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安倍首相は「日米安保見直し」発言に乗るべきか

プレジデントオンライン / 2019年8月16日 6時15分

日米首脳会談時に握手を交わすトランプ大統領と安倍首相(2019年6月28日)。 - 時事通信フォト=写真

■ヨーロッパにも防衛負担増を迫るトランプ

2017年の大統領就任以来、方々に因縁を付けたり、ケンカを吹っ掛けてきたトランプ大統領だが、戦争に持ち込んだことは1度もない。

あれだけ罵り合っていた北朝鮮の金正恩委員長とは歴史的な首脳会談を果たしたし、以前指摘したように開戦前夜という雰囲気の対イラン戦争も回避したいのがトランプ大統領の本音だろう。

建国243年の歴史で、アメリカは220年以上も戦争をしてきたと言われる。およそ戦争で成り立ってきた国家と言ってもいい。時の大統領は自由や民主主義、あるいは正義や人権を守るために戦う、と戦争の正当性を訴えてきたが、それはほとんど建前だ。アメリカが戦争する理由は、誰もが知っているように軍需産業のためである。

トランプ大統領も軍需産業にそっぽを向かれたら自らの政権が長続きしないことはよくわかっている。しかし、歴代の指導者と違って、実は戦いに臆病だからアメリカ人の血が流れるような戦争はやりたくない。次の大統領選挙にもマイナスになるからである。

そんなトランプ大統領がはたと気がついたのは、商売相手からディールを引き出し、女性を口説いてきた自分の口先が外交交渉にも使える、ということだ。

たとえば対ヨーロッパ。トランプ大統領は大統領選挙中からNATO(北大西洋条約機構)不要論を唱えて「我が国の拠出金負担が大きすぎる」と不満を呈していた。大統領就任後は「アメリカに残ってほしければ、NATO加盟国は防衛費支出の対GDP比を引き上げろ」と言い募ってきた。NATOは25年までに加盟国の防衛費を対GDP比2%以上にする目標を掲げているが、ドイツやフランスなどの大国をはじめ対GDP比2%に達していない国が多い。トランプ大統領の「口撃」を受けて、18年7月のNATO首脳会議では、防衛費支出の拡大目標達成に向けて加盟国が強くコミットする旨の共同声明が出された。それでも物足りないトランプ大統領は「25年までではない。直ちに防衛費支出を対GDP比2%に引き上げる必要がある」「目標を4%に拡大せよ」と迫ったという。

アメリカの軍事力に頼ってきたNATOにケチを付け、「離脱」をちらつかせて軍事負担の均衡を求めた結果、加盟国の防衛費支出拡大という「果実」を得た。当然、兵器は世界一の武器輸出国であるアメリカからも大量に買い込むことになるわけだ。

一方で北朝鮮を挑発して緊張感を高めれば、日本はイージス・アショアとF35戦闘機100機、韓国なら高高度防衛ミサイル「THAAD」などの高額兵器を購入してくれるし、中東を引っかき回せばお得意様であるサウジアラビアやエジプト、UAEなどが大量に武器を買ってくれる。

国に戦争をしてもらって補充品の兵器で儲ける、というのがこれまでの軍事ロビーの基本的な考え方だった。しかし、いまは国が戦争をしなくても、つまりアメリカ人が血を流さなくても、大統領の口先一つで兵器が売れる。軍需産業が潤う。これはトランプ大統領という異色のキャラクターが編み出した画期的な手法なのだ。

アメリカの軍事負担の「不公平さ」を恫喝交じりにアピールして、相手国に国防費の増額を迫り、自国の兵器輸出拡大につなげる。NATO加盟国や韓国、サウジアラビアなどの同盟国を狙い撃ちにしたトランプ大統領お得意のディールだが、当然、日本も例外ではない。

■日本に無償でシーレーン防衛する義理はない

G20大阪サミットが開催された6月になって、トランプ大統領は日本の国防を揺るがす発言を繰り出してきた。1つはシーレーン(海上交通路)防衛についてである。

「(ホルムズ)海峡から中国は原油の91%、日本は62%、他の多くの国も同じように輸入している。なぜ我が国が何の見返りもなしに他国のためにシーレーンを守らなければならないのか」「(ホルムズ海峡の原油に依存する)こうした国々がいつも危険な旅を強いられている自国の船舶を自分たちで守るべきだ」

トランプ大統領はツイッターにこのように投稿した。シェールガス革命によって世界最大のエネルギー生産国になったアメリカにとって、中東原油の重要度は低下した。従ってアメリカが無償でシーレーン防衛する義理はない。ホルムズ海峡からの原油に依存している国が自分で守れ、という理屈だ。

