「とにかく球数を増やせ」のコーチはプロ失格
プレジデントオンライン / 2019年8月9日 17時15分
※本稿は、サーシャ・バイン『心を強くする 「世界一のメンタル」50のルール』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■「フォーカス」なくして、練習とは言えない
スキルの鍛錬に大切なことはまず二つ。
一つは何を伸ばすか焦点を絞る、つまり「フォーカス」すること。そしてもう一つは、「集中力の持続」だ。
フォーカスに注意を払う人はすくないが、決して無視できない。また、集中力を持続できなければ成功はおぼつかない。ミュージシャンであろうと俳優であろうと、あるいはビジネスパーソンであろうと、集中力の持続は成功と失敗を分ける鍵である。
テニスでも、トーナメントで結果を残せるかどうかは、「ハイレベルの集中力をどれだけ持続できるか」にかかっている。すべては練習用コートからはじまるのだ。テニスに限らない。練習で結果を残したかったら、磨きをかけたい項目を絞って、そのトレーニングに時間をかけることだろう。
積極的なボディーランゲージを活用したい。意識的に大声を出すことで脳をだますと、ポジティブな思考に導くことができる。自分の表情にも注意。それは絶えず相手にメッセージを送っているのだから。
■集中力を持続させる訓練を意識的に取り入れる
私はどのプレーヤーにも、練習中、集中力を持続させるように説いてきた。なおみと組んだ頃、彼女は試合中、集中力が途切れるようなシーンを何度か見せた。それがなおみの足を引っ張って、超美技を見せるかと思えば凡ミスをするような試合ぶりにつながっていた。それが気になったので、あるとき練習後に、なおみにこう注意した。
「今日はちょっと、気がのらなかったみたいだね。試合中にも、ときどきスイッチが切れるときがあるみたいだ。それでも勝てるからいいんだが、もし本当に成長したかったら、フォアハンドの練習と同じくらい、集中力を持続させる訓練を積んだほうがいいよ」
■球数は少なくていいから、考えて打て
上達の鍵はフォーカスにある。鍛えたい技を絞りこめば絞りこむほど練習の成果も上がるはずだ。
練習でフォーカスを行わず、漫然と同じことをくり返していると、いざというときに的確な対応ができない。ステージで聴衆の前に立ったり、重役たちを前にプレゼンをしたり、テニスコートで前チャンピオンと対峙したり、といった肝心の場面で、実力を発揮できない。
「練習ではとにかく球数を多く打て」と教えるテニスコーチがいる。私は、「打つ球は少なくていいから、実戦で予想されるシーンに対応した球を打て」と教える。また、練習で疲れて集中力が途切れたら、無理せずに休んだほうがいい。無理をつづけて悪い習慣ができるより、そのほうがずっといい。
フォーカスは、必ずいい結果をもたらす。一緒に練習に励んでいるうちに、なおみのフォーカスが的確になって、相乗効果で持続力が増していくのが、見ていて嬉しかった。集中力が持続できて初めてグランドスラムや世界ランク1位の座も視野に入ってくる。
なおみの場合、すべては、熱い応援をしてくれる観客が一人もいない練習コートではじまった。何かを達成したいと思う人間なら、誰しも同じだろう。
■質問する人ほど強い
スキルを伸ばすのにもう一つ有効な方法が、「質問」である。
無知はメンタルの成長を阻む。すること、見るもの、すべての意味を問いただそう。自分のしていること、のみならず、自分を取り巻く世界、取り巻く人々についても、好奇の眼差しを向けよう。
好奇心とは、あなたのメンタルが急速な成長をとげようとしている何よりの証しである。それは、学びたいという情熱の代名詞でもあるのだから。
惰性に流されて仕事をしたくはない。
自分は何をしているのか、なぜそれをしているのか、どうやってしているのか、それがどんな助けになるのか。その答えを常に求めながら、仕事を進めたい。その仕事が自分の公私の暮らしにどんな意味を持つのか、はっきりつかんでさえいれば、困難に直面しても耐えることができる。
周囲の人間に物をたずねるには勇気がいる。自分の無知を明かすことでもあるのだから。だが、それは同時に、自分が柔軟な心の持ち主で、学ぶ意欲を持っていることをも、明かすことになる。それは周囲の敬意を勝ち得て、みな温かい協力の手を差し伸べてくれるにちがいない。
■大坂なおみの「意外な質問」とは?
なおみはよく私のところにきて、言ったものである。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
いったい何を言いだすのか、こっちは皆目見当がつかない。なおみはときどき、とんでもないことを聞いてくるからだ。でも、なおみの質問はいつでも大歓迎だった。その前に自分でも考えたあげくの問いかけであることが、わかっていたからである。
なおみの質問は、単純なものもあれば複雑なものもあった。テニス関連のものもあれば、人生一般に関するものもあった。度肝を抜かれるようなことを聞いてくることもあるので、次にどんなことを聞かれるか、予想もつかなかった。聞くタイミングもそうで、思いもかけないときに思いもかけないことを聞いてくる。
たとえば、「このエクササイズ、20回じゃなく、12回じゃどうしていけないの?」とか。
メルボルンの練習コートで打ち合っていたときには、途中、急にプレイを止めて、「ねえ、ちょっと教えて」と問いかけてきた。てっきり、打ち合いに関するテクニカルな質問だろうな、と思ったら、とんでもなかった。
「あのナダルだけど、彼はこういうコートで練習できるのかな?」というのだ。男子テニスのトッププレーヤー、ラファエル・ナダルはベースラインの背後数メートルの位置でボールを打つことを好む。としたら、このコートみたいにベースラインの背後に余裕がなかったら、窮屈すぎるのではないか、というわけである。
「うん、そうね、たぶん、無理だろうな」と応じてから、私はすぐに切り返した。
「でも、ぼくらはこのコートで十分なんだから、さあ、練習を続けてもらえるかい?」
なおみはにこっと笑うと、すさまじい集中力を見せて、ものすごいボールを打ってきた。
■人に問うことは弱さを見せることではない
一方、私は私でなおみに聞きたいことはいろいろとあった。質問はコーチングの最良の方法なのである。何かを「上から目線」で講釈するよりも、相手に何かを問いかけて、相手に考えさせる。その結果、相手が正しい答えにたどり着けば、これほど素晴らしいことはない。なおみに、ああしろ、こう考えろ、と押しつけるような独裁者には決してなりたくなかった。
テニスプレーヤーはもともと頑固な人種だ。命令を一方的に押しつけられるのを好まない。それよりも、「自分で何かに気づいた」「何かを考えついた」と自覚できたほうが満足できる。そのとき考えついたことは深く心に刻まれて、長く記憶に留まるものなのだ。私は過去、人に助けを求めるのをためらうほうだったので、いまは人にいろいろと質問することが楽しい。人の役に立てるとき、私はいちばん嬉しいのだ。
人に問いかけ、物を教えてもらうのは、自分の弱さをさらすことではない。むしろ、強さを示すことなのだ。そのときあなたは、真っ正直な自分を示しているのだから。
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1984年生まれ、ドイツ人。ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンス、キャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。2018年シーズン、当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には、全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。
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(テニスコーチ サーシャ・バイン)
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