「儲けようとしないから儲かる」ホントの理由
プレジデントオンライン / 2019年8月9日 11時15分
■ありそうでなかった、あったらうれしいサービス
私がサービスを立ち上げたのは、2003年のことでした。「みんなの暮らしをもっと楽しく、わくわく、心地よく」をコンセプトに、ありそうでなかった、あったらうれしいウェブサービスをつくりたい。そういう思いで、主に女性向けのライフスタイルメディアをつくってきました。
事業の大きな柱は2つあって、1つが食品ECサイト紹介事業で、全国のおいしいお取り寄せの情報ポータルサイト「おとりよせネット」です。もう1つが料理インフルエンサーによるマーケティング事業とプロモーション事業です。これは、日本最大級の料理ブログのポータルサイトの「レシピブログ」と、日本最大級の料理インスタグラマーコミュニティ「フ―ディーテーブル」(旧「クッキングラム」)からなっています。
■商品カートがない、口コミだけが載っている
最初に始めた事業は、「おとりよせネット」でした。現在、掲載商品が5000品以上あって、年間640万人にご利用いただいています。「おとりよせネット」は商品の口コミのデータベースで、アイランドは販売には直接タッチしません。商品カートがないお取り寄せ情報サービスと説明したほうがわかりやすいかもしれません。
ユーザーが「おとりよせネット」に掲載された商品情報とユーザー評価などを参考にして、ショップから直接商品を取り寄せるシステムです。ショップに支払っていただく商品掲載料が、主な事業収入ですが、初めて掲載する商品は無料で、2品目から有料にしているのが特徴です。こういうシステムにしているのは、まずショップとユーザーとが出会って、両者が信頼し合える関係になることを大切にしたい、と考えているからです。
このサービスの根本にあるのは、「おとりよせネット」はユーザーの生の声を尊重する口コミのデータベースである、ということです。ですから、ショップから「口コミ情報からこの一文を削ってほしい」という要望があっても、受け付けていません。「ユーザーさんの素直な気持ちですので削除できません」と説明し、それで納得してもらえないときには、「商品の掲載を削除しましょう」とお伝えしています。
■儲からないから、他社はやめてしまう
ECビジネス業界では、プラットフォーマーであるモール運営業者か、自社でものを販売するECサイトつまり販売業者か、基本的にはそのどちらかがプレーヤーとなっています。そのほうが儲かるからです。「なぜ自社で販売をしないのですか?」とよく質問をされます。儲かりにくいことは他社が継続してやらないので、あえてそれをやっているんですよ、と答えています。
逆説的な言い方で、わかりにくいかもしれませんが、実際のところ、「おとりよせネット」を15年以上やってきて、まわりを見渡してみると、以前はライバル的存在もいましたが、自社で販売するマーケットへと出て行ってしまいました。今はライバルがいない独自のポジションを取れていて、十分に利益が上がるビジネスとして展開できているのです。
■いつか収入が見込めるかも、で始めたビジネス
事業のもう1つの柱が料理インフルエンサー事業です。いわゆる“お料理ブログ”を集めたサイト「レシピブログ」をスタートしたのは、2005年のことでした。今では料理ブロガー1万7000名が参加し、月間の想定波及効果が約2億400万PVもあるサイトとなりました。
料理ブロガーは、毎日のようにレシピを投稿してくれます。一方でユーザーはレシピを検索します。キーワードで検索できるほか、料理の種類別(ご飯、主菜、副菜・サラダ、パン、麺・パスタなど)、そして、ブロガーやブログ名での検索もできます。好きなブロガーのレシピを参考にする人もたくさんいます。
事業プランは、先行して始めた「おとりよせネット」に連動するサービスとして運営できれば収入がいつかは見込めるかも、という漠然としたものでした。スタートして2年ほど経ってから、人気のレシピブロガーさんがメディアで注目されたりするようになって、食品関係の企業などから問い合わせが入り始めました。「このブロガーさんに弊社のキッチングッズを使ってほしい」とか、「商品の記者発表にブロガーさんに来てもらいたい」といった要望でした。そういうニーズがあるなら、「レシピブログ」をビジネスにできるのでは、とあとから気づいたのです。
■ニーズ先行で、生まれてきた事業モデル
