無印良品がアマゾンをズルいという理由
プレジデントオンライン / 2019年7月30日 6時15分
■MUJIはなぜ、世界のミレニアル層に人気か?
【ダグ】新しくできた「無印良品 銀座」に伺いました。驚いたのは、ターゲット層を定めているわけではないのに、結果的にミレニアル世代の世界観に合ったお店になっている、ということです。ミレニアル世代は単に買い物をする場を求めているわけではなく、買い物以上の体験を求めている。なぜMUJIは、世界のミレニアル世代に支持されるのでしょうか?
【金井】確かに米国でも英国でも、中国でも、ミレニアル世代の若い人たちが無印良品を支持してお店に来てくれています。中国の若い人たちの声を聞くと無印良品に対して、シンプルで、デザインがよくて、品質がよくて、平等だと言ってくれている。「平等だ」と言ってもらえるのは嬉しい。若い層は、やはり意識が変わってきている、メッセージが伝わっているというふうに私も感じています。ダグさんがそうおっしゃるということは、米国でもいけますかね(笑)。
【ダグ】いけると思います。いま、米国の小売りの現場は、オリジナリティがなく、どこを見ても似ている状態に陥っています。そうした中で、米国の消費者たちは、無印良品のように世界観が確立されているものを求めている。無印良品の一貫したデザインを生み出すインスピレーションの源はどこにあるのでしょうか?
【金井】デザインということで言えば、おそらく世界中を見渡しても、無印良品のように、生活の全領域を1つの思想でデザインしている会社はほかにないのではないかと思っています。
私たちはまず「最良の生活者」の像を探します。たとえば、自然との関係、エネルギーの問題、これからの食糧問題や水問題、あるいは生産者のこと。自分だけではなく、自分と関わりのある、そうしたことと自分との関係を考えたとき、「どんな生活、暮らしをすることが望ましい生活者なんだろう」ということを、まずは哲学的に探求するのです。
いま、マイクロプラスチックによる海洋汚染が深刻だ、と言われるようになり、多くのメーカーがペットボトルの代替素材となる土に還る樹脂を開発しようとしています。それに対して、我々のアプローチ、考え方は少し違います。「人間が今後さらに増えていくというときに、便利だからとペットボトルを使うライフスタイルを続けていていいのだろうか」と考え、議論するのです。「それなら家で飲み物をつくって、持ち運べる簡単な容器をつくろう」ということになるわけです。そんなことを、フランクに雑談しながらやっているのが良品計画という会社です。
【ダグ】なるほど。消費者の現在の習慣、ライフスタイルを変えることで、世界が直面している社会問題や環境問題を解決していこう、という考え方で商品開発をなさっているわけですね。
【金井】そうした思想をもとに、商品のデザインを行い、そういった物が置かれる空間はどのようなものがいいか、とBGMなども含めて店舗空間のデザインを行っています。また、インフォメーションのデザインも同じ思想のもとにしています。インフォメーションのメディアは、ポスターやウェブサイトなどもありますが、まずは商品タグです。我々の商品タグには、それぞれ、どんな理由でこの商品をつくったか、という言葉がすべてに入っています。
【ダグ】ストーリーですね。一つ一つの商品にストーリーがある。
【金井】そう。我々は「意味」とか「わけ」とか言ったりしています。無印良品では、これらを最初から最後まで一貫してデザインしている。こんな会社はなかなかないのではないでしょうか。
なぜこんなことができるかというと、我々は「答え」を持っていないからなのです。どの企業にも、企業理念には、社会貢献とか、社会の役に立つとか、当たり前すぎる「答え」が書いてあります。こういう会社になる、こういう仕事をする、という「答え」です。ですが、良品計画の目標は「最良の生活者を探求しましょう」といったものなので、我々はその「答え」を常に探し続けているのです。
【ダグ】多くの企業は「環境に配慮した企業になる」とは言いますが、いざ具体的な問題解決に対して投資をするかというと、短期的な儲けにつながらない限りはお金をかけない。そうした長期的視野に立って投資をしていくことができるからこそ、MUJIブランドが強固になっていく。
【金井】そこまで大したものではないのですが、この会社の経営も企業活動全体がすべてそこから始まっているというのは、たぶん誇れると思っています。
【ダグ】いまの時代は40年前とは比べようもないほど情報が行きわたっています。40年前にはお店にある野菜が、どこで誰が生産し、どんな過程を経て店にたどり着いたのかなどがわからなかったし、そもそも誰も興味を持っていませんでした。ですが、いまはお店に並ぶTシャツが、バングラデシュの工場で、劣悪な環境で働かされている人が作った製品だ、ということを世界の数百万人の目に届けることが可能です。無印良品の姿勢というのは、ものすごく時代に合っているように思います。
■人間はテクノロジーに満足するのか
【ダグ】『小売再生』の中でも述べているのですが、今後、リアルな店舗はメディア化していく、というのが私の主張です。その点、無印良品では、店舗をメディアとして捉えるような発想が、初期のころからあったのではないかと感じるのですが、そうした意識はお持ちでしたか?
