ビジネス英語は「台本作りが9割」なワケ
プレジデントオンライン / 2019年7月19日 15時15分
■ディナー会場で隣に「マーケティングの神様」が
【三宅義和氏(イーオン社長)】最近でも日常的に英語を学ばれていますか?
【西内啓(データビークルCPO)】いまは必要に応じてですね。当社ではデータ分析のソフトウエアを開発していて、業界で少し注目が集まり、アメリカのITに関する大手調査会社に興味を持っていただいています。最初は日本支社の方からアプローチをいただいたのですが、「これは世界にないすばらしい製品だから、すぐアメリカの本社チームに説明してください!」と言われまして、いまはそのプレゼンのために頑張って英語を練習し直しています。
【三宅】それは成功させないといけませんね。
【西内】学生時代のように「多少、伝わらなくても大丈夫」というお気楽な状況ではなく、会社の命運がかかっていますからね。グローバルに製品を展開する未曽有のチャンスなので、「なんかさっきの日本人の説明よくわからなかったね。まあいいか」では済まないんです(笑)。
【三宅】仕事で英語が求められる状況に追い込まれると伸びますよね。
【西内】おっしゃる通りですね。僕の場合、英語がある程度できるようになってから現在までに、猛烈に英語を勉強し直した時期が二度あります。
一回目は京都大学の大学院で授業を受け持ったときで、「はい、よろこんで」と即応したら、後日「留学生が多いので英語でお願いします」と言われて。これはマズイと思って必死に勉強しました。
次に勉強したのが、ソーシャル・マーケティングの大家であるフィリップ・コトラーさんとお話しする機会をいただいたときです。もともとの出会いは留学中で、コトラーさんも登壇されていたフロリダのある学会に参加したのです。かなり小規模な会で、アクセスの悪さもあって日本人は僕と友人一人だけ。完全にアウェーでしたが逆に日本人が来たことを珍しがられて、ディナー会場に行ったら「せっかくなのでここに座れば」と言われて座ったのがコトラーさんの隣だったのです。僕にとっては雲の上の人です。
【三宅】それは緊張しますね。
■日本史は世界との懸け橋になる
【西内】はい。緊張はしたのですが、そのときはたまたま話題に助けられました。彼は日本の「根付(江戸時代に使われていた留め具)」が好きでその話を振られたのですが、普通の若い日本人だと焦りますよね。「根付? 何それ?」って。でも、たまたま僕は『ギャラリーフェイク』という漫画で根付のことを知っていて、自宅の近くに根付のギャラリーがあったので遊びに行ったことがあったのです。
【三宅】おー、それは良かったですね。
【西内】奇跡です(笑)。だからその晩はその話で盛り上がり、別れ際に「次は根付をお土産に持っていくけれど遊びに行っていいですか」と聞いたら、「もちろんだよ」のような感じになりました。その後、帰国して日立さんが主催されたフォーラムで登壇する機会をいただいたときにコトラーさんも招待されていることがわかり、超過密スケジュールのなか10分だけお会いさせていただく時間をもらえたのです。絶対によどみなくしゃべろうと思ったので、このときも勉強し直してから参加しました。
■台本を完璧に用意して俳優のように演じる
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【三宅】短期間で英語力を呼び戻すために、具体的にどんな勉強をされているのですか?
【西内】僕はいつも完璧な台本を作ることから始めます。海外転勤や外資系に転職するといった次元の話であれば英語力全体を底上げしないといけません。でも、決まったテーマで授業をするとか、特定の人と会って親睦を深めるといったように目的が明確なときは、自分用の台本を書くのが一番効率的だと思っています。
例えばコトラーさんに久しぶりに会うということは近況報告が中心になるわけですから、「統計学の本を書いたら想像以上に売れて驚いている」とか、「こんな切り口の本なのだけどさ」のような話になると予想できますよね。あらかじめ文章として書いてしまうのです。話の流れもきちんと決めて。10分間会話するのであれば、最低でも10分間しゃべり続けても困らないだけの文量を。
一通り書いたら自分より英語力がある人に直してもらいます。あとはひたすら練習です。発音はもちろん、強弱、間、表情、しぐさも含めて。
【三宅】そこまでされるのですか!
■万全の準備が圧倒的な心の余裕を生み出す
【西内】自分がしゃべっている姿を動画で撮ったりもします。しゃべりに夢中になると変に手が泳いだり、妙にモジモジしたりすることがあるので、そういうことも完璧に直して挑みます。
【三宅】まるで俳優のようですね。ただ、実際はその通りの展開にはならないですよね。
【西内】もちろんです。だからイメージとしては起業家が投資家にビジネスアイデアを短時間で説明する「エレベーターピッチ」に近いものがあります。台本通りに展開するとは限らないですが、想定質問を含めて各パーツは完成されているので、ある程度話題を誘導しながら会話を展開していけばかなりスムーズに会話することができます。
あとは、万全の準備をしているので圧倒的に心に余裕が持てます。そのメリットもかなり大きいと感じます。京大の授業のあとも留学生のみなさんとフリーディスカッションになりましたが、授業を徹底的に準備していることで、なぜか授業内容と全然関係ない質問がきても流ちょうな受け答えができるんですよね。
■会話力アップに絶対役立つ、英語での自己紹介
【三宅】緊張は伝わりますからね。それにしてもいまのお話は読者の方もすぐに使えそうです。
【西内】そう思います。ビジネスの現場で初対面の人とフリートークのようなことをする場面の多くは自己紹介が占めるわけです。日本人同士だと場数を踏んでいるので、みなさんご自身のことを面白おかしく伝えられますよね。学生時代はこんなことをして、こんな原体験があったから今ここで働いていて、将来的にはこんなふうになりたいです、といったような話を。でも、英語になった途端に客観的な事実の羅列で終わったりしますよね。
英語で自己紹介をする場面は今後もいくらでもあるはずなので、一度、完璧な台本を作って、ネーティブに直してもらって、それを丸暗記して徹底的に練習してみたら相当役に立つと思います。英会話レッスンを受けている方であれば、レッスンのうちの何回かを、ひたすら自己紹介に充ててもいいと思います。「ネーティブに確実にウケる言い回しを教えて」とか。自己紹介の型を持っておくことはそれくらい価値があることなので。
それに外国人アレルギーがある方であればそれだけでだいぶ解消されるかもしれません。立食パーティーであろうと、10分、20分と自分語りができる自信があれば、会話に飛び込むのも怖くないですよね。
■しゃべる、聞くは「一発勝負の仕事」
【三宅】日本人の多くは自分の英語力に自信がないがために外国人との会話を避けて、結局いつまでたっても慣れないという悪循環に陥っていますよね。
【西内】英会話の能力は練習した時間とかなり比例しますからね。そういえば、アメリカのあまり教育がうまくいってなかった貧しい地域で学生の成績を劇的に伸ばしたプログラムがあることを思い出しました。
【三宅】どういうプログラムですか?
