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"なにもしていない人はダメ"という人の苦しさ

プレジデントオンライン / 2019年8月6日 6時15分

臨床心理学者の東畑開人さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

「生産性のない人には価値がない」と怒る人がいる。その人はなにに怒っているのか。臨床心理学者の東畑開人さんは、「私も精神科デイケア施設に勤めていた時、なにもすることがない時間はつらかった。だから、なにかしなければと焦る気持ちはわかります。しかし『ただ、いる、だけ』という時間がいかに人を支えているかを思うと、効率を求める人の苦しさもわかってくるんです」という――。

■「生きることの基本的なところに触れている感覚」

なにもしていない人は「ダメな人」なのだろうか。臨床心理学者である東畑開人さんの著書『居るのはつらいよ』(医学書院)は、沖縄の精神科デイケア施設での物語を通して、人が「ただ、いる、だけ」の価値を伝えている。

本書の舞台となっているデイケアには、統合失調症、躁うつ病、発達障害、パーソナリティ障害などのさまざまな精神障害者が通っている。社会復帰が容易ではなく、そもそも社会に「いる」ことが難しい人たちが、人と一緒に「いる」ために集まる施設だ。

現代社会では、効率的に成果を出すこと、結果を示すことが強く求められる。一方、東畑さんの仕事は、そこで一緒に「いる」ことだった。その日々には「生きることの基本的なところに触れている感覚」があったという。どういう意味なのか。東畑さんに聞いた。

■東京での時間には「わかりやすい意味」がある

――本には「デイケアで過ごす10時間のうちかなり多くが自由時間」とありました。その時間は何かを「する」のではなく「いる」時間だと。どう過ごしていたのですか?

【東畑】今、僕は東京の異常に早い時間の流れのなかで生きていますけど、デイケアでは毎日ひたすら座って、ゆっくりした時間のなかでボーッと暮らしていました。お茶を飲んだり、トランプをしたり、おしゃべりをしたり。普通に「いる」がむずかしくなってしまった患者さんがそこに「いる」ことを支えるためには、スタッフもとにかく「ただ、いる、だけ」を徹底していたということですね。こう言うと、優雅に見えるかもしれないけれども、それは決して気持ち良いだけのものではありませんでした。というか、つらい(笑)。

――前半には、デイケア施設での「ただ、いる、だけ」に苦しんだ「僕」が、本棚を眺めてうなずいてみたり、机の木目を数え始めたりする場面もありますね。

【東畑】「ただ、いる、だけ」には、「これは意味がある」とはっきり言い切れないつらさがあると思っています。東京での時間はわかりやすいですよね。一つずつの時間に意味が付与されていて、意味がないものはどんどん削られていく。だから、東京は意味にまみれています。でも、デイケアの時間は違う。そこでただ座っているのが仕事になると、「それでいいのか」という声が自分の中で響き始める。わかりやすい意味がないことに、自分が耐えられないんです。

■人と一緒に「いられる」ことは生きる基盤になる

リワークと呼ばれる社会復帰や職場復帰を目指すデイケアもありますが、僕がいたデイケアで出会ったのは、社会復帰以前に、「人と一緒にいられない」という問題を抱えた人たちでした。だからこそ、一緒にいるためにボーッとしたり、野球をしたりしていたわけです。そういうことをしながら、とりあえず人と一緒にいられることが、いかに難しいか、人生にとっていかに重要かということを思い知らされました。

例えば学校に行けず、家にひとりで引きこもっている人は、誰にも脅かされていないのだから、気が楽なんじゃないかと思うかもしれません。でも実際はひとりでいたらいたで、ものすごく脅かされているんです。「みんな自分が学校に来ていないことを、バカにしているんじゃないだろうか」とか。

――自分の頭の中の声に責められてしまうんですね。

【東畑】人と一緒にいられないときというのは、頭の中に自分を脅かしてくる悪い他者がいっぱいいる状態なんです。逆に人と一緒にいられるのは、安全な他者が心のなかにちゃんといるとき。それは、人が安心して生きていく上で基盤になるものだと思います。

■「やれば数字が良くなる」の呪いにかかった社会

――働く人を取り巻く環境を見ると、今は「成果を出せないと生き残れないぞ」といった、「いる」以上を求めるプレッシャーが強くなっているように感じます。

【東畑】そうですね。「畑の土地は貧しいのだけど、そのぶん自分を鍛えて生き残ろう」みたいな世界に突入しているように思います。みんな、世の中が貧しくなるにつれて生じたさまざまなひずみに対して、いろいろな解決法を考えるわけですよね。たとえば組織のマネジメントの効率化であったり、自己啓発であったり。倒産しないようにとか、赤字にならないようにとか、今はリスクがあらゆるところに満ちあふれていて、みんな不安に脅かされています。そのリスクを避けることに追い立てられて、オブセッション(強迫観念)が生まれていると思うわけですよ。

そういう不確実で不安定な世界にあって、数字という白黒ハッキリしたものが、確実なものとして尊ばれている。だから、僕らはすべての領域にPDCAを回して、その結果を数字で測ろうとする。これは呪いのように僕らに付きまとっているもので、とても摂食障害的な世界観だと思います。摂食障害の特徴の一つとして、「何キロ痩せた」とか、「何カロリーだった」というように、数字がものすごい説得力を持って先走ってしまうことがあります。そのせいで、健康的にダイエットをするはずが骨と皮だけになって、結果的に健康まで損なわれてしまう。

