明治時代の日本人の英語力が異常に高い訳
プレジデントオンライン / 2019年6月28日 15時15分
■東京外語大は、言語を研究するところ
【三宅義和(イーオン社長)】鈴木さんは留学から戻られて、大学は東京外国語大学の英語専攻に進まれたわけですが、受験にあたって英語は相当勉強されたのですか?
【鈴木亮平(俳優)】留学のおかげで英語は十分できていたので、正直な話、入試対策のようなものはしていません。むしろ、その1年のブランクの影響もあって苦手だった数学の底上げをするのが大変でした。
【三宅】大学ではどのような勉強をされたのですか?
【鈴木】ひとことでいうと言語研究です。誤解されることが多いのですが、外語大は英会話学校ではないのでしゃべることはそこまで重視されません。少なくとも当時の外語大は、言語を深く研究していくという、ある意味、オタク気質な人の集まりでした。でも僕も多少研究者気質なので、そこは合っていました。たとえば当時、認知言語学というものに興味をもったのですが、本当に重箱の隅をつつくようなことをやるんです。そうして得た言葉に対する知識も、いますごく演技に生きています。
■日本人の演じる翻訳劇が不自然な理由
【三宅】具体的には、どういうことですか?
【鈴木】たとえば外国の演出家さんと舞台をさせてもらうときに「なぜ日本人は『間』を取るんだ? なぜ相手のセリフを聞いたらすぐ返さないんだ?」と言われることがありました。でもそれは英語と日本語の語順が違うからというのも理由の1つです。
英語だと動詞が文の最初の方に出てくるので、相手が文を言い終わる前に返答を用意できます。しかし、日本語は動詞が最後にくるので、それを聞いて、考えて、返事をするとなるとどうしても「間」が生まれます。ですから日本人が演じるシェークスピアの芝居などを観ていると、日本語なのに間だけ英語のリズムになっていたりして、少し不自然に聞こえることもあります。
【三宅】面白いですね。
【鈴木】あと、日本人の役者は「ため息芝居」というものをやってしまいがちです。セリフの言い終わりに「ハァ」という息を吐く音を足すんです。そうすると思慮深く聞こえることもあるのですが、不自然でもあるため多用しない方が良いとされている発声です。これは欧米にはないテクニックで、外国人の役者からするとなぜそんな話し方をするのか不思議だそうですが、一番の理由は日本語が必ず母音で終わる言語だからだと思います。
【三宅】なるほど!
【鈴木】こうした言語の特性が、日本人の伝統的な演技や、観客の好みにも大きく影響を与えている気がします。
■ハリウッドで活躍する日本人俳優はアクセントを操る
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【三宅】理論による裏付けが大事だということですね。
【鈴木】少なくとも僕は大事にしています。僕の知り合いに、ハリウッドで活躍されている役者の松崎悠希さんがいます。彼は単身アメリカに渡って、自分に必要なのは音声学だと気づき、ネーティブに近い発音と、日本人ならではのアクセント(訛り)の両方を徹底的に勉強されたそうです。そのおかげでアメリカ在住の日本人役を演じるときに、滞在期間の設定によって訛りをコントロールすることができるとおっしゃっていました。滞在3年くらいならこんな感じ、10年ならこんな感じといった具合に。
【三宅】それはすごいですね。
【鈴木】日系アメリカ人の俳優や韓国系、中国系の俳優などライバルも多いでしょうし、日々相当な努力を重ねていらっしゃいます。僕の英語はまだまだですので、尊敬する役者さんのひとりです。
■俳優の面白さは、自分とは違う人生を生きられること
【三宅】学生時代は演劇を一生懸命されたと伺っていますが、英語での演劇ですか?
【鈴木】日本語です。英語での演劇は一度行っただけです。英語のためにお芝居をするというのもありだと思いますが、僕はお芝居を勉強したかったので母国語でする選択をしました。
【三宅】役者さんへの道は大変でしたか?
【鈴木】そうですね……でも、すごく苦労しているかと言われると、もっと苦労している人は星の数ほどいますから。そういう意味では順調だったのかもしれません。
【三宅】役者さんのやりがいとは何でしょうか。見る人を感動させることですか?
【鈴木】それも大きなやりがいですが、実は僕の中では2番目です。一番は、自分とは違う人生を生きることの面白さです。今日会ったばかりの目の前の人を本当の親友だと思い込む。当然、脚本やスタッフさんのお膳立てがあるからこそできることではありますが。
【三宅】なるほど。確かに鈴木さんといえば体重調整も含めた役作りが印象的です。『天皇の料理番』では本当にげっそりとされて、見ていて大丈夫かなと思ってしまいました。
【鈴木】健康には良くないでしょうね。でも、役に応じて体を合わせていくことは、自分がその役になりきるためにはどうしても必要なことだと思っています。
【三宅】セリフを覚えるのもすごい才能だと思うのですが。
【鈴木】皆さんよくそうおっしゃっていただくのですが、どれだけ長いセリフでも、実は本気になって覚えようとすれば誰でも覚えることができます。本当に難しいのはそこからで、そのセリフや、その役という「人間」をどう表現するか、周りの環境や相手の役をどれだけ「感じとれるか」なんです。確かに役者さんでもセリフを覚えるのが苦手な方もいらっしゃいますが、そういう方でさえ全神経を注がれるのはその後の作業にだと思います。
■いまは英語が通じない国に行くほうが楽しい
【三宅】そういうものなのですね。鈴木さんは役者さんとしての幅が本当に広いですよね。
【鈴木】自分を飽きさせないようにしているところもあるのかもしれません。これは英語学習にも通じる話かもしれませんが、同じようなことばかりしているとどうしても飽きるので、常にワクワクするようなことを探している気がします。
だから外国語の話でいうと、僕にとって英語は万能なパスポートのようなものになりましたが、英語が通じる国に行ったときのドキドキが薄れてきている気がして、逆にいまは英語が通じない国に行くほうが楽しいです。「そうそう、外国ってこういう感じ」みたいな。小学生のときに行ったアメリカ旅行の原体験を思い出すのです。
【三宅】そうですか。
【鈴木】ただ、幅は広いわりに、英語をしゃべる役がなかなか来ないのはなぜでしょう(笑)。『花子とアン』でも、奥さんは英語がペラペラで僕は英語をしゃべれない役でしたから。
【三宅】これから殺到すると思います。
【鈴木】そう願っております(笑)。
■明治時代の日本人の方が英語はうまかった?
