子が従わないから刺し殺す51歳父の愛情
プレジデントオンライン / 2019年7月5日 9時15分
■なぜ、51歳の父親は小6の息子を刺し殺したのか
2016年8月、名古屋市で当時小学6年生だった息子の胸を包丁で刺して殺害した罪に問われている51歳の佐竹憲吾被告の初公判が、今年6月21日に名古屋地裁で行われた。
佐竹被告は、自身が地元の有名進学校である中高一貫校を卒業しており、一人息子にも自分の母校に進学してほしいと希望し、名古屋市内でも有数の進学塾に通わせていた。
息子が塾に入った小学3年生の頃から、佐竹被告は暴力を振るうようになったようで、たたいたり、物に当たったり、教科書を破ったりしたという。あげくの果てに「受験勉強で言うことを聞かないから刺した」わけで、これは教育虐待にほかならない。
教育虐待とは、親が教育熱心なあまり、子どもに過度な期待をして、思い通りの結果が出ないと厳しく叱責したり、暴力を振るったりすることである。その結果、子どもが心にトラウマを抱えるケースも少なくない。
■「教育虐待」する親の4つの特徴
なぜ親は教育虐待をするのか? 教育虐待の影響で、不登校やひきこもり、家庭内暴力や摂食障害などの問題を抱えるようになった親子を精神科医として数多く診察してきて、次の4つの特徴に気づいた。
② 子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識
③ 子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求
④ 自分は正しいという信念
■「子どもは自分のもの」という所有意識
まず、①「子どもは自分のもの」という所有意識は、子どもを虐待する親の多くに認められる。最も暴力的な形で表れるのが身体的虐待だ。
たとえば、2019年1月、千葉県野田市で当時小学4年生だった栗原心愛(みあ)さんが自宅の浴室で死亡した事件で逮捕され、傷害致死罪で起訴された父親の勇一郎被告である。
勇一郎被告は、心愛さんの両腕をつかんで体を引きずり、顔を浴室の床に打ち付け、胸や顔を圧迫するなどの暴行を加え、顔面打撲や骨折を負わせた。それだけでなく、心愛さんの手に汚物を持たせ、その様子をスマートフォンやデジカメで撮影していたという。
どうして実の娘にこんなひどいことができるのかと首をかしげたくなるが、わが子を虐待する親の話を聞くと、皮肉なことに、実の子だからできるのだということがわかる。子どもを自分の所有物とみなしているからこそ、自分の好きなように扱ってもいいと思い込む。
実際、子どもに身体的虐待を加える親が、「自分の子どもをどうしつけようが、俺の勝手だ」「子どもを殴るかどうか、他人にとやかく言われる筋合いはない」などと話すことは少なくない。自分の子どもは虐待してもかまわないという思い込みの根底には、しばしば強い所有意識が潜んでいる。
こうした所有意識は、教育虐待をする親にも認められる。「子どもは自分のもの」という所有意識ゆえに、子どもに勉強させるために厳しく叱責するのも、暴力を振るうのも、自分の勝手だと思い込むわけである。
■子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識
教育虐待をする親にとくに強いのが、②子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識だ。
この認識が強い親にとって、子どもは、自分の価値を底上げしてくれるバッグや宝石などと同等の存在にすぎない。そのため、成績がよく、先生にも気に入られ、友達にも好かれ、習い事でもほめられる“パーフェクト・チャイルド”であることを常に求める。さらに、「いい大学」「いい会社」に入り、隣近所や親戚に自慢できるようなエリートコースを歩んでくれるよう願う。
その役割を子どもがきちんと果たしてくれれば、親の自己愛は満たされるが、逆に子どもが「自分をよく見せるための付属物」でなくなれば、親の自己愛は傷つく。だから、成績の低下や受験の失敗などに直面すると、親は怒り、罵倒する。
しかも、子どもが「自分をよく見せるための付属物」としての役割を果たしてくれなかったせいで、自分が恥をかいたと親は思っている。当然、恥をかいた自分は被害者で、その原因をつくった子どもは加害者という認識であり、加害者である子どもを責めてもいいと考える。こうして、子どもを責め、罵倒することを正当化する。
■子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求
