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毎夜、一流の男を相手にする銀座ママの掟

プレジデントオンライン / 2019年8月21日 15時15分

クラブ 稲葉 亜紀ママ

政財界の重鎮や文壇人、芸能人が訪れるところでもあり「日本の夜の商工会議所」といわれる高級クラブ。昼間は隠せていても、華やぐ夜の世界ではつい本音が出てしまう。毎夜、一流の男を相手にしているママたちの胸をキュンとさせた彼らの飲み方とは──。

■「“札幌ラーメン”を札幌まで食べに行こう」

お酒と仕事、その是非はともかくとして、それらは切っても切れない関係にある。その象徴でもあるのが、夜の銀座だ。実業家、政治家、芸能人、エクセレント企業のビジネスマンなど一流の男たちが集う街だ。著名人がホステスとのゴシップを書かれるときは、単なる「ホステス」ではなく、わざわざ「銀座ホステス」と形容されるほどだ。

「銀座のクラブで最もモテる男」といわれた『失楽園』で知られる直木賞作家の故・渡辺淳一氏に「銀座は夢と気取りと希望の街。ここで書く意欲をかき立てられた。私の原動力は『銀座』だ」と言わしめた街でもある。

「クラブでモテる秘訣は女性を口説かないこと」が口ぐせだった渡辺氏の豪快ぶりをクラブ「稲葉」の白坂亜紀ママはこう話す。

「ある対談で渡辺先生とご一緒したときに『先生にも本命の女性がいて口説いたことがあるのでは?』とお尋ねしたんです。すると『本命の女性には、アフターは札幌ラーメンを食べようと誘った。深夜1時羽田発、札幌行き“オーロラ便”のチケットを用意しておいて、“札幌ラーメン”を札幌まで食べに行こうと誘うんです。当然、帰りの便はないので泊まることになる』と打ち明けてくださった。こんな豪快な口説かれ方をしたら、どんな女性でも心を奪われてしまうでしょう」

渡辺氏のような粋で豪快に銀座で遊ぶ男性は、作家に限ったわけではない。伝説の一流クラブ「ロートレック」など6軒のクラブのオーナーだった銀座社交料飲協会常任顧問の奥澤健二氏は銀座の顔役ともいわれ、夜の銀座を描いた映画の主人公のモデルにもなった。粋か派手なのか意見は分かれるが、「バブル経済期」に破天荒な銀座遊びをした経営者の思い出を奥澤氏が語る。

「ある有名な運送会社のオーナーは銀座のクラブが大好きで、数人の取り巻きと一緒に来て、まずは『ナポレオンを10本持ってこい』とオーダーするんです。それを女の子にばんばん飲ませて、余ったら家に持って帰れと女の子にいうんです。また、大手の商品先物取引会社の社長は、銀座で飲んだ後、赤坂にニューラテンクオーターという有名なナイトクラブがあったんですが、その店を閉店後借り切り、ホステスや赤坂の芸者30~40人を集めて飲み直してましたね」

バブルの頃は飲み方が半端ではなかったという。当時、高級ブランデーのルイ13世は1本30万円するといわれていたが、2つに切ったメロンをくり抜き、そこに注ぐのが銀座ルールだったという。しかし、バブル崩壊、リーマンショック、そして東日本大震災と景気後退は続いた。その後、やっとアベノミクスの効果で持ち直しつつあるとはいえ、銀座はまだ、一時ほどの勢いはない。

銀座のスカウトマンとして50年余のキャリアを誇り、クラブ「夜想曲」などを経営するNIコーポレーション取締役顧問の高橋央延氏が、今風の銀座のお客についてこう話す。

■「令和おめでとう」はしごして祝儀を渡す

「昔はね、『銀座で、俺は金を使ってるんだ』といった横柄な態度の人も目についたし、クラブのスタッフに対するイジメもありました。今は、お金を持っている人ほど優しいし、昔みたいにチップをはずんでくれる人もいます。そういうお客さまには、お店の子たちも、ワーッと盛り上がりますよ」

銀座の高級クラブの特徴といえば、やはりそこで働く女性のレベルがかなり高いこと。当然、ホステスを目当てに来る客も多い。「銀座ブランドのホステス」を1000人以上も誕生させた高橋氏のメガネにかなうのは、どんな女性なのか。

「顔は二の次です。それよりもスタイルのよさ。背が高い子は銀座という街で、サナギが蝶に変わるように、いずれ化けることができる。こうした可能性のある子ほど、きちんと私の話を聞こうとしてくれます。声をかけるのは、銀座の街を歩いていて原色の明るい光が差している子だけにしています」

