『週刊東洋経済』編集長が転職しない理由

プレジデントオンライン / 2019年7月16日 9時15分

HONZ代表の成毛眞氏(撮影=中央公論新社写真部、以下すべて同じ)

凋落する業界からは転職するなら、いつがいいのか。「東洋経済オンライン」を牽引し、現在は『週刊東洋経済』の編集長を務める山田俊浩氏は「感情的には動かないほうがいい。僕の場合は、会社に残るという『決断』をしてよかった」と語る。HONZ代表の成毛眞氏が聞いた――。

※本稿は、成毛眞『決断』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■テキストメディアが増えすぎてしまった

【成毛】山田さんについて、世間一般では「『東洋経済オンライン』を大躍進させた人」というイメージが強いかもしれません。サイトの編集長は何年やりましたか。

【山田】4年半ですね。前任の佐々木紀彦さん(現NewsPicksCCO)が2014年の5月に辞めて、その後任でした。サイト自体は、彼が2012年11月にリニューアルをしていて、一時期5000万PVに。引き継いだときは月3500万PVくらいだったかと。

【成毛】それを山田さんが2億PVまで伸ばした。

【山田】ほとんど右肩上がりで、2億PVまで、2年ほどかけて到達しました。ただ2億6000万PVくらいまで行った後、停滞してしまいました。「Yahoo!ニュース」が120億PVもあるわけだし、まだまだ伸びるだろうと思っていたのですが、これがなかなか難しかった。「文春オンライン」や「現代ビジネス」が頑張っているとか、みんながうちのやり方を真似し始めたからとか、理由はありますが、やはりテキストメディアの飽和が生まれてきている、ということを感じています。

■一度成功すると「枠」を壊せなくなる

【成毛】「Yahoo!ニュース」とは読む層も、母数も違う。だって突き詰めれば、『週刊東洋経済』を読む層であるビジネスマンとは、日本全体の5%もいないわけですから。

【山田】そうですね。異動した今だからいえますが、編集長を務めた4年半のうち、最後の1年くらいは余計だったかな、という思いもあって。それは仕事が嫌になったとか、飽きたから、という意味ではなく、成長を停滞させてしまった、というだけですが。自分の力では、この場所で新しく打つ手がもうないな、と。

【成毛】自分が編集長をやっていながらも、誰かに代わった方がそのメディアが良くなる、と感じた、と。もうそろそろ俺は限界だとか、そこまで思わなくても、代わってほしいって。

【山田】仕組みを変えなければいけない、とは考えていましたが、それは僕ではできないなと、思っていました。既存の枠組みをバージョンアップさせることはできそうだけど、新しいプロジェクトを起こせそうにはない。一度成功してしまったことで、ジレンマがあったのかもしれません。2億PVまで伸ばせたから、逆にその枠組みを壊しにくかった。PVを少し落としてでも新しいことにトライ、とまでなかなか踏み切れなかった。既存の体制を引きずったまま新しいことをやろうとすれば、まず従来の仕事に膨大な時間が取られる。結局、新しいことまで手が回りませんでした。

■引き抜きのオファーには気が向かなかった

【成毛】成功したが故の悩みですよね。贅沢な悩みかもしれないけれども。とはいえ「6倍まで引き上げた名編集長」なわけですし、いろいろと引き抜きのオファーはありましたか?

『週刊東洋経済』編集長の山田俊浩氏

【山田】「東洋経済オンライン」が注目されている間は、特にオファーをいただきました。どこかのスカウトのリストに入ってしまったのか、頻繁に「会いませんか」と言われましたね。ただ、数字がどんどん伸びていて、仕事が充実していた時期でもありましたから、気は向きませんでした。

