トヨタ社長スピーチとゆりやん芸の共通点
プレジデントオンライン / 2019年7月8日 9時15分
■トヨタ社長のプレゼン「自分だけのドーナツを見つけよう」は必見
「日本の経営者で最もプレゼンやスピーチが上手なのは誰か?」
筆者は、企業エグゼクティブ向けのパブリックスピーキングのコーチングを生業としている。企業の経営幹部に最もよく聞かれるのが、この質問だ。あえて具体的な名前を挙げれば、言葉選びのうまさとカリスマ性ではソフトバンクの孫正義社長や日本電産の永守重信会長。また威風堂々としたたたずまいとパワーでは資生堂の魚谷雅彦社長が思い浮かぶ。
そんな中で、「人一倍の努力をしている」と感じるのはトヨタ自動車の豊田章男社長だ。コミュニケーションに並々ならぬ情熱を傾けていることは間違いない。
その一端をうかがわせる動画が最近、話題を集めている。豊田社長が今年5月18日にアメリカの母校、バブソン大学(慶應義塾大学法学部卒業後にバブソン大学経営大学院へ進学)の100周年の卒業式で行ったスピーチの映像だ。「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」と題された14分強の「送る言葉」。時間をかけて練り上げたと思われるスクリプトと貫禄のデリバリーで、会場は大いに沸いた。
スピーチは、「大切なことだけ言います。皆さんの中には、卒業後にどんな仕事に就けるか、不安に感じている人もいると思います。どこの会社が自分に仕事のオファーをしてくれるか不安に思っているかもしれません」と深刻な雰囲気で始まる。
その後、「皆さんの卒業後はトヨタでの職を保証します」とリップサービスをしたかと思うと、「まだ人事部の許可は下りていないんですが」と笑いを取る。
■「つまんねえヤツ」から「夜の帝王」へ変貌
さらに、個人的な思い出やストーリーを、こんなふうにちりばめていく。
(中略)
私が学生だった頃、ドーナツに楽しみを見いだしたんです。アメリカのドーナツは心躍る、衝撃的な大発見でした! みなさんにもそんな「ドーナツ」を見つけてほしいのです。
(中略)
子どものとき、タクシードライバーになりたいと確信していました。完全にかなったわけではないものの、非常に惜しいところにいます。ずっと自動車を運転して、ずっと自動車に囲まれていて、ドーナツよりも好きなものがあるとすれば、それは自動車です。
そして、「ゲーム・オブ・スローンズ」(人気ドラマ名)、「ヨーダ」(『スターウォーズ』の主要キャラ)、「トム・ブレイディ」(米アメフトの名選手)など、アメリカ人ならだれでも知っている固有名詞を挙げて、親近感を醸成した。
■ゆりやんレトリィバァの英語トークにすごみを感じた理由
この豊田氏同様、現地で一定の評価を得たのが、お笑い芸人のゆりやんレトリィバァのパフォーマンスと英語によるトークだ。6月11日にアメリカの「アメリカズ・ゴット・タレント」で過激な水着姿で出場し、笑いをさらったのだ。
ゆりやんのすごみは、きわどいダンスだけではない。その前後の審査員とのやりとりの軽妙さ、切り返しのうまさにも表れている。
【男性審査員】「なんでそんな名前なの」
【ゆりやん】「リトリバーってわかる? ゴールデンリトリバーって犬いるわよね。私のネコの名前なの」 (中略)
【男性審査員】「友達でいよう」
【ゆりやん】「友達ね。OK。シェラトンホテル312……」
不合格(予選落ち)になった後も、舞台を降りて、ユーモアたっぷりに審査員に詰め寄るなど、終始、会場を笑いの渦に巻き込んだ。その堂々としたふるまい、当意即妙の切り返しなど日本人離れした肝の据わりっぷりなのである。
■社長・豊田章男と、ピン芸人・ゆりやんの意外な共通点
豊田氏とゆりやん。不思議な組み合わせに思うかもしれないが、2人は英語で聴衆の心をつかむ極意を知っていると思う。海外でのパフォーマンスにおいて、重要なのは英語力ではなく、ネイティブスピーカーに「憑依する力」であるということだ。恥を恐れず、徹底的にまねをし、なりきる力だ。
豊田氏はそんなゆりやんと肩を並べるぐらいに、時に、「道化」となることを厭わず、捨て身になって「裸芸」「憑依芸」を演じることができるまれな経営者だ。安倍首相も同様だが、英語プレゼンでは、吹き込んでもらったネイティブ英語を耳で何度も聞き、練習をする。
こうした「パフォーマンス」に業界では、眉をひそめる人もいる。自動車業界の他社幹部からは「やりすぎ」「痛い」「かっこつけている」などといった声が聞こえてくる。
確かに、大げさなジェスチャーは海外では全く違和感はないが、国内の舞台では、若干、不自然に見える部分もある。国内では、例えば、手ぶりのカタチもボリュームも少しトーンダウンするなどの工夫をすることで、もっと自然な印象になるだろう。
しかし、あえてボリュームコントロールをかけない「パフォーマンス型」プレゼンは、彼の周到な計算に基づく戦略の一環でもある。さらに、専属のスタイリストを付け、眼鏡のフレームにまでこだわるショーマンシップ(見物客を喜ばせようとする心意気)は有名だ。
■日本の経営者のプレゼンがひどく退屈なワケ
日本の経営者のプレゼンスタイルには2種類ある。