日本の中東原油の依存率は8割以上だし、ホルムズ海峡からインド洋、マラッカ海峡、南シナ海に至るシーレーン防衛は、海洋進出を加速させている中国に対抗するうえでアメリカにとっても依然重要。つまり、トランプ大統領の呟きは無知と誤解に基づいた、いつも通りの思いつきでしかないのだが、日本にとっては青天の霹靂だ。

四方を海に囲まれた日本にとって、海上航路の安全確保はきわめて重要だ。ホルムズ海峡を通る日本の船舶の護衛は日米安保条約の対象ではないから、本来なら海上自衛隊が守るべきだが、憲法上の制約から自前の艦艇は派遣していない。米海軍に代わってシーレーン防衛を担う能力は海上自衛隊にはあると思うが、特措法制定や憲法改正などの法整備は避けて通れない。

シーレーン防衛の重要性をしっかり説明できれば国民の理解は得られるだろう。ただし、海上自衛隊が現実にホルムズ海峡で日本のタンカーを護衛するイメージは当面浮かんでこない。なぜなら、「応分の金を出すなり、兵器を買ってくれるならアメリカが守ってやるよ」がトランプ大統領の本音だからだ。

トランプ政権はホルムズ海峡を航行する民間船舶を護衛するための軍事的な有志連合結成を呼びかけている。有志連合に直接自衛隊を参加させるのか、それとも金だけ出すのか。日本政府としてはまずは決断を迫られる。

シーレーン防衛問題以上に波紋を呼んだのは、「日米安保見直し」発言である。G20大阪サミット閉幕後の会見で、トランプ大統領は「日米安全保障条約を公平な形に見直す必要があることを安倍首相に伝えた」ことを明らかにした。

■米国は日本のために戦わなくてはならない

事前に日米安保条約の破棄について側近との私的会話で言及したとの報道が流れたが、破棄については「まったく考えていない」と否定したうえで、「ただ不公平な合意だ。日本が攻撃されたら米国は日本のために戦わなくてはならない。しかし米国が攻撃されても日本は戦わなくていい。この6カ月間、(不公平だと)安倍首相に言ってきた。変えなければならないと彼に伝えた」などと語った。日本国民は安倍首相からそのような発言があったとは聞いていない。首相としても真意を探りかねているのだろう。

「片務的で不公平」と言うが、トランプ大統領は日米安保条約が締結された経緯も背景もわかっていない。紛争解決の手段として武力を2度と使わないとする憲法を駐留米軍が残していったこと、サンフランシスコ講和条約以降はアメリカの傘に守られながらアメリカの要請で自衛隊をつくったこと、再軍備となると周辺国が神経質になるので防衛費にGDP1%枠というタガをはめてきたことなど、トランプ大統領は何も知らないのだ。

日米安保条約が片務的というのも間違いで、新安保法制によって自衛隊は米軍の指揮下に入って戦うことが可能になった。「米国が攻撃されたときに日本人は命をかけて助けてくれるのか」という質問には、「法律的に可能になりました」と答えられる。そもそも米軍が好き勝手に使える基地が占領当時のまま日本に残されているのだから、日本からすれば屈辱的、隷属的な条約なのだ。

ところで、トランプ大統領の「安保見直し」発言で日本の産業界はにわかに沸き立って、戦前に世界恐慌発の大不況から軍需産業が立ち直っていった頃の雰囲気が出てきている。「自主防衛」を夢見る勢力も色めき立っているし、参院選を乗り切った安倍首相も改憲論議を前に進めようとしている。

「シーレーンは自分で守れ」「不平等な安保は見直すべき」という一連のトランプ発言は、憲法改正を目指す安倍首相にとっては棚ぼたになるかもしれない。ディールと前任大統領の仕事を踏みにじるのが大好きなトランプ大統領でなければ、日米関係や国防を見直すきっかけは生まれなかっただろう。さらに言えば、トランプ大統領のリップサービスは、2期目に入ったらなくなると見たほうがいい。米大統領に3期目はないからだ。だから日本にとって、トランプ大統領が再当選を狙っている今が安保見直しのパーフェクト・タイミングなのだ。

しかし、安保見直しや国防論議がヒートアップして暴走すると、「いつか来た道」になりかねない。敗戦の反省を強いられて鬱屈と生きてきた民族だけに、1度走り出すと止まらなくなる危険性がある。ゆえに、もう少しトランプ発言の意図がよく見えるまでは煽りに乗らないことが肝要である。

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大前 研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長
1943年、北九州生まれ。早稲田大学理工学部卒。東京工業大学大学院で修士号、マサチューセッツ工科大学大学院で、博士号取得。日立製作所を経て、72年、マッキンゼー&カンパニー入社。同社本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、94年退社。現在、自ら立ち上げたビジネス・ブレークスルー大学院大学学長。近著に『ロシア・ショック』『サラリーマン「再起動」マニュアル』『大前流 心理経済学』などがある。

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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 構成=小川 剛)

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