欧米で老後2000万不足が起こらない理由

プレジデントオンライン / 2019年7月18日 15時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/sorbetto)

■老後世帯の平均値=平均像ではない

「老後資金に2000万円必要」とした金融庁の報告書。なぜ炎上したかは、正しく伝わってない面がある。

多くの人が怒りを覚えたのは、金融庁が示した老後世帯の「平均」像だろう。報告書では総務省「家計調査」(2017年)のデータを基に、「夫65歳、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯」の収支を示している。

毎月の実収入が約21万円、実支出が約26万円で、5万円の赤字を埋め合わせるには「20年で約1300万円、30年で約2000万円」が必要になる。65歳時点で保有する平均的な金融資産は2252万円で、多くの年金生活者は「これを取り崩して不足分を賄っている」。ここまではたんなる事実なので、どこにも批判される点はない。

問題なのは、「平均値=平均像」ではないことだ。米国ほどではないが、日本にも2兆円を超える資産を保有する富裕層が存在する。彼らの資産が平均を引き上げるため、単純平均は非現実的な数値になる。

金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)」(2018年)では、60代の22%、70歳以上では28.6%が「金融資産を保有していない」と回答している。2000万円以上の金融商品を保有しているのは60代で28.2%、70歳以上で27.9%にすぎない。多額の金融資産を保有する「3割」とほとんど保有していない「3割」に高齢者が二極化しているのが現実で、「平均的な高齢者が2000万円の金融資産を保有している」とするのは実態とかけ離れている。こうして(2000万円の蓄えのない)7割の高齢者を中心に「自分たちは生きていけないのか」という不安と怒りが広がったのだろう。

■報告書に記された「老後2000万円不足」の攻略法

とはいえ、金融庁を責めてもなにも問題は解決しない。報告書が訴えたかったことは、人生100年時代にそなえて資産寿命を伸ばすことの重要性だ。そのための方法として、①資産形成(運用)、②計画的な取り崩し(節約)、③就労延長の必要がちゃんと書いてある。このうち最も効果が大きいのは③の就労延長、つまり「働くこと」だ。

65歳から年収300万円の仕事をすれば、10年間で3000万円の追加の収入を得られる。年収200万円なら2000万円、年収100万円でも1000万円だ。運用や節約でこれだけの利益を得ることは不可能だろう。

老後問題とは「老後が長すぎる」という問題なのだから、働いて老後を短くすれば「問題」そのものがなくなってしまう。これは1+1=2のような単純な話で、「生涯現役」はすでに欧米の先進国では当たり前になってきている。

「人生100年時代」の人生設計としては、「長く働く、いっしょに働く(共働き)」しかないと思うのだが、これに反発する中高年のサラリーマンはまだ多い。彼らにとって仕事は「生きがい」ではなく「苦役」なのだ。

■世界一会社を憎む日本のサラリーマン

年功序列・終身雇用の日本的な雇用慣行は「ゼネラリストを養成する」との建前の下で、社内でさまざまな部署を異動させ、転勤も当たり前で、会社に「滅私奉公」する社員ばかり生み出してきた。こんな働き方をしていれば、なにひとつ「スペシャル」な知識や技術が身に付かないまま年をとっていくしかない。

20代で仕事を覚え、30代で課長になり、40代でバリバリ働けば、50代で出世して楽できる。そうこうしているうちに定年を迎え、退職金と年金で悠々自適な老後生活が待っている。――こんな人生が実現できたのは70代以上の団塊の世代までだ。

高度成長期の「サラリーマン物語」はいまや完全に崩壊してしまった。平均寿命は90歳に近づき、定年を70歳に引き上げなければ年金制度は維持できないといわれている。20歳で「終身雇用」の会社に就職したとすれば、同じ会社に50年もいることになる。しかも、幹部になれるかどうかは30代で決まるといわれている。出世レースから脱落したあと30~40年も会社にしがみつくしかないとすれば、日本のサラリーマンが世界でいちばん会社を憎むようになり、生涯現役を「無期懲役」と考えるのも無理はない。

■欧米で老後問題が炎上しない理由

それに対して、欧米で定年が大きな問題にならないのは、多くの人がスペシャリストとして働いているからだろう。彼ら/彼女たちは自分の専門分野を決めて、転職しながらキャリアアップしていくのだ。

ここで世界と日本の働き方のちがいについて、少し説明しておこう。

グローバルスタンダードの働き方には、大きく分けて3つの種類がある。①クリエーター、②スペシャリスト、③バックオフィスだ。

クリエーターはクリエーティブ(創造的)な仕事をする人で、すぐに思い浮かぶのは作家やマンガ家、俳優やミュージシャンなどの芸術家(アーティスト)だろうが、プロのスポーツ選手やベンチャー起業家も含まれる。スペシャリストは何らかの「スペシャル(専門)」を持っており、バックオフィスは「事務系」の仕事だ。

