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大阪の町工場を支える工具メーカーの矜持

プレジデントオンライン / 2019年7月18日 9時15分

ミーリングチャックとは、ドリルなど高速回転中の切削工具を支える工具。その出現が、円錐形が世界標準だった切削工具の形状を、スムーズでシンプルな現在の円筒形に変える役割を果たした。

1963年にこれを初めて開発したのが、大阪に拠点を構える日研工作所だ。金属加工の工作機械に欠かせぬ付属装置を製造する。「削り」の精度を追求する製品づくりに特化することで高い評価を積み上げ、町工場からグローバル企業へと成長してきた。現在の事業は、そのミーリングチャックを含むツーリング(“削るほうを支える”装置)とCNC円テーブル(“削られるほうを支える”装置)が2本柱だ。

「ニッチだが、工作機械による機械加工全体を支えているという自負はある」(長濱明治社長)という同社の足跡と成長を可能にした理由を、明治大学の森下正教授が説く。

■お客様がよい製品をつくるための道具

日研工作所が製造するツーリングとは、ドリルやエンドミルなどの切削工具を取り付ける保持工具。CNC円テーブルは、加工する素材を固定する割出回転台。金属を加工する工作機械では、ともに切削の精度を左右する重要な付属装置です。

「ツーリングや円テーブルの製造は、今でも市場としては小さく、非常にニッチな領域です」

と長濱明治社長。しかし、「それぞれが完成品。部品ではなく製品であるところがこの業態の特色」(長濱氏、以下同)だと言います。

同社の前身は、1952年創業の松本鉄工所で、自転車の部品などをつくっていたようです。長濱氏が聞き及ぶところでは、58年の日研工作所設立は、先代社長の松本政一氏(故人)が、ツーリングに出会ったことがきっかけとのことでした。

当時は産業の工業化が始まり、高度経済成長期に突入しようという時代です。おそらく松本氏は、工作機械の付属装置というニッチな領域に飛び込むことで、受注生産で部品をつくる町工場を、製品メーカーへと転身させたいと考えたのでしょう。その目のつけどころは、現在のベンチャー企業の成功と共通するものがあります。

社名の日研は「日々研究」の意味を込めたもの。製品開発の精神として、今日も掲げているのは「“土根性”に科学性をプラスした新しい“努根性”」。また先代の松本社長は、自らを「生涯鉄削り職人」と呼ぶ人でした。日研という会社の見どころのひとつは、創業以来、職人的なモノづくり哲学を頑なに守りつつ、高い切削精度を追求してきた「ブレない姿勢」にあるでしょう。

それを物語るのが、63年に同社が開発したミーリングチャックです。切削工具を保持するツーリングの機構で、工具の保持を堅固にして削りの精度を上げ、工具の脱着もしやすくしたもの。今ではツーリングの機構のスタンダードになっています。

それに加えて、ミーリングチャックの登場は、それまで円錐形だった切削工具の柄がストレートになるという、工具業界の変革も生みました。

「その技術を基礎として、改良・開発を積み重ねてきたのが弊社の製品です。高い精度を求める厳しいお客様に、私たちは鍛えられてきたのだと思っています」――長濱氏はそう繰り返します。工作機械の付属装置であるがゆえ、「弊社にとってのよい製品をつくるのが目的ではない。お客様がよい製品をつくるための道具を提供するのが使命」というのが日研のスタンスです。

自社工場で製造されるツーリング(写真上左)が、道具として並んでいる(同上右)。同社製の「ミニミニチャック」(同下左)、高精度ゆえ外部に売り出したゼロゼロホルダ(同下中)。削られる素材を固定する自社製CNC円テーブルの中でも最大の一品(同下右)。

■身近に多くの顧客とよきライバルがいる

60年代以降、同社は業績を伸ばし、企業規模も徐々に大きくしていきます。これは「使い手のための品質」へのこだわりと探求が、製品に対する顧客の信頼を築き、同社の成長の礎となってきたのだと思われます。

もうひとつ付け加えると、同社の成長には、中小の製造業者が集積する東大阪市に隣接するという地域性も大きく関わっていると思います。同市内にはたくさんの顧客がいると同時に、日研と同じ工作機械の関連機器メーカー、大昭和精機があります。同社は67年創業で、製造部門の従業員数は約400名。おそらく両社は互いに相手を意識し、切磋琢磨してきたことでしょう。身近に多くの顧客がおり、よきライバルもいるというケースは珍しく、東大阪ならではといえるかもしれません。

企業の業容が大きくなると、さまざまな課題が出てきます。特に人員の配備や就労環境の整備、資材・製品の管理、そして人材育成など多岐にわたって、運営の仕組みづくりをしなければなりません。

■自社工場のニーズが自社商品開発と直結

中小企業が成長していく過程で、マネジメントはひとつの大きな壁です。現社長の長濱氏は、91年に日研に入社しましたが、当時は「マネジメントシステムが整っておらず、社長や現場責任者の采配でものごとが動く」状態。大手証券会社から、縁あって同社に入社した長濱氏は、少なからず戸惑ったようです。

「入社後の15年間は、ずっと現場を観察して、管理システムをつくっていくことが私の仕事でした。しかし、先代は昔気質の職人ですから、新しいことをやろうとすると衝突ばかりでしたね」

しかし、その甲斐あって現場の環境改善が進んだと自負する長濱氏は、社長就任後も引き続き、工場改革に取り組んでいます。

■工場自体を研究所であり開発と実験の場としている

ところで、日研の業態のユニークさを表すものに、製造工場の機能があります。同社は、研究開発の施設は特に持たず、工場自体を研究所であり開発と実験の場としているのです。

