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安易にジャムを作っても農業では食えない

プレジデントオンライン / 2019年7月16日 9時15分

会社員から専業農家に転じた有坪民雄氏(画像提供=有坪民雄氏)

他業種から農家になる人がじわりと増えている。農林水産省の調査によると、2017年に他業種から就農した49歳以下の人数は10年前の3倍にのぼる2710人になっている。しかしそうした転身が成功するとは限らない。会社員から専業農家に転じた有坪民雄氏は「経営計画書がなければ、就農は失敗する」という――。

■農業を始めるなら「支援機関」と相談するのがベスト

新規就農する方法は大きくわけて3つがある。

①就農支援機関と相談しながらやる
②農家(家業)を継ぐor農家に嫁(婿)入りする
③独力で就農する

これらの中で、筆者がおすすめするのは、「①就農支援機関と相談しながらやる」である。「②農家(家業)を継ぐ、農家に嫁(婿)入りする」を、自ら好んで選ぶことは容易ではない。そもそも農業人口が少ないのでパートナーになる人を見つけ、愛し合う存在になれる確率が低い。また、就農の安全度を考えれば、「③独力で就農する」はリスクが大きすぎる。したがって、ほぼ①の一択と考えてもいいかもしれない。

では、①の方法で新規就農するにあたって、考えるべきことはなにか。それは、「2人」の心を動かすことである。

その1人目は「就農支援機関のアドバイザー」である。就農支援機関とは、新規就農相談センターや普及指導センターなどの名前で呼ばれる各地域に設けられた官営農業コンサルタントのようなものである。彼らは担当地域の農業に詳しく、栽培ノウハウから農地の紹介、経営的アドバイスなどを総合的に行ってくれる存在である。

■農家になることを「家族」に説得できるか

そんなアドバイザーを味方につけることは、非常に重要だといえる。なぜなら彼らは新規就農者を支援する際、「相手を選んでいる」からだ。「この人ならきちんとここのエリアで農業をやっていけそうだ」と思えた人しか相手にしないのである。

2人目は「家族」である。特に地方への移住を伴う就農の場合、家族の理解は不可欠である。もちろん独身者で、親の介護問題などの心配がいらない人ならば別であるが、パートナーがいる、子どもがいる、同居する高齢の親がいるといった場合には、家族への説得は避けては通れない。

当然のことながら、いきなり「農家になる!」と宣言しても「何バカなことを言いだすの?」と一蹴されて終わりである。一般の人にとって、「農家になる」のは、「小説家になる」「芸術家になる」と同じで、簡単になれるものではないし、なれたところで食べていける確率は低いと思われているからだ。都会育ちの人は、田舎で暮らすことに抵抗感を持つ人も多いはずだ。

■「経営計画書」を作れるかが成功を左右する

就農支援アドバイザーに「この人ならきちんとここのエリアで農業をやっていけそうだ」と思ってもらうために必要なのが、「経営計画」であり、それを文書化した「経営計画書」である。

この「経営計画書」を作るには、それなりの知識や努力を必要とする。(経営計画書の具体的な作り方については、拙著『農業に転職! 新規就農は「経営計画」で9割決まる』で詳述したので参考にしてほしい)

言い換えると、適切な勉強を行い、しっかりとした経営計画書を作ることができれば、就農支援機関からのサポートも受けられ、成功しやすくなるということがいえる。

なぜ経営計画書が重要なのか。そのことを理解していただくために、まずは次の就農希望者Aさんと、就農支援機関のアドバイザーBさんの会話を読んでみてほしい。

就農希望者Aさん「(農業で)苦労するのはわかっています。でも、やりたいんです」
就農支援機関アドバイザーBさん「どんな作物をやりたいのですか?」
Aさん「イチゴをやりたいと思っています」
Bさん「どの程度の経営規模で考えているのですか?」
Aさん「ハウスを3つ作りたいです。普通に出荷するのとジャム用とかアイスクリームに適した品種を分けて栽培したいと思っています」
Bさん「人を何人雇われるのですか?」
Aさん「最初は1人で。それから徐々に規模を大きくします」

■「ハウスを3つ」はどれくらいの面積か

Bさん、つまりアドバイザーはAさんが「ハウスを3つ作りたい」という発言を聞いたところで「これはダメかも?」と思い始め、「最初は1人」と言ったところで断り文句を考えるようになる。

なぜか?

