ついにランナー市場に攻め入るUAの戦略
プレジデントオンライン / 2019年7月24日 17時15分
■アンダーアーマーがスポーツシューズ市場にガチンコ本格参入
20年前、その存在を知っていた日本人はほとんどいなかったのではないか。しかし、現在は日本のスポーツシーンにすっかり浸透している。スポーツ用品・衣料品大手の米アンダーアーマーだ。米国で1996年に創業して、わずか10年ほどで全米を席巻。その勢いは日本国内にも伝播した。日本ではテーピングの輸入販売からスタートしたドームが総代理店になっている。
そのアンダーアーマーが、ランニングシューズへの本格参入を目指している。ナイキ、アディダス、ニューバランスの海外ブランドに、アシックス、ミズノの国内メーカー。さらにはホカオネオネ、オンというニューウエーブがひしめく激戦区だ。レッドオーシャンともいうべき分野で、最後発のアンダーアーマーにはどんな勝算があるのだろうか。
その成否のカギを握るアスリートがいる。9月15日のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)に出場する岩出玲亜(24歳)だ。彼女は2017年7月、ドームに入社したマラソンランナー。東京五輪マラソン日本代表を決めるMGCには男女合わせて43人が出場を予定しているが、そのなかで唯一、アンダーアーマーのシューズを履いている。
女子は12人しか出場しないことを考えると、「3枠」を突破できる確率は40%(MGCファイナルチャレンジで同設定記録の2時間22分22秒をクリアした選手がいない場合)。国内のランニング市場ではチャレンジャーであるアンダーアーマーだが、なかなか面白いところを突いている。
■ランナー上級者用のシューズは販売していなかった
アンダーアーマーは2012年頃からランニングシューズを展開している。現在は大型スポーツ店でも販売しているが、当時は売り場に置いてもらうのもひと苦労だったという。ドームランニング部の藤井雅義部長はこう振り返る。
「実績のあるメーカーの商品を削ってまで、アンダーアーマーを置いてくれるのか。信頼がないので、シューズ置き場のスペースが決まっている以上、新規参入は簡単ではありませんでした。当初は直営店やネット販売が中心だったんです」
少しずつランニングシューズでの認知度を高めたが、ランナーのハートをガッチリつかむところまでは至っていない。なぜなら、アンダーアーマーにはサブ3(マラソン3時間切り)を狙うような上級者が履くモデルがなかったからだ。ランナーでいえばサブ4モデルまでで、主にジョギング用が中心だった。
■「このシューズで負けた」「他社のシューズがいいです」
その状況で実業団チームを退社した岩出が2年前に入社。すぐに彼女がレースで履くための別注シューズの製作が始まった。ただ、その道のりは険しかった。アンダーアーマーのシューズを履いて出場した2018年12月の山陽女子ロードレース・ハーフマラソンで18位(1時間13分49秒)に沈んだのだ。岩出は濡れた路面に足をとられて、優勝した前田穂南(天満屋)に4分半以上の大差をつけられた。
「実は出来上がったシューズのスペックが(オーダーしたものと)違っていたんです。レース直前に気づいたんですけど、このタイミングで言うべきかすごく迷いました。当時は作る側と岩出に距離があったので、腹を割って話せる状況ではなく、そのまま渡してしまって。ゴールした瞬間に、『シューズのせいです』と言われました。正直、信頼を失ったと思いましたね」(藤井部長)
岩出は昨年3月の名古屋ウィメンズマラソンで2時間26分28秒の日本人2位に入り、MGCの出場資格を獲得している。そのときはアンダーアーマーのシューズが間に合わず、他社のシューズを履いていた。山陽女子ロードレースの後、藤井部長は岩出から「他社のシューズがいいです」と言われるも、リトライすることになり、新シューズで今年3月の名古屋ウィメンズマラソンを迎えることになった。
