昭和天皇の好物は「バナナの生ベーコン巻き」

プレジデントオンライン / 2019年8月8日 9時15分

Fujifotos/アフロ=写真

宮中晩餐会で提供される豪華絢爛なフレンチや伝統的な宮中儀式用の料理ではなく、日頃、天皇皇后両陛下が召し上がっているものは? 昭和天皇・香淳皇后の料理番から話を聞いた。

■秋刀魚も食卓に。一汁三菜の和食

皇居内にある宮内庁管理部大膳課厨房係では、天皇皇后両陛下の日常食をはじめ、宮中晩餐会や皇居内で行われるさまざまな祭事の食事を用意している。

歴代天皇の中で最長寿の昭和天皇は、87歳8カ月で崩御された(古代の天皇を除く)。平成元年の平均寿命は男性75.91歳、女性81.77歳。さらに平均寿命が延びた平成29年でも男性81.09歳、女性87.26歳と考えると、昭和天皇は長寿だったと言っていいだろう(平均寿命は厚生労働省簡易生命表より)。だとしたら、天皇家の食生活から健康や長寿の秘訣を学ぶことができるのではないか。そこで昭和天皇・香淳皇后の料理番を務めた2人の料理番の話から、長寿の秘訣を探ることにした。

昭和天皇の日常の食事の献立は、1~2週間分を洋食と和食の長が考え、主厨長(大膳課を総括するトップ)のチェックを受けてから決定していた。その献立に沿って大膳課の洋食、和食、製パン、和菓子といった担当部門が調理する。

17歳のときに大膳課・和食担当の一員となった谷部金次郎氏は、昭和天皇が63歳になる1964年から25年間料理番として勤めあげ、昭和天皇の崩御を機に退官を決めた。昭和天皇が召し上がった最後の食事を担当した料理番でもある。

「両陛下の朝食はおおむね洋食ですが、昼食と夕食は和食と洋食を交互にお出ししていました。両陛下のお食事というと豪華なものを思い浮かべられるかもしれませんが、毎日の食事は我々と同じようなもので特別なものは召し上がっていません。和食の場合は、一汁三菜が基本でした。デザートに和菓子やフルーツと緑茶をお出しすることもありましたが、間食は一切されませんでした」

下記は、谷部氏が64年に書き写したある日の献立だ。

吸物 五景汁湯(ごけいしるゆ) 椎茸・鶉・若鶏・筍・さや(中華風五目汁)
丸麦入り御飯
塩焼秋刀魚 染めおろし
樫焼卵 そぼろ入り(オムレツ)
浸し摘み菜 花香々(お浸し)
奈良漬け瓜 ベッタラ漬け キュウリ

「和食では、ご飯は白米ではなく、麦を混ぜたものでした。ご高齢になってからはカロリー制限などの指示が細かくなりましたが、それまでは比較的自由でしたし、お残しになることもあまりありませんでした。よく陛下にお出しする魚は小骨まですべて取り除くという話が出ますが、焼いたイワシなどは、骨ごとすべて召し上がっていました」

天皇家には代々「一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)」「身土不二(しんどふじ)」という考え方が伝わっている。前者は食材を丸ごと無駄なく食べることで、その食材が持つ栄養素を偏りなくとることができるという考え方、後者は住んでいる地域で穫れた季節のものを食べることで、環境に体が調和して健康でいられるという考え方だ。

「大膳課でも、大根なら皮は切り干し大根に、葉っぱは炒め物に、魚や肉なら骨はスープをとったりと、できるかぎり余すことなく使っていました。また、旬でないものをわざわざ使うこともありませんでした」

さらに、大膳課には初代主厨長である秋山徳蔵氏の教え、「心を込めて、丁寧に、きれいに作る」が根付いていたという。「きれいに」というのは、見た目の話だけではないそうだ。

「食材の長さや厚みを統一すれば、火の通り方は均一になります。ひいては、味の入り方も均一になる。だから見た目も重要なのです」

紹介している料理写真を見てほしい。これは谷部氏の著書『天皇陛下料理番の和のレシピ』(幻冬舎)に掲載されたもので、谷部氏本人が作った料理だ。鰻も大根も粉ふきいもも、同じサイズにカットして調理、盛り付けされている。

