世界で稼ぐエリートが教養を学ぶ真の意味

プレジデントオンライン / 2019年7月7日 6時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/RoBeDeRo)

知識を身に付けること、物知りであること=教養がある人と考えている人は多いのではないでしょうか。しかし東京大学教授の柳川範之氏は、「教養=知識量」という考え方はもう通用しないと断言します。今、ビジネスの世界で求められる新しい教養とは――。

※本稿は、藤垣裕子、柳川範之『東大教授が考える新しい教養』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです

■なぜ、電気工学者がマジックテープを発明できたか

まったく新しい発想の製品やサービスを実現させ、イノベーションを起こすことが求められる中では、自分の専門分野だけに目を向け、手の中にある技術や知識だけで課題を解決しようとすることがなかなか難しくなってきます。

(中略)

そんなとき、少し視線を外し、異分野に関心を持つことは、まったく新しいアイデアをもたらすうえでとても有益だったりします。

有名な事例として挙げられるのは「マジックテープ」の名前で知られる面ファスナーです。

1948年、スイスの山奥で愛犬を連れて狩猟に出かけていた電気工学者のジョルジュ・デ・メストラル氏は、自分の服や愛犬の毛に野生ゴボウの実がくっついているのに気づきました。

不思議に思ってその実を持ち帰り、顕微鏡で覗(のぞ)くと、その実が無数の鉤(かぎ)でできており、鉤が衣服や犬の毛にしっかりと絡みついていることを発見したのです。この構造を応用し、何年かの試行錯誤の末に面ファスナーは開発され、日本では「マジックテープ」の名前で売られるようになりました。

■異分野にどれだけ関心を持てるか

この例のように、本業の知識とはまったく別のところから思わぬヒントを得たり、アイデアを思いついたりするのは、世の中に多々あることです。それが思いがけない出会いから生じる場合もあります。

ですから自分から意図的にさまざまな分野に関心を持ち、そこからヒントを得て解決策に結びつけていく姿勢を持つことが大切です。これが、「異分野に視線を向ける力」です。

ただし、単に視線を向けたり、意識をしたりするだけでは前に進めない場合もあります。たとえば、より積極的に新たなビジネスの機会を探ろうとすれば、従来とは異なる産業分野に進出したり、異業種と協業したりする必要性が増えてきます。

そこで求められるのが「異分野とコミュニケーションする力」です。

(中略)

世間一般でも「コミュニケーション能力が必要」ということはよくいわれます。けれども、その意味はあいまいです。「誰とでも楽しく会話できる」「気遣いができる」といったイメージを持っている人が多いかもしれません。

しかし、よりよい成果を生むという観点でいえば、ビジネスパーソンに求められるコミュニケーション力は、「異分野と」という点こそ強調されるべきではないかと思います。

異分野の人同士でそれぞれの知見を生かし、相互の違いをふまえて議論し、アイデアを発展させていくことこそ、ビジネスに求められる真のコミュニケーション力であり、それはまさに本書が繰り返し述べている「教養」にほかならないのです。

■絵画の「教養」はこう生かす

本書では、知識量を追う従来の教養観に対しては、どちらかといえば否定的な立場を取っています。

会話の中に故事を挟んで「もっともらしさ」を加えたり、海外事例を持ち出して自説を強化したりといったテクニックについては、ビジネスにおいて役立つ場面もあると思いますが、それは本質的な意味での教養とは別物だと考えています。

しかし、たとえば絵画に関する知識について「教養を身につけるうえで不要だ」というわけでもありません。

藤垣裕子、柳川範之『東大教授が考えるあたらしい教養』(幻冬舎)