【西内】先生に「授業の練習」をさせたのです。これは『成功する練習の法則』(ダグ・レモフほか)という本に書いてあったことで、その著者の主張は、世の中には大きく分けて二種類の仕事があると。ひとつは書類を作ったり、プログラムを書くような「好きなペースでやりだめておくことが可能な仕事」で、もうひとつは楽器を演奏したりお芝居を演じるような「一発勝負の仕事」。前者はお勉強だけでカバーできるが、後者については練習なしで上達するはずがないということを言われていて。だから「授業の練習」を繰り返したのです。
英語も同じですよね。例えば英語の論文を読むのは「やりだめが可能な仕事」です。学校で文法を学んで、わからない単語はその都度辞書で調べていけば速度も精度も上がります。でも後者にあたる、しゃべる、聞くという話になると「一発勝負の仕事」ですよね。あまり気軽な感じで聞き返したり、言い間違えたりできませんし、よく練習して流ちょうに話し、言語以外の振る舞いもコントロールすることがそのまま価値になる。だから練習をするしかないのです。
■英会話のトレーニングにもコーチが必要
【三宅】それは単に場数を踏むという話ではなく……。
【西内】場数を踏んでメンタルを鍛えることも大事ですが、やはりいいフィードバックがあってこその練習だと思います。たとえばコーチにつかずにバットの素振りを毎日行った結果、変なフォームで固まってしまったら本番で打てるはずがありません。一方で定期的にフォームをチェックしてくれて、的確なアドバイスをもらいながら練習することができれば、非常に効率よく上達します。
そういう意味では大人が英会話レッスンを受ける価値は、いいフィードバックをもらいながら練習できることですよね。「仕事で英語を使っているからレッスンなんていらない」という人もいますが、リアルな会話のなかで「そこはこういう表現のほうがいいよ」というようなフィードバックをくれる人はまずいませんから。
■ネーティブのお手本で正しい発音が身に付かない理由
【三宅】たしかにいいフィードバックを得ながら練習するのか、むやみに時間だけかけてやるのかでは学習効果がまったく違いますよね。私もピアノのレッスンを受けているのですが、ちょっとしたアドバイスをプロの先生からもらうだけですぐに直ります。
【西内】そうですよね。だからフィードバックといっても単なるダメ出しではなくて、表出している課題の本質的な原因や、なぜこうすべきなのかという理屈とかをズバリ教えてもらえると素直に受け止めやすいのですよね。
ピアノも一緒だと思うのですが、僕が学生時代にバンドでベースを弾いていたとき、なかなか指が滑らかに動いてくれず、壁に直面していたのです。でも良い師匠と巡り会えて「指を動かす筋肉は前腕にあるのだから、前腕に意識を向けて、できるだけシンプルに一種類の筋肉だけでコントロールしたらいいよ」と教えていただいたところ、指が急にスムーズに素早く動くようになりました。
だから英語の発音についても、ネーティブの人が「こういう感じだから」といくらお手本を見せてくれてもいまいちピンとこない人が多いのは、先生が体の構造的な話をあまりしてくれないからかもしれません。日本語だと唇の先端を動かすだけで発音できてしまいますからね。
■TとDの舌の位置は同じ
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【三宅】そのあたりは、前回お聞きした『オバケの英語』(フォニックスの本)でだいぶマスターされたのですか?
【西内】本も使いましたし、実は英語圏で言語療法士をされていた方のプライベートレッスンを受けたこともあります。本当にロジカルに説明してもらえるし、細かいところまで直してもらえるのです。たとえばTとDでは実は舌は同じ位置で、そこに息を乗せるかどうかの違いでしかない、とか。
【三宅】大人だとあまりに直されるとみじめな気持ちになる方もいらっしゃいます。だから一律にすべきかはさておき、西内さんのようにアナリティカルに物事を捉えるのが好きな方には、そういった理屈とか構造の話は重要でしょうね。参考にさせていただきます。
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統計家、データビークルCPO
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を歴任。2014年11月に株式会社データビークルを創業し、代表取締役CPO(製品責任者)を務める。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に累計50万部を突破した『統計学が最強の学問である』シリーズのほか、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)など。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、統計家、データビークルCPO 西内 啓 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)
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