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記念日を派手に祝うカップルほどすぐに別れる

プレジデントオンライン / 2019年8月7日 17時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Sandralise)

クリスマスやバレンタインデーなどの記念日に、高額なプレゼントを贈り合うカップルがいる。文化人類学者の上田紀行氏は「あまりに高額になると、価格が愛のバロメーターのようになってしまう。特別な思いを伝えたいときは、2人だけが知る意味を言葉に乗せることが大切だ」と指摘する――。

※本稿は、上田紀行『愛する意味』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■“ぼっち”はいけないとばかりに訪れる冬商戦

毎年、12月に入ると、学生たちにこんな冗談を言ったりします。

「また今年も、受難の季節が始まったね。これからクリスマス、お正月、バレンタイン、ホワイトデーだよ。さてこれをどうやってのりきるか、たいへんだよねー」

日本でクリスマスパーティというものが始まったのは戦後の高度成長期になってからですが、このときはお父さんが買ってきてくれるケーキを家族で食べるというイベントでした。

バレンタインデーにチョコレートを送るという風習も、私の小学校時代にはまだありません。いつの頃からか始まってあっという間に広がり、大学生の頃にはもう「チョコがもらえないぼくは、今日一日どうやって過ごしたらいいんだ」と、モテない男子たちは集まってぼやくというような疎外感さえ味わっていたものです。

どうも、私たちは、そういうマーケティング戦略にすぐのせられます。「これが最新の愛情表現ですよ」と広告をうたれると、「みんながやっているなら私も」と一気に広まってしまう。人の目から見た評価を無意識に優先させてしまうという日本人の特性が、恋愛という特別に個人的なことでさえ、「右に倣え」にさせてしまうのでしょうか。

■バブル時代もいた「女性とうまく話せない恋愛弱者」

当時、日本はバブル真っ盛りでした。クリスマスは彼氏や彼女と過ごすものだという恋愛常識がまことしやかに作られ、バレンタインデーにはやたらと高価なチョコやプレゼントを贈り合うようになっていったのもこの時代です。

私自身は中学・高校の6年間を男子校で過ごしたということもあって、男女関係についてはまったくコミュニケーション力の弱い恋愛弱者の学生でした。大学に入ってようやく女の子のいる環境になり、コンパも頻繁に開かれていましたが、女の子と何を話したらいいかもわかりません。

やっとデートにこぎつけても、相手のようすが気になり、ちょっとでも表情が硬くなると、「自分の話がつまらないせいだ」「誘った映画の内容がつまらなかったせいで、怒っているに違いない」とか深読みしすぎて自爆してしまうのです。

夫に愛人を作られ逃げられたという立場の母親は、私が思春期に入って成長していくようすに父親を重ね合わせて見てしまったのでしょう。特に、私と母にとって悲劇的だったのは、私が父親似だということでした。

そして母は、私にこう言うようになります。

■相手は未定でも高級ホテルを1年前から予約

「あなたの中にはあの父親の邪悪な血が半分流れている。だからその血が目覚めないように、気をつけないといけない」

そんな母の呪文のようなことばに縛られたまま大学生活を過ごしていたのですが、ちょうどその頃、時代は「モノを贈る」というほうに行っていました。

大学院生の頃には、予備校講師をしていました。夜遅くまで勉強していた特訓クラスの女の子に、たまたま教務室にあったケーキを持っていってあげたら、「先生優しい」と言われて、「そうか」と気がつきました。

それに気づいてから、ちょっと楽になりました。

ケーキの差し入れとか、相手のことを考えて贈るちょっとしたプレゼントは、気持ちの自然な発露として悪くありません。愛情表現のキャパシティがより広がり、ちょっとしたあと押しになってくれると思えました。気づくのが遅すぎたところはありましたが。