Informer(インフォーマー)か、Performer(パフォーマー)かだ。インフォーマーはただ、情報を淡々と伝える人、パフォーマーはエネルギーを込め、聴衆を動かそうとする人である。
これまで1000人を超える経営トップ、エグゼクティブ層のコミュニケーションコーチングにかかわってきた筆者の経験値では、10年前は、インフォーマーとパフォーマー型の割合は95:5といったところだったが、現在は80:20ぐらいまで変化してきている。
豊田氏は孫氏と並び、パフォーマー型の先駆者といえるが、いまだに日本の経営者の8割はつまらない内容をつまらない顔をして「朗読」し、聞き手の心をピクリとも動かさないインフォーマー型リーダーであることも事実である。
トップのコミュニケーション力と企業価値は絶対的な相関関係を持つ。そのコミュ力とはプレゼン力のことではない。コミュニケーションにかける情熱とエネルギー、思いの総量である。豊田氏のコミュニケーションの優れた点は大きく分けて3つある。
① 「思い」を伝える
日本人のコミュニケーションはとかくロジック、データ重視だ。ファクトが伝われば、人を動かせると考えている節があるが、ファクトやロジックが人を動かすことはない。動かすとすれば、それらが「喜び」や「感動」などといった聞き手のエモーション(感情)を喚起するからである。
この点を豊田氏はよく理解しているようだ。だから、プレゼンに堅苦しいファクトなどはあまり登場させない。「変革の時代に、トップ自らが自分の言葉で『思い』を伝えることが何よりも大切だという信念を持っている」と豊田氏の関係者は筆者に語ったことがある。だから、「自分はガソリンのにおいやエンジン音が大好き」など、あえて青臭いドライバー視点の言葉を使い、聞き手のワクワク、ドキドキ、誇りといった感情をあおろうとするのだ。アップルのように、昨今の企業ブランドにとって最も重要なのは、スペックよりも、ファンや客とのemotional connection(感情的つながり)であることを彼自身、強く認識しているということだろう。
② 情熱とエネルギーを伝える
孫氏、永守氏、豊田氏、この3人に共通するのが、「高い体温」だ。永守氏は「社長は太陽でなければならない」というが、情熱とエネルギーをトップが持っていなければ、社員を鼓舞することも、励ますこともできない。捨て身で暑苦しいぐらいの情熱こそが、人を奮い立たせる。だから「体温とか血液が流れているさまを感じてもらいたい」(関係者)とあえて、大げさなジェスチャーや口調で、パワーの波動を送っている。
③ 「言いたいこと」より「聞きたいこと」を伝える
日本のトップの、というより、日本人のほとんどが、「伝えたいことを口にすれば、なんとなく伝わるのではないか」という幻想を持っている。しかし、実は「伝えたいことを伝えるから、伝わらない」のである。
人間が、自ら持つ信念を変えることは極めて難しい。結局は自分の信じる考え方しか、受け入れられない、すなわち、聞きたいことしか聞かない生き物である。ファクトやロジックや自分の信じる価値観などで相手を動かそうとしても、基本はなかなか動いてはくれない。であれば、相手の聞きたい内容に、自分のメッセージをさりげなく潜り込ませることしかできないのである。
豊田氏は、「聴衆がどういう人で何を聞きたいのか」にこだわって調べ上げる。だから、このスピーチも、相手に徹底的に「すり寄っている」し、「おもねっている」。一生に一度のはなむけの言葉なのだから、聞き手を楽しませよう、喜ばせようという「企み」がそこかしこに埋め込まれているのだ。
■道化になることをいとわない豊田社長のコミュ力
自らが、「トヨタイズム」のエバンジェリストとなって、伝えていかなければならない――。その体を張る覚悟、多少の「恥」を恐れず、自分を道化にすることをいとわない豊田氏のコミュ力は大いに評価されるべきだろう。
一方で、これから先、同じスタイルだけをずっと続けていいとはいえないだろう。というのも、トヨタ自動車の社内には、すべての光を豊田氏に向け、偶像化を狙うきらいがあるからだ。本人の意図とは関係なく、周りの人たちが、忖度(そんたく)に忖度を重ね、すべての石ころも砂利もホコリも取り除いた「黄金の舞台」をつくることに躍起になっている――。そんな話も筆者のところに漏れ伝わってくる。
コミュニケーションの基本は「対話」である。そして、主役はあくまでも「聞き手」である。話し手が自分だけに光を集めようとすればするほど、影はぶ厚くどす黒いものになりやすく、利己視点のコミュニケーションは「自己陶酔」に変わりやすい。リーダーシップには「支配型」と「支援型」の2種類があると言われる。
強権的なリーダーシップは腐敗しすく、競合社の事例を見てもわかるように、歴史的に見ても良い結果を生まない。強くありながら、優しく聞き手の気持ちに寄り添う、というその原点に忠実に、さらに「コミュニケーションリーダー」として進化し、魅了する姿を見せていただきたいものである。
(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子 写真=iStock.com)
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