世界一になる人が必ず守るシンプルな習慣

プレジデントオンライン / 2019年7月16日 9時15分

2018年9月8日(写真=Robert Deutsch-USA TODAY Sports/Sipa USA/時事通信フォト)

人生を左右する「大一番」がある日には、どう臨めばいいか。女子プロテニスの大坂なおみ選手を世界一に導いたコーチ、サーシャ・バインは「ルーティーンを持っているかどうか、そしてそれを普段通りできるかどうかがすべて」だという――。

※本稿は、サーシャ・バイン『心を強くする 「世界一のメンタル」50のルール』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■「運命の日」にすべきこと

私の頭は時速200マイルで回転していた。

土曜日の朝、ニューヨーク。なおみとセリーナ・ウィリアムズの全米オープン決勝の日。あれこれ懸命に頭をめぐらしていたのは、前夜、ほとんど眠れなかったからだ。

「眠らない大都会」ニューヨークにきているとはいえ、こちらまで本当に眠れないとなると、困ってしまう。その夜はマンハッタンのホテルに宿泊していたのだが、妙に寝つけず、寝返りをくり返す夜になってしまった。

別に、驚くべきことではなかったのかもしれない。土曜日はなおみの選手生活の節目になる日だったし、私にとっても、ヘッドコーチとして初めてメジャータイトルの決勝を迎える日だったのだから。この試合がこれからの私の人生にどんなインパクトを与えるか、それももちろん承知していた。睡眠不足の疲れを吹き飛ばすくらいアドレナリンが沸騰していたのも無理はない。

とにかく、私の頭はフル回転していた。何よりも、へまをしたくなかった。なおみの人生の記念碑になるはずの試合に備えて、彼女に完璧な練習をさせてやりたかった。

■人生の一大事ほど、普段通りに過ごす

こんなときなのである、「ルーティーン」が大きな役割を果たすのは。

それはテニスに限らない。ビジネスミーティングだろうと、プレゼンテーションだろうと、大事なイベントに備えているとき、ルーティーンくらい効果的な調整法はない。

ともすれば気後れしてしまうような、初めて体験する大事を前にしても、きちんと日頃の習慣、ルーティーンを守る。すると、いつもと変わらないリラックスした気分に包まれて、最良のプレイを引き出してくれる。格別頭を使ったり、普段やりなれないことに手を染めたりしなくとも、心身ともにベストな状態で肝心な瞬間を迎えることができるのだ。無駄な時間やエネルギーの浪費を避けられる点でも、一歩前進と言えるだろう。

全米オープンの2週間は、あらゆる意味で、なおみが初めて体験する日々だった。それまでのメジャーな試合では、4回戦まで進むのがせいぜいだったのだから。しかし、初めて体験するこのグランドスラムでは、まず準々決勝に進み、準決勝に進み、ついには決勝にまでたどりついた。

■ルーティーンの重要さが増す場面とは

文字通り破竹の進撃だったのだが、なおみはそこまで登りつめることには慣れていなかった。そして、人は慣れないことに挑むとき、メンタルと肉体、両面でとてつもないエネルギーを費やすことになる。

ルーティーンの重要さが増すのは、まさしくそういうときなのである。

われわれチームの面々は、決勝を迎えて、それに先立つ6試合のときとまったく同じ準備をすることにしていた。決勝の当日も、特に変わったことをするつもりはなかったし、その点はなおみも同じだった。

■世界一をたぐり寄せたシンプルな「繰り返し」

では、なおみのルーティーンとはどんなものだったのか?

まず、30分のウォームアップ。それはコートに出る2時間半前にジムで開始する。体の血行をよくするためだ。それがすむと、サイクリングマシーンを漕ぐ。私はそのかたわらで、黙々と彼女のラケットに新しいグリップをとりつけている。

二人とも多くを語らず、なおみは一人考えにふけっている。いつも静かに、節度を保って事を進めるのがなおみの流儀だった。決勝の前、セリーナと顔を合わせることはなかった。セリーナとは別のジムを使っていたので、2週間を通して、姿を見かけることはまずなかった。

ジムでのウォームアップが終わると、練習コートに移って15分から30分、ボールを打ち合う。決勝の当日、私はできるだけ強いボールを打ち返した。もちろん、セリーナのパワフルな打球を想定してのことである。

■決勝前日は効果的な練習ができなかった

実は決勝の前日の金曜日は、あまり効果的な練習ができなかった。たまたま雨が降っていたため、屋内で練習するか、それとも雨が上がるのを待って屋外で練習するか、判断に迷ったせいだ。結局、屋内で練習することにしたのだが、それはあまり効果的とは言えなかった。全米オープンは屋外のトーナメントだから、屋内コートでの練習はさほど役立たないのだ。まずボールの飛び方がちがう。ラケットで打ったときの音もちがう。屋内コートでのなおみのプレイぶりは物足りなかったが、そんな私の懸念を打ち消すようになおみは言った。