「我々と変わらない献立に、大膳課に入ったばかりの頃は『これでは腕を磨けない』と葛藤もありました。しかし3、4年して、この普通の献立こそ、両陛下に健康でいていただくための食事であり、我々は両陛下の健康を担っている一員なのだと気づきました。同様に家庭料理でも、『心を込めて、丁寧に、きれいに作る』ことが大事だと思いますね」

■70代でも一日二回、洋食を召し上がった

当時、宮内庁記者会見で記者から長寿の秘訣をたずねられた昭和天皇は、79歳のときも85歳のときも「腹八分目で規則正しい生活」とお答えになっている。とはいえ、ご高齢になってからも3食のうち2食が洋食では、カロリーが高めになってしまうのではないだろうか。そこで昭和天皇が73~78歳のときに大膳課へ洋食担当として奉職した工藤極氏を訪ねた。工藤氏は当時のレシピを「絵」として記憶しており、紹介したレシピは、著書『陛下、お味はいかがでしょう。「天皇の料理番」の絵日記』(徳間書店)のものをお借りした。

工藤氏によると、「当時、昭和天皇はご高齢でしたから、侍医から大膳課に、『カロリーは1日1800キロカロリーまで』『塩分は1日15グラムまで』『糖分は果物で摂取』『油は乳脂(バター系)も大豆系も含めてできるかぎり使わない』『化学調味料を使わない』と申し送りがありました」。

洋食はこってりした味付けでバターや油をたくさん使うイメージがある。工藤氏も、大膳課と修業していたフレンチの名店「代官山 小川軒」では、料理の位置づけがまるで違うことを感じたという。

■素材の味を味わっていただけるよう最低限の味付け

「料理人は若ければ若いほど、個性を出してガツンと攻めた味付けや印象に残る料理を作りたくなるものです。しかし、特別な日の外食と違い、毎日の食事がそれでは食べるほうが疲れてしまいます。だから大膳課で作る食事は誰が担当しても同じテイスト。洋食も素材の味を味わっていただけるよう最低限の味付けでした」

例えばメーン料理にする鶏を丸ごと一羽捌いたとき、骨が残る。先に紹介した「一物全体食」の考えに沿って、大膳課ではその骨でスープをとり、食事の最初に出すコンソメスープを作ったり、スープを煮詰めてソースを作る。骨から出るだしや脂や甘みが合わさった濃度の高いスープやソースができるため、それに少々の塩やコショウを入れるだけで十分味わい深いものになるという。

「和食も洋食も、食材は御料牧場で穫れたものを基本に、魚などは市中でも仕入れていました。御料牧場の家畜は、ストレスのない環境でオーガニック飼料を与えられて育ちます。だから肉も牛乳も卵も濃厚です。畑で育てている野菜も、無農薬・有機栽培なのでおいしいんです。そんな極上の素材の味を消すような濃い味付けでは、素材が死んでしまいます」

野菜にかけるドレッシングにしても、レモンを搾って塩・コショウ、場合によっては醤油を少し入れるくらいが、最も葉野菜の味を感じられるという。「ドレッシングにせよソースにせよ、それ自体をなめてもおいしくはありません。素材にかけることによっておいしくなる、それが素材を生かす味付けです」。

当時のご朝食の献立は、トースト、オートミールもしくはコーンフレークス、サラダと温野菜。飲み物はカルグルト(御料牧場で作られる独自の乳飲料)に、紅茶、コーヒー、ジュース、煮冷水(1度煮沸かして冷ました水)などを侍従が用意した。

「ご高齢になる前はこのご朝食にハムエッグズなどの卵料理も加わっていました。私がいた頃はほかに茹でたピーナツか熱した銀杏を必ず3粒召し上がっていました。栄養価が高かったからだと思います」

昭和天皇はお酒が体質に合わなかったために口にしなかったが、甘いものは好まれたと言われている。

「デザートは果物でしたが、いも類もお好きでしたから、付け合わせとして『サツマイモの黄金焼き』(甘さを控えたスイートポテトのようなもの)などはお作りしました。レシピで紹介した『バナナの生ベーコン巻き』もお好きだったようです。砂糖は消化にエネルギーが要りますから、年齢が上がるとかえって疲れます。そこで素材そのものに甘さがあるものをお出ししたのだと思います」