最近は交際費に関して厳しい会社が増えている。二次会が禁止になったり、1度に使える交際費の額が前年の半分になるなど悲痛な叫びも聞こえてくる。それでも豪快に銀座を楽しむ人はまだまだいる。

銀座の男としては高齢の80歳、ダンディーな遊び方を知っていると評判の上場企業のメーカー2代目社長だ。銀座を愛する社長は若い頃から高級クラブに足を運び続けてきた。亜紀ママが感嘆し、こう話す。

「楽しませ、癒やしてくれる銀座の方々へお礼の気持ち込め、毎年11月末に慰労会を兼ねたパーティーを開いてくださるんです。バーテンダー、ホステス、飲料メーカーさん、デパートの方など30名ほどが招待されます。お正月にはお年玉をみんなに渡すため、銀座を何軒も飲み歩きます。令和時代がスタートしたときも、『令和おめでとう』といって、お祝いを渡して歩いていました。バブルの頃にはこういう方もいらっしゃいましたが、今はなかなかお見かけしないと思います」

この2代目社長は、人にプレゼントをするのが好きだという。亜紀ママもあるとき、デパートの着物の展示会の案内状を渡され行ってみると、その社長担当の外商の人から声を掛けられ、反物、帯が用意されていた。

「気に入ったバーには絵画をプレゼントしますが、嫌みはなく、ギラギラした感じも全くない、本物の紳士です。もちろん女性を口説くことは絶対にありません。銀座らしい、豪快な方だと思います」(亜紀ママ)

銀座の粋な飲み方として、気遣いのできることも大きなポイントで、老舗クラブのママが話してくれたエピソードは面白い。

歌謡曲の作詞もする有名家具製造販売会社の創業会長は、カラオケでマイクを握ると、茶目っ気たっぷりにその曲を歌い始める。猛烈経営者のイメージの強い会長だが、周りに気遣いをし、とてもかわいらしいという。勝負どころでは勝負をかける、やんちゃな勝負師的な男らしさが魅力的な人物だという。

雑誌のモデルから銀座のホステスに転身し、オーナーママになったクラブ「花恋」の浅倉南ママは、大物になる人物の共通点をこう話す。

クラブ花恋 南ママ

「まず第一印象が、情熱を感じさせ、目がしっかりしています。そして、人が周りに集まってきます。何かしら魅力があり、あの人のためならばと、つい思わせてしまうところのある人で、周りの人が尊敬しているのがわかります。お金との付き合い方もきちんとしていて、女の子へのプレゼントでも、会社の経費で落とそうとはしません。金額の多寡というよりも、綺麗に身銭がきれる人なのかどうかにも表れるのではないでしょうか」

さらに、スタッフの誕生日やお店のイベントなどの記念日にお祝いのおねだりをすると、シャンパンなど少し高額なものを、多少の無理をしてでも笑顔で聞き入れてくれる人は、人の心を掴む勘所を心得ているのではないかと指摘する。

■ジャガイモの約束を守った流通革命旗手

東京の銀座と並び称され関西を代表する「大人の社交場」の大阪・北新地。2500店もの高級クラブやバー、飲食店が軒を連ねる。銀座同様、「新地のクラブで飲めるようになれば一人前」の定評を得て久しい。

「大阪が“天下の台所”といわれた300年ほど前、堂島川べりには蔵屋敷が並んでいました。北の新地は、そこに詰めていた各藩の武士や取引先の上方商人の接待場所として登場し、真骨頂は江戸時代から変わらない夜の社交場です。明治時代は花街として発展し、戦後になって高級クラブに代表される社用の街として成立してきました。成功をした人、そして成功を求める人がこの街に集い、飲むんです」と語るのは、北新地社交料飲協会理事長でサルーンバー・ムルソー代表の東司丘興一氏だ。

北新地で老舗のクラブ「桔梗屋」を経てオーナーママになって33年の、クラブ「神原」の神原美恵ママは「新地は人を惹きつける何かを学べるところです。お金より大事なことを教えてくれるところでもあるでしょう」と話す。

新地通いが30年を超え定年間近の会社役員氏も「クラブに入る前には、ドアのところでネクタイを締め直したもの。店で偶然知り合った財界の大物や有名人もたくさんいます。いろいろ人生勉強をさせてもらい、かつ癒やしの場でもある大人の学校といっていいでしょう」と話す。

