安倍首相が改憲論議の詭弁を披露したワケ
プレジデントオンライン / 2019年7月24日 20時15分
■「改憲議論を行うべきだという審判を受けた」
「この選挙では憲法改正も大きな争点となりました。街頭演説のたび、議論を前に進める政党を選ぶのか、それとも議論すら拒否する政党を選ぶのか。今回の参院選はそれを問う選挙だと私は繰り返してきた。少なくとも議論は行うべきである、これが国民の審判であります」
投開票日翌日の7月22日午後、自民党本部で行われた記者会見に自民党総裁として臨んだ安倍氏は、冒頭発言でこう語った。
聞いていた記者たちは頭の中で「?」が浮かんだことだろう。今回の参院選で自民党と公明党の与党は改選過半数の63をクリアして71議席を獲得。非改選と合わせて「安倍1強」を存続する権利を得た。
一方、憲法改正については自民党、公明党に加えて日本維新の会を合わせた「改憲勢力」が85議席以上を確保して、参院で3分の2以上の勢力を維持できるかどうかが勝敗ラインだった。結果は自民57、公明14、維新が10。合計して81議席だった。「3分の2」まで4議席足りない。つまり今回の参院選で安倍氏は、憲法改正に向けての戦いには負けたのだ。
それなのに「議論を行うべきだという審判を受けた」というのは、どう考えても詭弁(きべん)ではないか。
■開票日の午後までは「3分の2」の手応えを感じていた
21日の投開票日。安倍氏のもとには「自民党の議席数は60を超える」という予想が伝わっていた。報道各社が行った「出口調査」では秋田、岩手、宮城、山形、新潟、滋賀、大分などの1人区は自民党の候補と野党統一候補が激しく競り合っていたが、20日までの期日前投票では自民党を支援する団体や、公明党を支持する創価学会員が多く投票している。最終的には接戦区の大部分は勝てるだろうという読みだったのだ。
公明、維新で20数議席を確保するとみられていたので、自民党が60議席以上の議席をとれば「3分の2ライン」の85に届く。安倍氏にとっては朗報だった。
安倍氏は同日午後5時半から約1時間程度、東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理兼財務相と2人で話し込んでいる。産経新聞によると、この席で安倍氏は今後の政治日程に触れ「憲法改正をやるつもりだ」と語ったという。この段階では「3分の2」を取れると思っていたのだろう。
■結果として「ぬか喜び」になってしまった
そして、同日夜、マスコミ各社の取材にも麻生氏に伝えた内容と同じトーンの話をして改憲に向けてアクセルを踏む考えだったのだろう。例えば「3分の2を維持する力を与えていただいた。改憲発議に向けて進める。それが審判だ」などというようなセリフを準備していたのではないか。
ところが、ふたを開けてみると、先に触れた7選挙区は競り負けてしまった。そして改憲勢力は3分の2を割り込んだ。結果として「ぬか喜び」になってしまった。当日、安倍氏はテレビカメラの前では笑顔を絶やさず「勝ち組の将」を装っていたが、内心は穏やかでなかったのは間違いない。
「3分の2維持」を念頭に置いてコメントをつくりあげていただけに「3分の2割れ」となっても、改憲を進めるという路線を変えられなかった。そこで改憲の「議論をする」という表現に微調整して、冒頭のような発言となったのではないか。
■内閣支持率は48.6%なのに、改憲に賛成は32.2%
安倍氏側の理屈を言えばこうなる。
①「3分の2」を維持できなかったが、それは今の勢力だけでは国会発議できないのを意味しているだけである。
②選挙期間中、安倍氏や他の自民党幹部は憲法改正を訴え「議論するか、しないのか」を問う選挙だと訴えた。
③参院選の結果、改憲勢力は半数を超える議席を獲得した。
④従って「議論する」が多数派であり、国民の信任を得た。
ということだ。もっともらしく聞こえるが、本当にそうだろうか。
参院選直後の22、23の両日、共同通信社が行った全国世論調査の結果をみると、安倍氏の説明は、事実とはいえないことがはっきり分かる。
「安倍首相の下での改憲」についての賛否を聞いたところ、「賛成」は32.2%、「反対」は56.0%だった。この結果を見るだけで、改憲への議論を進めるべきだという審判が下されたとは言い難いことが分かる。安倍内閣の支持率が48.6%だから、内閣支持層にも少なからず「安倍首相の下での改憲は反対」と考えていることがうかがえる。公明党支持層では63.3%が「反対」だった。
■求心力低下を避けるには、強気で突き進むしかない
さらに興味深いのが支持政党別の「優先課題」。自民党支持層は45.4%が「年金・医療・介護」を優先してほしいと答えた。「景気や雇用」は38.7%。ところが「憲法改正」は、わずか8.4%にとどまっている。公明党、日本維新の会の支持層はそれぞれ5.4%、6.5%。支持政党なし層は、わずか2.8%。どこを見渡しても優先的に憲法改正に向けて議論を深めてほしいと理解できる数字は見当たらない。
「改憲議論を行うのが国民の審判だ」という論理が苦しいことは安倍氏も理解しているのだろう。しかし、これまで掲げていた改憲という目標を取り下げてしまった場合、自身の求心力が低下してしまうことをよく知っている。だからこそ、強気で突き進むしかないのだ。
無理に進めようとして批判が集まり「安倍1強」が終焉するのか。それとも国民民主党など野党の一部が切り崩されて再び改憲勢力が3分の2を回復し、改憲への道を進むことになるのか。方向性が見えるのは秋の臨時国会が召集されてから、ということになる。
(プレジデントオンライン編集部 写真=EPA/時事通信フォト)
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