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【三宅】お話を伺っていると、鈴木さんのひとつのものごとに対するモチベーションや集中力が非常に高いという印象を受けます。それだけ真剣に取り組めば、たしかに英語も演技も上達が早そうです。
【鈴木】モチベーションの話でいえば、それこそ幕末に海外留学したような日本人のモチベーションは僕とは比べものにならないくらい高いものだったと思います。日本の将来がかかっていますし、英語を習う機会もめったにないわけですから。実際、いまでも発展途上国の留学生は貪欲に勉強しますよね。
そういう意味で、もしかしたら人はいろいろな制約があったほうが知識をより吸収しやすいのかもしれないですね。若い子が留学に興味がなくなっているという話も、いまの時代が恵まれすぎているのが原因かもしれません。
【三宅】そうかもしれませんね。
【鈴木】たとえば『花子とアン』の主人公の(村岡)花子さんと、僕が演じている夫の英治さんが、大正時代に実際にやりとりしていた手紙が残っているんです。その手紙を見ると日本語の文章の中に急に英語が入ってきたりしている。しかも、かなり難しい語彙をさらっと使うんです。一度も海外に出たことがない二人がですよ。それはもしかしたら当時は情報が限られていたから、アクセスできる情報は片っ端から勉強しようと思ったのかもしれません。
【三宅】明治時代の日本人は海外の人が驚くほどすばらしい英語を書いていたという話をよく聞きます。
【鈴木】ですよね。だからおそらく海外に留学経験のある昔の日本人は、発音もものすごく良かったのではないかと思うのです。映画やドラマでは演出の関係もあって、日本の近代化がいかに遅れていたかを強調するために、通訳の役でも極端な片言の英語でしゃべらせたりするのですが、もしかするといまの人と同じか、それ以上にしゃべれたのかもしれません。
■比較する対象がなければ、説明はできない
【三宅】日本人が英語を学ぶことで世界に日本の良さを伝えていく。これについてはどうお考えですか?
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【鈴木】たしかにオリンピックも控えていますし、外国人観光客も増えていますからね。
ただ、日本人として日本の良さを説明するといっても、まずは日本のことをわかっていないと説明できません。では日本のことはどうすればわかるかというと、実は外国を知ることではないかと思います。比較するものがないとどうしても意識が向かないですから。
そういう意味で、入り口は外国かぶれでもなんでも構わないので、一度、外の世界に興味を向けることも大切だと思います。かぶれたままで終わってしまうともったいないですが、外国の文化を好きになれば、同時に日本の特徴も浮き彫りになります。そこから意識を日本に向けていけば、日本の良さも話せるようになる気がします。
【三宅】グローバルな、俯瞰した視点ですね。
【鈴木】はい。だから日本だけがすごいんだとか、日本のここが尊敬されているんだといった話だけではなく、外国には外国の善しあしがあって、日本には日本の善しあしがあるという視点を常に意識するようにしています。
どうしても日本人は日本のことを極端に卑下するか、あるいは自慢しすぎるかのどちらかに陥りがちな気がします。日本にはいい点もあるし、そうではない点もある。だから外国から学べるものは謙虚に学んで、同時に日本の良さもどんどん発信していくことが大事だと思います。
【三宅】まったく同感です
【鈴木】いずれの場合もやはり手段としての英語が必須です。例えば外交でも商談でもディベートでも、日本人が言われっぱなしで全然反論できず、誤解され続けるというのもちがいますね。言いたいことをしっかり発信していくためにも英語はすごく重要だと思います。
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俳優
1983年、兵庫県生まれ。東京外国語大学卒業。英検1級の資格をもつ。2006年日本で初めての水着キャンペーンボーイに選ばれる。同年テレビ朝日系ドラマ『レガッタ』で俳優デビュー。映画『椿三十郎』『カイジ 人生逆転ゲーム』『HK/変態仮面』『海賊とよばれた男』、フジテレビ系ドラマ『メイちゃんの執事』、NHK連続テレビ小説『花子とアン』、NHK大河ドラマ『西郷どん』などに出演。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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〔ヘアメイク=宮田 靖士(THYMON Inc.)スタイリスト=徳永 貴士〕
(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、俳優 鈴木 亮平 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)
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