「大丈夫、調子はいいから」

それでも懸念は払拭できなかったのだが、そういうときはプレイヤーを信頼することにしている。なおみが大丈夫と言うなら、大丈夫なのだ。事実、なおみはそれまで積み重ねた練習に満足しているようだったし、その自信を見事に翌日まで持ち越してみせた。嬉しいことに、決勝当日の練習は、とてもスムーズに進んだのである。

■おしゃべりで緊張をほぐす

打ち合いの練習の後は、きまって試合前のおしゃべりで緊張をほぐす。まず皮切りに、今日の試合の相手は以前対戦したことがあるかどうか、なおみにたずねる。全米オープンの決勝の場合は、すでにマイアミ・オープンで、しかも同じハードコートで破ったセリーナが相手だった。が、相手が初めて対戦するプレイヤーの場合は、こうたずねる。

サーシャ・バイン『心を強くする 「世界一のメンタル」50のルール』(飛鳥新社)

「彼女の強みは何だと思う? きみはそれにどう対抗するつもり?」

なおみの解答につけ加えることがなければよし、もしあれば、私のほうから役立ちそうなサジェスチョンを与える。

それが終わると、いったん別れてお互いにシャワーを浴びる。それからまた顔を合わせて、他のチームメンバー共々軽食をとる。ジムに戻って二度目のウォームアップを行うのは、試合開始の30分前だ。そのときは、なおみがゲームの最初からボールをしっかりとらえられるように、動体視力を鍛える練習もする。

これが、「チームなおみ」のルーティーンだった。

■ルーティーンの見直しをためらわない

ルーティーンはそれほど効果的な手段だが、といって、いつまでも頑固にそれにこだわる必要はない。あなたの置かれた環境と目標は、時間がたつにつれて変わるだろう。それに応じて、ルーティーンにも修正を加えたり、一新したりすることをためらってはならない。

折りに触れて、いまのルーティーンは自分に合っているかどうか、修正の余地がないかどうか、チェックすることも役立つ。

一日の組み立て方は、いまのままでいいかどうか。あることをするタイミングは、これでいいかどうか。自分の周囲の物の配置を、ときどき変えてみるのも効果的だろう。いちばんリフレッシュできる時間は、一日の別の時間かもしれないだろうし。

時間の組み立て方は、成功への鍵。どんな職業にあっても、それは、時間を正確に守ることを意味する。

■遅刻するのがルーティーンなら、それもいい

なおみは、ウォームアップや練習の時間に遅れたことは一度もなかった。決められたスケジュールは必ず守る。

対照的に、セリーナはたいてい練習に遅刻した。

10分くらい遅刻するのは、ふつうだった。私自身、コートで40分も待たされたことがある。他の職場だったら、それはだらしない行為、傲慢な行為、だと見なされただろう。だが、私は、それはセリーナが実力で獲得した一種の特権だと思っていたから、特に問題視しなかった。セリーナにはセリーナなりの時間の使い方がある。大事な試合のある日は、セリーナも時間を正確に守った。闘うために決めたルーティーンの重要さは、ちゃんと心得ていたのである。

■ゲンかつぎの効能はあなどれない

「ゲンをかつぐ」のは面白い。面白いだけでなく、役にも立つ。たとえば、大きなイベントで成功したいとき。14日間ぶっつづけで同じ朝食をとるとか。同じ順番で靴ひもをむすぶとか。勝った日にはいていたのと同じ靴下をはくとか。

ゲンをかつぐことの効用は、並々ならぬものがある。それは不安を薄め、ストレスを軽くしてくれるからだ。あんなの時間の無駄、馬鹿馬鹿しい、とゲンかつぎを軽視する人は多い。だが、以前うまくいったときのちょっとした癖をくり返すと、成功体験が甦ってくるし、エネルギーも湧いてくる。あのときと同じものを食べる、同じ靴下をはく――それだけで気分も軽くなるし、またうまくやれるぞ、という自信も湧いてくるものだ。

だから、なおみは全米オープンの14日間、毎日、同じ朝食――サーモンベーグル――をとっていたのだ。私もやはりゲンをかついで、同じ朝食――サーモン、エッグ、トースト――をとっていた。おいしいサーモンも14日間つづくとさすがに飽きてきたが、他の朝食に切り替えるつもりはなかった。別になおみから頼まれたわけではなく、自分もそういう主義だったからだ。もし、なおみから、「ゲンかつぎで、わたしと同じサーモンベーグルにして」と頼まれたら、喜んでそうしていただろう。

テニスプレイヤーはこの地球でもっともゲンをかつぐ人種だと思う。個人スポーツだから他のチームメイトを頼ることはできず、すべてが自分の双肩にかかってくる。

だから、ゲンかつぎはルーティーンの一部と言っていい。

サーモンベーグルを食べるときのなおみは、前のトーナメントで勝ったときの手ごたえを味わっているのだ。テニスプレイヤーにとって、ゲンかつぎはないがしろにできないルーティーンなのである。

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サーシャ・バイン(Sascha Bajin)
テニスコーチ
1984年生まれ、ドイツ人。ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンス、キャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。2018年シーズン、当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には、全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。

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(テニスコーチ サーシャ・バイン 写真=Robert Deutsch-USA TODAY Sports/Sipa USA/時事通信フォト)

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