【金井】それは大いにあります。現物とか、その場の空気からしか感じられないことって、やはりあるような気がします。ダグさんは著書の中で、VRやAIなどテクノロジーのもたらす可能性について言及なさっています。もちろん、そうしたテクノロジーは、進化していくとは思いますが、人間がそれで本当に満足するかどうかは、甚だ疑問です。果たしてリアルな空気の中で、人と人がコミュニケーションしたり、物と出合ったりということに代替できるのかどうか。僕は大変疑っています。
マーケット全体を見渡すと、格差社会ということもありますが、やはり「安ければいい」という層は世界的に多い。実際、驚くほど安い業態は増えていますし。ただ、それだけじゃ、まずい。
■ビッグデータではわからないモノ
【ダグ】金井さんは、アマゾンについてはどう思われますか?
【金井】アマゾンは……ずるいよね。ずるいというか、現在の資本の論理がまずい方向に一人歩きしてしまっている。イノベーティブで従来の小売りがまったく発想しなかったことをしているっていうのは確かにすごい。ですが、クラウドの事業で収益を上げて、流通は赤字のまま次々とマーケットを乗っ取り、バタバタとリアルをつぶしておいてから、プライム会員の料金の値上げ、物流費も値上げ、なんていうやり方をとる。「もう地球からいなくなってほしいね」という意見もアメリカのメディアで聞きました(笑)。
【ダグ】アマゾンは、おそらくジェフ・ベゾスさんの頭の中にあるものを具現化したもの。彼はデータサイエンスの信奉者で、とにかく頭の中はデータだらけ。なので、彼の意識の中では、おそらく世界のすべてがデータ化されている。彼には、買い物というのは、人間にとってワクワクする楽しいものだ、という発想はないのでしょう。
【金井】僕はね、ビッグデータなんて必要ないと思っています。アマゾンがやっていることは、「僕は明日きっと、あんなものと、こんなものを、あの店に買いにいって、夜はこんな彼女とこんなディナーを食べるだろう」と自分の行動を予測するということです。それはもちろん、統計的には正しいのかもしれないけれど、それは過去のデータの蓄積から見たもの、“バックミラー”でしかありません。人間ならバックミラーからものを考えるのではなく、「望ましい生活ってなんだ」というところから、答えを探していくべきです。ビッグデータを見て予測するやり方は、あるべき望ましいものを追求していくことには、たぶん勝てないのではないか、と思っています。
【ダグ】一方でテクノロジーに関しては、もっと活用するべきところがある気がします。小売りの現場を見ると、非効率の部分が非常に多い。物流のシステムや店舗の在庫管理などもまだまだ改善の余地がある。
【金井】その点は同意します。効率を高められる余地は十分にあるし、やらなくてはならない。物流の現場だけでなく、小売業の現場も、無用な労働がまだまだたくさんある。その部分はテクノロジーで解決していかなければいけないと思っています。ただ、これだけ加速度的に文明が変わっていくと、人間がどんどん自己家畜化していくように思います。便利になったり、快適になったりという文明の発達が、むしろ人間そのものを退化させてしまうというリスクもある。
■小売りの未来は極めて明るい
【ダグ】さまざまな問題を抱えてはいますが、私は小売りの未来は極めて明るいと思っています。ウォルマートに代表されるような大手チェーンが成長した時代というのは、小売りにとっての暗黒時代だったと思います。利益を追い求め、魂がなく、ただただ買わせることだけ。環境への配慮もなかったし、社会的責任という意識もありませんでした。ですが、いまは暗黒時代の業態がどんどんなくなってきています。しかも昨今では、スタンフォードやMIT、ハーバード大学を卒業したような優秀な若者たちが、続々と小売り業界に流入している。彼らのようなエネルギッシュで、クリエーティビティに溢れた人たちが、新たな小売り像というものをつくり出し、小売りにとっては明るい未来を示してくれるのではないかと思っています。
【金井】ぜひ小売りの世界に多様なスキルを持った人が集まってきてほしいですね。無印良品の活動は、店舗にとどまりません。分断された生産者と消費者、あるいはお年寄りと若者、あるいは都会と地方。これらをつなげていく仕事が、これからの小売りの使命になると考えています。また良品計画では2019年から、社員だけでなく、パートナー社員にも、自分の特技やスキルのある人には、毎月少しですが、そこに手当を出すことを始めました。自分の持っているスキルを生かすことが、たとえば空き家再生とかシャッター商店街の活性化といった社会課題解決の力になるのではないか。それをやっていけば、少しは明るい未来になるのではないか、と思っています。
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良品計画 会長
1957年、長野県生まれ。76年西友ストアー長野(現・西友)に入社。93年に良品計画に転籍。商品事業部生活雑貨部長などを経て2008年から代表取締役社長。15年より代表取締役会長。
ダグ・スティーブンス(Doug Stephens)
小売りコンサルタント
リテール・プロフェット社創業社長。メガトレンドを踏まえた未来予測は、ウォルマート、グーグル、BMWなどにも影響を与えている。著書に『小売再生 リアル店舗はメディアになる』。
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■▼良品計画の営業収益/利益
(良品計画 会長 金井 政明、小売りコンサルタント ダグ・スティーブンス 構成=井上佐保子 撮影=市来朋久)
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