"ややダサい商品"が破壊的成功を収める訳
プレジデントオンライン / 2019年8月9日 6時15分
※本稿は、馬田隆明『逆説のスタートアップ思考』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「人の欲しがるものを作る」を忘れがち
スタートアップにとってもっとも重要なことは、「人の欲しがるものを作る(Make Something People Want)」ことです。このMake Something People Wantという言葉は、スタートアップを支援する「アクセラレーター」の中でもトップの実績を誇るY Combinatorの標語になっています。
人の欲しがるものを作る、という言葉は当然のことのように感じたかもしれません。しかしそれを標語にしないといけないぐらい、スタートアップを始める人たちは「誰かが欲しがるものを作る」ということを忘れがちです。人はつい「自分の作りたいもの」や「誰かがきっと欲しがると決めつけているもの」を作ってしまい、時間を無為に過ごしてしまったあと、資金難に陥ってしまいます。
スタートアップ関係者から最も尊敬されている人物の一人で、ハッカーであるポール・グレアムによれば、スタートアップが急速に成長するためには以下の2つの条件を満たす必要があるそうです。
2 それをすべての人に届ける
■ニーズをつかめずに失敗するパターンが多い
レストランや美容院といった店舗型ビジネスでは2つめの条件を満たすことが難しいため、急成長することがなかなかできません。そのためスタートアップにはあまり向いていないビジネスと言えるでしょう。
一方、ソフトウェアビジネスの限界費用はゼロに近く、多くの人に届けることが可能なため、2つめの条件を満たすのは得意です。しかし「大勢の人が欲しがるものを作る」については、満たすことが非常に難しいままです。
とある100以上のスタートアップの失敗を分析した調査では、失敗の理由として最も多かったものは「市場にニーズがなかった」でした。
また、スタンフォード大学の調査によれば、そうしたニーズが確認できていない状態でスケールしようとする「成熟前の規模拡大(pre‐mature scaling)」と呼ばれる行動が、スタートアップを潰すという結論を導き出していました。このように、多くのスタートアップはニーズをつかめずに失敗します。
■現在の市場にニーズがあるかどうか
もちろん創薬系のスタートアップなどは話が別です。延命や症状の改善ができる製品を欲しがっている顧客がすでにいるなど、予め課題やニーズが明確になっているからです。そうしたスタートアップでは「そのような薬が技術的に実現できるか」「顧客がどこまでお金を払ってくれるか」が最も大きなリスクになるでしょう。
そうした例外を除くと、多くのスタートアップにとっては「現在の市場にニーズがあるかどうか」が最も大きなリスクになることは間違いありません。
特にスタートアップが狙う市場というのは、「これから伸びるであろう」とされる市場です。そこで本当にニーズがあるかどうかは不確実性が高い、と想定しているほうがよいでしょう。
だからこそ、まずは「人の欲しいものを作る」。これを念頭に置いて製品を作る必要があります。
■多数の「そこそこ好き」より少数の「深い愛」を狙う
そして特にスタートアップ初期には、多数の人からそこそこ好かれる製品でなく、少数の顧客が深く愛する製品を作るべきです。そしてこれもスタートアップの反直観的な考え方の一つです。
普通なら、多くの人が欲しがる製品を作るべき、と思われることでしょう。実際ポール・グレアムも、スタートアップは「大勢の人が欲しがるものを作るべき」だと述べています。
しかし、当のポール・グレアム自身が、スタートアップの最初期については多数の人から好かれる製品よりも、少数の顧客が愛する製品を作ったほうがよい、とも述べています。
これは、数々のスタートアップの成否を見てきたポール・グレアムが導き出した、反直観的なスタートアップの法則の一つです。
スタートアップの最初期においては、多くの人にほどほどに好かれるものより、最初は少数でも深く愛される製品のほうが、その後大きく成長する可能性が高いということが分かっています。なぜなら、現段階ではそのニーズに気付いている人はほんの少しの人たちだけだからです。
■フェイスブックは「大学生向け」のサービスだった
フェイスブックはまさにこの一例として挙げられます。フェイスブックは最初、世界を狙ったSNSではなく、あくまで大学生を対象にしたサービスとして生まれたため、当初は各大学の授業の一覧を確認できるサービスを展開していました。だからこそ大学生に深く愛され、多くの若者が長く使い続けてくれました。
深く愛してもらうメリットは他にもあります。愛を獲得できれば、その顧客に長く使ってもらえるだけではなく、彼らからプロダクト体験へのフィードバックを得ることができます。一方、ほどほどに製品を好きな人たちは、フィードバックすらせず、静かに自分たちの製品から離れていってしまうだけです。
初期の製品作りにおいて、顧客のフィードバックほど価値のあるものはありません。それを得るためにもまずは小さな市場で、顧客から深く愛されるプロダクト体験を作ってください。10人、そして100人といった、少数でも製品を愛してくれるユーザーが生まれてから、どうやってそれを広めるか考え始めても、決して遅くはありません。むしろそうしたユーザーがいない状況で広めていってしまうと、先述した「成熟前の規模拡大」という間違いを犯してしまい、スタートアップは潰れてしまいます。
