被害者意識をポジティブに変化させるには

プレジデントオンライン / 2019年7月19日 6時15分

各企業の女性管理職のみなさんにお話を聞く、人気連載「女性管理職の七転び八起き」第5回です。今回取材したのは、外資系・日系グロ-バル企業への転職をサポートする人材紹介会社「ロバート・ウォルターズ・ジャパン」の人事チームで、アソシエート・ディレクターを務める磯井麻由さん。華々しいキャリアに秘められた、新人時代の苦悩や、海外で経験したマイノリティーとしての葛藤、マネジャー1年目の際の失敗談等を包み隠さずお話しいただきました。「今が本当に幸せ」――そう語る彼女が今日までに乗り越えてきた試練の数々とは?

■毎朝5時起きの新社会時代……月曜の朝がつらかった

もともと海外志向が強く、ロンドン大学、一橋大学大学院を卒業後、外資系大手投資銀行へ。さぞや順風満帆なキャリアを歩んできたように見えるが、磯井さんは苦笑まじりにこう顧みる。

「金融時代は月曜日の朝がつらかったんですよ。週末の休日が終わるのがイヤで、日曜の夜くらいになると、翌朝、何か警報が出ないかなと思ったりして……(笑)」

毎朝5時起きで、6時には出社。日本企業向けに年金基金の営業を担当し、競争が激しい中で企業訪問のノルマに追われる。外資系企業でも営業の現場では飲み会やカラオケなどの接待が日常茶飯事で、身体もきつく、女性の働きづらさを痛感させられた。

■無意識の“被害者意識”に気づいたスイスでの経験

やがて磯井さんは一念発起、スイスのプライベートエクイティファンドへ転職する。だが、そこではさらに人種や異文化の壁にもぶつかることになった。

「社内で日本人女性は私一人、そもそもアジア人が少ないのです。あまりにマイノリティーで、スイスの方たちもどう接していいかわからないようでした。皆さん、チューリッヒにあるトップのビジネススクールを出ていて、ドイツ語で会話しているような環境では、私も異色な存在だったと思います」

ことに海外で外国人女性が就労する困難を感じたのは、住む部屋を探すときだ。アジア人の女性一人というだけで偏見を持たれ、部屋が空いていても貸してくれないこともある。最初に借りられたのはシャワーも共同の狭い一室。さすがにドイツ人の同僚に相談すると怒り心頭で助けてくれたが、そうした経験を通して自分なりに気づくこともあったという。

「実は自分の中でも“私はアジア人だから差別されている”という被害者意識があり、へこんでいました。自分の置かれた環境でどれだけ工夫できるか、そんな前向きな気持ちが欠けていたと。仕事上でも意識の切り替えが少しずつできるようになりましたね」

■考え方の癖を見つけて課題を打破した“コーチングレッスン”

磯井さんはさまざまな脳科学系の本を読み、コーチングのレッスンも受けるなかで、自分の課題と向き合った。被害者意識があるとしたら何が原因なのか。嫌な感情や怒りが噴き出るのはどんな状況にあるときなのか……。考え方の癖を見つけることで、自分を客観的に観察できるようになった。

「私はずっと日本の教育を受けてきたので、とにかく人目を気にしてしまうところがありました。人に迷惑をかけたくない、嫌われたくないという気持ちがすごく強かったと思う。まずはコーチに自分のダメな部分やできないところをさらけ出して、意見をもらいました」

スイスで一年半働いた後、日本へ帰ろうと決意。自分の「強み」は何かと考えたとき、やはり海外での就労経験を活かして日本で働くことが無理なく、キャリアアップにつながるだろう。さらにダイバーシティにも興味があり、まだ遅れている日本で何か活動できればと考えた磯井さんは、2012年に帰国。金融から一転、人材採用の現場にチャレンジした。

■多国籍な環境へ転職! それがターニングポイントに

ロバート・ウォルターズ・ジャパンは、外資系・日系グロ-バル企業への転職をサポートする、スペシャリストに特化した人材紹介会社だ。磯井さんは人事スペシャリストの採用を担う人事チームに従事。6年半で昇進を重ね、現在は法務スペシャリストの採用なども管轄するアソシエート・ディレクターを務めている。マネジメントする立場になったことで、いかなる試練があったのだろうか。

「まさに多国籍な会社で40カ国ほどの人材がいるので、育った環境や文化がそれぞれ違い、日本人の感覚や常識が通用しません。例えば、部下の成長のために上司が注意するのは当たり前と思っていたけれど、褒める文化の中で育った人は注意されることで傷ついて自信を失くし、モチベーションを落としたりします」

