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貧乏な人が豚肉と麺をたくさん食べるワケ

プレジデントオンライン / 2019年7月11日 9時15分

現代人は日頃どんなものを食べているのか。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」を調べた統計データ分析家の本川裕氏は、「とりわけ『食料に困っている者』は全体平均に比べ、米や小麦などの穀物や豚肉を多く食べていることがわかった」という――。

■連載をはじめるにあたって

今回からスタートする本連載では、日々、公表される統計データの中から、かなり興味深い内容であるにもかかわらず見逃されてしまっているものを主に取り上げ、読者の好奇心や日頃の関心に応えようと考えている。

例えば、一般に考えられている常識や価値観とは異なる方向の動きを統計データが示していたり、政府やメディアが自分たちの主張に沿うかたちで取り上げている統計データが、実は、それとは異なる内容を持っていたりする。「統計探偵」を自負する筆者が、そんな「意外な事実」を紹介していきたい。

また、データの信ぴょう性の根拠、あるいは間違った読解につながりやすい落とし穴など、官庁統計をはじめとした各種の統計データの読み解き方も分かりやすく解説していく。「統計リテラシー」の向上にもお役立ていただきたい。

■豚肉は貧乏な人の味方だった

連載初回のテーマは「貧乏な人は何を食べているか」である。

指標となるデータをどう作成したかは後ほど解説するとして、まず、目につく結果から見てみよう。

食料に困っている者を貧乏な人、あるいは生活困窮者ととらえ、その食物摂取量について、全体平均に対する比率を図表1に掲げた(調査対象者全体の食物摂取量の平均を「100」とした)。

「食品区分」別に見ると、全体的に困窮者の食事量は「100」を下回り少なくなっている。

例えば、「果実」など値段の高い食品は食べる量が平均よりかなり低くなっている。動物性のタンパク源としても、近年は値段が安いとはいえなくなった「魚介類」のほうが肉類より摂取量が少なくなっている。

ところが、米や小麦などの「穀物」だけは平均より多くなっており、おなかを満たす食事に傾斜していることが分かる。また、「菓子類」「酒・飲料」は嗜好品的な側面も強く、節約してもよさそうなものだが、実際は、他の栄養食品と比較して、そう少なくなってはいない。

「肉類」に関して少し掘り下げ、牛肉・豚肉・鶏肉の種類別に見ていくと、比較的値段が高い「牛肉」の摂取量が平均より2割も少なくなっていた。では、貧乏な人が食べる率が一番高い肉は何か。最も値段の安い「鶏肉」と予測したが、そうではなかった。中間の値段の「豚肉」を食べる比率が最も高かった。生活に困っているからといって、「穀物」などでおなかを満たすだけの食事になっているわけではないのであろう。

■「経済的な理由で食料の購入が難しいことがあったか」

貧しい人は、他の人に比べ「穀物」摂取量が多い一方、他の「果実」「魚介類」「肉類」など他の食品の摂取量は低い。そして、「肉類」の中では「豚肉」が最も好む。

非常に興味深い調査結果であるが、本当にこう判断できるだけの信頼に足るデータなのであろうか。また、「肉類」以外の食事についての詳細はどうなのだろうか。こうした点について以下にふれていこう。

「貧乏な人は何を食べているか」。この命題に関する統計データはありそうでなかなか得られない。厚生労働省が毎年調べている「国民健康・栄養調査」は、具体的な食事内容の調査によって食品の摂取量を調べ、その結果から栄養摂取の状況を算出している。

この「国民健康・栄養調査」では毎回、次の3つの調査が行われる。「栄養摂取状況調査」「身体状況調査」(食事の内容や肥満・血圧などの身体状況)、さらに、「生活習慣調査」(20歳以上対象で健康・栄養についての実態や意識を調べる)である。

「生活習慣調査」の調査項目には継続項目と単年度項目とがあるが、2014年には、単年度項目として「経済的な理由で食料の購入が難しいことがあったか」という設問を設け、これと調査日(平日)における家庭での料理の献立や外食内容を記録する「栄養摂取状況調査」の結果とをクロスさせた集計を行っている。

