ネット空間で暴走する「ただしさ」の恐怖
プレジデントオンライン / 2019年7月8日 9時15分
■「ハーフの子を産みたい方に。」は劣った広告か
2019年6月下旬――ある着物会社の広告のキャンペーンが「索敵」され、正義の炎で焼かれる光景により、インターネットが賑やかになっていた。この炎は、同社が「ハーフの子を産みたい方に。」というキャッチコピーを3年前の広告に掲載し、それがツイッターで発見されたことに端を発したものだ。
インターネットをパトロールする人びとに発見された直後に同社は広告を削除したのだが、時はすでに遅かった。当該の広告はローカルデータとして各々によって保存され、追及がやむことはなかったのだ。
広告としてのできばえや訴求力は正直よくわからない。しかしだからといってこれが劣った広告であると断じるようなことはできない。これが刺さるような客層が大勢いるかもしれないので、「こんな人権無視の広告によって、着物の価値を落とした」などと断定するるのはいささか飛躍しているように思える。というのも、当該の広告の作成者は広告代理店に勤める30代の女性であり、あくまで「女性が、女性にウケると思ってつくった広告」だからだ。
■人種差別むき出しの「男性叩き」は日常化している
「ハーフの子どもがほしい(≒外国人と交際したい)」とか「年収の高いパートナーが欲しい」といった願望は、世の女性たちが当たり前のように表明していることであるし、これをいまさら「女性はそんなことをまったく思っていない」などと言われても鼻白むばかりだ。近頃の婚活パーティーなどはまさに、他人のことをスペックで評価することを隠しもしない状況だ(これについては以前の記事でも述べたので参照していただきたい)。
「海外(欧米)の男性は女性を尊重してレディーファーストの精神を持っている。それにくらべて日本の男性は~」などという人種差別意識むき出しの「(日本の)男性叩き」が驚異的な質量の賞賛と共感を巻き起こすのが常なる光景となっているインターネットにおいて、今回の事例で怒りが発生するのは不可解だ。
これが世のすべての人の考えを代表するものでもないし、着物を好む層とリンクするかどうかは別問題であるとしても、この着物会社の広告はネット民をはじめ、世の人びとの願望の一側面を端的に表現した代物にすぎないのではないだろうか。
■「私たち人間は美しいものが大好き」という本音
意地の悪いことを言ったが、怒る気持ちはまったくわからないわけではない。自分たちでそのような考えを持ったり、それに基づいて他人を選別したりするのは自由だが「お前はそういう考えを持っているだろ?」とあけすけに言われるのは腹が立つものだからだ。だが、いくら建前をきれいに取り繕ったところで、素直なお気持ちに従えば、私たち人間は「美しい」とされるものが大好きなのだ。
(The Wall Street Journal「ブラジルで米白人男性の精子需要が急増」2018年3月25日より)
自らの自由によって他人を選別する行為には差別性を感じないが、しかしその行為を他人によって描出されたときには「このメッセージには差別性がありありと表現されており、不適切だ!」と憤る社会の一貫性のなさ――この一貫性のなさこそ、現代の人間社会そのものなのだろう。
■社会のアップデートではなく「ただしさ」の先鋭化
先述のとおり、「ハーフの子を産みたい方に。」の広告は最近に制作・発表されたものではなくて、3年前のものである。この3年のあいだは特にインターネットの炎に焼かれるようなこともなかったのだ。これが3年のうちに「社会的にけっして許されないもの」として再解釈された事実はきわめて重要だ。というのも、この事実は「社会が3年の間に適切な人権感覚のアップデートを経ている」というよりむしろ「ただしさ」への信仰をさらに先鋭化させてきたことを示唆するものだからだ。
現代社会は「寛容性」や「多様性」の重要性を謳ってきた。ことなる価値観や文化をもつ人同士がいかに歩み寄り、理解し合うかを模索してきた。だが皮肉なことに、現代社会は必ずしも寛容でもなければ多様でもないような様相を呈してきている。なぜなら、寛容に受け入れられ、多様性のひとつとして包摂されるかどうかは「それが社会的に『ただしい』かどうか」が前提となっているからだ。矛盾して聞こえるかもしれないが「多様性」に含まれる多様性と、そうでない多様性がこの世には存在する。