「削りを極めた」(長濱社長)創業者・松本政一氏が使用した研磨機(写真上)。今すぐにでも動かせそうな保存状態だ。写真下は本社屋。

日研の製品は、当然ながら金属加工でつくられます。しかも、BtoBビジネスですから、顧客のニーズを直接くみ取れます。ですから、顧客の要望に対応すること、あるいは自社製品の製造で必要となるツールや性能の追求が、そのまま開発と直結するのです。

たとえば、2017年開発されたゼロゼロホルダがその一例。旋盤でドリル加工を行う際のドリルの倒れと、回転軸に対する芯のブレをなくし、高精度の穴あけを実現したツーリングです。

「そもそもこれは商品ではないんです。旋盤加工で金属にきれいな穴をあけるのは難しいのですが、工場の工程でそこがなかなかうまくいかなかったので、社内用に私が開発しました。売るつもりはなかったのですが、それほど精度が上がったのなら、お客様にも提供してはどうかという社内の意見で発売することにしたのです」

旋盤用で高精度に深く穴あけができるホルダ機構は、世界初とのこと。ない道具、ほしい道具を自分でつくるのも、町工場の時代から変わることなく引き継がれてきた開発スタイルなのでしょう。“生産すなわち研究”とは、日研の面目躍如たるところといえます。

日研は、英国政府が同国のシェフィールドに創設した研究開発パーク(Advanced Manufacturing Park=AMP)内に15年、初の海外研究施設を開設し、先端加工技術の研究を行っています。AMP内には英国政府肝入りの研究所があり、周辺にはボーイング、ロールスロイス、BAEなど、航空機、自動車、エネルギー産業のトップ企業が集まっています。

「弊社はこれまで、主に自動車メーカーとその関連会社に育てられてきましたが、その経験と技術を生かして航空機市場で新しい顧客の獲得に挑戦したい」と長濱氏。その足がかりとなるのが、この研究施設です。

同時に現在、製品構成で1割程度のリーマ(ドリル穴を加工する工具)を3本目の柱として、より一層強化すべく注力していますが、こうして事業を拡大していくとき、技術の伝承とともに、社内のコミュニケーションが課題となります。日研も例外ではなく、その課題にさらされてきたようです。

■年に1度開かれる「全社員が集う会」

実際に、長濱氏は「従業員450人の今より300人弱だったころのほうが、互いの顔が見えて、コミュニケーションがよくとれていたかもしれない」と言います。規模が大きくなると、組織が細分化されるので、コミュニケーションの溝ができやすいのです。

日研工作所代表取締役社長 長濱明治氏●1958年、大分県生まれ。82年京都大学法学部卒業、野村証券入社。91年日研工作所入社。2006年取締役、14年代表取締役専務、同年12月より現職。

実は日研は、社内のコミュニケーションやチームワークを、とても大切にしている会社です。先代の語録をまとめ、同社の社風を表した「日研ハーモニー」にもそれが記されています。

「自分が担当している部分は知っていても、結果がどうなのかを知らないというケースは多いですよね。そこで、小さな部品を担当している社員を集めて、完成品がどんなお客様にどう使われているかを説明する機会を設けるようにしています」

また、年に1度、全国の営業所の社員を本社に集めて「全社員が集う会」を開いています。本社工場の社員との交流と、工場の取り組みを実際に見て仕事に生かしてもらうのが目的で、どちらにも好評だそうです。

ホームページに記された「日研ハーモニー」には、「人がハード・ソフトの上に立つ」という興味深い項もありますが、同社の人材育成では、先代は「躾」をまず一番に挙げていたといいます。現在もそれを踏襲し、「躾のあるなしが、企業のトータルパワーの違い」として表れるとしています。

技術の伝承においても、それに先んじて人間力が大切だと考えられているのです。技術力を誇る日本の企業であればこその重要な視点で、トヨタなど他の大手企業とも共通しています。

一方、IT革命により、生産の現場のみならず、あらゆるものが自動化されようとする今、長濱氏は日研が製造する工作機械周辺機器の今後を次のように見ています。

「IoT(Internet of Things)の進歩で、機械とその周辺機器がつながった全体の『系(システム)』という考え方が強まります。工作機械においても、それを盛り上げる周辺機器は今後さらに多彩になり、それらを巻き込んだ全体の系としての工作機械の役割がどんどん大きくなっていくと思います」

社会がどれほど進化しても、モノづくりの世界が廃れることはありません。そして、その精神は普遍性を持ちうるものです。同社のグローバル企業としての活躍に期待がかかります。

▼生産即研究のポイント:社員の躾とチームワークの徹底を、地道に追求する

会社概要【日研工作所】
●本社所在地:大阪府大東市南新田
●資本金:13億3150万円
●売上高:(非公開)
●従業員数:450名(2018年1月現在)
●創業:1952年(旧松本鉄工所)
●沿革:1958年、有限会社日研工作所設立。60年株式会社化。64年東京営業所開設。81年日研フランス(PROCOMO)開設
●事業内容:工作機械用保持工具、ツーリング・CNC円テーブルおよび切削工具の製造・販売

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森下 正
明治大学政治経済学部専任教授 経済学科長
1965年、埼玉県生まれ。89年明治大学政治経済学部卒業。94年同大学院政治経済学研究科経済学専攻博士後期課程単位取得・退学。2005年専任教授。著書に『空洞化する都市型製造業集積の未来―革新的中小企業経営に学ぶ―』ほか。

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(明治大学政治経済学部教授、経済学科長 森下 正 構成=高橋盛男 撮影=水野真澄)

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