「就農したい」という夢や希望だけで、数字の裏付けがないからだ。はっきりいって、勉強不足が丸出しであるといえる。

こう書くと「ハウスを3つと言っているじゃないか。それに6次産業化のことも考えて言ってるじゃないか」と反論したくなる人がいるかもしれない。そんな人のために解説しよう。

「ハウス3つ」というのは、正しい規模を表していない。どの規模のハウスなのかわからないからだ。

小さなハウスだと10坪くらいのものもあれば、大きなものになると200坪、300坪を超えるものもある。どの規模でやるのかと聞かれたときに言わなければならないのは、ハウスの数ではなく栽培面積。すなわち、20アールとか1町歩(約1ヘクタール)と答えなければいけないということだ。

「最初は1人」と言ってダメなのは、イチゴは相当手がかかる作物だから。だいたい10アールの面積でイチゴをやろうとすると、地域や作型によるが、年間労働時間は2000時間前後になる。

■年収400万を得るには2人の労働力が必要

年間2000時間の労働時間というと、サラリーマン的には「週休2日で、勤務日のうち大半の日が定時で帰ることができる。つまり、残業はあまりない」くらいの労働。そこで得られる収入は、地域や栽培品種にもよるが、年間200万円前後になる。

年収400万円を目指そうとすると、年間労働時間は4000時間になる計算だ。これは普通の人間では耐えられないレベルの労働時間になる。いわゆるブラック企業でも、ここまで労働時間は長くなることはそうないだろう。

だから、イチゴで年収400万円を得ようとすると、2人の労働力が必要となる。当然、人を雇うと人件費がかかる。人件費をかけたくないのなら、夫婦や親子で取り組むなどしないと年収400万円にはならないということだ。

「だから6次産業化(※)して、より高い利益を得ようと考えているのです」と反論したくなるかもしれない。

※6次産業化=生産だけでなく、作物を作った加工食品を作ったり、消費者に直接売ったりすることをいう。農業だけでは儲からないから、農作物を使って儲けている関連業界に進出して利益を取ろうという考え方

しかし、その時間はいつ取れるのか?

商品が売れる見込みはあるのか?

安易に6次産業だといって、ジャムやアイスクリームなどを作り、失敗している農家は全国にたくさんある。就農支援機関のアドバイザーは、そういった例をいくらでも知っているのである。

■「机上の空論」でもアドバイザーは納得する

一方で、きちんとした経営計画書を作っていくと、どのような扱いを受けるだろうか。たとえば、「イチゴを30アールやりたいんです」と言って、こんなことがわかる経営計画書を出したとしよう。

・イチゴの品種と作型
・「単位収量(10アール当たり収穫量)10アール当たり500キロ」とキログラム当たりの単価1000円で想定売上を算出
・同様に経費を算出して所得を計算すると10アール当たり所得が200万円で30アールやるから収入は3倍の600万円くらい
・想定労働時間は年間約7000時間。家族3人でやり、それでも作業が回らないほど忙しいときには、人を雇う。人件費を50万円とみるとイチゴで年収550万円
・イチゴが忙しくない時期には、ちょうどその時期が一番忙しくなる作物を作って収入増にはげむ。これで150万円くらいいけそうだからトータル700万円の収入になる見込み

このように、きちんとした経営計画があれば、就農アドバイザーは1分もかからずに、全体像を理解してくれる。そして、おそらくこう言うであろう。

「この計画は、どうやって作られたのですか?」

こう聞かれたら、正直に「本を読んで書き方を勉強しました。そしてインターネット上にあるA県のイチゴの経営指標を参考にして書きました」と答えれば問題ない。本やインターネットといった、いわば“机上の空論”で書いたものでOKであるということだ。それで十分にアドバイザーは納得する。

■経営計画書で「本気の情熱」を伝えられる

アドバイスを受けに行った就農支援機関がA県ならもちろんのこと、そうでなくても、「この人は単に夢を語っているのではない。素人なりに一生懸命考えて計画を作ってきた」と考え、本気で助言をしてくれるようになる。

「本気で助言してくれる」とは、たとえば相談者から言わなくても、「自分の作ったイチゴでジャムとか、アイスクリームとか作ろうとは思いませんか?」などと6次産業化についてアドバイスしてくれたり、「この品種は初心者に難しいので、当初は10アールだけ作って、残りの20アールは作りやすいB品種にするのはどうですか?」と計画の修正の提案をしてくれたり、「この時期はどこのイチゴ農家も忙しいから人を募集していますが、なかなか来てくれないと嘆いている農家が多いですよ」と地元の現状や事情について教えてくれたりするのである。

先ほど“机上の空論でOK”だと言った。その理由は、農業に答えがないからでもある。もちろんデタラメではいけないが、ある程度の数字上の根拠があれば、それは経営計画書としての体を成す。

なぜなら、そもそもアドバイザーは新規参入者で、計画(数字)通り農業ができる人がいるとは思っていないためだ。あえて言い切ってしまえば、経営計画書を見せることで、「本気で移住し、農業をしたいと思っている」という情熱を感じてもらうことができればいいのである。

■農村に飛び込んでなじめるかは「賭け」

もう一つ、心を動かせないといけない相手が、「家族」である。所帯を持っている新規就農したいという人にとって、一番の難関はこれだといっても過言ではない。

就農資金は十分。土地の確保もできる。自分の技術にも自信がある。そんな場合でも、家族が納得してくれなければ、就農は難しい。

いきなり「農業をしたい」と言いだしたら、間違いなく家族から「何バカなことを言いだすの?」と反対されるだろう。逆に、「私も農業したい、田舎暮らしをしてみたいと思っていた!」と大賛成されるならいいのかというと、これはこれで問題になることもある。

都会でしか暮らしたことがない人が、田舎に身を置くことを想像するのは、案外難しいことだからだ。

パートナーがどうしても農業をしたいというので、しぶしぶ奥さんがついてきたところ、実際の農村に入ってみると奥さんのほうが急速になじんでしまって「もっと早く来たら良かった!」と言い出すこともある。

逆に、田舎暮らしにあこがれて、なんとかパートナーを説得して田舎に移住したところ、「思っていた生活と違う」とガッカリする人もいる。

そんなわけで、パートナーも自分も、実際の農村に入って、なじめるかどうかは、一種の「賭け」になっている面は否めない。

■いきなり「農業をしたい」では説得できない

ただ、絶対に「説得」できないパターンは、間違いなくある。それは、本当に突然、思いつきのように説得を始めることだ。相手も心の準備ができていないうえに、なぜそんなことを言いだしたのかわからないため、パニックを引き起こすこともある。

逆に、パートナーに「いずれ農業をしたいと言い出すだろうな……」と日々の生活のなかで感じるさせることができていれば、話を真剣に聞いてくれる可能性は高まるだろう。

農業に興味があることを匂わせるには、実際にいろいろ調べる姿を見せる必要がある。そして、いきなり農業やりたいというのではなく「いや、ひょっとしたら農業で食べていけないかな? と思って(笑)」と、半分冗談のようにぼかしてもいいかもしれない。

そして農業の本を買ってきて読んだり、家庭菜園を借り、休日や早朝に自分で栽培した野菜を笑顔で家に持って帰ったりする。そんなふうにしていると、「いずれこの人と一緒に田舎に移り住んで農業をすることになるかもしれない」くらいの想像はするだろう。

■「経営計画」はパートナーの心も動かす

そのうえで「将来農業をしたいけども、食うのは難しいよな?」と言いながらも、一生懸命に農業のための「経営計画」を作っている姿を見せることができれば、「この人は何も考えずに農業したいと言いだすわけじゃない。慎重に、真剣に考えている」と思ってくれるはずだ。

有坪民雄『農業に転職! 就農は「経営計画」で9割決まる』(プレジデント社)

そうした姿をきちんと見せてから、「本気で農業したい。この計画だとなんとかなりそうだ」と相談すれば、パートナーも真剣に話を聞かざるを得ないだろう。

この経営計画には、栽培スケジュールや向こう数年間の資金繰りも含まれている。だから、実際にどんな生活になり、そこからいくらの収入が得られるのかが見えてくる。もちろんすべてが計画通りにいくわけではないが、生活スタイルがどのように変わるのか、イメージすることは可能であろう。

いずれにしても、今の会社員生活とオサラバし、農業という新たな仕事と生活スタイルに移行しようと思うのならば、まずは「経営計画」を作る必要がある。そして、その経営計画をもって、2人の心を動かすことである。それができれば、農業への転職は、かなり現実味を帯びてくるといえる。

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有坪 民雄(ありつぼ・たみお)
専業農家
1964年兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。1.5ヘクタールの農地で米、麦、野菜を栽培するほか、肉牛60頭を飼育。著書に『農業に転職する』(プレジデント社)、『誰も農業を知らない』(原書房)、『農業で儲けたいならこうしなさい!』(SBクリエイティブ)、『イラスト図解 農業のしくみ』(日本実業出版社)などがある。

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(専業農家 有坪 民雄 画像提供=有坪民雄氏)

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