■「ただしくない価値観」は多様性に含まれない
2017年にはGoogleのエンジニアが、社内における「男女平等スキーム」を批判する文章を公開して同社を解雇された(Forbes JAPAN「グーグルを解雇の『保守系社員』が法廷に、白人の権利主張」2018年1月19日)。
解雇されたエンジニアはのちに同社を提訴しており、「Google社内はリベラル的な思想(反保守主義・反白人男性)のエコーチェンバーが生じている」と主張した。本来「多様性」のある社会ならば、彼のような保守的思想も「多様性を構成するひとつの価値観」として尊重されるはずのものだが、現実はそうではなかったようだ。
これは国内の「オルタナ右翼」を代表とする保守層によって取り上げられて大きな争点となり「(リベラルは)多様性を尊重すべきというが、結局はリベラル的な文脈で『ただしい』と認められたことにかぎってしか尊重しない」と批判が強まる結果となった。
2019年には、17歳の少年が「この世に性はふたつしかない」と発言したことで3週間の停学処分となった(Evening Standard「Teen, 17, who sparked row for saying there are only two genders ‘suspended from school for three weeks’」2019年6月23日)。男性・女性以外の性を認めないような価値観や思想も当然に存在するはずだが、それは「多様性を構成するひとつの価値観」とは認められなかったようだ。
現代社会において「ただしくない価値観」は「多様性」の仲間には入れてもらえない。現代社会における「多様性」は「ただしいもの」に対しては寛容だが、一方で「ただしくないもの」に対してはまったく不寛容で排他的である。
■多様性は「折り合いをつけていく方法を模索する」営み
「ハーフの子どもを産みたい」という動機を持つ人は当然いるだろうし、そうした価値観を持つ人へ訴求するようなメッセージはありえるだろう。だがそれは「多様性」においては「ただしくないもの」であり、それが存在すること自体が許されないのだ。かりにこの3年間のうちに社会がアップデートしてきたものがあるとすれば「『ただしくないもの』への不寛容性」であるだろう。
多様性とは、皆が朗らかに強調し連帯し理解し合い暮らしていくことではない。まったく異なる価値観や社会観を持っている人同士が、時に衝突し軋轢を起こしながらも、しかしお互いをせん滅するような最悪の道を選ばず、なんとか折り合いをつけていく方法を模索する営みだ。
少しばかり「気に入らないタイプの多様性」が登場したら、それをたちまち排除してしまうようなこらえ性のない社会は、今後拡大していくであろう多様性の負荷に耐えきれなくなれば、今度は積極的に多様性を排除する側に振り切れるだろう。
■「多様性の尊重」は厳しさを伴うもの
社会的に望ましい「ただしさ」に背くような価値観や言説を目にしたときにこそ、「多様性を尊重すること」の大切さと厳しさを再認識させてくれる。自分にとって心地よいもの、社会にとって整合的なものばかりを選んで包摂することが「多様性」や「寛容性」なのではない。むしろ逆である。それは社会を「ただしさ」を基準にした「単一性」へと導くものであり、その単一性は「ただしくないもの」とされた人びとへの冷酷な排他性をあわせ持っている。
「ただしいものだけを認めて、受け入れていけば、社会はきっとよくなる」――そんな無邪気な世界観の裏で「ただしくないもの」とされた人びととの分断は深まり、社会は次第にその安定性を失っていく。その萌芽は、西欧・北欧諸国における極右の台頭や、米国を席捲したトランプ旋風といった形であらわれはじめている。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭 写真=iStock.com)
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