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「名社長」はなぜ年を取っても元気なのか

プレジデントオンライン / 2019年7月16日 11時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/monsitj)

人間の脳の働きは年齢とともに衰えるばかり――そう思っている人は多いだろう。だが、経済界には60~70代の名経営者がたくさんいるし、50代で異業種に飛び込んで成果を上げる「プロ経営者」も珍しくない。それはなぜなのか。脳科学者の篠原菊紀さんが驚きの事実を明らかにする。「プレジデント」(2019年8月2日号)の特集「1日で自分が変わる『若返り』入門」より、記事の一部をお届けします。

知能には大きく分けて「流動性知能」と「結晶性知能」の2種があり、積み上げ型の結晶性知能は消えてなくなることはなく、年齢とともに深まっていく。だから50代のプロ経営者はそれまで縁のなかった業界に転じても成果を出せるし、それどころか語彙力など70歳近くにピークが訪れる能力もあるという。多方面で活躍する脳科学者の篠原菊紀さんに、一般の人には意外に思えるかもしれない科学の常識についてレクチャーしてもらった。

■加齢とともに知能は向上する

人間の脳は知恵や知識や経験を貯め込んでいく「メモリー・マシン」で、記録された情報が増えるほど性能が上がります。ですから基本的には加齢とともに能力が向上していきます。ただ、ある程度の年齢に達すると認知機能が低下してきて、蓄積した知識が取り出しにくくなったり、新しい情報を記憶しにくくなってきます。

脳科学の世界では知能を大きく「流動性知能」と「結晶性知能」に分けています。

流動性知能とは「経験とは無関係な知的能力」という概念です。ここには計算力、暗記力、思考力、集中力などが含まれ、IQテストによって測定されます。

これに対して結晶性知能とは「経験を積むほど高まる知能」という概念です。結晶性知能は言語的知性とされ、人が過去に得た知識や経験がベースになっています。

流動性知能は「経験とは無関係な知能」という定義なのですが、現実にはIQテストも、計算や脳トレのようなトレーニングをすることで成績が上がります。事実、同じテストを繰り返し受けると得点が高止まりして、年齢による低下が見られなくなることがわかっています。流動性知能といえども経験による向上はあるし、訓練すれば年齢にかかわらずレベルアップするということです。

実際の人間の知能は結晶性知能と流動性知能が混合されたもので、知能の分野によってピークとなる年齢が異なります。

研究報告によれば「総合的な情報処理能力と記憶力」のピークは18歳前後とされますが、個々の知力の多くはそれよりもずっと遅く、たとえば相手の表情を読む力は48歳、仕事で用いる基本的な計算能力は50歳がピーク。自分が普段から行っている仕事への集中力も20代より40代のほうが高く、「新しい情報を学び、理解する能力」も50歳がピークです。

ビジネスの世界では新浪剛史サントリーホールディングス社長、知識賢治日本交通社長など40代から50代に企業経営者となり、違う環境に移っても成功する人が少なくありませんが、新しい情報を理解する力が50歳でピークになるのなら、それもうなずけます。

語彙力などは67歳がピークです。しかし、これもあくまで平均値であって、日頃から文章を読んだり書いたりしていれば70歳を過ぎても上昇していくのです。

■メタ認知はスポーツでいう戦術眼のようなもの

知能は本来「領域固有性」を持っています。勉強で算数の能力が向上しても、普通は同時に国語の能力も上がるというわけにはいきません。

しかし双方の能力には脳科学的には共通因子があるので、工夫次第で異なるスキルを同時に引き上げる「汎化」が可能です。

それを容易にするのが「メタ認知」です。

メタ認知はスポーツでいう戦術眼のようなものです。サッカーではボールを蹴るのがうまい選手は多いですが、試合の展開を先読みしてパスを出したり、ポジショニングができる選手は貴重です。

