弾はわずか10日で終了しましたが、第2弾のキャンペーンは2月12日から5月13日まで、ほぼ3カ月間かけて100億円還元がゆっくりと進行したのです。

■ペイペイを猛追するメルペイ

私も数えてみたところ、この期間に50回以上、ペイペイで細かな支払いがありました。支払いの際にはスマホで払う。残高が足りなくなったらスマホをタップして銀行口座からチャージする。まさにそのような利用習慣が、私の場合、3カ月かけてゆっくりと身に付いていったわけです。

日本のスマホ決済市場はここからさらに活性化していきます。競合サービスが手をこまねいているわけもなく、ペイペイに対抗するキャンペーンが相次いで実施されたのです。

スマホ決済は小売店や飲食店にもユーザーにも導入が簡単な分、サービスの乗り換えも容易です。特に、まだペイペイが一人勝ちの状態になっていない現在は、力ずくでその状況をひっくり返す戦略が有効になります。

まさにこの点を突いて対抗キャンペーンを発表したのが、メルカリが運営するメルペイでした。メルカリの売上金をチャージしておけるメルペイを使った、大規模な還元プログラムをゴールデンウイークにぶつけてきたのです。

後発のサービスが実施するキャンペーンには、何らかのインパクトが必要です。ここでメルペイが行ったのは、「セブン-イレブンなら還元率70%」というキャンペーンでした。還元額の上限は2500円。コンビニの利用で5000円まで半額というのは確かにおトクです。ただし、セブン-イレブンはQRコード決済に対応せず、非接触型のiDでしか払えなかったため、獲得できた利用者は限定的だったと思われます。

そのためメルペイは6月に再度、範囲を拡大して同様のキャンペーンを行います。QRコード払いができるローソンなどのお店では50%、そしてiD払いができるセブン-イレブンとファミリーマートでは70%ポイント還元という内容です。このような対抗策はこれからも継続的に発動されると思われます。

■3000万人のLINEユーザーに“ペイ”を使わせる方法

キャンペーン総額がより大きかったのは、5月20日に始まったLINEペイの「300億円祭」でした。このキャンペーンの特徴は、LINEの友だちに何人でも1000円を送ることができること。しかし受け取れるのは1人1回、1000円までという制限があります。つまり300億円の予算で3000万人のLINEユーザーにLINEペイを使い始めてもらおうという企画だったわけです。

5月20日に始まったこのキャンペーンは、初日で90億円、3日目には150億円に到達しましたが、10日間のキャンペーンを終える時点では200億円までしか届かず。LINEは300億円を配りきるまでキャンペーンを続行し、6月10日に300億円を達成したことを発表しました。獲得ユーザー数は200億円なら2000万人、300億円に到達すれば3000万人ということになります。

このキャンペーンに関しては、「ユーザーが贈られた1000円を使わなければ意味がない」と言われましたが、LINEペイはそのあたりの対策も万全でした。

登録を済ませて1000円を受け取ると、その直後にLINEペイから別の2枚のクーポンが送られてきます。1枚はローソンで使える100円クーポンで、もう1枚はファミリーマートで使える100円クーポン。私にとってはどちらも近所のよく行くコンビニです。そこで150円のペットボトル飲料を買おうと入ったコンビニで、「せっかくだからあのクーポンを使ってみよう」ということになりました。

クーポンを開いて指示通りにタップしていくと、LINEペイの画面になります。そこにはクーポン以外に例の1000円がチャージされていて、スマホのバーコードを見せるだけで、現金を一切使わずに買い物することができました。

ここで重要なのは、一連の動作により、私がLINEペイの使い方を学習したということです。後発の決済サービスも、こうして着々と新しいユーザーを獲得し、1人でも多くのユーザーがスマホ決済を体験するように仕向けているわけです。