黒色のシューズを履いた岩出は、30km過ぎで福士加代子(ワコール)に遅れたものの、終盤に猛追。40.8km付近で逆転して、自己ベストを46秒更新する2時間23分52秒で日本人トップに輝いた。これが初めての“成功体験”になった。
■最新モデルは「スポーツシューズのメッカ」で開発・製作された
岩出の名前を冠したこの「REIAモデル」は、米国ポートランドにあるアンダーアーマーのイノベーションセンターで開発・製作されている。生体力学の研究所とアスリートの動きをテストする「パフォーマンストレーニングセンター」で岩出の動作を解析。そのデータと本人の感覚をシューズに落とし込んだ。
ポートランドは「全米で最も住んでみたい都市」に選ばれるほど人気の街だ。ナイキ本社やアディダスの北米本社など、スポーツメーカーが集積している。そこにアンダーアーマーも新拠点を設置。技術者たちの引き抜きもあり、ポートランドは世界のランニングシューズをリードする地域になっている。
■厚さ1mm違うだけでフィット感が全く異なる
藤井部長は「山陽女子ロードは申し訳ない気持ちで一杯でしたけど、名古屋ウィメンズで結果を残せて本当に良かったです。彼女のためだけに作ったシューズで、ここに至るまで本当に苦労しました。彼女のフィーリングをどのようにして商品に適合させるのか。そこが一番難しかったですね」と振り返る。
また岩出は「シューズの開発に携わったことがなかったので、どんな説明をしたら伝わるのかわからなかった。サイズが1mm違うだけでフィット感が変わってきますし、ソールの厚さが1mm違うだけで、アキレス腱が痛くなったりするので本当に難しかったと思います」と話す。
そして7月2日、MGCで着用するシューズとユニフォームがお披露目された。勝負服はマラソンでは珍しいセパレートタイプで、上半身はオレンジ。シューズは自己ベストをマークした名古屋ウィメンズマラソンと同じブラックで挑むことになる。
勝負靴について岩出は、「薄底ではないし、厚底でもない。あえていうなら、『ちょい厚』です」といって、メディアに自社製品をアピールしていた。
■社員360人が総出で岩出玲亜選手を応援に行く
MGCは東京五輪の最終関門というべきレース。オリンピックのメダルを目指す岩出にとっては夢の入り口だ。そしてランニングシューズのシェア拡大を狙うアンダーアーマーとしては絶好のPRの機会である。いわば“MGC戦略”ともいうべきものだ。
「アンダーアーマーの商品として、2021年をメドにトップランナーが勝負できるシューズを皆さんにお届けできるようにしたいと考えています。そのためには、MGCで彼女が東京五輪の代表を勝ち取ることが大きな転機になる。世間へのアピールとして、われわれはチャンスとしてとらえています」(藤井部長)
上級者向けの新シューズは、東京五輪のREIAモデルを一般向けにアレンジするかたちで作られることになるという。しかも国内向けではなく、グローバル展開していく予定。MGCの挑戦はアンダーアーマーとしても非常に大切な戦いになる。
ドームとしても会社をあげて岩出をサポートしている。そのひとつが、さまざまな種目のトップ選手が集うドームアスリートハウスでのトレーニングだ。岩出はマラソンランナーがほとんど行わないようなドリル(練習メニュー)や筋トレも積極的に取り組んできた。その結果、「走り」が変わってきたという。
「以前はパタパタした走り方でしたけど、接地が短くなったことで、スプリント力が向上しました。レース後半にも余力ができて、名古屋ウィメンズマラソンでは40km以降にペースアップできました。実業団時代にはできなかった走りができるようになったと思います。MGCは誰かを意識すると良くない方向にいくと思うので、しっかりと自分の走りがしたい。好調であれば最初から行きたいなと思います」
9月15日のMGCには、ドーム社員360人が総出で応援にいくという。令和の時代を駆け抜ける岩出玲亜の活躍が、アンダーアーマーの未来を大きく変えるかもしれない。
(スポーツライター 酒井 政人 写真=アフロスポーツ)
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