所得階層別の集計ではないが、食料に困ることがあったかどうかという直接的な貧困現象でクロスした集計を行っているので、むしろ、実感的に分かりやすいデータになっている。この集計結果から、生活困窮者(貧乏な人)は何を食べているかを探ることができるのである。

■大手メディアがスルーした調査結果の「衝撃的事実」

食料に困ることがあったかという設問の回答者数は図表2の通りである。

貧乏人の定義

「過去1年間に経済的な理由で食物の購入を控えた又は購入できなかった経験は」という設問に対して、「よくあった」が373人(4.9%)、「ときどきあった」が1078人(14.1%)という結果であり、両者を合わせた2割弱を生活困窮者(貧乏な人)とここではとらえることにする。

回答の分布とともに、回答者数そのものの多さに注目してほしい。困窮者1000人以上を含むトータル7630人からの回答を得ている。内閣支持率に関する新聞社の調査などはせいぜい回答者数が1000人程度。7630人ということは、それに応じた精度の高さが期待できるのである。

しかも、若干人数は減るが、食材の重さをはかりで量りながら、調査日における食事内容を記入してもらう栄養摂取状況調査にも回答した人の結果なのであるから、投入される回答者の労力を考えると国の統計以外ではまず不可能な調査だという感が深い。

こんなに「すごい」調査であり、また、経済困窮度とのクロス集計が極めて興味深い内容を含むものであるのに、その結果は一般の関心をひかなかった。厚生労働省により、全体報告書にせんだって公表された「結果の概要」にはそうしたクロス集計結果が記載されなかったので、それを読んで報道することが多いメディアの記者たちも気がつかなかったのである。

■貧乏な人は即席麺、うどん・中華麺、水産缶詰、マヨネーズを好む

こうした背景事情を頭に置いたうえで、「貧乏な人は何を食べているか」について、もう少し細かく見てみよう。データは図表3に示した。上でふれた「肉類」を除いて、各食品区分別に主な特徴を挙げると以下の通りである。

①「穀類」~貧乏な人は麦を食べているか~

少し年配の方なら「貧乏人は麦を食え」という言葉をご存じだろう。これは所得倍増計画で有名な池田勇人首相が、まだ大蔵大臣だった1950年に行った国会答弁の言葉だとされている。

米の配給制による統制経済から脱し、価格差に応じ「所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に沿ったほうへもっていきたい」という趣旨の発言だったものが、大蔵官僚出身の池田蔵相の日頃の尊大な態度に不快感を抱いていた野党、マスコミによってそう言ったと広められ、後代まで有名になった言葉である。

現在の政治家の発言でもよくあるように、不用意な発言が大衆の反発をくらった形であるが、この経験がのちに所得倍増計画という大衆の心をとらえる政策につながったともいわれる。

では、現代でも「貧乏人は麦を食え」というような状況かどうか検証しよう。食品区分別に見ていくと「穀類」の中の「米」の摂取量は、実は、全体平均を100とすると困窮者のほうが101とわずかだが多くなっており、貧乏な人が米を食べられないような状況にはないことが確かなのである。

麦製品については、「パン」はやや少ないが、「うどん・中華めん」「パスタ」なども摂取量が平均より多くなっている。この結果、図表1で見たように、もしその言葉が「貧乏な人は穀類を食え」という意味だとしたら今でも当てはまっているともいえる。

しかし、個別品目別でひときわ目立っているのは全体平均より50%も多く摂取している「即席ラーメン」と、全体平均より23%も低い摂取量「そば」である。「インスタント麺」「そば」の結果を見るだけで、その家の貧困度が測れてしまうともいえる。

