介護せず親の年金を使い込む中年息子の身勝手
プレジデントオンライン / 2019年8月1日 10時15分
■ひとりっ子の“中年ひきこもり”に目立つ親の年金搾取
最近、話題に上がることが多くなったのが「8050問題」です。
ひきこもりの人の高齢化が進み、50代前後になっている人が少なくありません。親は80代前後に達しており、その親子が同居しているケースが増えているのです。
子が長年ひきこもりを続けていても、親が元気なうちはなんとか生活は成り立ちますが、親もとっくの昔に現役を引退し80代ともなれば、自分が要介護になることや死期が近いことを考えざるを得なくなり、「自分が死んだら、収入のないわが子はどうなってしまうのか」と焦燥感に駆られます。
中年となった子のほうも、そうした事態が迫っていることを察している。「自分に親の介護ができるだろうか」「親が死んだら生活の糧の年金も入ってこなくなる」といった不安が襲いかかり、親子ともども精神的に追い詰められていくわけです。
この「8050問題」は今年5、6月に川崎と練馬でたて続けに起こった悲惨な事件によって社会的にクローズアップされました。5月28日、川崎・登戸でスクールバスを待つ小学生を殺傷した犯人は51歳の男で伯父の家でひきこもり生活を送っていました。
犯人が自殺したため事件の真相はわかりませんが、介護が必要になった80代の伯父・伯母が男に自立を促したことが、犯行の引き金になったといわれています。
その4日後には練馬で76歳の父親が44歳になるひきこもりの長男を殺害する事件が起きました。長男は家族に暴力を振るうことも多く、「川崎の事件のようなことを仕出かすのではないか」と危機感を持ったのが殺害の動機と伝えられています。父親が元農水事務次官だったということも世間に衝撃を与えました。
このふたつの事件が起こってからは、メディアはこぞって「8050問題」を取り上げるようになりました。
■40~64歳のひきこもりの人は推計61万3000人
内閣府によると、40~64歳のひきこもりの人は推計で61万3000人いるということです。「8050問題」に直面しているのは当事者である親子だけではありません。例えば、介護の現場で介護サービスを提供する人々も該当します。とりわけ矢面に立つことが多いのが、介護サービスを受ける高齢の利用者と接することが多いケアマネジャーでしょう。
「確かに、そういう状況(ひきこもりの息子・娘と同居)にある利用者さんと遭遇する機会は多いですし、さまざまな不安や問題を抱えながら介護生活を送っている方も見ています」と語るのは首都圏のある市で約20年ケアマネジャーを務めているTさんです。
Tさんによれば、担当することになった利用者の家に、ひきこもりの子がいるかはわからないところから仕事が始まるといいます。
「介護を認定する際にもらった調査資料などから家族構成はわかるのですが、私たちと対応するのは利用者さんご本人だけで、子どもさんは一切出てこないこともある。そういう時は勤めに出ているのかなと思うわけですが、実際は家にいたというケースもあるんです。私の経験では、それが5年間わからなかったという利用者さんがいました。また、お子さんと対応する場合も、本人はもちろん親御さんが“ひきこもっている”などと明かすことはまずありませんからね。お子さんがひきこもりという事情は通っているうちになんとなくわかってくるという感じなんです」
■心身が弱った親をほったらかし、介護放棄する薄情な息子
やはり、ひきこもりということはどこか後ろめたく、他人には明らかにできない意識があるのでしょう。
「ただ、前もって言っておきたいことがあります。悲惨な事件がたて続けにあったせいか、ひきこもりの人に対する世間の目は厳しくなったような気がします。コミュニケーション能力に欠けるとか、社会に適合できないとか。それにはとどまらず犯罪者予備軍のように見る人もいる。でも、私が見てきた人には普通に対話ができ、親御さんにも愛情を持って懸命に介護している方もたくさんいました。だから、ひきこもっている人を偏見の目で見てほしくないと思います」
とはいえ、Tさんは次のようなことも語りました。
「利用者さんが十分な介護サービスを受けられないとか虐待を受けているといったケアマネジャーが頭を悩ます、いわゆる困難事例は、ひきこもりの人が介護の担い手になっているケースの方が多いことは確かです」
話を聞いた事業所には、この時、Tさん以外に2人のケアマネジャーSさん、Mさんがいましたが、その2人とも、その意見にうなずいていました。そこで3人に、「ひきこもりの人が介護の担い手になっている」家庭で、利用者が十分な介護サービスを受けているケースと、受けられず過酷な状況に置かれているケースの割合を聞いてみました。
その答えは「7対3くらい」。ひきこもりの人も7割ぐらいは、自分なりに頑張って介護をしているようです。では、残りの問題のある3割とは、どのような家庭なのでしょうか。