ところがそれを何年か続けていくと、バレンタインにはチョコレートを贈らねばならず、クリスマスには高いプレゼントを用意しなくてはいけなくなるわけです。

当時、365日前からホテルが予約できたので、社会人の先輩たちは新宿のセンチュリーハイアット(現ハイアットリージェンシー東京)やヒルトンに、前年のクリスマス明けから予約を入れていました。相手なんかが決まってなくたって、とにかく来年のクリスマスのために夜景のきれいな部屋を押さえてあったのです。

こうなると、もう完全に、恋愛というシステムから逃れられなくなっていきました。

■昔の物語に贈り物をするシーンはなかった

五木寛之さんの小説『青春の門』は、1969年の「第1部 筑豊篇」の雑誌連載から始まった大河小説です。「第2部 自立篇」「第3部 放浪篇」「第4部 堕落篇」「第5部 望郷篇」「第6部 再起篇」「第7部 挑戦篇」「第8部 風雲篇」と続いていて、単行本は「第7部 挑戦篇」で止まったままのとき、2011年に第7部の文庫刊が出るにあたって、解説を書くという御役目が私にまわってきました。

出版社から「ぜひ上田さんにと五木先生がおっしゃってます」と言われて、実はまだ読んでおらず、映画も見ていなかったのですが、五木先生からのご指名も光栄なお話でもあり、第1部から全部読み通しました。

あの頃の恋愛エネルギーというのはものすごい。主人公の伊吹信介は、自分とは何者か、いったい何をなすべきかを問い続け、自分とは異なるもの、違和感を感じるものとの縁にひたすら飛び込み続け、そして性を追求していくのです。

そういえば、『青春の門』では、男女が一緒に飲んでセックスして、喫茶店でしきりと語り合ったりはしていますが、そこに贈り物をするという場面はまったくありません。

若者たちが、狭い下宿でひたすら抱き合っていた時代から、モノをやりとりする時代へ。私たちの社会は、たしかに一見豊かになったように見えるのですが、実際はどうなのか。

■「高いプレゼントをあげたのにお返しはこれだけ?」

現代の恋愛は、『青春の門』と比べて形式は高まっていって、すべての人がチョコを渡したりと一見恋愛しているように見えますが。実は増えているのは恋愛システムだけかもしれない。会ってディナーをしてプレゼントを買って渡すという消費行動であって、商業主義にのっているだけなのかもしれないのです。

その上、最近では若い人たちまでが高額なブランド品を贈り合っていて、「自分はいくらのものをあげたのに、相手からはこれしかもらってない」と、交換し合ったものの金額が愛のバロメーターのようになってしまっているところもあります。

それが本当だとすると、経済格差が愛の格差にも直結していくということになるわけです。受験勉強のように、すべてを偏差値化したことによって今度はプレゼントの偏差値が悪い子たちの恋愛が阻害されるようになる。

日本がこれだけ経済的に豊かになったということで、みんなの持つ経済的な偏差値が一時期すごく高まったわけですが、今、社会は経済的には縮小に向かっています。先進国では、右肩上がりの経済成長の時代は終わりました。というより、自分もみんなも儲かって、やればやるだけ見返りがあるという時代が特殊例だったのです。

そうすると、今までプレゼントに使えていた金額がもう使えなくなる。そのことで、関係性がおかしくなってしまうような時代に入っているということになりはしないでしょうか。今を何とかしのいでも、今後「お金をかけてモノをたくさん動かしたほうが幸せ」という社会はもう構築できないのです。

そうなってくると、これからは愛の時代に入ってくると思います。恋愛システムへの依存からは早めに手を引き、たいして贅沢ができなくても自由で生きる喜びが湧き上がってくるような時間を多く作ることが、恋愛エネルギーを活性化させることになっていくのだと思います。

■義務感にとらわれずに自分の思いを伝えるには

たとえば夫や恋人が、ちょっとしたお花を買ってきてくれて、「君のことを考えながら歩いていたらちょうどお花屋さんがあって、思わず買っちゃったよ」と言ったらどうでしょう?