【成毛】転職には、タイミングもありますから。

【山田】その意味で、50歳を超えて「決断」した瀬尾傑さん(講談社からスマートニュースへ転職)、大西康之さん(日経新聞社からフリーのジャーナリストとして独立)、柳瀬博一さん(日経BP社から東京工業大学教授へ転身)たちはすごいな、と。僕ももう少し若い頃なら、「決断」する気持ちもあったかもしれませんが、長くいた今の会社はやはり楽しいですし。2019年1月から『週刊東洋経済』の編集長になりましたが、また何年か経ったら、おそらく違うポジションに回ることになるはずです。それもまた面白い。会社側もタイミングを見て「次は何をやりたいのか」と聞いてきてくれるので、そういう意味では起業家的な面白さも享受できています。楽をさせてくれない、ともいえますが。

■年上の人より高い給与をもらっている若手がいる

【成毛】それって極論すると「いい会社」ということなんですよね。

【山田】会社の形態が関係しているかもしれません。東洋経済新報社は、社員が株を持っているような会社で大株主がいません。だから無理難題が上から降ってくることもない。これが上に株主がいたり、どこかの子会社だったりすると、ステークホルダーの論理によって、変な力が働くことはどうしてもあると思います。

【成毛】給料はどうですか? 編集長手当みたいなのは手厚い?

【山田】役職ごとに手当が付きます。月5万円とか、3万円とか。大手出版社でも驚くほど付かない企業もあるそうですから、これも恵まれているのでしょうね。局長に就任したら手当が数千円付いたけれど、赤字部門だから、就任した途端に「賃金30%カット」とかいった話も聞いたりしますし。

【成毛】給料は年功序列?

【山田】昔は完全に年功序列でしたが、今は評価で差が付くようになっています。だから若くても、年齢が上の人の給与を超える、という場合もあります。以前から評価給という名目でしたが、年齢が一つ下の人が最高評価になっても、一つ上の年齢で、最低評価をとった人を超えることはありませんでした。それが今は、超える可能性もある。だから、若くしていい額をもらっている人もいます。

■他社の人から「そんなに低いの?」と驚かれた給与

【成毛】頑張れば報われる。つまり、グローバルスタンダードの会社になったわけですね。

【山田】そうです、といいたいところですが、ほかの出版社の方と話すと「そんな仕組みでよく会社が回っているね」といわれたりするので……。出版業での普通と、世間一般の普通は、やはり違うのかもしれません。うちの会社に限っていえば、今は頑張ればもらえるようになった上、給与水準も悪くない。だからミスマッチを感じて辞める新卒者こそいますが、ある程度までいると、そのまま会社に残っています。

【成毛】当然だけど、現状の待遇に納得できているかどうかは「決断」に大きく関わってくるよね。ぶっちゃけ、いくらもらっているの、と聞きたいところだけど。ベースとなる給与待遇はいいわけね。

【山田】でも、昔はそれほどいいとは感じていませんでした。20代の頃、他社の人と話していたら「そんなに低いの?」って驚かれたくらい。組合交渉では、ダイヤモンド社と比べていかにうちの待遇が低いか、と討論していました。ただ、交渉を通じて、業績がよくなったらその分給与を引き上げていく、ということで経営側も約束してくれた。それで今は、他社と遜色ないところまで上がってきた、ということですね。

■「自分は評価されていない」は自意識過剰な思い込み

【成毛】この話を進めていくと、あらためて東洋経済新報社がいかにすばらしい会社か、というオチになりそうだな。山田さんの場合は辞めないという「決断」をしてよかった、ということですよね。

【山田】そうですね。経験上、僕からいえるのは「感情的には動かない方がいい」ということだと思います。不本意な部署異動とか想定外のキャリアチェンジとか、いざそういったものを目の前にすると、その瞬間は、それが人生の「大事件」のように感じてしまう。でも後々振り返ると、まったくそんなことはない。しかも、周囲もそれほど大したことと考えていない、というのも事実なんですよね。それなのに、勝手に「自分は評価されていない」「会社は何もわかっていない」といった思い込みをして、そのまま会社を辞める人があまりに多い。