■シンプルなものを早くローンチするのが成功の秘訣
そして少人数に愛されるものを作るためには、とにかくシンプルなものを早くローンチ(リリース)することが重要になります。
最初は少数の顧客をターゲットにすればよいので、皆に好かれるものを作る必要はありません。それに顧客が少なければ、製品に機能が足りない部分があっても自分たちで細かくサポートすることができます。
だからこそ初めは、顧客に愛してもらえそうなメインとなる機能を、なるべくシンプルに提供することが重要です。リーンスタートアップの文脈では「Minimum Viable Product(実用最小限の製品)」、略してMVPと言われたりしますが、とにかく実用可能な最小のものを早くローンチし、顧客に使ってもらうことが、スタートアップにとっての成功の秘訣です。
■1時間で作ったレストラン仲介サービス
Y Combinatorの卒業生であるDoorDashの例を見てみましょう。彼らは、既存のレストランの食事の注文を受けて、宅配する仲介サービスとして始まりました。
この「既存のレストランの商品の配達」というアイデアを実行する場合、普通どう考えるでしょうか。まずは会社を作り、レストランと契約し、配送システムを作り上げてから、配達する人を雇って、と考える人も多いのではないかと思います。しかし彼らが選んだやり方はまったく異なります。
彼らが行ったことは、PaloAltoDelivery.comという独自ドメインを取って、ネット上で見つけたスタンフォード大学周辺のレストランのメニューを集めたサイトを作り、そのメニューと一緒に自分たちの電話番号を書いただけでした。かかった時間は1時間程度だったそうです。
■「数時間の開発と数日のテスト」でニーズを把握した
彼らはこのサイトを通じ、本格的に製品作りへ進む前に、どんな人から連絡が来るのか、どれぐらいの量が来るのか検証しようと試みました。そしてサイトのローンチ当日、実際にどこかから検索して、電話でパッタイを注文する人が現れたそうです。
彼ら自身も驚いたとのことですが、とにかくその注文を受け、タイ料理屋に行ってパッタイを注文し、それを顧客の家まで自分たちで運びました。そしてその次の日は2件、次は5件、7件と注文は増えていったそうです。DoorDashはこのようにして、注文仲介にニーズがあることを、わずか数時間の開発期間と数日間のテストで検証できました。
最新の製品が掲載される情報サイト、Product Huntは最初、メールマガジンという形でローンチしました。顧客にまずメールマガジンに登録してもらった後に、創業者らはウェブサイトを作りました。ウェブサイトやシステムを構築するという、それなりに時間がかかる作業に取りかかったのは、顧客のニーズをきちんと理解したあとでした。
■製品を作る前に「営業」をしたビル・ゲイツ
このようなやり方に似た例として、営業してから製品を作り始める、という手法もあります。当初、マイクロソフトのビル・ゲイツも、ハードメーカーに営業をかけ、顧客にニーズがあることを確認してからプログラムを作っています。
そんなことができるのは、彼自身が実際に素早くプログラミングできるエンジニアだったからです。「まだできてもいないものを売る」という手法は誰にでもお勧めできる方法ではありません。ただ、確かにこれが成功すれば、「誰も買ってくれないものを作ってしまう」という時間の無駄を避けることができます。
「最初のバージョンが恥ずかしいものでなければ、それはリリースが遅すぎだ」とビジネス特化型SNS、リンクトイン創業者であるリード・ホフマンは言っています。
技術者は完成度や品質を上げるため、つい製品開発に長い時間をかけてしまいがちです。しかし製品開発は学校のテストと異なり、必ずしも一度のテストで100点を取らなくてもよいものです。むしろ次第に点数を上げていくような手法も通用します。
早くリリースする、という意味では既存の製品を改造することも一つの手です。すでにリリースされている競合製品をカスタマイズして、試しに提供するところから始めてもよいでしょう。そうすることで最も貴重な資源の一つである「時間」を節約することにもつながります。
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「東京大学FoundX」ディレクター
1984年生まれ。University of Torontoを卒業後、日本マイクロソフト株式会社に入社。「Microsoft Visual Studio」のプロダクトマネジャーやMicrosoftの最新技術を伝えるテクニカルエバンジェリストなどを務めた後、スタートアップの支援を行う。2016年6月より東京大学産学協創推進本部にて学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事し、学業以外のサイドプロジェクトを行う「東京大学本郷テックガレージ」や、卒業生・現役生・研究者向けのスタートアップのインセプション(起点)プログラム「東京大学FoundX」でディレクターを務めている。近著に、『成功する起業家は「居場所」を選ぶ 最速で事業を育てる環境をデザインする方法』(日経BP社)。
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(「東京大学FoundX」ディレクター 馬田 隆明 写真=iStock.com)
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