特に記念日でもないのだからそんなに豪華な花束ではないはずで、一輪だけかもしれませんが、「君のことを考えていたら」というごく短いストーリーがついてくることによって、「その人の中に私はちゃんと存在しているのだ」ということを実感し、うれしい温かい気持ちになれるのではないかなと思います。

市場経済の活性化によって、いろいろなものがマーケティングに支配されていきます。恋愛の楽しみもどんどんシステムにのっとられて、「バレンタインデーだからチョコレート」「誕生日だから○○」と、義務感が強くなっていきます。

私がこれまでも言ってきたように、愛というものは機械的に「これをしなくちゃいけない」と規定されてしまうところからは生まれにくいのです。

だから、クリスマスとかバレンタインという記念日に依らず、その人自身のことをイメージしながら自由な発想でふわっと贈る何かのほうが、思いを伝えるのかもしれません。そのとき提案したいのが、「レトリカルな(レトリックを用いた)」ということなのです。レトリックというのは、ストレートな科学的、論理的言語では語れない豊かな意味を表現するための技法です。

単純なところでは、「君は素敵な人だ」はストレートな表現ですが、そこで「君は宝石だ」とか「君はキラキラ輝いている」というのがレトリカルな表現ということになります。「私はあなたのことが好きです」「愛してます」と言うことばは、誰にでもわかるものであって、論理的な意味は100%伝わっている。けれども実は、自分のオリジナリティは何も伝わっていないではないか。

■大切なのは、2人だけが知る意味を持たせること

それを言っている自分の中の豊かなイメージが、そこにちゃんとのせられているのかどうかを、もう一度見直してみるのです。そして、その向こう側にある「あなたでなければダメなんだ」とか、「一緒にいることがこんなにうれしいんだよ」というような、言葉では伝えきれない何かを、レトリカルな表現で伝えようとするわけなのです。

上田紀行『愛する意味』(光文社新書)

そうすると、「君のことを考えながら歩いていたらちょうどお花屋さんがあって、思わずこの花を買っちゃったよ」という一言の持つ意味は、言う人によって変わってきます。その2人の間にどんなことが起こってきたか、それまでの文脈によって意味が変わってくるのがおもしろいところです。

そして、そこからどんな思い出が広がって、どんな会話につながっていくか、まったく違うことになっていくのです。

レトリックが成立するのは、その状況を互いに共有しているからです。私とあなたのお互いしか知らないようなものが言葉で引き合わされて、「この人の言っていることは、私の知っているあのことなんだ」と気がつくことで、時間を共有しているとか愛情が深まるような言葉の使い方ができていくのです。

「あなたと一緒にいることが私にとって特別なことなんだ」という感じが、そこから波動として伝わってきます。そして、「この人と一緒にいたら、人生が意味深く豊かになる」と思わせる何かから、とても愛を感じることができます。

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上田 紀行(うえだ・のりゆき)
文化人類学者、医学博士、東京工業大学教授
1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。岡山大学で博士(医学)取得。86年よりスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行い、その後「癒やし」の観点を最も早くから提示し、生きる意味を見失った現代社会への提言を続けている。日本仏教再生に向けての運動にも取り組む。代表作『生きる意味』(岩波新書)は、06年全国大学入試において40大学以上で取り上げられ、出題率第1位の著作となった。近著に『愛する意味』(光文社新書)がある。

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上田 紀行(うえだ・のりゆき)
文化人類学者、医学博士、東京工業大学教授
1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。岡山大学で博士(医学)取得。86年よりスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行い、その後「癒やし」の観点を最も早くから提示し、生きる意味を見失った現代社会への提言を続けている。日本仏教再生に向けての運動にも取り組む。代表作『生きる意味』(岩波新書)は、06年全国大学入試において40大学以上で取り上げられ、出題率第1位の著作となった。近著に『愛する意味』(光文社新書)がある。

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(文化人類学者、医学博士、東京工業大学教授 上田 紀行 写真=iStock.com)

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