【成毛】そもそも、あなたのまわりにいる人たちは、そこまであなたのことを考えていないし、見てもいない。自意識過剰なだけですよ、と。

■やっぱり「最初に就職する会社」は本当に大事

【山田】別の業務への異動なら、「まったく別の業務を会社から任された」と考えられれば目線が変わるし、次の場所でも、それまでの経験を活かせるはず。前にいたところでとても頑張っていたのだったら、それはなおさらです。先入観から勝手に「仕事が断絶してしまった」と認識しているだけで、それこそ金融とITがリンクしていたように。じつはどこかでつながっていたりする。『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子著、幻冬舎)ではないですが、大きな布のどこか一点をつまんで動かすと、全体も動く。一つだけでも深くやっておくと、全体も深く沈んでいくというか、一緒に動いていく。

【成毛】現実として、どこか一点を深く掘っていくと、そのまま次につながることもあると。

【山田】僕の場合、会社に残るという「決断」をしてよかった、というバイアスが働いた意見なのかもしれません。ただ実際に、会社に残って納得のいく仕事ができている身として、できるアドバイスはそうなります。この先もし辞めたら、今度は「辞めるという『決断』をしてよかった」といい出すかもしれませんが。ただ、会社を離れて、フリーとして苦労している同僚を何人か見ていて、「残っていれば良かったのに」と感じることが多々あるのも事実です。こればかりは誰にも、感情にも流されず、自分で「決断」するしかない。それと今さらではありますが、社会に出て、最初に就職する会社が本当に大事だと思います。

■「会社が急激に変わると思っていない」という落とし穴

【成毛】山田さんの話を聞いていると、いい会社に入れたら、無用な「決断」はいらない、という結論にもなりますから。ただ、実際にはあまりよくない会社も多いから、もしそこにいたのなら、辞めるという「決断」をすることは大事だと。

成毛 眞『決断』(中央公論新社)

【山田】19年の今だと、売り手市場ですし、大胆に考えておいた方が、後から余計な「決断」をしないで済むかも、ということはあるのかもしれません。僕の場合、結果論といえば結果論なのは事実です。一つの場所で頑張っているうち、その場所の方が、いつのまにかいい環境になったわけですから。東洋経済新報社は、この数年で、給与水準の向上もそうですが、働き方改革もかなり進みました。好調な書籍部門も、以前は年に300から400冊ほど出していた点数を、100冊未満にまで絞り、点数重視から内容重視へ切り替えました。その分、現場も楽になったのではないでしょうか。

【成毛】つまり、個人のキャリアがどう、仕事がどう、ということは横に置いておいて、勤めている会社そのものの調子がいいときは、そこに留まっていた方がいい、という当たり前の話であって。逆に会社や業界の状況が本当に悪くなり、これはもう転げ落ちそうだ、ということになれば、やはり「辞める」という「決断」をするべきなのだろうと。ちなみに落ちていくとき、会社は本当に恐ろしい勢いでガラガラと変わってしまいます。でも現場で働いている人からすると、会社がそこまで急激に変わるとは思わない。それも「決断」を誤る理由の一つなのかもしれません。

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成毛 眞(なるけ・まこと)
書評サイト「HONZ」代表
1955年、北海道生まれ。79年、中央大学商学部卒。自動車メーカー、アスキーなどを経て、86年マイクロソフト(株)に入社。91年、同社代表取締役社長に就任。00年に退社後、投資コンサルティング会社(株)インスパイアを設立、代表取締役社長に就任。08年、取締役ファウンダーに。10年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に主な著書に『面白い本』『もっと面白い本』(岩波書店)、『定年まで待つな!』(PHPビジネス新書)、『amazon』(ダイヤモンド社)など多数。
山田 俊浩(やまだ・としひろ)
『週刊東洋経済』編集長
1971年、埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、93年東洋経済新報社入社。整理部を経て、記者として精密、情報通信、金融、電機など幅広い産業分野を取材。2014年7月から東洋経済オンライン編集長を務める。月間2億PV以上に成長させ、ネットメディアの世界で独走態勢を築く。19年1月『週刊東洋経済』編集長に就任。著書に『稀代の勝負師―孫正義の将来』(東洋経済新報社)がある。

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(書評サイト HONZ代表 成毛 眞、『週刊東洋経済』編集長 山田 俊浩 撮影=中央公論新社写真部)

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