佐竹被告の「受験勉強で言うことを聞かないから刺した」という供述からは、子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求がうかがえる。
このような支配欲求を親が抱く理由として、利得、自己愛、「攻撃者との同一視」の3つが考えられる。
まず、利得だが、これは非常にわかりやすい。多いのは、子どもに将来の高収入を期待する親である。わが子が「いい学校」「いい会社」に入ることを望むのも、それによって高収入が得られるはずと思っているからだろう。
親の自己愛、とくに傷ついた自己愛も、親が支配欲求を抱く重要な動機になる。なぜかといえば、傷ついた自己愛、そしてそれによる敗北感を抱えている親ほど、子どもを利用して、自分の果たせなかった夢をかなえようとするからだ。
佐竹被告も、その1人のように見える。高校卒業後は大学に進学せず、飲食店などに勤務し、逮捕当時はトラックの運転手として働いていたということなので、中高一貫の有名進学校に入ったものの、その後の学歴についてはコンプレックスにさいなまれていたのではないか。
■人生の敗北・劣等感を子どもにぶつける毒親たち
このように傷ついた自己愛と敗北感を抱えている親ほど、その反動で自分がかなえられなかった夢を子どもに実現させようとする。
これは、親が自分の人生で味わった敗北感を子どもの成功によって払拭し、傷ついた自己愛を修復するためだろう。いわば敗者復活のために子どもに代理戦争を戦わせるわけだが、親が子供の希望や適性を無視して自分の夢を子どもに押しつけると、不幸な結果を招きかねない。
親が支配欲求を抱く3つ目の動機として、「攻撃者との同一視」を挙げておきたい。これは、自分の胸中に不安や恐怖などをかき立てた人物の攻撃を模倣して、自らの屈辱的な体験を乗り越えようとする防衛メカニズムであり、フロイトの娘、アンナ・フロイトが見いだした(『自我と防衛』)。
このメカニズムは、さまざまな場面で働く。たとえば、学校の運動部で「鍛えるため」という名目で先輩からいじめに近いしごきを受けた人が、自分が先輩の立場になった途端、今度は後輩に同じことを繰り返す。
「攻撃者との同一視」は、親子の間でも起こりうる。子どもの頃に親から虐待を受け、「あんな親にはなりたくない」と思っていたのに、自分が親になると、自分が受けたのと同様の虐待をわが子に加える。
教育虐待をする親の話を聞くと、親自身が「子どもの頃に勉強しないとたたかれた」とか「成績が下がると罵倒された」とかいう経験の持ち主であることが多い。そういう話を聞くたびに、「自分がされて嫌だったのなら、同じことを子どもにしなければいいのに」と私は思う。だが、残念ながら、そんな理屈は通用しないようだ。
むしろ、「自分は理不尽な目に遭い、つらい思いをした」という被害者意識が強いほど、自分と同じような経験を子どもに味わわせようとする。親自身が辛抱した経験によって、子どもへの支配欲求を正当化するのだ。
■「虐待は愛の証し」という価値観で自己正当化
何よりも厄介なのは、④自分は正しいという信念である。もちろん、子どもを虐待している自覚などない。
こうした信念は、先ほど取り上げた勇一郎被告にも認められる。勇一郎被告は、警察の取り調べで「しつけで悪いとは思っていない」と供述したようだが、おそらく本音だろう。
死に至らしめるほどの暴力を「しつけ」と称するのは、理解に苦しむし、責任逃れのための詭弁ではないかと勘繰りたくなる。だが、虐待の加害者のなかには、虐待を愛情の証しとみなしていて、「愛しているから、あんなことをした」と話す者が少なくない。
勇一郎被告も、「虐待は愛の証し」という価値観の持ち主だったのではないか。このような愛情と虐待の混同は、虐待の加害者にしばしば認められ、自己正当化のために使われる。自己正当化によって、自分は正しいと思い込んでいるからこそ、あれだけ激しい暴力を子どもに加えるのだろう。
こうした自己正当化は、教育虐待をする親にとくに強いように見受けられる。子どもを罵倒するのも、暴力を振るうのも、子どもの将来のためだと思っている。当然、自分が悪かったとも間違っていたとも思わないし、決して謝らない。
教育熱心な親ほど、教育虐待に走りやすい。そのことを肝に銘じ、4つの特徴が自分自身にもあるのではないかと親はわが身を振り返らなければならない。そして、子どもが一定の年齢以上になったら、親と子は別人格と割り切るべきである。
(精神科医 片田 珠美 写真=iStock.com)
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