バカほど"いらないものは捨てよう"と言う
プレジデントオンライン / 2019年7月17日 9時15分
※本稿は、野口悠紀雄『「超」AI整理法 無限にためて瞬時に引き出す』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「いらないものを捨てる」はノウハウではない
仕事をしていて、貴重な時間を整理に費やすことはないでしょうか? 生産性はなくても、たしかに整理は必要なことです。
整理の目的は2つあります。1つは、資料を保存するためのスペースを確保すること。もう1つは、必要な資料を探し出せるようにすることです。
これが目的であり、整理することそれ自体が目的ではありません。「たかが整理、されど整理」と言ってもよいでしょう。
私は、1993年に『「超」整理法』(中公新書)という本を書きました。その後、雑誌などで「整理のプロ」などと紹介されることが多いのですが、これは誤解です。私がこの本で書いたのは、「整理はくだらない仕事だから、どうやってサボれるか?」ということなのです。このため、本のタイトルのつけ方に迷い、一時は『反整理法』にしようかと考えたこともありました。
整理法の本は山ほどあるのですが、それらを読むと、「いらないものは捨てましょう」と書いてあります。しかし、これほど馬鹿げたステイトメントはありません。これは、ノウハウではないのです。「何がいらないか」が分からないから、苦労しているのです。しかも、そのための選別法は、簡単でなければ実行できません。できれば、いらないものを自動的に見いだすシステムが必要です。
■「不要なものを捨てる」習慣はもはや無意味
もう1つの問題。「いらないものを取っておくと、必要なものを見つけ出せなくなる。だから、いらないものを捨てよう」というのは、モノについては、いまでもそうです。しかし、情報については、しばらく前から事情が大きく変わってきました。検索という方法によって必要なものを見つけ出すことができるようになったからです。
ただし、ついこの間までは、ストーレッジ(記憶装置)の容量に限度があったために、いらないものを削除することを習慣的に行ってきました。
不要なものを捨てるのは、人間の本能なのです。ですから、状況が変化してもなかなかその習慣を捨て去ることができません。しかし、情報量がこのように多くなってしまった現代においては、ますます無意味なことになってきていると考えざるをえません。これについての基本的な考えを大転換させる必要があります。
■情報を「分類」するのは至難の業
整理法の本にあるもう1つの大きな間違いは、「整理は分類である」としていることです。しかし、分類とは思想です。思想によって分類は変わります。ですから、思想が変われば分類は変わるのです。
分類についてのもう1つの問題。ある対象は、通常、複数の属性を持っています。コウモリは空を飛ぶから鳥と同じグループです。他方で、哺乳類でもあります。では、コウモリは「空飛ぶ動物」に分類すべきか、「哺乳類」に分類すべきか?
情報については、この類いの「コウモリ問題」があるので、一義的に分類できないのが普通です。これが情報とモノとの違いです。
モノは分類しないと取り出せません。スーパーマーケットでミカンとボールペンを区別して置かなければ、客はどこに行っていいか分かりません。しかし、情報はこれと違います。
では、どうしたらよいのでしょうか? 「ある文書が複数の属性を持っているなら、いくつもコピーを作って複数のフォルダに入れよ」と言っている人がいました。冗談ではありません。そんなことをやっている暇はありません。
■無駄な分類整理をしない「押し出しファイリング」
以上の問題に対する答えとして『「超」整理法』で提案したのが、「押し出しファイリング」です。
この整理法では、まず、本棚に一定の区画を確保します。本が詰まっていれば、どけます。そして、角型2号の封筒(332ミリ×240ミリ。A4判の書類が楽に入る封筒)を大量に用意します。それから、筆記用具を準備します。
机の上に散らばっている書類などを、ひとまとまりごとに封筒に入れます。このまとまりを、「ファイル」と呼ぶことにします。封筒裏面の右肩に日付と内容を書き、封筒を縦にして、内容のいかんにかかわらず、本棚の左端から順に並べていきます。
この方式のモットーは、「分類するな。ひたすら並べよ」ということです。以後、新たに到着した資料や書類は、同じように封筒に入れて、本棚の左端に入れます。取り出して使ったものも、元の位置に戻すのではなく、左端に戻します。
このような操作を続けていくと、使わなかった封筒は、時間が経つにつれて次第に右に押し出されていきます。このために、私はこの方式を「押し出しファイリング」と名付けました。
