橋下徹「上司を忖度する時にやるべき事」
プレジデントオンライン / 2019年7月16日 9時15分
※本稿は、橋下徹『実行力 結果を出す「仕組み」の作り方』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■忖度には「悪い忖度」と「良い忖度」がある
仕事というのは、いかに想像力を膨らませられるかが、出来不出来を決めます。「上司はどう見ているだろう」「トップはどう見ているだろう」「お客さんはどう見ているだろう」という想像力のない人は、いい仕事ができるようにはなりません。
仕事の段取りも、先が読めるかどうかという想像力の問題です。先手・先手を打てる人は、つねに物事の進み方を想像して、あらかじめ段取りを組んで、対応していきます。想像力が働かない人は、後手・後手になってしまいます。
上司に提案をするときにも、上司の視界を想像して物事を考えられるかどうかは、提案が採用されるかどうかを左右します。
ある意味では上司に対する「忖度」です。
忖度には「悪い忖度」と「良い忖度」があります。
悪い忖度は、自分の出世や保身のために、上司に気に入られようとしてする忖度。あるいは組織を害するような忖度です。上司の意向を忖度して違法なことをするのは最悪です。
しかし自分の利益のためではなく、組織全体の利益を考えて、上司の思考を想像するのは、良い忖度です。組織全体の利益のために組織のトップの立場に立って考えられる人は、非常に良い忖度のできる人と言えるでしょう。
■大阪府知事時代に遭遇した「良い忖度」
僕は、大阪府知事時代にこんな経験をしました。
インドネシアに出張したときのことです。立食形式のレセプション中に、トイレに行って、「大」の用を足したんです。それでトイレットペーパーを取ろうと思ったら、「……ない!」。バケツに入った水と柄杓が置いてありました。当時のインドネシアのトイレは、バケツの水でお尻を洗う方式でした。でも、どうやって使っていいのかわかりません。バケツの中の水がきれいな水なのか、使用後の水なのかもわかりません。
「困ったな」と思っていると、外から声が聞こえました。「知事、上からトイレットペーパーを入れますから」と。随行秘書の声でした。
府庁職員の随行秘書は、僕がトイレに行くのを見ていたのでしょう。僕がトイレからなかなか出てこないことで、トイレットペーパーに困っていることを察知し、投げ入れてくれたのです。
■99%の準備はムダになるが、1%に備える
まず、この随行秘書は、僕がレセプションの途中にトイレに行くことを事前に想像したわけです。「大」の用を足すことも想像した。そして僕がどこのトイレに行くかわからないので、周辺のトイレをすべて確認したのでしょう。そうすると、トイレットペーパーがないことがわかった。そこで随行秘書は、ホテルのフロントにお願いしたのか、スタッフにお願いしたのか、とにかくトイレットペーパーを事前に用意したわけです。
あらゆることを想定して事前に準備をしていたのですね。
そこまで準備をしていても、僕がトイレに行かなければ、この準備は無駄になります。
起こりうるあらゆることを想像すると、準備の数は一万にも、二万にもなるかもしれません。たまたまそのうちの一個が活きるかどうかという程度で、一万の準備をしてもすべてがムダになることもあります。おそらく99%の準備はムダになるはずです。
それでも、たまたま一個、その準備が活きれば、大きな効果があります。僕のトイレの件はまさにそうで、僕は「すごいな。よくここまで準備してくれていたな」と感心しました。
■ムダな努力を惜しまずできるかどうか
さらに、こういう準備をしているということは、仕事をするうえであらゆる準備をしている人なんだと感じました。この随行秘書は、僕に対してだけでなく、いつも想像力を最大限に働かせて準備をする人だったのだと思います。僕は、そのことを幹部に話しました。僕が知事を辞めたあとに、その随行秘書は主要ポストに栄転していました。
想像力を働かせることのできる人は、仕事がうまくいきます。そして、誰からも認められます。ただし、ムダになる努力を惜しまずにできるかどうかです。
ムダになるかもしれない準備を完璧にしておく。織田信長が豊臣秀吉を評価したのも、そういうところだったのではないでしょうか。
多くの人が頭を悩ませるのは、「上司が自分の提案を聞いてくれない」ということでしょう。新しいことにチャレンジしたくても、なかなか提案が通らない、自分の考えが理解されない――。