国内外のご公務の際は、出された食事を残しては失礼にあたることから陛下は残さずに食事を召し上がる。

「長期のご公務からお戻りになったら、パンがゆ(ミルクを沸かして賽の目に切ったパンをちぎったもの)や、チキンのブイヨンにレタスをちぎったものといった、消化が良く、胃にやさしいものをお出ししました」

工藤氏が考える健康長寿の秘訣を聞いたところ、「自分のしたい仕事があること、時を超えて会える友達がいること、家庭に団らんがあること」と、一見、食生活とは無関係の言葉が飛び出した。

「家庭料理で重要なのは、作り手が家族のコンディションと、好きなものやどういった食べ方が好きかを知っていること。そのうえで『今後はあなたの健康を考えて油をひかえて薄味にする』と伝えたとき、相手がどう反応するか。仕事があり、友人がいれば、作り手の思いやりに素直に感謝するでしょう。家庭に団らんがなければ話し合いにもなりません。年を重ねるごとに、食卓を平和に保つ“政治”が作り手にも食べる人にも必要になるんですよ」

▼和食レシピ

牛肉の大和煮、粉ふきいも添え

(2人分)
1.
牛ロース薄切り肉(80g)を食べやすい大きさに切る。鍋に水(200cc)を入れて強火にかける。沸騰したら牛肉を入れてさっと茹で水気を切る。 2.鍋に1とA(水100cc、生姜薄切り20g、濃口醤油大さじ1、みりん大さじ1、酒大さじ1)を入れ、強火で火を通す。水溶き片栗粉(大さじ1)を回し入れとろみをつける。 3.粉ふきいもは、じゃがいも(中2個)をそれぞれ4つに切ったものを茹で、茹で汁を捨てる。中火で鍋を揺すりながらいもに粉をふかせる(自然に角がとれる)。塩(小さじ1/3)、コショウ(少々)を加え、汁気がなくなるまで鍋を揺する。◆昭和天皇が好んだいも料理はよく献立に上がった。

ごぼうと鰻の柳川風

(2人分)
1.
ごぼう(60g)は皮をこすって泥を落とし、ささがきにして茹で、水気を切る。鰻の蒲焼き(1/2尾)は縦に短冊切りにする。三つ葉(1/4束)はざっくり短めに切る。 2.鍋に1のごぼうとA(だし200cc、濃口醤油大さじ1と1/3、砂糖小さじ1、みりん小さじ1)を入れて中火にかけて煮る。1の鰻を加え、溶いた卵(2個)を回し入れ、三つ葉を散らす。 3.ふたをして火を止め、3分蒸らす。◆昭和天皇の好物だったとされる鰻料理は、献上されたときに献立に上がった。

大豆と昆布の煮もの

(2人分)
1.
乾燥大豆(30g)を、たっぷりの水に丸一日つけてもどす。 2.鍋に水と1を入れ、軟らかくなるまで煮る。 3.早煮昆布(15g)を水でもどし、1cm角に切る。 4.鍋に水気を切った23、A(だし200cc、濃口醤油大さじ1と2/3、砂糖小さじ1、みりん小さじ1)を入れて中火にかけ、煮汁がなくなるまで煮る。さやいんげん(3本)を茹でて斜め切りにして散らす。◆だしは昆布と削りがつおでとったものを使用。

大根の普茶煮(ふちゃに)

(2人分)
1.
大根(120g)は長さ4~5cmの太めの拍子切りにする。 2.鍋にごま油(小さじ2)を熱し、1をさっと炒める。A(だし500cc、濃口醤油大さじ2、みりん大さじ1)を加え、強火で煮汁がなくなるまで煮る。◆いつもの大根の味が変わる。