そんなニーズから生まれた事業モデルが、料理ブロガーが商品開発のモニターとして関わるモニター・コラボ企画でした。それと、料理インフルエンサー(ブロガー、インスタグラマーなど)を起用したプロモーションやレシピコンテンツの提供でした。料理のスタイリング、イベント、座談会の企画・運営などもやっています。この事業は今では、「レシピブログ」から切り離して、「フーディストナビ」としてサイト運営しています。こうした展開を機能的にやるために、2012年にはキッチンスタジオも造りました。
それに前後して、「レシピブログ」のレシピや投稿内容が、出版社の雑誌や書籍のコンテンツとして通用することがわかってきました。出版社からの打診で始まった『レシピブログ magazine』(扶桑社)は、2013年にムックとして創刊し、シリーズは14冊になりました。また、企業のオウンドメディアやホームページに提供してほしい、そんなニーズも増えてきました。自然発生的に「レシピブログ」には、マネタイズの柱がいくつか出来上がったのです。
■どこが、普通のレシピ検索サイトと違うのか
「おとりよせネット」がそうであるように、「レシピブログ」も「一般的なレシピ検索サイトと違いますよね」とよく言われます。レシピの数が多く、検索しやすさを追求するのが、一般的なレシピ検索サイトです。「レシピブログ」は、そういう機能を重視しながらも、料理をつくりたい人の日常生活にもコミットし、心ふれ合うコミュニケーションができるサイトを目指してきました。なぜ、そういうことを考えたのか。
私は料理本を読むのが好きで、たとえば人気の料理研究家、栗原はるみさんなどのエッセーの中に料理が入っているスタイルの本が気に入っていました。レシピだけでなく、レシピを投稿してくる人の日々も読みたい、知りたい。そういう思いがあって「レシピブログ」をスタートさせたので、レシピの数が多く、検索しやすい、便利さ一辺倒のサイトとはおのずと方向性が違うものになりました。
■ユーザーと心ふれ合うコミュニケーションをしたい
一般には「材料」「つくりかた」などの入力フォーマットをつくって、利便性や検索性を高める設計にしますが、「レシピブログ」の場合は定型化せず、日常生活の雰囲気のまま、好きな形でレシピを書いてもらえるようにしています。「レシピブログ」には「料理を食べたダンナさんがホメてくれた」とか「旅先の空気が気持ちいい」といった、ブロガーたちの日常も投稿されていて、それが共感を呼んで人気となり、上位にランクされる記事やブログも少なくありません。
日常の生活において、家族やペットとのちょっとした喜びや気づき、人生のヒトコマを通して、レシピブロガーやユーザーとの心ふれ合うコミュニケーション。それをこれからも大切にしていきたいのです。
■急激に伸びた、インスタグラマーコミュニティ
料理インフルエンサー事業のサービスで伸びているのが、2015年にスタートした料理でつながるインスタグラマーコミュニティ「フーディーテーブル」です。公式アカウントのフォロワー数は18万人を突破。1万人以上の登録インスタグラマーによる月間総リーチ数は4億6000万を超えます。
短期間でこれだけ伸びたのは、次のような理由があります。1つ目はインスタグラム時代の本格的な幕開けに先駆けて始めたこと。2015年の夏にスタートしたのですが、もし半年遅ければ、この流れはつくれなかったと思います。2つ目は先行して「レシピブログ」のサービスをやっていたこと。スタート当初は、「フーディ―テーブル」に参加していたユーザーの多くが「レシピブログ」のユーザーでした。このユーザーのリレーによって、短期間でぐっと伸びる基盤ができたのです。そのあと新しいユーザーが入ってくるようになり、今では8割以上が新しいユーザーが占めています。
■担当者が、1日中おすすめ投稿をチェック
3つ目は、インスタグラムの中で丁寧なコミュニティ運営をしていることです。われわれの提唱するハッシュタグ「#フーディーテーブル」で旧タグと合わせて400万件近く発信してもらっていますが、そこから“おすすめ投稿”を3本厳選して、公式アカウントから再投稿します。この選定に心身を集中させています。担当者は腱鞘炎になりそうなくらい1日中スマホをチェックし、編集者の視点と生活者の視点から、すてきな写真を選び出します。
さらに、編集部がコメントを添えて投稿するときに、投稿者が最も喜んでくれるコミュニケーションを徹底的に追求します。たとえば投稿者が野菜の「なす」をひらがなで書いているのか、カタカナで書いているのか、漢字で書いているのかチェックし、ひらがなの「なす」と確認して「なすのレシピおいしそうですね♪」とコメントをする。お子さまの呼び方も投稿で確認し、「××ちゃんが喜んでくれてよかったですね」とコメントを書くようにしています。事業収入は、「レシプブログ」と同じく、マーケティング事業とプロモーション事業で成り立っています。
