中国が"米国を圧倒すること"はあり得るか
プレジデントオンライン / 2019年7月18日 9時15分
■日本は将来、米中のどちら側につくのか
米中2大国の覇権争いが世界から注目されている。経済の分野では「貿易戦争が発動された」とか、先端科学技術分野では、「5世代移動通信システム(5G)開発の主導権をめぐって対立している」といった報道が多い。そして、将来はどちらが勝つのかという結果まで、日本では予想され始めた。結果を予測する際の隠れた目的は、日本は米中のどちら側につくのかという死活の問題も絡んでいるのではないか。
私は中国が将来、米国を圧倒することはあり得ない、と判断している。そう考える理由を以下に述べておく。私が依拠している情報はすべて、中国で生まれ育ち、そして30年間にわたって、研究者として現地で調査してきた経験に基づいている。
■本末転倒の使命感が中国のウソの発展を支えた
第1に、中国は国内総生産(GDP)の数字が世界第2位だ、と自他ともに認めているが、実際は水増しされた統計によって得られた数字である。1991年からほぼ毎年のように中国の各地方で現地調査に行ってきたが、その都度、知人の幹部(公務員)はいかに上級機関から言われた「任務を達成」するかで頭を抱えていた。
天災や社会的動乱など、どんな理由があっても、前年度より「成長」していなくてはならなかった。北部中国の場合は旱魃(かんばつ)が数年間続いたり、民族問題が勃発(ぼっぱつ)して生産ラインが止まったりすることはよくあるが、それでも「成長」し続けなければならない。南部には水害がある。それでも、「成長」は幹部の昇進に関わるだけでなく、社会主義中国の「発展」を示す指標とされている。
「中国の共産党政府が13億もの人民を養っている」という独特な使命感を誇示するためにも、「成長」と「発展」は欠かせない。人民が政府と党を養っているとは、とうてい考えられない。この本末転倒の使命感が虚偽の統計とウソの発展ぶりを支えてきたし、これからも変わらない。つまり、中国には米国と対峙しうる充分な国力は備わっていないということである。
近代社会は米国も日本も、そして西洋諸国も、産業革命以来に数百年の歳月を経て、少しずつノウハウを蓄積して発展してきたが、中国はそうしたプロセスを無視しようとしている。共産党の指導部の野心が正常な発展を阻害していると判断していい。
■あらゆる経済活動の権利を握っているのは共産党
第2に、中国が口で言っていることと、実際に実行していることとは、すべて正反対であると世界は認識すべきである。このことは、「大国」としての中国に世界をリードできるソフト・パワーがあるかどうかを試す試金石でもあるからだ。
例えば、「米国は自由貿易を阻害している」とか、「中国は世界の自由貿易の促進に貢献している」とか、中国はよく国際会議の場で主張する。ここ数年、トランプ政権が誕生してからは、さらにこうした主張を広げている。ときにはまるで前政権のオバマ大統領の自由貿易促進演説を剽窃(ひょうせつ)したかのような言い方を中国の習近平国家主席は口にする。しかし、事実はむしろ逆である。
まず、中国は国内で自由貿易を実施していない。あらゆる経済活動の権利を握っているのは、中国共産党の幹部たちとその縁故者たちで、一般の庶民が中小企業を起こすのも、厳しい審査が設けられている。国営の大企業は共産党の資金源である以上、中小企業や個人の経済活動はすべて国営企業を支えるために運営しなければならない。
■ジャック・マーはなぜ引退せざるを得なかったのか
それでも、個人が持続的に努力してある程度裕福になると、政府からつぶされる危険性が迫ってくる。利益を党に寄付し、経営者も党員にならなければならない。従業員の数も一定程度に達すると、共産党の支部を設け、党の指導を受けなければならなくなる。いわゆる「党の指導」とは、企業の利潤を政府と結びつけることである。経営者個人の自由意思で経済活動が行われていないのが実体である。
世界的なIT企業に成長したアリババの経営者、ジャック・マーの例が典型的だ。まだ、50代半ばという若さで経営権をすべて譲って、引退せざるを得なくなった。引退しなければ、腐敗だの、汚職だので逮捕される危険性があったからだろう。言い換えれば、政府はこれ以上、アリババのようなIT企業が国際舞台で成長しつづけるのに危機感を覚えたからである。
■米中の対峙は異なる体制の深刻なイデオロギー戦だ