Jリーグ創設当時に名選手として知られた元日本代表の木村和司さんは、初めて国立競技場のVIPルームからサッカー場を見下ろしたとき、「おれが試合中に見ていた光景はこれだ」と言ったそうです。ただ自分の目で見るだけでなく、自分の姿とその周囲の状況を上空から俯瞰した光景を脳内で想像しながらプレーしていたわけです。

■早めに気付いて努力した人がプロ経営者として輝いている

プロ経営者と呼ばれる人たちが、それまで1つの会社の経営で培ったノウハウを新しい世界に適用していく際にも、メタ認知が重要になります。ある会社で仕事をしながらも、「他社だったらこうすればいいな」「グローバルに応用するにはこうすべきだろう」とより高い見地から立ち位置を考えたり、「一社だけ栄えてもだめだ。経済全体をよくするにはどうすればいいか」といった問題意識を持つことで、1つの会社で磨いた能力が他業界でも活用できるようになってきます。

公立諏訪東京理科大学情報応用工学科教授 篠原菊紀氏

ビジネス誌を読むときや異業種交流会に参加する場合でも、「他の業界の成功パターン、失敗パターンを知って自分の業界に生かすことができないか」という意識で臨んでいる人にはそれに応じた学びがありますが、ただ漫然と読んだり参加したりするだけの人には何の気付きも生まれません。

そして大事なことは、こうした意識は素質というより、訓練によって身につけられるスキルだということです。生まれつきメタ認知ができる人がいるのではなく、以上のような構造に早めに気付いて努力した人がプロ経営者として輝いているのです。

諏訪東京理科大学では茅野市の1300人の流動性知能を横断的に調査し、加齢による変化を調べた研究を行っています。

流動性知能は小学1年生の段階ではばらつきが大きく、中学3年生くらいになると、ばらつきが減りつつ平均値が上がっています。20歳前後でピークとなり、年を重ねるにつれて落ちていくのですが、注目すべきは「高齢になって流動性知能が落ちるときは個人差が非常に大きい」という事実です。70歳、80歳でも20代の平均と変わらない人もいれば、ずっと低くなってしまっている人もいるのです。

■「頭」を使って能力低下を防ぐ

世界保健機関(WHO)では認知症のリスクを低減するうえで「有酸素運動や筋力トレーニングなどの運動」「禁煙」を強く推奨し、地中海食、和食などの「健康的な食事習慣」「脳トレ」「過度な飲酒の制限」「肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病の防止」にも効果を認めています。ここでいう認知症とは流動性知能の低下と考えていいでしょう。知力を維持するための習慣は、生活習慣病防止のための習慣とほぼ共通しているのです。

運動と健康的な食事に加えて認知症を防ぐのに効果的とされているのが、「頭を使う」ことです。認知機能は「何か覚えた後で別の作業を行い、その後にさっき覚えたことを思い出す」といった「ワーキングメモリーの多重使用」のテストで測られるので、そういう頭の使い方を日頃からやっていることがポイントです。

たとえば「数学の問題を解いたりクロスワードパズルをやっている人は認知機能が低下しにくい」という研究もありますし、定年前に経営的な仕事やクリエーティブな仕事をしていた人は、定年後も流動性知能が落ちないという研究もあります。

「年齢に関係ないとされる流動性知能も訓練すれば能力が高まる」と申し上げましたが、そうである以上、年をとると衰えがちな能力を意識して普段から使ってやることです。

管理職になると「頭を使う面倒くさい仕事は部下に任せてしまおう」となりがちですが、その意味では「面倒に思える仕事ほど自分でやるべき」と言えるでしょう。

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篠原菊紀(しのはら・きくのり)
公立諏訪東京理科大学情報応用工学科教授
遊び中、運動中、学習中などの脳活動を調べ、脳トレへの活用や依存症の予防などを研究する。著書に『「すぐにやる脳」に変わる37の習慣』ほか多数。

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(公立諏訪東京理科大学情報応用工学科教授 篠原 菊紀 構成=久保田正志 撮影=葛西亜理沙 写真=iStock.com)

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