■「なぜ、ユーザーから指摘があったのか」を話し合う
食品ECサイト紹介事業も料理インフルエンサー事業も、ユーザーとの心からのコミュニケーション、信頼関係を大切にしてきました。今もその姿勢に変わりはありません。どういうことを意識し、社内でどういう取り組みをしているか、いくつか紹介します。
1つは、アイランドで「P.S.(追伸)文化」と呼んでいるのですが、ショップやユーザーなどに対応するときに、問い合わせで答えを返信しておしまいとせず、「P.S.」で何かコメントを添えるのです。「最近作られた試作品はおいしそうでしたね」。そういう一文で、私たちはあなたの動向をいつも見ていますよ、と伝えるよう心がけています。
もう1つは、感情的な指標を社内で共有するようにしていることです。ネットビジネスではKPI(キー・パフォーマンス・インジケーター)という指標があり、PVがいくらで、コンバージョンがいくらで、目標に対してどのくらい達成できているかを数値化したものです。アイランドはKPIだけでなく、エモーショナルなことを測る指標も大事にしています。私たちで勝手に名づけたものですが、ワクワク・パフォーマンス・インジケーター、略してWPIです。ユーザーから「うれしい」というコメントが届きましたとか、ショップから温かいメールをもらいましたとか、そういうWPIを社内でシェア(共有)する文化になっています。
また、社内横断的な「グッドコミュニケーション委員会」を設けています。ここでは、たとえばユーザーさんからスタッフのユーザー対応についてご指摘があったケースなどをシェアして、本当はどうしたらよかったのかを話し合う場です。社員30人ほどの会社ですが、こういう文化の積み重ねることで、ユーザーさんとの心からのコミュニケーション、「エモい」交流がしっかりと続いているのだと思います。
■13年後に花開いた、トライブの芽
ユーザーの方々の動きをみていると、大きなヒントがあると考えるようになりました。今の時代、職場や地域を越えて、共通の興味、関心を持つ人たちがネットに集まってきます。その集まりを「トライブ」というのですが、元々部族を意味する言葉で、興味、関心の程度によって、大小のさまざまな「トライブ」が生まれています。
ここに来て、大きく伸びてきたのが当社の朝型ライフスタイル提案サービス「朝時間.jp」です。「朝型の生活をしたい」という大きなトライブが盛り上がりを見せているのです。ヘルシー志向や働き方改革といった背景がありますが、一言でいえば、「朝時間をうまく使いたい」という人のコミュニティが育ってきている。時代に合っていて、人を幸せにできる、とても面白いサービスになってきました。
LINEのお友だちは、100万人を超えていて、朝6時にプッシュ通知を送ります。こんな時間に通知を送って、叱られないのは私たちだけではないかと思っています。朝に行うイベントを告知したいとき、「朝時間.jp」しかメディアがないね、とクライアントに言っていただけるようにもなっています。
■自腹を切っても、創りたいサービスか
実はこの「朝時間.jp」、サービス開始から13年がたっています。これまで大きな儲けは出ていませんでしたが、私たちになりの信念があって、独自の立ち位置で育ててきた先に、10年を過ぎた頃やっと小さな花が咲きました。小さな会社だからできたことです。他社さんが同じビジネスを続けようと思っても、事業規模が小さすぎて継続判断が難しい。小さなビジネスを大切にできるのは、ライフスタイルベンチャーのよいところなのだと思います。
「朝時間.jp」もそうですが、私は新しいサービスを検討するとき、「自腹を切ってでも創りたいか」を基準にしています。そう思える限り、それがすぐに儲からなくても、長い間小さなビジネスであり続けても、地道に育てていけば、いつか花開くと信じています。
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アイランド 代表取締役
NTTコミュニケーションズ株式会社先端ビジネス開発センタ、株式会社リクルート次世代事業開発室・事業統括マネジメント室勤務、総合情報サイト「All About」マーケティングプランナーを経て、2003年7月よりアイランド株式会社代表取締役。
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(アイランド 代表取締役 粟飯原 理咲 構成=島影真奈美+松浦達也(馬場企画))
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