■スマホ決済に本腰を入れるセブン-イレブン

さて、スマホ決済は今後どうなっていくのでしょうか。予測としてはおそらくこれから先、3つの変化が起きるはずです。順に説明していきましょう。

① 交通系以外の非接触カード型の電子決済が衰退し、スマホ決済が主流になる

日本の電子決済はこれまで、JR東日本のSuicaに代表される、交通系ICカードによる非接触型の決済が主流でした。これに追随する形で楽天のEdyやセブン-イレブンのnanaco、イオンのWAONといった非接触型の電子マネーが登場してきました。ところが、これからは交通系を除いたカード決済型の電子マネーは、急速にスマホ決済に移行しそうです。

その根拠は2つあります。1つはそもそもこれまで多くのユーザーが複数のカードを持ち歩くことに不満を持っていたこと。スマホ決済はその不満を解消します。

そしてもう1つの根拠は、大手流通自体がスマホ決済に力を入れ始めていることです。その象徴として、セブン&アイが7月から開始するセブンペイが挙げられます。nanacoを廃止するわけでもないのに突然セブンペイが始まるというニュースは、このままスマホ決済が社会に浸透していく可能性が高いことを、セブン&アイが理解している証拠です。

■しかもTポイントまで凋落

② Tポイントが窮地に陥る

電子マネーと同時にここまで大きく発展してきたTポイントも、スマホ決済の普及によって大きな影響を受けそうです。

実際、流通・小売業界ではこの1年、小売店のTポイント離れが話題になっています。スマホ決済の台頭と同時に、2つの中心企業がTポイントから離脱しそうなのです。

その1つがヤフーです。この6月からヤフーショッピングやヤフーオークションでペイペイが使えるようになり、これまで付与されてきた期間限定ポイントが、Tポイントではなくペイペイで付与されるように制度が変わるというのです。

もう1つはファミリーマート。こちらも独自のファミペイを導入することになっています。これまでTポイントを支えてきた中核企業が独自サービスに移行することで、業界の垣根を超えてさまざまな小売店で使えるTポイントの基本構造が揺らぐことになります。

実はTポイントの一番の存在価値は、さまざまな業界を横断して消費者がどのように消費行動をしているのか、ビッグデータから消費分析を行うことにありました。ところが、このビッグデータの世界でTポイントが後退するというのは大きな変化です。

■実質、残る椅子はあと1つか2つ

③ これからの1年でスマホ決済の淘汰が進む

このように急速に台頭してきたスマホ決済ですが、現在は過剰競争の状態にあります。たとえば、ローソンで使えるQRコード決済サービスは、ペイペイやLINEペイなど合計10サービス。明らかに数が多すぎます。ここから中国と同じように2社、ないしは3社ぐらいに主要決済サービスが淘汰されていくことになるでしょう。

では、勝つのはどこか。1つのポイントは加盟店獲得競争です。POSレジでサービス増に対応できる大手コンビニなどと違い、一般の飲食チェーンや小売店では店頭にQRコードを置く形での導入が主流です。そうなると、店頭に置けるのはせいぜい3種類が限界で、小規模店舗にはとても10種類のサービスに対応することなどできません。

つまり、営業マンによる店舗開拓力に優れたサービスが有利。この観点で一番強そうなのは、ソフトバンク系列のペイペイだと私はにらんでいます。

また、日常的な利用者を増やすきっかけは「割り勘サービス」ではないかという説も根強くあります。友達と飲んでその代金を回収する際に、QRコード決済の割り勘サービスは便利です。問題は、すべての友達が利用していないと逆に面倒である点。LINEペイならこの問題が解決できることから、利用者のネットワーク規模で優位と言えそうです。

そうなると、残る椅子はあと1つか2つ程度。これをどこがどのような手段で確保するのか。いずれにしてもスマホ決済はこれからの1年で新しい局面を迎えることになりそうです。

(経営コンサルタント 鈴木 貴博 写真=ZUMA Press/アフロ)

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