NYの若者がステーキをダサいと言う背景
プレジデントオンライン / 2019年7月25日 17時15分
■NYのそこかしこに現れた“肉不使用”レストラン
筆者は1991年からニューヨークに住んでおり、いまの住まいはマンハッタンのハーレム地区にある。全米有数のアフリカン・アメリカン・コミュニティーがある場所で、周囲の飲食店といえば「コンフォートフード」や「ソウルフード」と呼ばれる店が多い。要はスペアリブやフライドチキンなど、アメリカ人が「懐かしい味」と感じるような肉料理がたくさんある場所だ。
ところがここ数年、ご近所のとある店に行列ができている。メニューにあるのはスイート・チリ・チキンやチーズバーガーなどだが、お肉は一切入っていない。つまり全て「ヴィーガン」。そうした料理を、スポーティーなアスレジャー・ファッションに身を包んだミレニアル世代の男女がもりもりと平らげている。店の名前は「シーズンド・ヴィーガン」。最近話題になっているヴィーガン・レストランの一つだ。
こうした店は、ファッショナブルな若者でどこもにぎわっている。ダウンタウンではヴィーガンのアジア系エスニック料理やメキシカン料理が人気を集め、ソーホーのヴィーガン・バーガーチェーン「バイ・クロイ」も大盛況。マンハッタンを中心に11店舗を構える「ヴァン・リューエン」は、今1番ホットなアイスクリーム・ショップで、売り物はカシュ―ミルクなどで作るヴィーガン・アイスクリームだ。
こうしたお店でチキンやバーガーとして出されている物は、大豆をはじめさまざまな豆や雑穀を原料に作られている。味も食感も本物の肉にかなり近く、ヴィーガンと知らなければ、食べても気づかないだろう。
2019年夏、ニューヨークはヴィーガン・ブームの真っただ中にいる。
■少数派とはいえ、人口は3年で6倍に増加
ヴィーガンとは、お肉や魚など動物性たんぱく質は一切とらない食事のことであり、ライフスタイルのこと。ベジタリアンと違うのは、卵と乳製品は食べるベジタリアンに対し、ヴィーガンはそれより一歩進んで食べ物も身に着ける物も動物性は一切NGと厳しい。
一方でアメリカといえば、ハンバーガーやステーキなどお肉の国というイメージが強いと思う。実は1人当たりの肉の消費量は徐々に減ってはきているのだが、今も日本の2倍以上だ。そんなアメリカで、ヴィーガン人口がここ数年急増しているようなのである。
「ようなのである」という曖昧な言い方をしたのは、例えば世論調査を行うギャラップの2018年のデータを見ると、アメリカのヴィーガン人口はわずか3%、ベジタリアンも5%にとどまっているからだ。
しかし、この数字を見るだけでは、アメリカやヨーロッパの国々で起こっている激変を見逃してしまうだろう。
もう一つの数字を見てみよう。世界のマーケットを調査するグローバル・データの発表によると、2014年から17年の間に、アメリカでヴィーガンと自己申告した人は1%から6%に増加。全体からみれば少ないものの、6倍というのは見逃せない変化だ。
一体何が起こっているのだろう?
■「肉を使わずに何が食べられるか試しているんだ」
おそらく日本人から見ると、ヴィーガンといえば仏教の僧侶が食べる質素な精進料理や、不健康に激やせした芸能人や、アメリカの過激な動物愛護の活動家を想像してしまうかもしれない。
しかし今ブームになっているヴィーガンは、日本人のイメージにあるヴィーガンとも、これまでアメリカ人が持っていたコンセプトのヴィーガンとも違う。
まず、筆者が「シーズンド・ヴィーガン」に来ていたお客さんから聞いた話を紹介しよう。
いずれも大豆などで作られたフライドチキンやザリガニのバジル・ガーリックソースをほおばっていた男性2人、女性1人の3人組。「なぜこの店を選んだのですか?」と尋ねると、20代の男性が「ネットで調べて見つけたんだよ」と答えた。この男性はタンクトップ姿。いかにもジムで鍛えていそうな、筋肉質な体つきだ。
「あなたたちは全員ヴィーガンですか?」と聞くと、返って来た答えは全員「ノー」。ヴィーガン・レストランにわざわざ来ているのに、3人ともヴィーガンではないという。「なぜヴィーガン料理を食べに来たの?」と改めて問いかけると、タンクトップの男性はこう答えた。
「実は1年くらい前から肉や乳製品を減らしたいと思い始めたんだ。できたらヴィーガンになりたい。だから今、ヴィーガンでどんな物が食べられるのか、いろいろ試しているところなんだよ」
一緒に居る男性や女性も「ここはすごくおいしいから、また来たいと思っている」と話してくれた。
■“変わり種”だったのが“クール”に変化
場所は変わって、毎年5月に行われるベジタリアン・フード・フェスティバル。ここではヴィーガンとベジタリアン食品のスタートアップ企業が集まり、さまざまな新しいヴィーガンの食アイテムにトライできる見本市だ。
