「振られた女性」を忘れるための一番単純な方法

プレジデントオンライン / 2019年8月24日 9時15分

中野善壽氏

“次”に向かうとき邪魔になるのが、捨てられぬ経験・記憶。それをあえて捨て続けてきたプロ経営者に、その哲学をきいた。

■振られた女性を忘れるためには

「明日のために、今日何かをするなんて考えもしません。僕は、一瞬一瞬を生きていますから」

飄々とそう語るのは、百貨店業界を皮切りに、いくつもの企業のトップを歴任してきた“プロ経営者”中野善壽氏だ。

とりわけ、寺田倉庫CEOとしての手腕は際立っていた。2012年のCEO就任後、1400人の従業員を100人程度にまで削減する大リストラを断行。美術品、ワインなどの貴重品を預かる富裕層対象のサービスや、段ボール1箱から荷物を預けられるサービスなど、従来の倉庫業務の枠を超えたビジネスを展開、同社の業績を回復させた。

長身痩躯の75歳。その若々しさとファッションセンス以上に、60年を超える歴史を持つ企業の事業構造を大転換させた人物が、日々において「明日のことを考えない」とはちょっと驚きだ。

とかく人は過去にとらわれ、記憶に煩わされる。思い切った判断・行動が“言うは易く、行うに難い”のは、まさに諸々の些事を「忘れられない」からだろう。

だが、「時間は繋がっているようでいて、実は断片的なものです」という中野氏は、そのあたりの逡巡とは無縁のようだ。

「時間が連続したものと思い込んでいるから、明日のこと、昨日のことが気になるんですよ。明日、何が起こるかは予想がつかないし、明日が来るかどうかさえわからない。考えるだけ、時間と労力の無駄です」

過去についても同様だ。過ぎ去った昨日は取り戻せない。

Getty Images=写真

「振られた女性が忘れられない、という人がいますね。忘れる一番いい方法は、新しい、大好きな彼女に出会うことです。単純ですが、これはすべてに通じると思います」

本能的に、人は夢中になれることがあれば、ほかの余計なことは自然と脳から排除されていくのではないかという。

「一瞬に集中する、大好きなその一瞬にすべてをかけていれば、余計なことを気にかける余裕などなくなります。僕は常にそうしています」

毎朝5時半に目覚めると、ベッドの中でテレビの経済ニュースを一通り見る。それから風呂に入り、その日にすべきことを考える。スケジュール表を見るのはその後だ。必要と思えば予定を組み替えてしまう。「だから僕は、ドタキャンが多い」といいながらも、「今日」を大事にする中野氏にとって、それが重要な日課になっている。

■使えない知識に安らぎを覚えてしまう

中野氏は、モノを持たないミニマリストとしても知られる。家も車もない、腕時計さえ持たない。お金も、余分な稼ぎは寄付してしまう。「ビジネスというゲームが一番の趣味」だから、ほかは何もいらないのだという。

「蓄積は習慣であって、習慣は人を縛る」と考える中野氏は、知識についても「溜め込む学習」をよしとしない。

「知識とは、常に使えるものをいうんです。使えない知識を溜め込むのは、自分を安心させる材料くらいにしかならない。置いてけぼりを食ったような知識は、慣れ以外の何物でもない。単なる習慣なんですよ。でも、そこに安らぎを覚えてしまう。それが習慣づいてしまうと、取り除くのは容易ではありません」

恐ろしいことなんです、と言葉を繋ぐ。

「時の流れだとかいろんな情勢の流れに対して、個人が守り切れるものはほとんどありません。それは守っているんじゃなくて、流されてるだけ。勘違いですよ。守りは、攻めに繋がってなければ意味はありません」

■社員一人一人が持つべき姿勢

その知識・情報も、100人が100人肯定するものは疑ってかかるという。中野氏は、気になる情報があれば自ら確かめるそうだが、それは経営者のみならず、社員一人一人が持つべき姿勢だという。

写真=iStock.com/taa22
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

「僕が最も恐れるのは、先頭を行く者を疑わずにつき従う体制・体質です。それだと、経営者が判断を誤れば、会社は総崩れになってしまう」

個々が考え続けていれば、満場一致などありえない。あるとすれば、それは課題を真剣に考えず、現状に慣れ、流されている人が少なからずいることの表れだ。だから、中野氏は経営上の判断をする場合は、賛否6対4でジャッジする。

「ビジネスには当然、失敗もあります。しかし、そのときに重要なのは、巻き返しができるかどうかです。それは、トップの意向に対して『これで本当に大丈夫なのか』と疑問を持ち、真剣に考えてきた人間が、どれだけいるかにかかってくるんですよ」

経験上、賛成多数のプランは、失敗することのほうが多く、逆に100人のうち2、3人でも、夢中になって取り組む社員がいるプランは成功するという。

インターネットから情報が簡単に手に入る時代である。それらを無警戒に受け入れている人、再発信する人が多いことを、中野氏は懸念する。それは、先を行く人に無責任に従うのと同じく、危険なことなのだという。

「知識の習得も、業務についてもそうですが、僕はやみくもに頑張ることがいいとは思っていません。頑張りも7分がけくらいが適当かな。人間、いっぱいいっぱいでは、新しいものを生み出せないし、正確な判断や発想の転換も難しくなる。余白を持っておくことも大切です」

この19年6月に寺田倉庫を辞した中野氏は、東方文化支援財団(仮称)の設立に着手した。東アジアの文化をもう一度見直し、今日的に進化させる次世代の取り組みを支援していこうというもの。ひと所に安住せず、瞬間、瞬間に真剣に考え、動く――中野氏はその持論のままに日々行動しているようだ。

▼中野氏の「忘れ去る!」4カ条
使えぬ知識からは「安心」しか得られない
時間は断片的なもの。一瞬に集中しよう
夢中になれる「新しいこと」を探せ
情報を無警戒に受容・再発信するな

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中野善壽(なかの・よしひさ)
1944年生まれ。千葉商科大学卒業。伊勢丹、鈴屋を経て97年台湾に渡り、力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問・亜東百貨COOを歴任。2011年寺田倉庫入社。12年CEO。19年6月26日退社。

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(ライター 高橋 盛男 撮影=永井 浩)

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