大切なのは、そのような知識を身につけたとして、「具体的にどのように生かすか」です。

筆者(柳川)があるシェフから聞いてなるほどと思ったのは、「ヨーロッパではアートはビジネスコミュニケーションのためにある」という話です。

そのシェフのレストランの個室には有名画家の絵が飾ってあります。それは単なる飾りではなく、レストランの格を高めるために壁にかけられているのでもありません。

ビジネスパーソンが取引先と初めて食事をともにするとき、その絵について会話し、コミュニケーションのきっかけにしてもらうのが目的なのだそうです。

異なる会社、異なる業界のビジネスパーソン同士は、バックグラウンドも大きく違うことが多いといえます。共通の話題がすぐには見つからないときに、絵画を間にスムーズに会話を進めて場を温め、そこからビジネスの話に入っていくわけです。

この点、アートは世界共通であり、会話をはずませやすいのが利点といえます。

■国際社会で必要な教養とは

ビジネスで海外の人とやりとりするときには、ある程度の教養が必要だということはよくいわれます。

「自国の歴史については知っておくべきだ」
「世界的に話題になった映画くらいは見ておくべきだ」

こんなアドバイスを見聞きしたことがある人は少なくないでしょう。

このようなアドバイスは、「バックグラウンドが異なる人同士がスムーズにコミュニケーションをとるために」活用できる知識があるとよい、というところに真意があるはずです。

たとえば、絵画の知識をたくさん身につけて「この絵はピカソの『青の時代』の作品だ」ということがわかるようになっても、その知識を介して他者とコミュニケーションを深めることができないのであれば、「教養」という観点ではあまり意味がないといえるでしょう。

逆にいえば、さほど詳しい知識がなくても、関心を示す態度や、意識的にコミュニケーションをとって関係性を深めるというスタンスがあれば問題ないとも考えられます。

■日本人同士で群れてしまうのはもったいない

これに関連してもう一つ、筆者(柳川)がF1レースの関係者の方から聞いた話も紹介したいと思います。

彼は、「日本企業はF1でスポンサーになることの意味を正しく理解できていない」と強く主張していました。

みなさんは、日本企業がF1のスポンサーになる意味はどんな点にあると思いますか?

「車体にロゴが貼りつけられれば宣伝になる」
「ブランドイメージが上がる」

多くの人が想像するのは、こういったメリットではないかと思います。

しかし、本当に重要なメリットは、まったく別のところにあるのだそうです。

F1のスポンサーになると、現地でイベントを開催したりブースを持ったりでき、それらのイベントやブースには、世界中の企業から人が集まります。そこでさまざまな出会いがあり、多くのビジネスチャンスが生まれるのです。

そして海外企業がF1のスポンサーになる理由は、まさに「ビジネスチャンスを作ること」なのだといいます。

しかしF1スポンサーとなった日本企業には、ブースの中で日本人同士が集まっている姿ばかりが見られることも多かったようです。

「せっかくのチャンスを生かせず、多くのスポンサーが非常にもったいないことをしている」という話を聞いて、なるほどと思ったものです。

■オープンイノベーションに必要な力

ヨーロッパはもともと地続きで異なる民族が共生する社会であり、異文化の人同士が会話することを前提として、社会が組み立てられてきた面があります。

アートを使ってコミュニケーションをとるという考え方や、F1のスポンサーになることが世界中の企業とのコミュニケーションのチャンスだという捉え方は、ヨーロッパ社会が培ってきた仕掛けや工夫が背景にあるのかもしれません。

最近では「オープンイノベーション」という言葉が企業の重要な戦略として使われることが多くなりました。自社内で閉じた形で開発を行って、イノベーションを起こそうとするのではなく、社外の人や企業と積極的に交流してイノベーションを起こそうという考え方です。

ヨーロッパに見られる姿勢や文化は、オープンイノベーションを実現させていくうえで大きな強みになりうるものです。

この点、日本は同質性が高い社会ということもあり、異文化の人とコミュニケーションする重要性やそのための工夫に対して、比較的無頓着なところがあったように思います。

専門を異にする人と協働し、建設的な議論をし、オープンイノベーションを拡大させていくためにも、その「一つ手前」の話として、異文化の人とコミュニケーションするための工夫について考えてみることも大切ではないかと思います。

(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授 藤垣 裕子、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 柳川 範之 写真=iStock.com)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング