「少年A」を産んだ母親の悲しすぎる思い
プレジデントオンライン / 2019年8月7日 15時15分
神戸小学生連続殺傷事件/須磨署から神戸地検に向かう容疑者。大勢の報道陣や住民の見守る中、神戸地検に向かう土師淳君殺害容疑者の中学生を乗せたマイクロバス=神戸市の須磨警察署前で、山下恭二写す。兵庫県/神戸市。1997年6月29日撮影 - 写真=毎日新聞社/アフロ
※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第6章「『少年A』の両親との20年」の一部を再編集したものです。
■少年A逮捕の日
少年Aの両親の手記『「少年A」この子を生んで……』が完成するまで、2年もの長い月日が必要だった。
1999(平成11)年、『週刊文春』の3月25日号と翌週号に内容の一部が先行して掲載され、単行本『「少年A」この子を生んで……』は4月2日に発売となる。森下香枝記者(当時、現・週刊朝日編集長)、渾身のスクープだった。
母の手記と育児日誌、そして父の日記で構成された本の内容は、相当に衝撃的だ。
父の日記は、Aの逮捕当日から始まっている。
朝7時15分ごろ、今日は子供達の学校も私の会社も休みで、家族全員その時はまだ眠っていました。
突然、インターホンが鳴り、私が寝間から起きて玄関のドアを開けると、警察の方が二人中に入ってきて、スッと警察手帳を見せられました。名前までは覚えていません。
「外では人目に付くので」と言った後、一人が玄関のドアを開め、「息子さんに話を聞きたいのですが……」と言われました。
「はあ、ウチ、息子は三人おりますが……」
「ご長男A君です」〉(『「少年A」この子を生んで……』)
■フラフラ状態で顔は土気色の母親
こうして、Aは連行された。次いで母親が警察に呼ばれ、ようやく午後6時ごろに帰宅。6時10分ごろ、父親は警察官から「子供達をどこかに預けることはできますか?」と聞かれる。わけを尋ねても「理由は聞かんといてください」の一点張りだった。言われるまま、Aの弟二人を近所の親戚に預け、帰宅した6時35分ごろ。警察官から「ちょっと淳君の事件で重大なお話があります」と、家宅捜索令状を見せられた。
「A君を容疑者として今、取り調べをしています」(中略)
あまりのことに、記憶も途切れ途切れにしか残っていません。
妻も同じで、「お父さん、これ、どうなってるの。もう一回言うて」と混乱するばかり。
「Aが何したんですか? えー、何したんですか?」
私も繰り返し繰り返し、尋ねていたように思います。
妻は、次の月曜に当たっていた町の掃除当番ができなくなることを思い出し、隣の家に伝えに出ましたが、もうフラフラ状態で顔は土気色でした。〉
■「淳君事件の犯人逮捕。友が丘の少年」
私達夫婦は、「えー、えー」としか言葉が発せられず、何が何だか分からないまま、警察官がAの部屋から次々と押収していく品物に対し、「これを指で指して」と言われるままに、ただロボットのように従って、写真をバシャバシャ撮られていました。
8時半ごろ、付けっ放しになっていた居間のテレビの画面に、「淳君事件の犯人逮捕。友が丘の少年」という短いテロップが出ました。
「えっ、こ、これですか? これはAのことですか?」
捜索している警官に妻が尋ねると、「そうです」という短い返事が返ってきました。〉(同書)
両親はAとの面会を求め続けるが、なかなか叶わない。「上司と相談したところ、警察の周囲にマスコミが多いので、面会は当分無理です」というのが、須磨署留置場係の説明だ。
結局、Aが須磨署から少年鑑別所に移されるまで、一度も面会は許されなかった。
■「帰れ、ブタ野郎」
本の第二章「息子が『酒鬼薔薇聖斗』だと知ったとき」と題する母の手記は、念願の面会がようやく実現した場面から始まる。
1997年9月18日、私たち夫婦が6月28日の逮捕以来、初めて神戸少年鑑別所に収容された長男Aに面会に行ったとき、まず息子から浴びせられたのがこの言葉でした。
「誰が何と言おうと、Aはお父さんとお母さんの子供やから、家族五人で頑張って行こうな」と、夫が声をかけたそのとき、私たち二人はこう怒鳴られたのです。
鉄格子の付いた重い鉄の扉の奥の、青のペンキが剝げかかって緑に変色したような壁に囲まれた、狭い正方形の面談室。並べてあったパイプ椅子に座り、テーブルを挟んでAと向かい合いました。あの子は最初、身じろぎもせずこちらに顔を向けたまま、ジーッと黙って椅子に腰掛けていました。
しかし、私たちが声をかけたとたん、
「帰れーっ」
「会わないと言ったのに、何で来やがったんや」
火が付いたように怒鳴り出しました。
そして、これまで一度として見せたこともない、すごい形相で私たちを睨みつけました。
《あの子のあの目――》
涙をいっぱいに溜め、グーッと上目使いで、心底から私たちを憎んでいるという目――。
あまりのショックと驚きで、私は一瞬、金縛りに遭ったように体が強張ってしまいました。(中略)
15分ほど私たちは顔を向き合わせていたのですが、最後まで「帰れっ」とAに怒鳴られ、睨まれ続けていました。
この子は私のせいで、こんなことになってしまったのではないか?
Aは目で私にそう抗議している。
《私のせいなんや……》(中略)
私たち親は正直言って、この時点まで、息子があの恐ろしい事件を起こした犯人とは、とても考えられませんでした。どうしても納得することができませんでした。
あの子の口から真実を聞くまでは、信じられない。きっと何かの間違いに違いない。
いや、間違いであってほしい。たとえその確率が、0.1パーセント、いえ0.01パーセントでもいい。その可能性を信じたいという、藁にも縋る思いで、その日鑑別所の面談室を訪ねたのです。〉(同書)
■息子のためであれば、死ねます
家へ遊びに来ることもあった土師淳君が行方不明になると、父親も母親も捜索に参加している。息子が手にかけたとは思いもせず、遺体の頭部がAの部屋の屋根裏に隠されているとは知る由もなく、地域一帯を探し回っていたのだ。
我が子の犯行と確信したあと、母親が耐え難い胸の内をさらけ出した一節がある。
Aは自分の正当性ばかりを主張し、やってしまった行為の責任を負うことなど、とうていできるはずもない、ということになぜ気付かないのでしょうか?
息子には、生きる資格などとうていありません。
もし、逆に私の子供たちがあのような行為で傷つけられ、命を奪われたら、私はその犯人を殺してやりたい。償われるより、死んでくれた方がマシ、と思うはずです。
ささやかで不甲斐ないお詫びをされるよりかは、いっそAや私たちが死んだ方が、せいせいされることでしょう。きっと被害者のご家族は、私たちが存在していること自体、嫌悪されているのではないでしょうか。
いつの日かAを連れて、お詫びに行くなどとんでもなく、虫のいい話かもしれません。
被害者のお宅にAが姿を見せたとすると、ご家族の方々に「死んで償え」と罵倒され、たとえその場で殺されたとしても、当然の報いで仕方がないことだと思います。
でも、その時は私に死なせてください。(中略)
私は夫のためには死ねませんが、息子のためであれば、死ねます。Aのやったことはあの子を生み、育てた私の責任です。〉(同書)
■「できれば、この題名にしていただきたい」
ここに母親の悔いと、Aへの愛情が凝縮されている。
『「少年A」この子を生んで……』という本のタイトルは、実は母親がつけたものだ。ある日、森下記者が戸惑ったような表情で、一枚の紙片を持ってきた。
「お母さんが、『本の題名はこれでどうでしょうか』と言ってきたんですけど……」
「えっ、これでいいと言ってるの?」
「ずっと考えてたそうです。『できれば、この題名にしていただきたい』と……」
編集者には付けられない、思い切ったタイトルだ。両親の手記なのに、母親が一人で全責任を背負おうとしている。そんなぎりぎりの思いが伝わってくる気がして、一字一句も直さず、そのまま採用すると決めた。
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文藝春秋 前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』の編集長、第一編集局長などを経て、2013年に専務。14年社長に就任し、18年に退任した。
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(文藝春秋 前社長 松井 清人)
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