もちろん上司の資質もあるかもしれませんが、自分の提案を通したいなら、まずは相手の思考回路を知ることです。そのことによって、適切な対策を講じることができます。冒頭の、いかに想像力を膨らませられるか、につながる話です。
■決断のできるトップが持っている「考え方」
僕はつねづね、部下である職員に「案を出すときには、三つ出してほしい」と言っていました。最善と考える案、その対極の案、中間のマイルドな案の三つです。
一つの案を持ってきて、メリット・デメリットを説明されても、その優位性がわかりません。一案でなく、その対極にある案、中間の案の3案を用意して、それぞれのメリット・デメリットを比較して説明してくれれば、判断しやすくなります。
そして、僕が案を検討するときに重視するのは、「比較優位」という考え方です。
A案、B案、C案を比較して、B案が比較優位であるならば、B案のデメリットには目をつぶる、という考え方です。簡単に言えば、いちばんマシな案を選ぶということです。
トップは難しい案件ばかり抱えています。比較優位の思考回路を持っていないと、デメリットばかりに目がいってしまって、何も決断できなくなります。
僕は、この思考回路こそ、実行力のあるリーダーになるために、非常に重要なものであると考えています。
■日本人は「比較優位」の思考回路が足りない
新しいことや改革を実行しようとするときに、問題点ばかりを挙げる人がいます。もちろん、どんな案にも問題点はたくさんあるでしょう。
しかし、現状に問題点がないかというと、それは違います。現状に大きな問題点があるから、変えていこうとしているわけです。現状と新しい案の両者を比較して、「よりマシなほうを選ぶ」「よりマシなほうの問題点には目をつぶる」という思考が大事なのです。日本の議論には、こうした「比較優位」の思考回路が足りないと痛切に感じます。
僕らが、大阪湾岸部の広大な埋め立て地へカジノを誘致する案を出したときにも、反対派はカジノの問題点ばかりを指摘しました。
たしかにカジノには、ギャンブル依存症を生む危険性など、いろいろな問題がありますが、そんなことはわかっています。でも、現状の埋立地にぺんぺん草が生えているままの現状より、カジノ誘致のほうがよりマシなのは明らかです。
莫大な数の観光客の集客や雇用増などの経済効果、そして周辺地域へのその波及効果、さらにはカジノ事業者からの数百億円にものぼる大阪府市への納付金という大きなメリットがあります。比較優位なカジノ誘致案を選んだのなら、その案の問題点には、ある程度目をつぶりながら、問題が起きないよう対応していくしかありません。
一つの案のメリットばかり強調するのも、デメリットばかり強調するのも、より良い選択にはつながりません。両案のメリット・デメリットをそれぞれ挙げて、比較優位なほう、よりマシなほうを選ぶという思考が必要です。
■通る提案には、「理屈」と「感情」の両者が必要
トップのもとには、毎日、数十件の案が上がってきます。それらの膨大な数の案を聞いていると、本当に大阪のためを思って言っているのか、それとも自分の出世や保身のために言っているのかが、だいたいわかるようになってきます。
部長の案であろうが次長の案であろうが、「この人、自分の立場のために言っているな」とか、「どこかの業界団体に頼まれて、言っているんじゃないかな」ということは、なんとなくわかります。
僕は、「本当に大阪のことを考えている」と感じられる部下の話は徹底的に聞くと決めていました。
とは言っても、「これは大阪を変えるんです」「日本を変えるんです」と、ひたすら熱い話ばかりされても、困ります。具体的な論理に基づく現実的な実行プランがなければ、学生の夢物語のようになってしまいます。そんなときには、「まず案をもっと固めてください」と言うしかありません。
逆に、理屈や論理一辺倒の比較優位論ばかりでも、「心」は動かされません。つまり、理屈としての「比較優位論」と感情としての「熱い思い」の両者が必要なのです。
企業の場合でも、会社の将来や社会にどう役立っていくのか、さらに言えば、どう地域を変え、どう日本を変えていくのかということを熱く語りながら、その一方で、比較優位の論理できちんと説得していくという、二つの合わせ技が必要です。
これが上司を動かす秘訣なのです。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 写真=時事通信フォト)
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