仕事の場面で数字上の帳尻を合わせることを求められるとき、気づけばその数字だけが問題となって、その仕事の本来の価値が見失われてしまったりする。でも、ここが難しいんです。数字にこだわることで、僕らは確実に何かを失っているんですけど、その失ったものについて、帳簿を見て数字を求める人に伝わるように語るのは本当に難しい。数字にならない価値は現代にあってとてもはかない。

■「自分は役立たず」という不安が社会を覆っている

――たとえば会社でも「自分は数字を出せない人間だ」と、ひとりで思い詰めてしまうことがありますよね。

【東畑】自分は役立たずなんじゃないかっていう不安は、僕らの社会を広く覆っています。役に立ってないと「いる」が簡単に脅かされてしまう。それは社会がそう求めているというのもあるけど、僕たち自身が自分で自分を責めて自滅してしまうというのもあるように思います。

でも、実際にはわかりやすく役に立っている人だけでは、コミュニティって作れないんだと思います。それは軍隊みたいな世界観ですよね。各人が役割を果たしていないと生き残れないみたいな。でも、そんな危険をずっと感じているコミュニティには長くいられないですよ。『釣りバカ日誌』とか『美味しんぼ』の世界では、「役立たず」と言われる社員が結構楽しそうに働いていますよね。そういう安心感がないと、コミュニティって持続しないと思うんです。根本的に、人間は危険の中で生きているより安心で安全な世界で生きているほうがいい。

ただ、一方で安心は退屈をもたらすから、難しい。例えば『サザエさん』の世界では同じ時間が延々と続いていますが、やはり退屈ですよね(笑)。もちろん、それはそれでいいんですが、僕らは危険は嫌なんだけど、退屈も嫌で、自らその安全な世界から飛び出してしまう。つまり、僕らは安心を求めてがん保険に入りながら、なんらかの危険の依存症みたいにもなっている。アドベンチャーを人生に求めてしまうのが、僕らの社会なのでしょう。

――人は安心を求めながらも退屈には耐えられない。

【東畑】大学でも自分で問題を発見して解決するというアドベンチャー型の人材を育成することが求められます。主体性というやつですね。「ただ、いる」のが得意という人は就職活動で弱いんですね。でも、絶対そういう人もいる方が、職場は安全な場所に感じられると思いますよ。

■「隠れ家」を見つけて、生き延びる

【東畑】じゃあ、この競争的な世界のどこで僕たちが「いる」を確保していけばいいのかというと、実は僕らはいろいろなところに隠れ家を作りだして、そこに逃げ込んでいるんです。

――本に登場する「アジール」のことですね。クラスに「いる」のがつらいときに避難できる、屋上に続く階段の踊り場や、職場でしんどくなった時に逃げ込む喫煙所のような、つらいときでも「いる」ことができる場所。

【東畑】そうです。この隠れ家というのは、根本的には空間ではなくて人間関係だと思うんですよね。だからSNSも隠れ家になるし、会社の愚痴を吐く飲み会もそうです。つまり、これだけきつく絞られている世界で生きていくために、僕たちはいろいろなところで誰かをかくまってあげたり、かくまってもらったりする必要がある。この両方があるのがいいんですね。

このとき、家族とかパートナーシップは一つの隠れ家として大きな意味を持つ気がします。その関係ってあんまり目標がないじゃないですか、甲子園を目指すわけでもないし(笑)。ただ一緒にいるために一緒にいる。そういうものが僕らの生を守ってくれる。

■「いる」を支えれば、人は自分で問題と向き合える

――一方で、「ただ、いる、だけ」そのものの大切さを見落としてしまったせいで、無意識に人のアジールを壊してしまうことも多いと思うんです。

東畑 開人『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』医学書院

【東畑】そうですね。いろいろ厳しいですよね。人間が変化することに対して悲観的すぎたり楽観的すぎたりすると、そうなることがあります。「こいつは言ってやらなきゃわからない」と悲観的になったり、「俺が言えば変わるはずだ」と楽観的になったりして、相手を追い詰めてしまうということはよく起こる。

でも学校へ行けない子に対して「明日、とにかく行け」と言っても、絶対に変わらないわけですよね。多くの場合、本人が一番、問題をよくわかっているんですよ。学校へ行かずにゲームをしている少年を見た人が、「楽しくゲームをして、人生を無駄に使っている」と思ったとしても、本人にしてみればゲームなんて楽しくないわけです。本当は人付き合いはゲームより楽しいですよ。でも、学校に行けなくてつらいから、苦しさを紛らわすためにゲームをしているんです。

■優しくすると、人はけっこう頑張る

「いる」を支えてあげることで、その人の力で何かし始めるはずだという信頼は大事です。人は周りが思っているより問題にちゃんと向き合っているし、支えられれば問題解決する力がある。みんな本当はそうやって生きているのに、人のこととなると忘れてしまうんですよね。そして、相手を追い込んでしまうんだけど、追い込まれると問題と向き合えなくなるんです。問題と向き合うためには余裕がいります。これは強調しておきたい。

――なるほど……。このすれ違い、会社の上司と部下でもありそうです。

【東畑】かなり多いんじゃないですか。パワハラとかもそうですよね。優しくしてあげると、人はけっこう頑張るんだということを忘れている。何で忘れてしまうかというと、その人自身も追いつめられているからなんですよね。ここがつらいところです。

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東畑 開人(とうはた・かいと)
十文字学園女子大学 准教授
1983年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士過程修了。沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、2014年より十文字学園女子大学専任講師、2019年より現職。17年に白金高輪カウンセリングルームを開業。専門は臨床心理学。2019年2月、精神科クリニックのデイケア施設での日々を綴った『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)を刊行。

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(十文字学園女子大学 准教授 東畑 開人 聞き手・構成=いつか床子)

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