次に、当然、中国は国際貿易の面でも自由なやりとりを許していない。例えば、外国企業が中国で投資して得た利益を自国には持ち出せない。引き続き中国国内で投資し、事業を拡大せざるを得ない。本国への資金の還流は厳しく制限されている。
そして、情報化時代の現在、データの流通はさらに厳しく制限されている。中国で蓄積されたデータを国際社会で運用しようとすると、「安全性に問題がある」としてあの手この手で阻止される。
このように、資金・データ、物流など、あらゆる面で中国こそ自由貿易に逆行する活動を白昼堂々と展開しているにも関わらず、米国を批判するのは、自国の汚い手口を隠すためだと理解しなければならない。
実は、日本を含む国際社会も中国の手口、言行不一致を知っていながら、あえて批判したり、反論したりしないのも、これ以上不利益を被らないようにするためだろう。中国も国際社会の弱みを知っているから、自国の行動を是正しようとは思っていない。
しかし、トランプ大統領はちがった。国内において自国民の自由な経済活動を制限し、少数民族を抑圧し、国際的には自由主義陣営に脅威を与えているのは、一党独裁が原因である、と認識している。トランプ政権の本音は、ペンス副大統領の演説やその側近たちのスピーチから読み取れる。
つまり、米国と中国との対峙は決して「貿易戦争」だけではない。異なる体制がもたらす、深刻なイデオロギー戦である。そして、このイデオロギー戦はどちらかが体制を転換しない限り、解決の見通しは立たない。
■独裁政権に媚びを売っても日本の国益にならない
では、日本はどうすべきか。2大国の対立の陰に潜みながら、勝った側につこうという戦術は無意味である。どちらが人類の歩む道を阻害しているかを判断して、二者択一の決断を早晩しなければならないだろう。そのためには、現在の日本で流行っている軽薄な言説を改めるべきであろう。それは以下の2点である。
第1は、トランプ大統領は商人だから、なんでも利益優先で「取引」しようとしている、という誤読である。日本には日本の国益、中国には共産党の党利党益があるのと同様に、米国にも国益があって当然だ。世界の多くの国々が米国を指導者とする自由と人権、民主と平等という理念を共有している以上、日本も米国と歩調を合わせ、同盟を強化するしかない。同盟関係を裏切って、独裁政権に媚(こ)びを売っても、日本の国益にはならない。
■歴代の共産党指導者は真の友好を求めてきたか
第2に、ツイッターなど最新の技術を駆使するトランプ大統領は「変幻自在」で先行き不透明で、内心が読み取れない、と日本のメディアはよく語る。これも同盟国としてあるまじき批判といえよう。
では、毛沢東をはじめ、歴代の中国共産党の指導者は日本国民に胸襟(きょうきん)を開いて、真の友好を求めてきたことがあるのか。ツイッターも電子メールが出現した時代と同様で、一種のツールでしかない。日本は米国に対する先入観と、中国に対する幻想を放棄しない限り、米国が中国を完全に圧倒した暁には、見放されるかもしれない。
もちろん、自発的に「中国の朝貢(ちょうこう)国」になる道も残されている。そうなれば、100万人単位で強制収容されているウイグル人のように、おおぜいの心ある日本人は自国の領土内で、中国共産党の刑務所に閉じ込められるだろう。
今こそ、日本人に「第2の維新」が迫ろうとしている。
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静岡大学教授/文化人類学者
1964年、南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)出身。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年に来日。国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文学博士。2000年に帰化し、2006年から現職。司馬遼太郎賞や正論新風賞などを受賞。著書に『逆転の大中国史』『独裁の中国現代史』など。
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(静岡大学教授/文化人類学者 楊 海英 写真=AFP/時事通信フォト)
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