■キャッシュメモリの設計と同じ考え方
収納場所がいっぱいになったら、右端から捨てます。右端に来たものは使わなかったものなので、不要である確率が高いからです。ただし、長時間使わなくても残しておきたい資料もあるので(そうしたものを「神様ファイル」と呼んでいます)、チェックしてから捨てます。
これは、長時間使っていないものを、自動的に見いだす仕組みです。最初は面倒だから左に置いたのですが、この方法には重要な意味があることが分かりました。
それは、「キャッシュメモリ」の設計との同一性です。キャッシュメモリとは、超高速で読み書きできるコンピュータのメモリであり、容量はあまり大きくないので、優先度が高いデータを入れます。
キャッシュメモリは、キャッシュがいっぱいになってデータを捨てる必要が生じた場合、LRU(Least recently used:最長時間未使用の原理)を用いて、捨てるデータを決定します。LRUを直訳すれば「最近で使われることが最も少ないもの」ということですが、「最後に使われてから最も長い時間が経ったもの」というほうが分かりやすいでしょう。それを捨てるのです。
「超」整理法は、まさにLRUの方法をとっています。というより、ファイルを押し出していくことによって、自動的にLRUを見いだす方法になっています。
■デジタル主体でも重要性は変わっていない
また、キャッシュメモリは、新しいデータを入れるときや、使用したデータを戻すとき、MTF(Move-to-front:先頭に送る)法を用いて、リストの先頭に置きます。
「超」整理法においても、使ったファイルは、元の場所に戻すのでなく、いちばん左に戻します。これはMTFそのものです。
なお、『「超」整理法』を書いた時点で、文章を書く作業はすでにPCに移行しており、私自身が作る情報はほとんどデジタル情報になっていました。押し出しファイリングに格納していたのは、主として私に送られてくる情報です。その後、送られてくる情報にデジタル情報が増えてはきましたが、依然として大量の紙情報が送られてきます。したがって、押し出しファイリングの重要性は、いまも変わりません。
■すべての書類を1カ所にまとめる「ポケット1つ原則」
衣服(とくに男性の衣服)にはポケットがたくさんあるために、どこに入れたか分からなくなってしまいます。もしポケットが1つしかなければ、このような問題は起きません。ですから、「ポケットがたくさんあっても、すべては使わず、1つのポケットだけを使うべきだ」と私は考えています。これを「ポケット1つ原則」と呼ぶことにします。
しかし、この原則はなかなか実行できません。その理由は、現実にはポケットがたくさんあるからです。例えば、鞄やキャリングカートには「これでもか、これでもか」というほどのたくさんのポケットがあります。
「分別して収納すれば、探しやすくなるだろう」という考えで作っているのでしょうが、実際は逆です。たくさんありすぎて、どこに入れたかが分からなくなるのです。もし分別ポケットを一切なくしたキャリングカートができれば、どんなに使いやすいかと思います。
■「超」整理法の実行は本能との戦いでもある
実は、先日も、ポケットがたくさんありすぎるための事故にあいました。普段あまり使わないクレジットカードを鞄に入れて持ち出したのですが、数日経ってから思い出して探したところ、見つからなくなってしまったのです。あらゆる鞄のあらゆるポケット、衣服のポケット、そして家の中のあらゆる場所を探したのですが、見つかりません。結局、カードの再発行を依頼したのですが、その数日後に、ある服のポケットから偶然発見されました。
押し出しファイリングは、すべての書類を1カ所にまとめるので、「ポケット1つ原則」を実現しています。
しかし、これも簡単には実行できません。パスポートを収納した封筒を、新聞記事を収納した封筒の隣に置くことには、どうしても心理的抵抗が働きます。「重要なものは、隔離して別のところに置く」というのは、人間の本能だからです。別の場所に置くために紛失してしまうにもかかわらず、この本能を克服できません。
「超」整理法の実行は、一見したほど簡単ではないのです。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『入門 AIと金融の未来』『入門 ビットコインとブロックチェーン』(PHPビジネス新書)など。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄 写真=iStock.com)
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