3つの働き方で大きくちがうのは、「組織に属しているかどうか」だ。リスクは大きくてもいったん成功すれば青天井の収入が入ってくるクリエーターは会社に属していない。サラリーマンをしながらライブハウスのステージに立つミュージシャンはいるだろうが、音楽活動で会社から給与をもらっているわけではない。

それに対してバックオフィスは、非正規社員やパート、アルバイトなど雇用形態はさまざまでも、全員がどこかの組織に所属している。事務系の仕事は、それを発注し管理する会社がないと成り立たない。

■バックオフィスを同僚と呼ぶのは日本だけ

スペシャリストは両者の中間で、組織に属していることもあれば、そうでないこともある。その典型が医師で、どこかの病院に属して「勤務医」として働く人もいれば、独立して「開業医」になる人もいる。弁護士や会計士などのいわゆる「士業」も同じだし、プログラマーやコンサルタントにも組織に属する人とそうでない人がいる。

組織に属していないクリエーターやスペシャリストは「フリーエージェント(自営業)」になる。ここまでは世界共通だが、バックオフィスと(組織に属している)スペシャリストの働き方は日本と世界で大きく異なる。

世界と日本では働き方がちがう

欧米の会社ではスペシャリストとバックオフィスの仕事は明確に分かれている。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの投資銀行を例にすると、スペシャリストは株式や債券を売買したり、顧客(機関投資家)に営業したりする仕事で、バックオフィスはその取引を記録するのが仕事だ。スペシャリストとバックオフィスはまったくちがう世界に暮らしており、同じ会社でも互いを同僚と思っていない。

■世界では専門性がないと話にならない

一方、日本ではバックオフィスの仕事は主に非正規社員が担っているが、正社員の中にも同じ仕事をしている人がいて、混然一体なっている。正社員の中でも誰がスペシャリストで誰がバックオフィスなのかはっきりしておらず、人事異動によってスペシャリストとバックオフィスを行き来することもふつうに起こる。これを欧米のビジネスパーソンが聞いたら、腰を抜かすほど驚くだろう。

日本と世界で働き方の意識が大きくちがうことは、初対面の外国人と話をすればすぐに分かる。最初の会話で「お仕事は何ですか?」と聞くのは万国共通だが、日本人は「トヨタです」とか「武田薬品です」とかの社名を答えてその場の雰囲気を凍らせる。その外国人は「どこの会社ですか?」と聞いているわけではなく、「車のエンジンを設計している」「医薬品の広報している」など、相手の「専門(スペシャル)」を質問しているのだ。

これはメディアも同じで、海外で新聞記者に仕事を尋ねれば、「政治ジャーナリスト」など自分の専門を伝え「どこに記事を書いているのか」と聞かれてはじめて寄稿している新聞名を答えるだろう。ところが日本では、ほぼ100%「私は朝日新聞」などの答えが返ってくる。個人と会社が一体化してしまっているのだ。

■好きを仕事にすれば「老後2000万円不足問題」は攻略できる

グローバルスタンダードの働き方では、組織に所属するスペシャリストは会社の看板を借りた自営業者のようなものだ。その部署に仕事がなくなれば専門性を維持したまま転職するし、フリーになって仕事を続けることもある。これなら定年も、長い人生の中のひとつのイベントにすぎない(アメリカやイギリスでは定年は年齢差別として違法だ)。

それに対して、日本の会社組織では本当の意味でのスペシャリストはほとんどいない。だがこれを悲観するのではなく、逆手に取って何か「スペシャル」なものをつかむことができれば優位に立てる。

橘 玲『人生は攻略できる』(ポプラ社)

自分の「スペシャル」を見つけるには、好きなこと、得意なことに人的資本のすべてを投じなければならない。これが「好きを仕事にする」だが、10年ほど前に提唱したら「そんな甘いことが通用するはずはない」と批判された。

最近になって同じことを言う若い人たちが増えてきたのは、「人生100年時代」を考えればそれ以外に方法がないからだろう。「石の上にも3年」というが、20代前半から50年(半世紀)働く時代がやってくることを考えれば、嫌いな仕事を我慢することなどできるはずはない。好きなこと、得意なことなら生涯現役で続けていくことができるし、老後2000万円不足もこれで解決できるだろう。

何もスペシャルなものがなければ、バックオフィスの仕事を引き受けるのでもいい。そのいちばんの特徴は「責任がない」ことで、マニュアル通りの仕事だから高齢者でもできることはたくさんあるはずだ。「年金で生きていけないのはおかしい」などと言っていないで、「長く働いてゆたかな老後を実現する」ことを考えた方がずっと建設的だろう。

(作家 橘 玲 構成=向山 勇 写真=iStock.com)

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