大阪の繁華街として北新地と競ってきた「ミナミ」に、「大和屋」という十数年前に閉店した高級料亭があった。電力業界の松永安左エ門、永野重雄新日鉄元会長など錚々たる有名人が贔屓にしていた超一流の店だ。その大和屋の宴席から、二次会は北新地の高級クラブに流れるのが定番のコースだった。美恵ママが、その大和屋でお座敷を手伝っていたときに知り合った経営者は大物ばかり。なかでも忘れられない1人が、流通革命の旗手といわれる大手スーパーの元会長だという。

「大和屋さんの宴席で、元会長さんの隣にたまたま座らせていただいたときのことです。『美恵ちゃん、あんたジャガイモ好きか?』って言いはったんです。『好きです』と答えたら、『送ったるから待っとき』というてくれました。私みたいなものへ声を掛けてくれたことに『ありがとうございます』というたんです。偉い方やし、お忙しい方やから、そんなジャガイモのこと忘れてしまうだろうと思ってました。そしたら、『一番で採れたから送ります』という手紙が添えられて、ジャガイモが届いたときには感激しました」

酒の席での約束でも、誠実さが大切だ。ホステスの前では傲慢な態度をとったり、虚勢を張るお客もいるが、出世する男は1人の女性として接する。果たす気のない約束をすることもない。

大手酒類メーカーの元会長にも頭が下がる思いをしたと、美恵ママは話す。

■「革のスリッパでないといい音がでないんだ」

「社長さんだったときだと思いますが、大和屋さんで海外のお客様を接待されたときのことでした。テレビの西部劇で有名な『ローハイド』のテーマ曲を、革のスリッパをたたきながらアカペラで、“ローレン、ローレン、……”と歌われるのです。革のスリッパでないといい音がでないんだとおっしゃってね。企業のトップ自らが接待の場を盛り上げるお姿はとても印象的でした」

クラブ神原 美恵ママ

銀座やキタと並ぶ繁華街といえば名古屋の栄・錦町。とりわけ住所表記の「名古屋市中区錦三丁目」から、地元の人に「錦三(きんさん)」と呼ばれる一画は、高級クラブやバー、飲食店がひしめく。

「愛知、岐阜、三重の東海三県のビジネスパーソンにとって、錦の高級クラブで飲むのは1つのステータスです」と語るのは、錦三丁目で「くらぶ水錦」を経営する渋谷浩一氏だ。渋谷氏がホステスに愛される飲み方について教えてくれる。

「『好きなもの飲みなよ』といって、楽しく会話をしてくれるお客さんは一番の人気です。女の子が横に付いているのに、仕事の話で難しい顔をするのはあまりおしゃれじゃないですよね。女の子に分け隔てなく接し、自分が大事にしている女の子ばかりでなく、ほかの女の子の誕生日にもお祝いのプレゼントをしてあげると、好感度はグーッと上がります」

銀座、北新地でも同様だが、アフターで女の子と一緒に食事やカラオケに行った後、帰りのタクシー代を渡すのは暗黙のルール。

「女の子が5人いたら一人一人に渡さずに、自分の担当の女の子に『今日はありがとう。後でキミからみんなに渡してよ』といって、5万円を渡すのが、粋でスマートなやり方です」(渋谷氏)

細かい気遣いに加え、酒席で飲む際の自覚も大切だ。「錦三」のある老舗クラブのママは、「大物になっていく方は、若い頃から飲むときの姿勢でよくわかります。接待先の人や上司の話題に、たとえ離れた席にいても真剣に耳を傾けているような人は、必ず出世してます。反対に出世しない人は緊張感のないタイプですね」

夜の酒席にはその人物の器量や生き方が端的に表れることを肝に銘じておくべきだ。

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亜紀ママ
早稲田大学在学中に日本橋の老舗クラブに勤務。現在は銀座で「クラブ 稲葉」のほか、和食店、バーなど4店を経営。銀座料理飲食業組合連合会理事。著書に『銀座の流儀「クラブ稲葉」ママの心得帖』などがある。
 

南ママ
雑誌の表紙を飾るなどモデルとして活躍中にスカウトされ、「夜の銀座」にデビュー。その後、クラブ「ブルーム」のナンバーワンになるなどし、2007年にオーナーママとして「花恋」を開店。
 

美恵ママ
証券会社勤めから大阪屈指の老舗料亭「大和屋」勤務後、北新地の名門クラブ「桔梗屋」に移り北新地デビュー。33年前にオーナーママとしてクラブ「神原」を開店。北新地社交料飲協会副理事長を務める。
 

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吉田 茂人(よしだ・しげと)
ジャーナリスト
『文藝春秋』記者、ビジネス誌編集長を経て現在に至る。共著に『金利を動かす男』がある。

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(ジャーナリスト 吉田 茂人 撮影=研壁英俊、小川聡、熊谷武二)

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