貧乏な人は何を食べているか
②「魚介類」「油脂」~貧乏な人は高級食材には手が出ない?!~

図表1でも見たように「魚介類」は今や高級品であり、困窮者の場合、比較的値段の高い「まぐろ・かじき」や「貝類」といった高級魚では摂取量が少なくなっている。

しかし、これと対照的に、魚介類の中でも、「あじ・いわし」「さけ・ます」といった大衆魚や「水産缶詰」「魚肉ソーセージ」では、困窮者のほうが摂取量は多い。

高級な食材も売られている油脂のジャンルでは、どうだろうか。困窮者は「バター」より「マーガリン」の摂取量が目立っている。こうした食品では、困窮者は、単価の安い食品に傾斜する傾向が認められる。

■困窮者は和菓子より洋菓子派、ワインよりビール派が多い

③「菓子」「酒・飲料」「調味料」~貧乏な人はビール党でマヨラー~

他の食品区分では下記のような特徴があった。

菓子のジャンル:困窮者は、「和菓子」の摂取量は少なく、「ケーキ類」が多い。
酒・飲料のジャンル:「ウィスキー」や「ワイン」などの洋酒や「お茶」が少ない一方で、「日本酒」「ビール」「コーヒー・ココア」などは平均的な摂取量に達している。
調味料のジャンル:「ソース」「しょうゆ」が少なく、「マヨネーズ」「味噌」が多くなっている。

困窮者は、和菓子より洋菓子派、ワイン好きというよりビール党、またマヨラーが多いといった結果になっているわけであるが、これらが何を意味するかは不明である。しかし、何となく分かるような気もする。

■タンパク質、ビタミン、鉄・亜鉛が少ない

「国民健康・栄養調査」では、「栄養摂取状況調査」で調べた食品摂取量のデータから日本食品標準成分表(文部科学省)を使って栄養摂取量に換算した結果を毎年公表している。2014年の調査結果については栄養摂取量についても食料困窮度とのクロス集計を行っている。最後に、その結果の概要を図表4に掲げた。

貧乏な人の栄養摂取量

食料困窮者のカロリー摂取量は成人1人1日当たり1839キロカロリーであり、成人平均の1876キロカロリーを100とすると98、すなわち2%少なくなっている。栄養素の内訳別に見ると、炭水化物や食塩は99とほぼ平均並みの摂取量であるのに対して、タンパク質は96、そのなかでも動物性タンパク質は94とかなり少なくなっている。脂質も97とやや少なくなっている。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/KPS)

困窮者の食事内容はおなかを満たすことに傾斜している点を上で見たが、栄養素的にも、炭水化物に傾斜し、タンパク質や脂質の少ない構成なのである。炭水化物と塩分が相対的に多いという点では、ある意味、昔ながらの日本人の食生活に近いものであるとも言える。

生活困窮者の栄養摂取量をチェックすると、「ビタミン系」については、「ビタミンB1」は平均並みであるが、「ビタミンA」や「ビタミンC」は平均より8%ほども少ないことも分かる。また、「カルシウム」はけっこう摂取しているが「鉄」や「亜鉛」は平均よりやや少ないようだ。

本川裕『なぜ、男子は突然、草食化したのか 統計データが解き明かす日本の変化』(日本経済新聞出版社)

もし、成人の平均的な栄養摂取量が理想的な構成なのだとするとそれぞれの栄養素が少ない分だけ困窮者は栄養不足ということになろう。しかし、一般的な日本人の摂取量平均がむしろ栄養過多だとすると困窮者のほうが適切な栄養摂取である可能性もある。

つまり、栄養摂取量が平均より少ないからと言って栄養不足であるとは限らないのである。現代日本の生活困窮者の栄養摂取状況が果たして健康上どのような問題を抱えているのかについては専門家の判断を待ちたいと思う。

なお、上でふれたように、この調査は、調査日の献立や食材を漏れなく記録するというかなり調査対象者に負担を強いるものである。ということは、食料困窮者ほど調査協力が得にくくなっている可能性がある。

本当の食料困窮者の食事内容は、調査に協力した食料困窮者のここで示した食事内容よりもっと極端な構成となっている可能性が捨てきれないのである。その点も考慮して、ここで紹介したデータを解釈する必要があろう。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕 写真=iStock.com)

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