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北朝鮮の恋愛小説「恋のはじまり、性の行間」

プレジデントオンライン / 2019年8月15日 6時15分

北朝鮮当局から解放され、羽田空港に到着したシグリー氏。(中央) - 時事通信フォト=写真

■北朝鮮の恋愛小説「恋のはじまり、性の行間」

北朝鮮当局は2019年6月、金日成総合大学のオーストラリア人留学生、アレック・シグリー氏(29歳)をスパイ行為の疑いで拘束し、その後、解放した。世界的なニュースとなったが、シグリー氏の拘束直前に、プレジデント誌編集部は彼との接触に成功。シグリー氏は同大学での研究成果である、北朝鮮の恋愛小説について語ってくれた──。

私が北朝鮮の恋愛小説を知ったのは2012年に初めて訪朝したとき。恋愛小説を通じて北朝鮮の人間的な事柄と普遍的な生活を垣間見ることができました。それで金日成総合大学の修士課程の専攻に恋愛小説を選びました。

北朝鮮文学理論においては快楽よりも「教養」や「革命的特質」を重視するため、資本主義国のように市場の需要に合わせた作品は存在できません。

北朝鮮文学が他国の文学と最も違うのは、個人的欲求を放棄し、集団のために尽くす価値観が描かれている点でしょう。恋愛描写においても同じで、たとえば女性が「米国の野獣」と戦い身体欠損した傷痍軍人に恋するという作品が多い。体の一部を祖国に捧げたことで「崇高な人格」を表しているというわけです。または独創的な手法で生産量を増やしたり、工事現場の竣工を早めるなどの社会的成果を挙げた青年に女性が恋する作品もあります。

財産や容姿など個人的理由で異性を愛することは「ブルジョア的な古い思想」とされ、「否定的人物」として描かれます。セックスシーンも「退廃的な反動文化」であるためほとんど存在しませんが、性的なニュアンスが行間に微妙に宿ることもあります。

そして北朝鮮文学はポストモダニズムを排斥しているので、私たちの知るリアリズム小説と似ています。環境の典型、事件の発生・発展、クライマックス、解決といった起承転結はもちろん、読者の予測を裏切る劇的場面などもあります。北朝鮮文学ではこれらを「主体リアリズム」と呼んでいますが、旧ソ連の社会主義リアリズムの影響を受けて進化したものと考えられます。

戦争が美化され、英雄的行動をした主人公を愛国者として描写する点でも欧米とは違います。米軍が人格化されないまま、悪の化身として描かれることもしばしばです。それについて理解するには、朝鮮と欧米の歴史・文化の違いを考慮する必要があるでしょう。

ただ、理想や道徳心など相手の内面が重要であることは、成熟した人にとっては世界共通の認識であると思います。そして集団主義もある程度共感できます。西洋では社会が豊かになっていく半面、貧富の差や政治の右傾化などが深刻で、庶民生活の改善にもっと注力されるべきだと思います。その点、北朝鮮文学では電話交換手、運転手、旋盤工、溶解工など一般人にスポットがあたっているのがいいと考えます。

■韓国でもベストセラーになった『青春訟歌』

そんな中、私が挙げたい作品は1987年に出版され韓国でもベストセラーになった『青春訟歌』(ナム・デヒョン著)です。若者の「愛情倫理関係」をテーマにした最初の作品であり、北朝鮮の恋愛小説の代表作です。

製鉄所で働く主人公ジノは国産燃料の開発を目指し研究していますが、保守的な現場の風当たりが強く、そのせいで恋人と別れさせられてしまいます。

そしてジノのライバルとして同僚のキチョルと、彼に恋するジョンアが登場します。しかしジョンアはジノのプランのほうが国益に適っていると判断し、キチョルを愛しつつもジノ側につきます。そして職場のミーティングで、公然とキチョルを批判します。彼女は、後にそれを「愛しているからこそ、より無慈悲でなければならない」と説明します。

そしてジノと恋人の復縁をサポートし、愛についての教訓を与えます。「(愛は)果樹園の実や花と同じようにただ摘むのではなく、育てなければならない」。完璧な人を愛するのではなく、相手の欠点まで含めて愛する過程で補い合うべきであると説くのです。

もちろん、西洋人である私には理解に苦しむ作品も多くあります。しかし、だからこそ読む価値があるのです。朝鮮半島の政治的問題を解決し平和を創造するには、文化と生活感情を知る必要があります。そのためにも、北朝鮮の小説を読むべきだと思います。

(プレジデント編集部)

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