「ほとんどが一人っ子の男性ですね。女性にも仕事をしておらず、状況的にひきこもりといえそうな方はいますが、親御さんの介護はそれなりにされます。また、男性でも兄弟がいれば兄弟間のチェック機能によって介護放棄といったひどい状況にはなりづらいものです。しかし、介護を子である男性ひとりが担う状況の場合は困難事例になるケースが多いです」(Tさん)
■親の介護にカネをかけず、自分のために使ってしまう
具体的にはどのようなものなのでしょうか。Sさんはこう言います。
「ほとんどがお金絡みの問題です。ひきこもりの人は無収入ですから、親御さんの蓄えや年金によって生きているわけです。親御さんが元気なうちは、その管理を親御さんがしていますが、要介護になって銀行に行けなくなったり認知症の症状が出たりということになれば、財布は息子の手に移る。そうなるとお金は親御さんの介護サービスにではなく、自分のために使う搾取が始まるわけです」
介護保険による介護サービスの利用者負担は現状では、原則1割。親御さんの要介護度や状態によって負担率は異なりますが、在宅介護にかかる費用は平均すると月額3万円前後といわれています。オムツ交換や生活援助のホームヘルパーに来てもらったり、昼食や入浴のサービスが受けられるデイサービスを利用したりして、そのサービス料が実質30万円かかったとしても負担は3万円で済むわけです。
どんな介護サービスを受けられるかはケアマネジャーが決めます。利用者本人の心身の状態を見た上で、必要と思われるものを組み込んだケアプランを作成し、ご本人や家族(子)の了解を得てサービス提供が開始されます。しかし、ひきこもりの息子が介護する場合、こうした介護サービスに出費するより自分自身のために使いたいと思う人が少なくないのだそうです。Mさんが語ります。
「たとえば入浴サービスです。要介護度が重くなって、自宅での入浴が難しくなった方も、1日おきぐらいには温かい湯に入って体を洗ってもらって、サッパリしたいと思うんです。それによってリラックスしたり血流が良くなったりすることで体の状態が好転する可能性もある。そこで、私たちケアマネは訪問入浴サービスやデイサービスを組んだプランを考えるわけですが、息子の方は、そんなことにお金を使いたくない。『親の体は自分が濡れタオルで拭くから、ケアプランから外してくれ』などと言って拒絶するんです」
このように介護の専門家であるケアマネジャーが必要と考えたサービスをどんどん削っていく。受け入れるのは最低限の介護用ベッドのレンタル代だけ、というケースもあるそうです。
「サービスを断る分、自分でケアをすれば問題はないのですが、とてもやっているとは思えない。体を拭くのはごくたまにという感じですし、オムツ交換もせいぜい1日に1回という人が多い。ほとんど介護放棄状態といっていい。親御さんは劣悪な状況に置かれているわけです」(Tさん)
■「これまで散々面倒迷惑をかけた親に対する情はないのか」
親の年金に頼る生活ですから出費は抑えたいという気もわからないではないですが、節約すれば介護サービスにまわすお金は捻出できるはずです。
「でも、節約しているようにはとても見えません。たとえば食事。親御さんと自分の分を自炊すれば出費は抑えられるはずですが、そうした形跡は一切なく、コンビニの弁当とかを食べていますしね。また、最新のスマホを持っている人もいました。自分がしたいこと、欲しいものを優先して出費しているんです。そんな姿を見ていると、『これまで散々面倒迷惑をかけた親に対する情はないのか』と言いたくなりますよね」(Tさん)
劣悪な状況に置かれた親御さんは、心身ともに弱っていきます。寿命も縮まるのではないでしょうか。子は年金を頼りに生活しているのですから、親子の情はともかく親御さんには長く生きてもらわなければ困るのは百も承知のはずです。ところが、日々衰えゆく親のことより自分のこと優先、という人ばかりだといいます。
「我々ケアマネを悩ませるひきこもりの人には、そういう当たり前の判断力が欠落している人や、常識の通じない人が多いですね。目に余るケースの場合は、地域包括支援センターや行政など多方面から説得を試みますが、それも強制力はなく、改善されることが少ないのが実情です」(Tさん)
以上の事例は、現場をよく知るケアマネジャーであるTさんら3人が実体験に基づき証言してくれたものですが、ひきこもりの人が介護の担い手になっている家庭の3割ほどが、似たような状況に陥っていると思うと暗澹たる気持ちになってしまいます。
「8050問題」は介護の現場でもさまざまな悲劇を生んでいるのです。
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ライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)
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