オープン前からミレニアル世代の若者グループやファミリーが行列を作り、関心の高さを物語っている。話しかけてみると、3人グループの1人がヴィーガン、4人家族のお母さんだけがヴィーガンなど、こちらも正真正銘のヴィーガン、またはベジタリアンという人の方がむしろ少ない印象だった。
筆者が話を聞いたのは、ベジタリアン・フード・フェスティバルのオーガナイザーで、自らも14歳からヴィーガンというヴィーガン歴20年のサラ・フィオリさんだ。
「このフェスティバルは今年で9回目。規模も年々少しずつ大きくなりましたが、訪れる人も変わってきています。現在、私たちのフェスティバルに来ている人たちの半分以上は、ヴィーガンでもベジタリアンでもありません」
そう、このフェスティバルに足を運ぶ人は、前出した男性のように、ヴィーガンに興味があり、そのために一体どんな食べ物が存在し、どんな可能性があるのかをチェックしに来ているのだ。
サラさんはこう続ける。
「私がヴィーガンになったばかりの頃、住んでいたルイジアナという土地柄もあったと思いますが、豆腐もなかなか手に入らなかったし、肉も魚も食べない私は変わり者に見られていました。でも今は違います。特に若い世代にはかつてのヴィーガンへのネガティブなイメージは全くありません。むしろクールでファッショナブルなものなのです」
かつては変わり者だったヴィーガンが、今はクールでファッショナブルに。180度の転換を遂げた理由とは一体何なのだろう。サラさんはこう話す。
■アスリート、歌手、俳優、ロイヤルファミリーも
「最大の理由は、ここ数年セレブリティやインフルエンサーのヴィーガンが、インスタグラム、YouTubeなどでとても積極的にヴィーガン・ライフスタイルを発信しているからです。特にビヨンセの存在は大きいと思いますね」
ビヨンセは、ヴィーガン奨励セレブの筆頭だ。2015年に夫Jay-Zとセレブ栄養士のマルコ・ボルゲスと共にヴィーガン・フードのデリバリープログラムを立ち上げた。またヴィーガンにチャレンジした人にはコンサートチケットをプレゼントするなどの話題作りもうまい。本人は100%のヴィーガンではないと言われているが、多くの若者はそんなことは気にしないようだ。
また、アリアナ・グランデ、マイリー・サイラスらといった今最も旬のスーパースターもヴィーガン・ライフスタイルを推奨している。他にもミュージシャンではマドンナ、エリー・ゴールディング、シーア。ハリウッド俳優ではブラッド・ピット、ジェシカ・チャステイン、ナタリー・ポートマン、リアム・ヘムズワース。さらにビル・クリントン元大統領、英王室のハリー王子とメーガン妃など、影響力が大きいヴィーガンのセレブリティは数多い。
さらに注目されるのは、テニスのウィリアムス姉妹、F1チャンピオンのルイス・ハミルトンをはじめ、バスケットボールのNBA、アメフトのNFL、サッカー、ボクシング、スノーボード、ボディービルディングなど、多くのジャンルのエリート・アスリートが、より高いパフォーマンスを目指して食事をヴィーガンに切り替えていることだ。
アメリカの若者の間では、ヴィーガンの過激で不健康なイメージは消え去りつつあると言っていいだろう。
■ブームを拡散した「フーディ」の存在
それと同時に、市場にはヴィーガンのアイテムが続々と増えている。ヴィーガン・バーガーからヴィーガン・ピザ、チーズの代わりにナッツやタピオカなどが原料となるヴィーガン・チーズ、アイスクリームまでありとあらゆるものが手に入り、しかもおいしくなっているとサラさんは言う。
ここが大きなポイントで、ミレニアル&Z世代(1981年~2010年くらいまでに生まれた世代)は「フーディ」と呼ばれ、前の世代に比べて圧倒的にグルメで食へのこだわりが強く、おいしくなければ見向きもしない。
一方でこうした店の情報に加え、豊富なレシピがネット上にあふれ、デジタルネーティブの若い世代が共有することによりさらに拡散していっているのだ。
2019年のヴィーガンはセレブやインフルエンサーが盛り上げ、ネット上で増幅されていく一大トレンドである。
しかしトレンドということは、一過性のものなのだろうか? その答えはセレブも含め、彼らがヴィーガンになっている理由を調べていくとはっきりしてくる。
そこにはアメリカ人が抱える深刻な健康の問題と、さらには地球規模で人間の将来に関わるもっと大きな課題、さらにはビジネスチャンスが隠されていることも分かってくるのだ。(続く)
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ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家 シェリー めぐみ)
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