5つ星より1つ星のレビューが気になる訳
プレジデントオンライン / 2019年6月29日 11時15分
※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■なぜ選挙運動で候補者の名前を連呼するのか
短期間に同じCMが何度も流れたり、2回続けて流れたりして、正直、飽き飽きした経験もあるのではないでしょうか。このような広告には、二つの狙いがあります。
一つ目は、人間は物事を判断するときに、想起しやすい情報や簡単に手に入る情報を優先して参考にする傾向があります。これを「利用可能性ヒューリスティック」といいます。たとえば、テレビで飛行機事故が大々的に報道されると、しばらくの間「飛行機は危険だから車で移動しよう」と考える人が増加します。
もう一つは、繰り返しの出現はその刺激を好ましく思わせるという「単純接触効果」を狙ってのことです。たとえば毎週放映されるドラマの主題歌は、曲のよさ以上にヒットする傾向があります。ただし逆に、頻度が高すぎると好感度が下がるという逆U字型の反応も、広告研究で確認されているため、注意が必要です。東日本大震災のとき、ACジャパンの公共広告ばかりで、その最後のジングルに多くの人が不快感を持ったことは記憶に新しいです。
高頻度のCM露出や選挙運動における候補者名の連呼は、いずれもこれらの効果を狙ったものです。思い出しやすい商品や人は人気があり(利用可能性ヒューリスティック)、好ましい(単純接触効果)と考えられやすいのです。
■恐怖をあおる広告の裏事情
人間はポジティブな情報よりも、ネガティブな情報に注意を向けやすく、そちらの方が記憶に残りやすいものです。これをネガティビティー・バイアスと呼びます。たとえば、ネットのレビューサイトでは、ポジティブな評価よりもネガティブな評価の方を重視する、メディアには、いいニュースより悪いニュースの方が圧倒的に多い(悪いニュースの方が視聴率が取れる)、政治家は競争相手に対してネガティブ広告を多用するなど、例を挙げればキリがありません。
この人間の特性を利用した恐怖をあおる営業手法も多々、見られます。悪徳リフォーム業者の「お宅の家には不具合があります。すぐに対策をとらないと崩壊しますよ!」や、テレビCMの「まな板には菌がウヨウヨいます。いますぐ○○で除菌を!」は古典的な例です。
ただし、恐怖をかきたてて一方的に商品の購買を迫ることは、シロアリ退治の悪徳業者と同じであり、消費者は売り手に対して悪いイメージを持つでしょう。恐怖をあおった広告が効果的であるためには、以下の4点を満たすことが重要です。
1.恐怖を与える
2.解決するために消費者がとるべき行動の提案
3.自社製品が恐怖を解消してくれるという信頼の訴求
4.消費者が簡単にその解決策をとれることの訴求
これらを「風呂釜の除菌剤:ブランドA」で考えてみると、以下のようになります。
1.恐怖:雑菌の中での入浴
2.対策:風呂釜を除菌すること
3.信頼:ブランドAは除菌力NO1
4.簡単:ブランドAを風呂釜に入れて湯を沸かすだけ
恐怖や対策面では事実のみに言及し、問題解決の主導権はあくまでも消費者に与えるというのが、企業側のとるべきスタンスです。そして、消費者が合理的に判断すると(つまり簡単に使えて、性能がNo1)、選択肢はおのずと自社製品になる、という流れになっているのが共通点です。
■限定商品に惹かれるメカニズム
マクドナルドの秋季限定バーガー、シチズンの100周年記念モデル1500本限定の腕時計、北海道でしか買えない「白い恋人」、季節限定のビール、九州限定の明太子フレーバー「柿の種」、ダイソンのジャパネット限定モデル――。
これらの商品は、なぜか興味をそそられますし、何かと話題になったりしますよね。販売する期間、数量、地域、チャネルなどを企業が限定して販売する商品のことを限定商品と呼びます。
限定商品は、売り手が意図的に商品を自由に入手しにくい状態で販売することによって、話題性や希少性を狙ったものです。消費者研究では、同一の商品でも、制限を課すことによってその評価が高まり、売上が上がることがさまざまな実験で確認されています。
ここでは二つの心理的メカニズムが作用しています。一つは、人が所有していない、あるいは人とかぶらないものを評価するという「スノッブ効果」が働いています。市場における希少性が、その価値を上げているのです。
もう一つは、商品が入手困難なことから、リアクタンス効果が生じることが挙げられます。これは「失われた自由を回復しようとする、または失われそうな自由を確保しようとする動機」です。季節限定ビールの例でいうと、「ビールを買う」という行為は、本来自由なはずです。日本にいればどの地域に住んでいようが、いつであろうが、自由に購入することができますよね。ところが、季節限定ビールの場合は、商品がなくなればもう買うことはできません。自由に買うことができない、つまり“失われそうな自由”というわけです。ビールを買うという自由を確保したいという気持ちが、限定ビールを購入する動機になるのです。
ただしこれらの学術研究は単発の実験結果なので、頻繁に企画された場合の長期的効果は検証されていません。限定商品もやりすぎれば、「またか」と飽きられたり、スノッブ効果が低減したりすることは、経験的にいえるのではないでしょうか。
さまざまな心理効果を利用した広告のテクニック
そのほか、さまざまな広告テクニックをご紹介しましょう。
■ 「続きはCMのあとで!」といわれたら
雑誌の目次に次のような見出しがあったとき、あなたならどちらの方が、より記事を読みたくなりますか?
①1カ月で10キロもやせられた理由は、毎日、食事前に◯◯◯を食べたからです。
②1カ月で10キロもやせられた理由は、実は食事の前に、ある簡単なことを毎日続けたからでした。
②の見出しの方が多くの人の興味をそそるのではないでしょうか。人は自身が達成した事柄より、達成できなかった事柄や中断している事柄の方が記憶に残りやすいことを、その現象を発見した心理学者の名前をとって「ツァイガルニク効果」と呼びます。
1927年に行われた心理学者ツァイガルニクによる実験では、被験者に約20の小タスク(パズルを解く、ビーズに糸を通すなど)をやってもらい、そのうちいくらかのタスクは途中で中断させました。その後、どのタスクのことを覚えているか聞いたところ、中断させられたタスクは完了したタスクと比べて約2倍、被験者の記憶に残っていました。1972年には、アメリカの心理学者ヘイムバッハらがツァイガルニク効果を広告に拡張させた実験において、メッセージの初めを聞くと最後まで聞きたくなり、結果そのメッセージは記憶に残りやすかったことを確認しました。
「続きはCMのあとで!」「詳しくはウェブで!」などは、「続きが気になる」心理を巧みに利用したものです。中途半端なところで切り上げることにより物事が気になる状況が生み出されて、記憶に残りやすくなるのです。
いろいろな人が別々の会話をしている喧騒の中で、相手の話だけを聞き取ることができることを「カクテルパーティー効果」といいます。たとえば、混雑した役所や病院でも自分の名前が呼ばれるとすぐに分かりますし、電車で居眠りしていても自分の降りる駅がアナウンスされるとなぜか目を覚ますでしょう。これらは、人は意識した対象のみに注意を向ける、選択的知覚能力を持っているからです。
カクテルパーティー効果を狙った広告では、ターゲット視聴者のデモグラフィックス(世代、子供の有無、職業など)、ジオグラフィックス(場所、地名など)、サイコグラフィックス(悩み、目標など)に合わせてパーソナルに訴えかけ、選択的知覚を発動させます。
「薄毛に悩む年配女性のシャンプー」
「世田谷区にお住まいのあなたに耳寄りな話」
「50代からの自動車保険」
バックグラウンドでテレビをつけていても、自分に関連するキーワードが出てきて「ハッと」させられたことはありませんか?
あることを意識し始めたとたん、その事例が自身の周りで急に増えたように感じることを「バーダーマインホフ現象」、あるいは「頻度錯誤」と呼びます。この現象では、まず、最初の接触により興味を持ち始めることによって、対象に対する選択的知覚が発動されます。そして確証バイアス(欲しい情報だけを見聞きすること)により、その興味を満たす情報を無意識に探すようになるため、対象の頻度が急に増えたように感じられるのです。
この現象を使ったネットマーケティングの手法が「リターゲティング広告」と呼ばれるもので、商品を一度クリックしたりサイトを訪れたり、ショッピングカートに入れたりした見込み客に対して、同じ広告を何度も表示します。これは、ユーザーのパソコンやスマートフォンに残った閲覧履歴に基づいて、露出する広告をユーザー別にカスタマイズする仕組みを使っています。
Yahoo!のようなポータルサイトの画面脇に、自分が過去にクリックした商品が頻繁に現れることがあるでしょう。関心を示した見込み客に対して、その商品を何度も見せることによって「最近、この商品はよく見かけるし、人気があるんだ」と感じさせられれば、あとは利用可能性ヒューリスティックによる過大評価と単純接触効果によって購買意欲が自然と高まってきます。
■悪いことも伝える広告
メーカーのウェブサイトで評価の高いレビューばかりだと、「どうせ、評価の悪いレビューは削除しているんだろう」と考えて、信憑性を疑いませんか?
いくつかの消費者行動研究でも、ポジティブ要因とネガティブ要因の両方を提示する両面提示広告では、ネガティブ情報が許容できるレベルであれば、むしろ情報の信頼性を高めるため、説得の効果が高いことが示されています。さらに両面提示の場合、ポジティブ要因とネガティブ要因のどちらを先に提示するべきかという順序効果の研究では、受け手がどれだけ広告を詳細に吟味して理解しようとするかによって効果が違うことが確認されました。
情報処理の動機が高い場合は初期メッセージに(初頭効果)、逆に動機が低い場合は最終メッセージに(親近性効果)、より強く影響されるのです。要するに、消費者が関心の高い商品・内容の場合は最初にポジティブ情報を、関心の低い商品・内容では最初にネガティブ情報を提示する方が、最終的な評価が高まることが示唆されます。
このように、CMや宣伝文句にはさまざまなテクニックが用いられています。普段何気なく目にしているCMや中吊り広告などをもう一度見直してみると、作り手が何を狙っているのか、分かるかもしれませんね。
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東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。
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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠)
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