男らしさの呪縛が男の心を破壊する理由
プレジデントオンライン / 2019年8月12日 11時15分
■「男性を褒めるさしすせそ」はなぜ有効か
自分のパートナーや男性の家族に対して、“男らしくあってほしい”と願ったり、身近な男性に対し、“男らしい”あるいは“男らしくない”と思ったことがありませんか? そして、男性とのコミュニケーションを取る際に、「男性を褒めるさしすせそ」、「男性に言ってはいけないたちつてと」を意図的にも、知らず知らずのうちにも、活用している人は多いのではないでしょうか。
さしすせそは、「さすが!」「知らなかった!」「すごい!」「センスいいね!」「そうなんだ!」だそう。自分にはないもの(知識やモノ)を相手がもっている、という立ち位置から相手を褒める、つまり、相手の優位性を強調する相槌です。
これを活用したいかしたくないかはさておき、これらが男性相手のコミュニケーションにおいてある程度有用であることはおそらく間違いがないのでしょう。なぜこの手法が有効なのでしょうか?
※ちなみに「男性に言ってはいけないたちつてと」とは「たいしたことないね」「ちがうんじゃない?」「つまらないね」「適当でいいんじゃない?」「とんでもないです」のこと。
■“ハラスメント男”が生まれる原因
伝統的な「男らしさ」という概念に縛られることで、男性達は自らの、そして周囲の人の身体的、精神的な健康を損なう可能性があるという勧告が今年2019年1月、米国心理学会(APA)がまとめた男性に関する指針の一部に記載されています。「男らしさ」という呪縛が男性の精神を蝕むだけでなく、“ハラスメント男”が誕生する原因の一つにもなっているという研究報告もあります。「さしすせそ」等を利用したコミュニケーション手法は、「男らしさ」にしばられた不安定な男心を表面的かつ一時的にサポートする事ができるため有効なのでしょう。
実際、男性は「男らしさ」に対する脅威を感じた時は、より戦争に強く賛成したり、自分に優位性があることを示すような横暴な言動をとったりと、より「強さを誇示」するような反応を示すという研究成果もあります。女性は、こういった男性のメンタリティとうまく付き合う、あるいは、被害を被らないための生存的な術として、相手の優位性を示すような言動をとっているのかもしれません。
■男らしさを示す11の項目
私たちが感覚的に利用している「男らしさ」とは、具体的に何を指すのでしょうか。インディアナ大学の研究で、過去に行われた78件の研究データをまとめたメタ分析で、1万9453人の男性を対象に、男らしい人とメンタルヘルスの関係について調べています。そこでは、伝統的な「男らしさ」の項目は次の11個にまとめられました。
1.社会的ステータスを重視する
2.感情を出さない
3.他者に依存しない
4.女性より優位に立とうとする
5.女性との性的関係が多い
6.同性愛者への蔑視
7.勝つことを望む
8.リスクを選ぶ
9.暴力的
10.支配的
11.自分の仕事を何よりも優先する
1つは「社会的ステータスの重視」。つまり稼ぎ手として社会的な成功を収めていることです。2つめは、「感情表出の制限」で、痛くても辛くても、耐えて表に出さないなど感情を抑制することは、精神と身体の強さと関連しているという考えです。3つめは、「他者に依存せず、指導的、自立的行動をとれる力」です。そして「女性への優位性」をもち、「女性に対して性的に積極的(多くの性的関係をもつ)」で女性を従わせることとされています。研究で用いられる男性らしさを測る尺度では、「男性にとってセックスが上手いことは重要だ」という考え方に対する得点を測っていますし、「男らしさ」は女性を支配下に置くことで担保されると指摘する日本の研究論文もあります。その他、「勝つことを望む」「リスクを選ぶ」「暴力的」「支配的」「自分の仕事を何よりも優先する」「同性愛者への蔑視」という項目があります。
そして分析の結果、11項目の中でも「他者に依存せず、指導的、自立的行動をとれる力」「女性への優位性」「女性に対して性的に積極的(多くの性的関係をもつ)」という3つの項目について点数の高い人は、ストレスや不安感の増大、薬物乱用に陥る、身体に自信がないなどのメンタルヘルスの低下が起こりやすい傾向にあることがわかりました。
更に「女性への優位性」「女性に対して性的に積極的(多くの性的関係をもつ)」という「男らしさ」に縛られている人は、最も性差別的な行動をする傾向が見られたと報告されています。つまり、女性との関わりにおける「男らしさ」の呪縛が強いほど、メンタルヘルスに影響をきたしやすいということができます。
■日本は幸福度の男女差が最も大きい
世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べた世界価値観調査というものがあります。この調査によれば、日本は男性より女性の幸福度が上回っており、男女間の幸福度に最も大きなギャップがあることがわかります(図表1)。
年功序列や終身雇用が崩壊しつつある現代では、仕事に打ち込んでも収入が上がらないという思いを持つ男性も多いことが考えられます。また、共働きが増えていることで、特に家庭では、従来の「男らしさ」に加えて新たに女性の社会進出への理解や家事・育児の能力も求められ、自身の成長過程の中で養われた伝統的な考え方と、新しく求められるものの中で悩み、アイデンティティが崩壊することになるのでしょう。
■回復力は女性のほうが強い
苦しい状況に置かれた時、そこから何とか回復する力をレジリエンス(回復力)と言います。一部の研究では、このレジリエンスに性差が見られたと(男性に比べ女性の方がレジリエンスが高い)報告されています。また厚生労働省の報告によると、うつの罹患率は男性に比べ女性が多いにも関わらず、自殺者は、女性に比べ男性の方が多いと報告されています。
脳の中では、このレジリエンスと帯状回や前頭前野の一部である眼窩前頭皮質といった領域が関連しています。帯状回は、心の痛みを強く感じるようなときにも活動が大きく見られる場所であり、レジリエンスが高い人(回復力が強い人)では、この領域の活動が小さかったのです。
また不安になった心は、褒められ承認されることで回復することがわかっています。眼窩前頭皮質は、脳の中の報酬系とよばれる一部を担っており、社会的に承認されたときにも活動する部位であることもわかっています。レジリエンスが低く落ち込んでいる、あるいは、不安感から強く自己顕示をするような男性に対しては、まず承認してあげることで、メンタルが安定するのかもしれません。
■子供時代からの埋め込みをしない
女性の社会進出が進んでいけば、男性であれ、女性であれ、家庭的であることも、社会で活躍するパワーを持つことも望まれ、伝統的な「らしさ」は、どんどんその境界が曖昧になっていくのではないかと思います。そのためには、女性自身も「男性らしさ」「女性らしさ」にこだわらないスタンスを取ることが重要になってくるのではないでしょうか。パートナーや周囲の人に対してのみならず、特に、次世代を担う子供達を育てていく場面で、「男の子なんだから」という言葉を用いて教育をしていくことは、慎重にしていく必要があるのでしょう。
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博士(医学)
東京大学大学院総合文化研究科研究員/科学技術振興機構さきがけ研究員/帝京大学医学部生理学講座助教。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学卒業後、英語学習による脳の可塑性研究を実施し、研究成果が多数のメディアに紹介。その研究をきっかけに、「目標達成できる人か?」を脳構造から判別するAIを作成し特許取得。現在は、プログラミング能力獲得と脳の関連性、 Virtual Realityを利用した学習法、恋愛と脳についても研究をしている。
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(博士(医学) 細田 千尋 写真=iStock.com)
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