※掲載しているレシピは、谷部氏の著書『天皇陛下料理番の和のレシピ』(幻冬舎・電子書籍)より。レシピは要約している。

▼洋食レシピ

大膳のコンソメ〈清羹(せいかん)〉

(5人分)
1.
丸鶏(中抜き1羽)、玉ネギ(4個)、ニンジン(2本)、セロリ(2本)、長ネギ(1本)、ローリエ(4枚)、粒コショウ(適量)を鍋に入れ、ひたひたに水を入れて1度沸騰させたら弱火にして8時間火にかける(蒸発分は水を足す)。 2.サラシで濾して翌日まで置く。 3.牛すね肉(500g)、卵白(2個分)、ローリエ(2枚)、玉ネギスライス(100g)、粒コショウ(適量)を2に加え、かき混ぜながら煮る。灰汁が出るまでは強火、少しずつ弱くしていき、べっ甲色になるまで煮詰める。 4.2枚重ねにしたサラシで静かに濾して、塩で味を調える。◆丸鶏は精肉店で予約すれば購入できる。煮た具材は骨をとってカレーなどに。

野菜のロールキャベツ

(2人分)
1.
玉ネギ(150g)、ニンジン(70g)、セロリ(30g)を細かく切り、サラダ油(15cc)をひいたフライパンで透き通るまで炒め、火を止める。 2.卵黄(1個分)を少量の牛乳で溶いて1に加えて弱火にかけ、パン粉を入れて全体を寄せ合わせる。粗熱をとったら、4等分にして俵形にする。 3.キャベツ(4枚)は1枚ずつ剥がして芯の硬い部分を削ぎ落とし、たっぷりの湯の中で茹でて広げておく。 4.キャベツの手前1/3に2を置き、両サイドから巻く。 5.鍋にチキンブイヨン(5個)と水(1リットル)を入れ、4を入れてアルミホイルでふたをし、中火で15分煮る。◆キャベツが上手に巻けなかった場合は楊枝で留めてもいい。その場合、楊枝の取り忘れに注意。

鮎の千切りポテト衣焼き

(2人分)
1.
鮎2尾(3枚におろす)に塩・コショウをふる。 2.じゃがいも(メークイン4個)は皮をむいて千切りに。ボウルに移して塩・コショウをふる。 3.2つに2を分け、その上に1を半分ずつ置いてラップをかぶせて冷暗所に置いてなじませる。 4.大葉を1枚ずつ3の鮎の上に載せて、じゃがいもで鮎を包むようにして、小さいフライパンにサラダ油(15g)をひいて焼く。途中でバター(20g、できれば無塩)を回し入れながら両面をむらなく焼く(じゃがいもの器の中で鮎が蒸し焼きにされるイメージ)。 5.表面の余分な油分は拭き取る。◆昭和天皇から「おいしかった」とご伝言をいただいた料理。

バナナの生ベーコン巻き

(2人分)
1.
バナナ(2本)は皮をむいて1本を半分に切る。 2.まな板の上にラップを敷き、生ベーコン(2mmのスライス4枚)を挟み、その上にガラスの瓶の平らな部分を使って生ベーコンを叩いてのばしてバナナの幅にする。 3.生ベーコンにバナナを載せ、片栗粉(10g、ふるっておいたもの)をふって手前から奥へしっかり巻く(4つできる)。 4.フライパンにサラダ油(15g)をひき、温まったら3を入れ、360度ゆらし回しながら無塩バター(20g)を入れて色づける(ベーコンが色づいた頃に中のバナナがふわふわになる)。 5.クッキングペーパーで余分な油を取る。◆ベーコンはなかなかのびないが、根気よくのばす。

※掲載しているレシピは、工藤氏の著書『陛下、お味はいかがでしょう。「天皇の料理番」の絵日記』(徳間書店)より。レシピは要約している。

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谷部金次郎
1946年、埼玉県生まれ。日本銀行霞町分館で修業中、17歳で秋山徳蔵氏の面接を受け、宮内庁大膳課厨房第一係に奉職。89年昭和天皇崩御により退官。現在は大阪青山短期大学特別講師や講演活動などを行う。著書に『昭和天皇と鰻茶漬け 陛下一代の料理番』(河出文庫)ほか多数。
 

工藤 極
1951年、東京都生まれ。学習院高等科卒業後、「代官山 小川軒」で修業し、74年から5年間、宮内庁大膳課厨房第二係に奉職。退官後は料理修業のため渡仏。帰国後「麻布きゃら亭」を開業。現在は東京・江古田にある「ビストロ サンジャック」のオーナー・シェフ。
 

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(ライター 干川 美奈子 撮影=干川 修、原 務 写真=Fujifotos/アフロ 撮影協力=喫茶 ジュン(東京交通会館))

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