実は管理職としてターニングポイントになったという忘れがたい出来事があった。マネジャーになって一年目、まだ手探りで試行錯誤していたころだ。

■部下を追い詰めてしまったマネジャー1年目

当時、部下だった男性はかなり年上の英語圏出身者で業界経験も長かった。もっと彼の意見を聞き、自分の失敗談も織り交ぜながら指導したらよかったのかもしれないが、週一回の面談の度、「これは○%落ちているけれど、何が原因なのか?」などと厳しく詰問していた。すると思いがけず、その男性部下は「I don’t know……」と目を潤ませ、声を詰まらせたのだ。

「そのときに初めて気づきました。私自身も自分の中で壁をつくり、部下に舐められたくないという気持ちが強かったんですね。自分の話す英語もネーティブではなく、たぶん子どもが言っているように聞こえてしまうので、ならば数字やロジックでいこうと。感情抜きで論理的に指導することに徹するあまり、相手は責められているように感じ、必要以上に追い詰めてしまったのだと気づいたんです」

その後、社外でランチを共にして詫びると、自分がどういう気持ちで接しているかを正直に話した。すると心を開いてくれた部下にも、自信を持てず、繊細な面があるのだと知った。磯井さんはそんな彼の強みは何か、どうしたら活かせるのかを考え、自分も一緒にクライアントを訪問してサポートする。彼とは仕事以外の話もできるようになったという。

「マネジャーだからちゃんとしてなきゃいけない、いつも的確な指導をブレなくしなければと気負っていたけれど、自分の失敗談も話すようにしました。私も入った頃はこういうミスをしてマネジャーに怒られたとか、本当にいろいろありますけど(笑)」

■マネジャーの役割は、ユニークな個性も最大限に伸ばすこと

社内にはメンタープログラムがあり、自分が所属するチーム以外の先輩にメンターを頼むことができる。利害関係のない立場でアドバイスをもらえることで安心感があり、磯井さんも管理職として直面する課題を一つずつ克服してきた。そうして部下や自分自身とも向き合いながら、自社で取り組んできたのがダイバーシティ推進の活動だ。

働く女性のロールモデルとして、他の女性社員から日常的に相談を受けることが多い。20代の女性が多いので、自身の経験を基にキャリア形成のアドバイスを行う。またワーキングマザーからは仕事との両立に悩む声が多く、時短など働き方の工夫も勧めてきた。

一方、男性でも子育てと両立する社員がいる。さらにLGBTの当事者として啓蒙活動に力を入れる上司に憧れ、入社したという部下もいた。多国籍な社風の下、多種多様な人材を活かすマネジメントを取り入れてきた。

「まずはマネジャーが固定観念を外すことが大切。例えば、当たり前のように『何で出来ないの?』と思ってしまうことも、当人にすれば上司がなぜイラっとしているのか気づかないことがある。日本人は『頑張って!』と安易に言いがちですが、部下にとってはこの点はできているけれど、ここはもう少しやってほしいと具体的に言わないと伝わらない。そしてできたことに対しては皆の前で褒めることが自信につながります。個人のバックグラウンドや能力に応じて、ユニークな個性も最大限に伸ばすことが課題ですね」

■「今は本当に幸せ」と語る彼女が乗り越えてきたもの

それは自分も失敗を乗り越えながらつかんできたこと。元をたどれば、育った家庭に原点があった。そもそも磯井家は香川県で漆の伝統工芸を受け継ぐ旧家。長男は家を守るものとして大切にされ、保守的な家風が根付いていた。父親は家業を継がず東京の企業に就職したが、長女の磯井さんは厳しい家風の下で育つ。幼少から習っていたピアノで音大を目指していたが、いつしか親の考え方に違和感を覚えるようになった。女性はこう生きなきゃいけないという思いが強く、お金のために働くことは良くないという。そんな親の反対を押し切って、いわば対極の道である金融の世界へ飛び込んだのだ。

「周りにもあまりロールモデルになるような女性のリーダーがいない環境で闘ってきたけれど、今はありのままの自分を受け入れてもらえる環境がある。だからこそ、後に続く人たちにも自分の個性を活かせるような環境を提供したいのです」

今は学歴や語学力にもこだわらず、より多才な人材を発掘して採用することが面白い。それぞれの成長を見るのが何より楽しいから、と磯井さん。かつては自分も肩肘を張っていたが、自然体でいられるようになったという。

休日には信州の高原へハイキングに出かけたり、好きなワインを楽しんだり、リラックスできる時間も増えた。ならば「月曜日の朝はもうつらくない?」と聞けば、「今は本当に幸せですよ!」と。飾らぬ笑顔が輝いていた。

(歌代 幸子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング